恐らく、僕の運命を変えたであろうその出会いは、冒険者通りと呼ばれる場所で起こった。
「今晩は、少年? そんな浮かない顔をして、何事かお悩みかな? 先程から君がその通りを往復した回数は十三回。歩数にして、およそ八千三百九十八歩。距離にして実に二千六百三メートル……と、三十八センチ。賢明な提案があるのだがどうだろう。私で悪く無ければ、君の話し相手になりたい」
僕とそんなに年の変わらない……いや、僕よりも幾らか若く見えるその少女は、僕に向かってそう言った。疲れ果てていた僕は、その誘いにただ一度だけ、頷いてしまったのだ。
「まずは人がいる、それが多数だ。そこに私が来る、それが観測者だ。そこに君が現れる、それが主観だ。単純な事実にこそ、真実は宿る。───そんな些末なことにさえ、周りが見えなくて……気付けないこともあるのだな」
その瞬間、僕は逃げ出した。脱兎の如く。
多分、少女は見抜いたであろう僕のやろうとしていた事を恥じるように。
心に持っていた背徳と言う名の聖域を、覗き見された事を畏れるかのように。
そして僕は一度はその場所を離れたのだが、結局他に何も思いつかず、戻って来てしまった。その、少女と出会った冒険者通りに。
「やあ、御機嫌よう」
少女はそこで待っていた。いや、僕だけを待っていた訳では無いかも知れない。むしろ、僕が来ることを見越していたのかも知れない。
「少年、先日の葛藤についての回答は出せたのかな? 君と別れてから、今日で丁度六日間。時間にして、百四十四時間。分にして、八千六百四十分。秒にして、五十一万八千四百秒。と、言ってる間にも十六秒が過ぎてしまった。今度こそ君の、話し相手になりたい」
僕にはもう、逃げるだけの気力も、迷うだけの余裕も残っていなかった。だから、再び頷くのは間違いなく必然。この少女は、それすらも……いや、その程度はどうせ見越しているのだろう。再び僕が、此処に来た理由ぐらい。
「奪う者と奪われる者、それが勝者と敗者だ。三人の時の神、彼等は君を決して待ってはくれない。労働に対して不当な対価を得る方法、それは───」
「もう、いいです」
予想通りだった。
見透かされていた。
僕がそれを犯す前に、少女は諭してくれるのだろう。
「僕が全て、悪いんです」
けれど、うんざりだった。
魔が差したとか、そういうんじゃない。
僕は僕の意思で、それしか選ぶ道は無いと考えたんだ。
「だけど、止める積もりはありません。僕にはもうそれしか無いんです。例えそれが、下賎であっても。例えそれが、悪いことだったとしても。だから僕は、止めません。止まりません。だから───」
「それが、狭窄だと言っているんだ」
少女は僕の言葉を遮り、微笑んだ。いや、思えば最初から少女は笑っていたような気もする。今僕が、それに初めて気付いたというだけで。確かに僕は、視野が狭まっていたのだろう。
「私は君を、肯定しに来たんだ」
「……え?」
そんな単純にことにさえ、気付けなかったのだから。
「成る程」
詰まらない、少女からしたら本当に詰まらない、些細な僕の身の上話を聞かされて、少女はそう言った。
「どうやって金を作るか。それが最大の、いわば問題だ。どのような手段を執ろうとも、君の意思は君のもの。誰が侵すべきでも、咎めるべきでも無い聖域だ。ただ、掏摸……それも冒険者相手の行為は、大胆を越えて既に無謀の領域だと言える。どうせ背くなら、より良い……もっと冴えたやり方があるさ。同じ連中を、相手にするのでもね」
「どういう、ことでしょうか?」
僕がそう聞くと、少女は魔法のような手つきで、羊皮紙を丸めたモノ───それを何処からか取り出した。
「力を利用しない手は無い。上手く立ち回るだけの要領、或いは意志を持つならば。同じだけのリスクを負うのであれば、出来るだけ高い対価を受け取ろうとするのは……人間なら、当然のことじゃないか?」
