暗殺者と獣姫3



高級娼婦館【白薔薇】。

ここに居た。俺にボルデンを暗殺させた依頼人が。

そいつの名前は【エスメラルダ】。白薔薇のオーナーだ。

綺麗な花には棘がある。まさに彼女の為にある言葉だと俺は思った。

白薔薇の裏の顔は、暗殺者ギルド【ヴェノム】。

エスメラルダはヴェノムの長だ。

【黒薔薇】と呼ばれ、裏の世界で恐れられている。

俺に頼まなくても、自分の手駒で暗殺できたと思うが…。

その辺りも聞いてみるか。

正面からは入れない。入れるのは貴族や金持ちだけだ。

裏口に回る。暗殺の仕事の依頼。売られた奴隷の運搬。

他に表に出せないものは全て、この入り口を使う。

「クロウ様。黒薔薇様がお待ちです。こちらへどうぞ。」

いきなりこれだ。

裏口にエスメラルダの側近がいた。今日この時間に俺が来ると何故分かる?

監視者でもつけてるのか?エスメラルダなら、ありえそうで笑えない。

側近の後について地下へ降りる。薄暗い通路は血と死の匂いがした。

6人。今まで6人の暗殺者とすれ違った。

さすがはヴェノムの暗殺者だ。暗闇に溶けこむのが上手い。

ギリギリまで気づかせない。

「黒薔薇様。クロウ様をお連れしました。」

「ご苦労様。入りなさい。」

長い漆黒の髪。血のように赤い瞳と唇。右肩に黒い薔薇の刺青。

それらを強調させる異様な白い肌。

美しく妖艶な雰囲気を漂わす、黒いドレスを着た美女がいた。

エスメラルダ。俺が敵に回したくないと思う1人だ。

今年で40歳のはずだが、20代前半ぐらいに見える。

「仕事は終わったの?」

「わざわざ聞かなくても知ってるだろ?」

面倒臭そうに答えて部屋を見渡す。相変わらず豪華なことだ。

足元の絨毯は見事な刺繍が施され、キャビネットには高級な酒がズラリと並んでいる。


天井は巨大なシャンデリアがあり、部屋の隅に誰が弾くのかグランドピアノまであった。


エスメラルダが着ているドレスも、座っている革張りのソファーも、最上級品だ。

この部屋にある物を売れば、一生遊んでいけるだけの額になるだろう。

「クロウ、貴方に頼んでよかったわ。早いし確実だもの。」

「どうも。それより聞きたいことがある。」

長話は嫌いだ。単刀直入に聞く。

「何故俺に頼んだ?あれくらいなら、ヴェノムの下っ端で十分だろ?」

「私達には出来ない理由があったのよ。」

出来ないか。金を払えば、誰でも殺す連中が?

「ボルデン伯爵は表と裏、両方ともお得意様だったわ。」

「…お得意様を殺していいのかよ。」

クスッと笑って、エスメラルダはテーブルに置いてあるタンブラーに、ワインを注ぎ一口飲む。

それだけの仕草にも関わらず、エスメラルダは美しい。

ただ、美しさの影に危険なものを感じる。油断をしたら食われる…そんな感じだ。

ボルデンもそうだったのかもしれない。

「お得意様を殺すと仕事に響くでしょ?だから貴方にお願いしたの。」

どうゆうことだ?

「リアス伯爵も、お得意様なのよ。」

それが理由だな。リアス伯爵とボルデン伯爵は仲が悪い。

仕事関係でも対立している立場だ。

「リアス伯爵は今後伸びるわ。だから、いらない方を排除したの。」

やっぱり、そうか。お得意様を自分達の手で殺したら不味い。

だが、今後伸びる方とより仲良くしたい。それで関係ない第3者の俺に殺させたわけか。


とんでもない女だ。あの少女の方が可愛く見える。

「クロウ。ヴェノムに入らない?貴方ほどの暗殺者なら大歓迎だわ。」

「断る。」

即答した。他人の手駒になるのは、ごめんだ。自由気ままに生きるのが1番。

エスメラルダの手駒になったら長生きできそうにないしな。

「そう、残念だわ。貴方のこと気に入っているのに。」

光栄だね。だが、やめてくれ。

「報酬を。」

「せっかちね。」

後ろに控えていた側近が重い袋を持ってくる。中身は確認するまでもなく金貨だ。

しばらくは何もしなくても平気だ。のんびりと暮らそう。

「じゃあな。」

「待って。」

部屋から出ようとする俺をエスメラルダが止めた。

まだ何かあるのか?

