暗殺者と獣姫4



腕に柔らかい感触がある。

眠たい目を開くと、目の前にキララの寝顔があった。

「・・・・・。」

この状況は何だ?思い出せ。

骨付き肉を食べ損ねた後、ヤケ酒をして寝たはずだ。

そういえば、ベッドでキララが寝ていたな…。

気にせず一緒に寝た結果が、これか。

間違いを起こした記憶はない。子供に手を出したら犯罪だ。

暗殺者の俺が言っても、説得力のないような気もするが…。

キララは何歳だろうか?

15歳、もうちょっと上か?

地方によって違うが、これでも成人なのかもしれない。

まぁ、俺から見れば子供だ。

「・・・・・・。」

可愛いと思った。寝顔は…。

どうしたものか。

俺の腕に抱きついている。何故だ?

剥がしたら起きるだろう。その後の結果も予想がつく。

剥がさなくても、起きれば同じ結果が待ち受けているだろう。

やれやれだ。

「がぅ…。」

起きたキララと目が合った。

「言っておくが、俺は何もしてないぞ。お前が勝手に…」

ゾリッ!

「うぐおおおぉぉっ!」

予想通りだ。攻撃を受けた。

顔面を思いっきり引っ掻かれるとは思わなかったが…。

結構痛い。泣けそうだ。

「ニンゲン、油断ならない!いつか、ころス!」

ガシャーン!

窓を破壊して、キララは飛び出した。

「なっ!?」

おいおい。俺の部屋は2階だぞ。

飛び起きて窓の下を覗く。

空中で見事な3回転を決めて、キララは地面に着地した。

驚かせるな。心臓に悪いぞ。今のは…。

ギロッと俺を睨むと、キララは走り去って行った。

「・・・・・。」

不味い事になった。まさか逃げ出すとは…。

いや、逃げてもいい。ただ、逃げた場所が不味い。

ここはスラム街の無法地帯。

幼い子供が裸で通れば、どうなるかは簡単に想像がつく。

しかも女だ。使い道はいくらでもある。

「どうぞ、捕まえて好きにして下さい。」と、言っているようなものだ。

「はぁ〜。」

俺は溜息をつくと、相棒の黒刀を持って、窓から飛び下りた。





「離せ…がぅ…やめ…ひぁ…あぁん!」

キララを探し始めて1〜2分後。あっさりと発見できた。

数人の男達に捕まって犯されていた。

「このクソガキが!引っ掻きやがって!」

「反省するまで犯してやる!」

男達の顔に、かなりの引っ掻き傷がある。

相当抵抗されたようだ。当たり前か。

乱暴に犯されて、キララは苦しそうだ。

心がイラつく。何故だ?

「おい、おっさん。何見てやがる。あっちに行け!」

「・・・・・。」

おっさんだと?

俺はまだ29歳だ。おっさんじゃない。

バキャッ!

おっさんと言った男の顎に、手加減した拳を叩きこんだ。

「ぷべらぼら!」

男は吹っ飛ぶと、転がりながら悶絶した。

「てめぇ!やんのか!」

男達はそれぞれの得物を抜いて、殺気に満ちた目を向ける。

キララの獣に近い目に比べれば、可愛いものだ。

俺は軽く男達の相手をしてやった。





「つえぇ…化け物…だ…。」

失礼な。化け物なら手加減せずに殺している。

地面に這いつくばっている男達を余所に、精液まみれのキララを抱きかかえる。

派手にやられたな。ぐったりとしている。

初めて出会った時と同じだ。

「ちくしょう…おぼえ…てろ…。」

男達を一瞥する。殺すか?

こんな奴らは恨みを忘れず、機会があれば復讐しようとする。

後腐れがないように殺すのが1番だ。生きている価値もない。

「うがぁ…。」

やめた。キララの介抱が先だ。

運が良かったな。見逃してやるよ。

俺は宿屋に向かって歩き出した。

「何故…たす…け…る…?」

キララが理解出来ないという表情で俺を見る。

「さぁな。俺にも分からないよ。」

本心だ。連れてきたり、助けたりと、俺は何をしているのか。

ほんと、お前には調子を狂わせられるよ。

「・・・・・。」

「・・・・・。」

互いに無言。話す事は何もない。

不意にキララが鼻を動かす。

「お前…臭い。」

喧嘩売っているのか?

