暗殺者と獣姫5





キララは言った。

「暗殺者、辞めロ。」

なんだと?

「辞めたラ、ニンゲンに、復讐しなイ。」

そうきたか。しかし、俺の正体を知っていたとは。

ボルデンか、ハムケルとの会話を聞かれた?

それとも、この身体に染みこんだ血の匂いのせいか?

どっちにしても厄介な事になった。

暗殺者を辞めろか。

辞めてもいい。最近は面倒臭いと思うし、未練もない。

だが、暗殺者を辞めたら、俺はどうやって生きればいい?

しばらくの間は、今まで稼いだ金で平気だ。

その後は?何をして金を稼ぐ?

傭兵?冒険者?無理だな。長続きしそうにない。

他の職業は?思い浮かばない。

闇の世界で生きてきた俺に、普通の職業は無理だ。

所詮、人殺しは死ぬまで人殺し。

ろくでもない死に方しかしないだろう。

「辞めルか?」

「考えさせてくれ。」

キララはじーっと俺を見ている。

何を考えている?

復讐を辞める事と暗殺者を辞める事。

これに何の関係がある?

復讐を辞めたくない。だから、無理難題を言っているのか?

俺が暗殺者を辞めるはずがないと思って。

どうする?嘘でもつくか?

・・・・・。

駄目だな。嘘は苦手だ。

それに見抜かれそうな気がした。

「おい、長い風呂だな。楽しんだのか?」

ハムケルが来た。

殴るぞ、くそじじい。

何も楽しんでいない。むしろ、苦しんでいる。

ある意味人生の分岐点に立たされた気分だ。

「クロウ。」

「何だ。」

「服はなかった。買いに行け。」

俺がキララの服を買いに?

冗談はよしてくれ。何で俺がそんな事を。

「ずっと裸のままで良いのか?」

「・・・・・。」

そうだった。連れて来てから、ずっとキララは裸だ。

気にしてなかったが良くない。

俺の服を貸してもいいが、大きすぎて動き難いだろう。

「知り合いが衣服を販売している。行って来い。」

ハムケルから地図を受け取る。

衣服店の場所に×印がつけてあった。

おいおい。ここは高級店が立ち並ぶ場所じゃないか。

高くないだろうな?

もしかしたら俺は、しばらく稼ぐ事が出来なくなる。

無駄金は使いたくない。

「裸のままで良いなら、行く必要がないが…。」

何だ、その目は。

「お前がそんな趣味だったとは。」

そんなわけあるか!

「がぅ…。」

キララ。お前まで俺を、そんな目で見るな。

分かったよ。買いに行けばいいんだろ?

行ってやるよ。

「はぁ。」

俺は溜息をついて、露天風呂からあがった。





「・・・・・。」

来るんじゃなかった。

ここは間違いなく衣服店だ。

女性専門だがな。

くそじじいめ、一言ぐらい言いやがれ!

店員と客の視線が痛い。当たり前だ。

俺みたいな奴が来て良い場所じゃない。

そこの店員。

怪しい者じゃないから、警備員を呼ぼうとするのは止めてくれ。

今すぐに回れ右をして帰りたい。

しかし、手ぶらで戻ったら何を言われる事か。

想像しただけで頭が痛くなる。早く済ませて帰ろう。

意を決して店員に話しかけた。

「ハムケルの紹介で来たのだが…。」

「ああ、ハムケルさんの。」

ハムケルの名前を告げると、怯えていた店員が安堵した。

何故だ?この衣服店と、どんな繋がりがある?

知り合いと言っていたが、どんな知り合いやら。

暗殺者の俺が言うのも何だが、まともな人間であることを祈る。

「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、服を買いに。」

「・・・・・。」

「俺のじゃない。」

凍りついた笑みを浮かべる店員に断言した。

それぐらい察してくれ。

それとも何か?俺は変態に見えるのか?

「す、す、すみません。え、えーと。では、どなたのでしょうか?」

慌てて謝る店員に、俺は何も言えなかった。

どなた?キララと答えて店員が分かるはずもない。

俺にとってキララは何だ?

奴隷?そんな事を言ったら通報される。

ペット?あれは獣だ。飼えたもんじゃない。

同居人?近いが何か違う。

友達?お断りだ。

家族?絶対にありえん。

一体何なんだ?分からない。

「あ、あの、お客様?」

難しい顔をして唸っている俺に店員が声をかける。

「何でもない。知人の子供の服が欲しい。」

当たり障りのない返事をした。

これが妥当だな。

「かしこまりました。それで、サイズの方は?」

「・・・・。」

サイズだと!?

困った事になった。まったく分からん。

迂闊にも聞くのを忘れていた。

戻るしかないのか…。

「妙な所で会うわね。」

後ろから声をかけられた。

驚いて振り返る。そこに居たのは、エスメラルダだった。

こいつ…!

