それから2日ほど無為に時間が流れた。 監禁部屋で拘束されたまま、時折食事が運ばれてくるだけで何もない日々が過ぎていく。 その中で、ハルヒは徐々に自分を取り戻し始めていた。 壊れた玩具のように異物を出し入れして自慰を繰り返していたが、それもいつの間にやら収まっている。 『ディアーナがギルドに捕縛され売り飛ばされた』 捕らえられた暗闇の中、この事実だけが濁りきったハルヒの意識を怒りで澄ませていく。 さて。女は調教士と呼ばれる特殊な職業に従事する人間だった。 初対面の人間の内面に触れ、それを翻弄し調教を施すには何より情報が必要である。 さしあたってこの空白の時間はその情報収集に当てられ、 或いは、人として壊れてしまっていたハルヒの回復を待つという意味もあったのかもしれない。 「おはよう」 女は軽快な口調でハルヒに挨拶をした。 ハルヒはその顔に苛立ちを覚え、呆けた生来の気性に珍しく睨みつけた。 「こわいわねぇ。でもようやく直ったようで安心したわ、ハルヒちゃん」 思いのほか剽軽な声をあげた女に肩すかしを食ったか、 ハルヒは大きく深呼吸した後、自らの怒りを出来るだけ抑え、言った。 「……金銭報酬が目当てなら代わりに貴方が希望するだけの金が国元にあります。お願い。ここから逃がして。」 こうした形式張った言葉を嫌うハルヒが二晩の間に出来うる限り頭を働かせて考えた嘆願であった。 だが、女はその嘆願を一笑に付す。 「あはは、嘘をついちゃダメよ。ハルヒちゃん。国に帰っても自由に出来るお金なんて限られてるでしょ?」 女は全てを見透かした上でハルヒの浅知恵を嘲笑った。 「放蕩が過ぎて王から見捨てられてる王女に誰が大金を出してくれるって言うの?  あなたはいらない子なのよ。たぶん自覚はしてるんでしょうけどね。  ハルヒちゃんが国に帰っても誰も喜ばないわよ。それならここで愉しく暮らしましょうよ。」 「……あたしは、あの人を、助けたいだけなの」 「諦めなさい。あなたの味方はもういないのよ。あやめちゃんも死んじゃった今、国に帰ったって…」 「え…?」 女の言葉にハルヒの表情が凍り付いた。ハルヒは飛び込んできた言葉が理解できない。 女は魚がえさに食い付いたと言わんばかりに大仰に、繰り返し言った。 「ええ、死んだわよ。あやめちゃん。まだ若いのに可哀相にねぇ」 あやめは故郷の国で唯一ハルヒの味方だった側仕。 ハルヒはまだ混乱している。あやめは自分を見捨てて故郷に帰ったはずなのに。 病気だったか、あるいは事故か。あらゆる凶事が駆け巡るが輪郭を持たない。 ハルヒは悩んだ末、ようやくすがりつくかのようにつぶやいた。 「嘘、だよね…?」 女はあまりに予想通りの反応過ぎて、笑いを噛み殺そうと口を押さえている。 深くため息をついて息を落ち着かせ、ハルヒの問いに答えた。 「嘘じゃないわよ。戦場で焼死体で発見されたと書かれたグラッセンの報告書の写しも手に入ったし。」 「……は……あ、は、はは。やっぱり、嘘だぁ……あやめは故郷に帰ったのに何でそんな所…」 「ああ、そっちの方が嘘なのよ。あなたを心配させない為の方便って奴ね。  かわいそうにねぇ。ハルヒちゃんが宮廷に戻れるように一生懸命斥候として働いたっていうのに。  長い黒髪の綺麗な子だったんだってね。遺体は見る影もなかったそうよ。誰か分からなかったくらいに黒こげ」 「…………」 ハルヒはもう返す言葉を持たなかった。 長い黒髪。たしかに女の言うあやめはハルヒの知る、あのあやめの特徴と一致する。 女の唇を凝視し、その口から発せられる言葉にただ聞き入る事しか出来ない。 「ハルヒちゃんのお父さんは悪い人でね、クルルミクに兵を貸してるくせに同様にグラッセンにも兵を貸してるの。  両方が争って末にどちらが勝っても困らないようにね。小国の生き残る為の知恵ってことかしら。  それであやめちゃんはグラッセン側に派兵されたわけ。…うふふ。何で黒こげで発見されたか分かる?」 