今日は色々あって疲れた。いい加減に休ませて欲しい。

「ボルデンの屋敷に女の子がいなかった?」

「女の子?」

あの少女のことか?白薔薇の娼婦だった?それともヴェノムの暗殺者?

いや、それはないか。ボルデンは奴隷と言っていた。

「知らないな。」

何故か分からない。しかし、エスメラルダに言わない方がいいと感じた。

「おかしいわね。ボルデンの買った奴隷の子が居たはずなのよ。」

「逃げたんじゃないのか?」

エスメラルダの視線が痛いが無視。

「本当に見てないの?」

「しつこいな。そもそも奴隷に固執する理由は何だ?」

まさか白薔薇の娼婦か、ヴェノムの暗殺者として育てる気か?

「その奴隷の子、1000万以上もしたのよ。」

「あれが?」

あ。しまった。やられた。こんな簡単な引っ掛けに…。

「やっぱり見たのね。」

「先に話せ。本当に1000万以上もしたのか?」

俺の問いに妖艶な笑みを益々深める。1枚の紙をテーブルの上に置く。

見れば、少女の似顔絵とプロフィールが書いてある。

読んで色々と謎が解けた。

キララ。それが少女の名前。良い名前じゃないか。

ワイズナー討伐は聞いている。クルルミク王国で起こっている事件だ。

なるほど。冒険者として参加していたわけか。

討伐中、ならず者達に捕まって、ボルデンに売られた。

あの喋り方と獣のような目。獣人の集落で育った影響のようだ。

しかし、1000万以上の値がつくとは…。俺なら払わないぞ。そんな大金。

「納得したかしら?」

「ああ。」

「次は私の番ね。キララはどこ?」

エスメラルダの瞳が怪しく輝いているように見えた。キララに何がある?

間違いなくキララを求めている。手駒として欲しい?

違うな。異様なものを感じる。

「居たのは間違いない。だが、暗殺後は知らない。」

「顔を見られて始末しなかったの?」

「子供で奴隷の証言なんか、あてにならないさ。」

キャビネットから酒を取り出し、ラッパ飲みする。美味い酒だ。

一般人なら一生飲めないかもしれない。

「そう…ならいいわ。」

どうやら諦めてくれたようだ。帰ろうとする俺に、エスメラルダが手を差し出す。

「なんだよ?」

「今のワイン代。」

ケチ臭いことを。袋から金貨を1枚とって渡す。

「足りないわ。あと4枚。」

「ぐっ…ほらよ。」

4枚渡すと、乱暴に扉を閉めて部屋を後にした。

当分は来るものか。依頼も受けないぞ。隠れている暗殺者達に注意しながら外へ出た。


空気が新鮮に感じる。



帰る途中で知人の店を見つけた。

危険の低いスラム街入り口周辺で、深夜営業に頑張る男だ。

名前は【クロソン】。屋台で酒や食べ物を売っている。

「遅くまで、ご苦労だな。」

「仕事だからな。それに深夜から朝方は売れが良い。」

スラム街は夜に活動する奴が多い。ライバルもいないし、売れ行きはいいだろう。

俺もよく利用している。

「何か買っていくか?」

「そうだな。」

先程からいい匂いがする肉の方へ目がいく。

昼から何も食べていない。

「お目が高いな。さっき焼いたばかりの鹿の骨付き肉だ。秘伝のタレつきで美味いぞ。」


確かに美味そうだ。食欲をかきたてる。

金も入ったばかりだ。多少の贅沢はしても罰は当たるまい。

「10個くれ。」

「毎度あり〜。」

そういえば、キララも腹が減っているか?