背中に冷や汗が流れる。

声をかけられるまで存在に気がつかなかった。

暗殺者であるこの俺が。

相当の使い手と分かっていたが、ここまで気配を消すとは…。

もしも、今の状態でエスメラルダが刺客だったら?

答えは簡単。死んだ事に気がつかずに死んでいる。

動揺する心を悟られないよう落ちつけながら質問した。

「何故ここに居る?」

「愚問ね。見て分からない?」

エスメラルダの後ろに20人程の美女達がいた。

高級娼婦館【白薔薇】の娼婦達だ。

なるほど。服を買いに来たわけか。

確かに愚問だった。

「これいいよね。」

「こっちもいいよ。」

「どっちにしようかな?」

「両方買っていいわよ。」

住む世界が違う。心の底から、そう思った。

服の値段を見れば、50万やら100万とか。

それを全員が好き放題に買ってやがる。

そんなに儲かっているのか?

「クロウ。」

「何だよ。」

「貴方はどうして、ここに居るの?」

妖艶な笑みを浮かべ、同姓すら魅惑する声で、エスメラルダは聞く。

どう答えたものか。キララの事は秘密にしたい。

「ひょっとして、女装の趣味があったの?」

お前まで俺を虐めたいのか?

「怒らないで。冗談よ。」

睨む俺にエスメラルダは微笑する。

「キララの服を買いに来たのでしょ?」

「何の事だ?」

「とぼけなくてもいいわ。」

エスメラルダは腕を俺の腕に絡ませ身体を密着させる。

他人から見れば、羨ましい光景だろう。

だが俺は、蛇に巻きつかれている気分だ。

キララの事はバレていると思っていいな。

どうしてバレた?俺に監視でもついているのか?

エスメラルダなら、やりかねない。

「単刀直入に言うわ。キララを売って。」

「本気で言っているのか?」

「もちろんよ。5000万払うけど、どう?」

5000万だと!?

正気か?そんな価値がキララにあるのか?

「本当はオークション会場で買いたかったけど。」

エスメラルダは悲しそうな顔で語る。

あの表情は嘘だな。騙されて堪るか。

「キララが出品される前に、奴隷を20人程買ったの。」

お金が足りなかったわけだ。

残念だったな。

ある意味キララは幸運だったかもしれない。

ボルデンより、エスメラルダの方が危険に感じる。

「白薔薇の改装費も馬鹿にならなくてね。」

そうかい。

そう思うなら無駄遣いをやめたらどうだ?

エスメラルダの後ろで、娼婦達がまだ服を買い漁っている。

あれだけで5000万はあるんじゃないのか?

「でも、今は大丈夫よ。」

「どうして?」

「ある組織に私の可愛い子を1人貸してあげたの。」

可愛い子ね。暗殺者か。

誰だ?ロゼッタとマルニース。2人の内、どちらかだろう。

2人と組んで仕事をした事がある。

幼いが、かなりの使い手だった。

エスメラルダに陶酔しているのが気の毒でならない。

「おかげで今は、お金に困らないわ。」

よかったな。しかし、どこの組織だ?

ろくでもない組織だと思うが…。

「売ってくれるわよね?」

「こと…わ…!」

断ろうとして口を止める。

殺気が俺に向けられていた。1つじゃない複数だ。

辺りに視線を這わせて分かった。

娼婦達の中に混ざって、ヴェノムの暗殺者達がいる。

ちっ!4〜5人ってところか。

「クロウ。私は貴方の事を気にいっているわ。」

俺はお前が大嫌いだ。

「力ずくっていうのは嫌いなの。穏便に済まさない?」

穏便にね…。

知らないのか?これは脅迫って言うんだ。

「・・・・・。」

返答に詰る。断れば、襲われるかもしれない。

ここで騒ぎを起こしても、何もなかった事に出来る。

それだけの力をエスメラルダは持っている。

くそ!相手は少なくても6人。

エスメラルダとヴェノムの暗殺者達。

ヴェノムの暗殺者は性質が悪い。

エスメラルダの為になら平気で命を捨てる。

愚かで厄介な連中だ。

どうする?右手がゆっくりと相棒に近づく。

「駄目よ。」

エスメラルダは俺の頬にキスをして冷笑する。

「無駄死には貴方らしくないわ。」

「・・・・・。」

絡めていた腕を解き、エスメラルダは離れた。

「考える時間を3日あげる。」

「3日?」

「そう。よく考える事ね。」

それはどうも、ご親切に。

服の会計を済ませ、店の入り口でエスメラルダは振り返った。

娼婦達はいない。すでに帰っている。

残っているのは暗殺者達だけ。

「売ってお金を得るか、売らずに命を失うか。」

「・・・・・。」

「私を失望させないでね。」

勝手にほざいていろ。

だが、今の俺は疑問をぶつける事しか出来なかった。

戦って勝てる気がしない。

「キララを狙う理由は何だ?」

「器なの。とても大切な。」

器だと?どうゆう意味だ?