僕は受け取り、それを開いてみる。これ、は……。
「この国の者なら、知らない人間は居ないよね。ハイウェイマンズギルド……の紹介状さ。此処なら君が復讐したい相手、害したい相手に、最も高い対価を得ながら君の負う問題を解決出来る。立ち回り方次第では、お山の大将ぐらいにはなれるさ。さて、どうする? これでもまだ、君は大胆を越えた……無謀な行いを続けるかい?」
答えは決まっていた。
「う……あ……嘘、よ……」
あの少女が言っていたことは本当だった。
此処では要領、そして何よりも運さえあれば幾らでも自分の目的を果たせた。
既に、精液と愛液でぬるぬると言うよりはドロドロ……泥沼のようになっているそれに、僕は腰を振っていた。
「嫌、嘘……嘘ォ……嫌ぁ……」
僕は、たまたま冒険者達を見つけて。
たまたま、そこに強いモンスターが現れて。
そして本当にたまたま、冒険者達がそれに負ける程弱かっただけ。
「私は、こんな奴等に負ける程……」
『仲間達』は、そんな譫言を笑い飛ばす。
そう言っても犯られてるじゃねえか、と笑い飛ばす。
でも、僕はそうは思わなかった。
「嘘、こんなの嘘……嘘よぉ……」
もしかしたら、冒険者達は怪物よりも強かったかも知れない。
そうでなくても、僕のような奴が二十人ぐらい集まっても、一撃でその全てを倒せる程度には強かったように思える。
ただ、運が悪かっただけ。運が悪かったせいで負けたんだ。
「でも、これが現実」
「っ……!」
僕は勢いよく、深く突き上げ、中に子種を注ぎ込む。それが、徐々に彼女の力を削り取っていくのを感じながら。
今の彼女であれば、きっと。僕が正面から襲いかかっても勝てる気がする。女なんて、一皮剥いてしまえばこんなものか。
★弱った所を襲い掛かれ!
数に頼ったところで所詮我らはただのチンピラ、女戦士のひと薙ぎでまとめて惨殺されてしまう存在である。しかし、迷宮内には我々の張った様々な罠、そしてワイズマンの送り出した怪物どもが居る!女冒険者共がそれらを相手にした直後、最も弱った状態を狙うのだ。勝率はぐんと上がる。
ふと、ハイウェイマンズギルド六つの心得が頭を過ぎる。成る程、確かにその通りかも知れない。
「今のでいい加減、妊娠したかも知れませんね?」
「……!い、嫌ぁ……」
僕は言葉で追い打ちをかけると、膣から自分のモノを抜き、女の口を使って無理矢理綺麗にさせるとズボンを上げ、ベルトを締めた。
僕は、たまたま運が良かっただけ。彼女は、たまたま運が悪かっただけ。
でも僕は、その運を掴むために最大限の努力をする。何時間も息を潜めて獲物が通るのを待つし、無謀にも万全な状態の彼女等に襲いかかるような真似はしない。
「ヒャハハ、それじゃあ今度は俺と楽しもうか」
「ヒヒヒ、次は俺な」
「じゃ、俺はその次だ」
「いやいや、同時にやろうぜ。穴は三つあるんだし」
「や……やぁ……もう、嫌ぁ……」
下卑た会話で、じわじわと精神を削り殺される。多分、あの女は明日には性奴隷として堕ち、売られて行くのだろう。
「それじゃあ僕、見回りに行ってきますね。途中にいいモノが落ちてるかも知れないし」
「おうよ、行ってらっしゃい」
多分、運悪く最中に踏み込まれたら、僕は為す術もなく女冒険者達に斬り殺されるだろう。
けれど、それは本当に運が悪いだけだろうか?
見回りをしたり、細かな配慮をすれば防げるのではないだろうか?
「……ックク」
知らず、僕は笑っていた。そういえば、二階の爺さんが罠の張り方を教えてくれるんだっけか。
それに、ギルドニュースに近日、大量の冒険者が此処に来るとあった。そうなると、多分此処もすぐに危なくなる。
僕は女冒険者が持っていた剣を拾い上げると、笑顔で『仲間達』を見捨てて……二階へと向かった。