性奴売買からさらに数ヶ月後。ハルヒは側仕のあやめの手によって救出された。 ハルヒが監禁されていた屋敷に住んでいた者は全てあやめの手によって葬られ、 血に塗れた地方領主の館は事件後間もなく取り壊された。そのことからもあやめの怒りようは伝わってくる。 最も懸念されたハルヒの精神状態であったが、これはあやめが生きていたという事実が支えになり、 母国についた頃には本来の気質を取り戻して市民と何度か普通に会話をしたという記録が残っている。 また、病床であやめに自らが体験した冒険談を、 まるで今まで絵本を読んでもらったお返しのように無邪気に喋るハルヒの姿も目撃されている。 むしろ問題になったのはお腹の子供の方であった。 ハルヒは正気に戻って尚、子供の出産を受け入れようとしたが、 当然、父である王を含めた親族も誰の子であるかも分からないお腹の子供を産むことに反対した。 ハルヒはあやめに助力を頼み、誰も知らぬ地下通路で半ば強行的に出産。 しかし監禁され弱った身体に加えて悪状況による出産の影響で、 子供を産み落とすとそのままハルヒが目覚めることはなかった。 王は事の子細をを知ると直ちに子供の殺害を命じたが、赤ん坊はいつの間にかあやめと共に姿を消していた。 出産に立ち会った産婆の談話によれば女の子であったと推測される。 この事に激怒した王はハルヒの遺体を王家の墓地には葬らず、町の片隅へとぞんざいに葬った。 無造作な石塔が一本建てられ、「ハルヒ」とだけ簡素に刻まれた墓は数年間放置されたが、 王が病に倒れると、ハルヒの墓を王家の墓地に移すよう言い残し、王もこの世を去った。 だがこの遺言も果たされることはない。 クルルミクの新王・ハウリがグラッセンとの間で二心を抱いていた国を暴きだし、 幾度となくクルルミクとグラッセンの双方から攻められ続けた国は王の遺言を果たす間もなく滅びた。 今では地図にその名は無く、グラッセン領の一分として円滑に領主の手によって治められている。 こうして、滅びた国の見捨てられた王女の墓は時代の流れと共に朽ちて消えていく、 ―――――はずだった。 国が滅んで10年の月日が経ってからのこと。 特にめぼしい見せ物もないこの町に幾度となく観光客が訪れてはハルヒの墓を磨いていく姿が目撃されるようになった。 とりわけ親子連れが多く、必ずといっていいほど子供の手には一冊の絵本が携えられている。 その絵本は作者も不明。いつからか世間に出回り始め、 気がつけば子供をあやす定番とも言える絵本になっていた。 絵本の内容は、 1人の少女が美しい竜騎士と側仕、仲間達に助けられながら、 幾度の出会いを経て成長し、最後は勇者として世界を救うという他愛のない創作からなる一冊。 ディアーナは言った。 人の口伝に残ればその名は生き続ける、勇者とはそうした人々だったと。 だがハルヒは勇者ではない。誰も救えなかった。何も成せなかった。 パーラは言った。 誰かの為に戦ったから勇者になれると。 なら、彼女にもそう呼ばれる資格はあるのではないだろうか。 本の名は「勇者ハルヒのぼうけん」 この絵本もまた、「めでたしめでたし」で幕を閉じる。 完