「うふふ。キララを渡せば、何れ分かるわ。」

ほんの一瞬だが、エスメラルダの瞳は狂気に染まって見えた。

何を企んでいる?詳しく聞きたかった。

しかし、それ以上何も言わず、エスメラルダは行ってしまった。

暗殺者達と共に。

「あの、これを。」

「何だ、それは?」

店員が紙袋を俺に手渡す。

「エスメラルダ様がお客様に。」

「エスメラルダが?」

「お客様の代わりに服をお選びになったそうです。」

「・・・・・。」

紙袋から服を1つ取り出す。

見た感じキララの体形に合いそうだ。

何で知っている?キララのサイズを…。

いや、それより、この服は高くないのか?

そんなに持ち合わせはないぞ。

「代金は要りません。エスメラルダ様から頂きましたから。」

不気味だ…。

キララと器。分からない事だらけだ。

分かっている事があるとすれば、時間が限られていること。

そして、選択を間違えたら俺の命はないという事だ。





宿屋に戻って来た。

疲れた。何もかも忘れて寝たい。

ハムケルの姿が見えない。平和で結構だ。

キララは部屋で大人しくしているだろうか?

悪いが相手をしてやる元気はもうない。

部屋の扉を開けた。

そこで俺が見たものは…。

「遅かったな。」

「遅いゾ。」

「・・・・・。」

ハムケルとキララが居た。しかも、チェスをしている。

「何をしている?」

「見て分からんか?チェスだ。」

「分からないカ?クロウ、馬鹿だナ。」

やかましい。いつの間に仲良くなった。

「服は買って来たか?良い店だっただろう?」

「ああ、良い店だった。」

思いっきり睨んでやったが、ハムケルは涼しい顔で受け流した。

このくそじじいめ。確信犯だな。

「チェスなんて出来るのかよ。」

「教えた。お前より上手いぞ。」

悪かったな。下手で。

悔しいがハムケルに勝った事は1度もない。

盤上を見た。ハムケルが負けている!?

「大した子だ。1を教えて10を知る。」

キララに、こんな才能があったとは…。

「やってみたらどうだ?」

「俺がか?」

「そうだ。まぁ、ボロ負けは決定か。」

言ってくれる。そこまで言われたら引き下がれない。

椅子に座り、キララと対峙する。

「全力デ叩きのめス!」

望むところだ。絶対に負けられない。

「・・・・・。」

「どうしタ?早くしロ。」

「キララ。」

「何だ。」

「見えているぞ。全部。」

「!」

そう見えていた。

キララはまだ、裸のままだった。

しかも、椅子の上で胡坐をしているから秘部も丸見えだ。

顔真っ赤にしてキララは怒鳴った。

「見るナ!変態!」

言われるまで気づかない、お前もどうかと思うぞ。

それにハムケルも見ていた事になる。

ガブッ!

「うぐおぉっ!?」

腕に噛みつきやがった!

「今度見たラ、ただじゃおかなイ!」

なら服を着ろ!

くそ…腕にキララの歯型が出来た。

「ほぅ。良い趣味だな、クロウ。」

紙袋から服を取り出したハムケルが言った。

何の事だ?エスメラルダが選んだ服は普通だったと思うが?

「すけすけダ。」

キララの手に持っている下着を見て、俺は愕然とした。

普通の服は上の1〜2着だけだった。

あとは最低だ。

薄っすらと肌が透けて見える下着や露出度の高い服が多数。

挙句の果てに鞭や蝋燭まで入っていた。

エスメラルダ!俺に恨みでもあるのか。

「変態め。」

「がうぅ…。」

ハムケルとキララの冷たい視線が俺を貫く。

「まて、俺が選んだわけじゃ…」

「見苦しいぞ。自分の趣味を隠すな。」

「お前、良イ奴と思っタ。違った。ただノ変態!」

もう好きに言ってくれ…。

言い返す気力も尽きた。

「ん?」

紙袋の底に紙があった。これは…!

『期限は3日。忘れるな。それまで街から逃げる事も出来ないと知れ。』

エスメラルダの字じゃない。ヴェノムの暗殺者か。

3日。考えるには十分な時間だ。

しかし、俺は答えを出せるか?

「売ってしまえ!」

「売るな!」

2つの叫び声が俺の頭の中で響いている。

どちらかを選ばなければいけない。

普通なら売るだろう。売らなければ俺は殺される。

だが…。

何かが、俺を引き止める。売るなと。

暗殺者の俺がキララに情でも移ったか?

分からない。

俺はどうすればいい?

誰か教えてくれ。







チェスはキララに負けた…。ちくしょう。







続く?


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