これでも2〜3日に1回は風呂に入っているぞ。

「血の…匂いが…すル。」

なるほど。そっちの匂いか。

この匂いはとれない。洗っても洗っても、絶対に。

殺した相手の呪い…なのかもしれない。

ふと、血の匂いや死臭を感じる。

殺した人間の数が多い奴ほど、この匂いがきつい。

「同…じ…。」

俺から目を逸らして、キララがポツリと呟く。

この匂いが分かる奴は人殺しだ。

人を殺した者同士だけが分かる匂い。

最低だな…。

宿屋が見えてきた。





本を読んでいたハムケルは、俺とキララを一瞥して言った。

「外でか。程々にしないと風邪を引くぞ。」

何をほざいていやがる。このクソじじい。

俺はポケットから金貨を1枚取り出すと、ハムケルに渡した。

「風呂を使うぞ。」

「外の次は風呂か。お盛んだな。」

虐めか?虐めなのか?

睨むと「やれやれ」と溜息をついて、ハムケルは立ち上がった。

この宿屋の地下には露天風呂がある。

地下に倉庫を作ろうとして、掘っていたら湧いたらしい。

金さえ払えば、誰でも入れる。

ガチャリ。

地下へ続く扉の鍵を、ハムケルは外した。

「タオルと、こいつ用の服を頼む。」

階段を下りながら、ハムケルに頼む。金貨1枚払った。

そのくらいはしてくれてもいいだろう。

露天風呂は魔法の明かりで照らされている。

雑な作りだが、贅沢は言わない。

この街で露天風呂に入れるのは、ここ以外にない。

服を脱ぐと、キララが警戒する。

「警戒するな。子供に興味ない。」

複雑な表情になるキララ。

ほっとしていいのか?子供扱いされて怒っていいのか?

そんな感じの表情だ。好きにしてくれ。

俺は気にせず、身体を洗って露天風呂に入る。

気持ちがいい。生きかえる気分だ。

「早く入らないと風邪を引くぞ。入る前に身体を洗えよ。」

「言われなくてテモ、分かってイル!」

適当に洗うかと思えば、意外に隅々まで丁寧に洗っている。

感心感心。

「見るナ!ヘンタイ!」

ヘンタイって言うな。今更恥ずかしがることもないだろうに。

キララの裸は初めて会った時から見ている。子供の身体だ。

身体を洗い終えると、俺から少し離れた場所に入る。

とことん嫌われているようだ。当然か。

じーっとこちらを見ている。

言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくれ。

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「なぁ、キララ。」

「勝手に人の名前を呼ぶナ!」

会話終了。

もう上がろうか…。

「名前を教エろ!」

唐突にキララが叫ぶ。一体何だ?

「はぁ?」

「お前だケ、あたしの名前知っテルの卑怯!」

卑怯なのか?

「クロウだ。」

「変な名前ダ。」

「・・・・・。」

ここは怒っていいよな?

そういえば・・・。

「これから何がしたい?」

「えっ?」

俺の言った台詞に、キララはきょとんとする。

意外だったのだろう。まだ自分が奴隷とでも思っているに違いない。

悪いが俺は奴隷はいらない。世話が面倒だ。

それにキララは、もう奴隷じゃない。自由の身だ。

ボルデンが死んだ時点でな。

「お前は解放された。好きな事をしていい。」

戸惑い、考え、悩む。

コロコロとキララの表情が変わる。見ていて面白い。

「ニンゲンに、復讐スル。」

最後は憎悪に燃えた表情で、キララは言った。

やっぱりそれか。

「やめとけ、馬鹿馬鹿しい。」

「お前ニ何が分かル!」

キララは、今にも飛びかかってきそうな勢いで叫ぶ。

気持ちは分からなくもない。

かなり酷い目にあっただろう。

俺も周囲を恨み、何度も破壊してやろうと思った事がある。

しかし、無意味なのだ。

復讐は何も生まない。より大きな恨みを作るだけだ。

経験しているだけに、キララに背負わせたくない。

その歳で復讐に心が奪われるのは酷な話だ。

「キララ。良い人間はいなかったか?」

「・・・・・。」

俺の問いに、小さな声で「いた」と答えた。

「世の中に悪い人間は多すぎる。お前の気持ちも分からなくもない。」

キララは黙って話を聞いている。

「酷い目にあったなら尚更だ。だが、良い人間も大勢いる。」

「・・・・・。」

「ニンゲンを殺していたら、会えなくなるぞ。」

何か言おうとしたキララの言葉を止めて、さらに話を進める。

「お前が復讐に走れば、お前と出会った良い人達はどう思う?悲しまないか?」

俯き沈黙するキララを横目に、俺は頭を押さえて悶え苦しんでいた。

暗殺者の俺が何を言っている。

馬鹿か?俺は?

ハムケルが聞いたら大笑いするだろう。

恥ずかしい。穴があったら入りたい。

そんな俺にキララが、とんでもない事を言った。

それは…。





続く?