暗殺者と獣姫





「だ、誰だ!?ここをどこだと思っている!」

やせ細った男がヒステリックに叫び散らす。耳障りな声だ。

「うるせぇ、黙れ。」

ドカッ!

「ぷげろぉば!」

顔面に蹴りを入れると、面白いように転がっていく。

辺りを見回せば、手錠と足枷を着けられた少女が倒れている。

全裸で体中に鞭などで叩かれた跡があった。噂どおりのサディスト野郎だ。

「き、きしゃま!わ、私はボルデン伯爵だぞ!こ、こんな事をして、ただで済むと思うなよ!」

「ふ〜。」

俺は溜息をついて、腰にぶら下げている剣を抜く。

黒い刀身がランプの明かりで鈍く光る。

「ひ、ひいいぃぃぃぃっ!な、な、な、何のつもりだ!」

「見て分からないか?お前を殺す。」

ボルデンは見ていて笑えるほど、引きつった顔になっている。

「あ、暗殺者か!?」

何を今更。夜中に襲ってくる奴が、暗殺者以外の何者であろうか。

ゆっくりとボルデンに近づいていく。

「ま、ま、まて!お、落ち、落ちつけ!」

お前が落ちつけ。馬鹿が。

「誰に頼まれた!?報酬はいくらだ?倍払うぞ!?」

「ピィピィ、うるせぇな。」

バキッ!

「うげろでぼぁ!」

また顔面に蹴りを入れた。

鼻と口から血を流しながら、恐怖に歪んだ顔でボルデンは後ずさる。

コロコロと表情が変わる愉快な野郎だ。

「俺は依頼人が裏切らない限り、何があっても仕事は果たす。」

「ひぃあ、だ、誰か!誰かいないか!賊だ!殺せ!助けて〜!」

普段偉そうな奴ほど、死に際は無様で醜い。

刃の先をボルデンの目の前に突き出して黙らせる。

「誰も来ないさ。来るまでに近くの見張りは全員殺したからな。」

「なっ!?お、お、お、お助けを〜!命だけはお助けを〜!」

「随分と楽しんだだろ?」

ちらっと倒れている少女を見る。よほど酷い目にあったらしい。

ぐったりとして、ぴくりとも動かない。

「あ、あれは調教してたんだ!言う事を聞かない奴隷に躾をしていたんだ!」

「そうかい。でも、楽しんだだろう?思い残す事もあるまい。」

剣をゆっくりと振りあげる。

「や、やめ…やめろぉおおっ!」

ボルデンは絶叫するが気にせずに、思いっきり剣を振り下ろす。

ズバッ!

真っ二つになったボルデンは床に転がる。汚い血を撒き散らして。

さてと、仕事終了。気づかれる前にトンズラするか。

剣を鞘に戻して立ち去ろうとした時。

「あが…ううがぁ…。」

少女が声を上げた。何とも野生的な。こっちを見ている。その目はまるで獣だ。

興味を持った俺は少女に近寄った。

「おい。」

しゃがんで指で少女の頬を突ついた。

ガブッ!

「いぃっ!?いてぇええっ!は、離せぇっ!てめぇ!」

指に噛みつきやがった。しかもなんて力だ。

「こ、このぉ!」

ビシッ!

「くぁっ!」

首筋に手刀を叩きこんで気を失わせた。

「いてぇ…くそっ!」

指からは血が流れている。あと少し遅かったら、食いちぎられていた。

なんて奴だ。獣か、こいつは。

ピイイイイイィィィーーーー!

笛の音。どうやら見張りの死体に気がついたようだ。

早く逃げないとまずいな。

「…うぅ…がぅ…。」

「………。」

何をしてる?早く逃げろ?

こんな奴ほっとけ。指を食いちぎろうとした奴だぞ。

この後どうなろうが俺の知ったことか。

そもそも、まともに動けない奴なんて、逃げるのに足手まといなだけだ。

「…あぅ…ぐぅ…。」

「………。」

畜生!何でこんなに気になるんだ!

ダダダダダダダダダッ!

複数の足音が近づいてくる。俺は少女を担ぐと逃走した。

これが少女との奇妙な出会いだった。

あとで知るが…こいつの名前はキララ。

俺の人生を狂わせる存在になるとは…。

後ろから矢や魔法が飛んでくる中、必死に逃げている俺に知る由もなかった。



続く?