サディストのボルデンだ。ろくな食事を与えていないだろう。

「・・・・・。」

「どうした?」

「いや、あと10個追加だ。」

「毎度あり〜。」

甘いなと思った。まぁ飢え死にされても困るしな。

骨付き肉の入った袋を持って根城へ向かった。



宿屋に戻ると、ハムケルの姿がなかった。

どこに行ったのやら。気にせず部屋に入る。

キララは起きていた。怯えと警戒した目で俺を見ている。

嫌われたものだ。当然か。

「その包帯はどうした?」

よく見ると、キララの身体に包帯が巻いてある。自分で巻いたのか?器用な。

キララは答えず唸っている。本当に獣みたいな奴だ。

袋から骨付き肉を取り出すと、キララの目の前で揺らす。

「ほれ、食いたいか?」

「がぅう…。」

腹が減っているようだ。じーと骨付き肉を見ている。

右に移動すれば右へ。左に移動すれば左へ。視線が移動する。

…面白い。

「ぷっ…くくく…あははは。」

堪らずに笑ってしまう。

「ぐうううぅ…うがぁ!」

ガプッ!

「いいぃぃっ!?」

こ、こいつ!俺の指ごと骨付き肉に、かぶりつきやがった!

「いてぇっ!離せ!」

痛みに耐え切れず、骨付き肉が手から落ちた。

床に落ちる前にキャッチしたキララは、部屋の隅に移動して食べる。

よほど腹が減っていたのだろう。凄まじい勢いだ。

指にまた歯型が出来た。優しくするんじゃなかった。

「ちっ。」

舌打ちして椅子に座る。酒でも飲みながら俺も食べよう。

「…ついてねぇ。」

テーブルの上に置いてあった酒瓶は空になっていた。

どうする?今から買いに行くのも面倒だ。

だが、こんな時に限って無性に酒が飲みたい。

「ハムケルに売ってもらうか。」

吹っ掛けられそうだが仕方ない。

部屋を出てカウンターに行くと、ハムケルが戻っていた。

探す暇が省けて助かる。

「なぁ、ハムケル。」

「何だ?」

「その顔や腕の引っ掻き傷は?」

「・・・・・。」

理由は大体分かった。キララに包帯を巻いて手当てしたのだ。

親切にも。ご苦労なことだ。さぞかし抵抗されただろう。

「酒あるか?あったら売ってくれ。」

「金貨1枚だ。」

「…上等な酒だろうな?」

ハムケルが上等な酒を持っているとは思わない。

それで金貨1枚は、ぼったくりもいいところだ。

「ほらよ。」

「・・・・・。」

やっぱり安物の酒じゃないか。金貨1枚で何十本も買えるぞ。

非難の視線を送っても、涼しい顔でハムケルは受け流す。

このじじい。長生きしないぞ。

何を言っても無駄と悟った俺は部屋に戻った。

「スー、スー。」

ベッドでキララが眠っている。

腹がいっぱいになったせいか、幸せそうな顔をしていた。可愛い寝顔だ。

それにしても、こいつをどうしたものか。

エスメラルダに渡さない方がいい。俺の何かが、そう訴えている。

しかし、ここに置いておけない。

連れてきておいて無責任だが、俺は人の良い出来た人間じゃない。

いつまでも面倒は見てやれない。それに暗殺をしていれば、人に当然怨まれる。

一緒にいたら巻き添えを受けるだろう。

「・・・・・。」

考えるのが面倒臭くなった。明日考えよう。

骨付き肉を食って寝よう。

袋に手を入れると…なかった。

ないだと!?20個あっただろう!?

キララの方を見た。ベッドの下に食い尽くされた骨だけが落ちている。

あの短い時間で全部食べたのか!?

なんて奴だ!

ぐうううううぅ。腹が鳴った。

不幸だ。今日の俺はなんて不幸なんだ。



自棄になって安い酒を一気飲みした。



続く?