女は勿体つけて嬲るかのように口を邪に歪めてせせら笑う。 しばし間を置きハルヒの狼狽ぶりを楽しんだ後、ずいと寄ってハルヒの目を見つめると「竜よ」と堰を切った。 「斥候っていうのは敵がどこに陣を張ってるか、どういう部隊を成しているかを先駆けて調べるお仕事なの。  もちろん大人数で行くわけにもいかず常にと言っていいほど単独行動。グラッセン兵が発見した時には既に死んでたそうよ」 「……そんなの、やだ……」 「まぁまぁ、まだオチは終わってないから最後まで聞きなさいな。ここでもう一つ、面白い情報が手に入ったのよ。  今度はクルルミク側の報告書の写しなんだけどね、これには戦場での竜騎士様の輝かしい戦績が載ってるわけ。  で、さっきの報告書と照らし合わせていくとあやめちゃんを竜の炎で焼き殺したのは……」 女の言に裏を感じ、ハルヒの背筋に寒気が走った。 「やだ…」と声にもならぬ声が漏れる。それを待っていたように女はその言葉に合わせ、言った。 「白竜将のディアーナ様よ」 言葉に反射するように、ハルヒの目から大粒の涙がこぼれ落ちていく。 なんで、と言おうとするが嗚咽に混じりうまく音が出ない。 聞いてしまった文言を否定するかのように首を振り、その度に涙が辺りに散って落ちる。 「…や、らぁ!…やだぁあ…!」 「ディアーナ様を責めちゃダメよ? あの人だって戦場で敵に出会ったなら殺さなきゃならない立場の方ですもの。  それで? 誰を助けに行くのか聞いてなかったわね。誰を、助けに、行くの?」 「……いや……だ……もう…や…」 「ハルヒちゃんだってたくさんギルドの連中を殺したそうじゃない。  たしか1000人斬りだっけ? 凄いわねぇ。まるで勇者様みたいよ。」 これがトドメになった。 ハルヒはうつむいたまま、まるで糸の切れた人形のように動かない。 実の父である王から嫌われ、唯一の理解者であったあやめが死に、 尊敬し支えであったはずのディアーナは仇となってしまった。 無論、これらが真実であるという保証もない。だが今のハルヒにはそれを確認する術も無く、全てを享受するしか道がない。 さらに最後の夢であった「勇者」もまた、ならずものを無邪気に屠ってきた行いの罪の重さを今になって思い知らされ、 酷く禍々しく、まるで勇者がハルヒの全てを奪ったかのように錯覚してしまうほど、ハルヒは憔悴している。 これ以上追い込めば再び殻に籠り、精神が壊れてしまう。女はこの期を見逃さない。 女は瞬きする度にこぼれる涙を優しく拭き取り、ハルヒを自分の子供のように優しく抱きかかえた。 柔らかい胸の感触がハルヒの顔を包む。 「…かわいそうに、みんなひどいわよね」 「…ふっ……う、ぅ…」 「でも、もう大丈夫。あたしが全部忘れさせてあげる」 ハルヒはその言葉に安堵を感じるのを隠せない。 目からは涙が引き、女の豊満な胸に埋もれて見上げると女は母のような目でハルヒを優しそうに見つめる。 女は無言で指を櫛にしてハルヒの髪に愛おしそうに通す。それがハルヒには何とも心地よい。 しばし見つめあうと女はニコリと無邪気に微笑む。 「すぐに私が『かいぞう』してあげるからね」 「……かい、ぞう…?」 女の口から思いがけず出た言葉の意味がわからず、ハルヒは無意識に復唱する。 女は「そうよ」とハルヒの頭をもう一度撫でたあとに、 「これからハルヒちゃんをあたしが改造してあげるの。とはいっても注射や切ったり痛い事する訳じゃないのよ。  ハルヒちゃんはこれから男の人を悦ばせる為だけに生きる牝奴隷になるの。素敵でしょ?  何もかも忘れさせてあげる。大丈夫よ。とっても気持ちがいいことだから」 もはや言葉の意味などどうでもよかった。 ハルヒの中の支えとなる物は全て消え失せた。 牝奴隷。それがその代わりになると言うなら。ハルヒは甘んじてそれを受け入れる事にした。 女が指でハルヒの膣に触れると既にそこは期待からか、わずかに湿り気を帯び始めていた。 それから数ヶ月、ハルヒは女からあらゆる調教を受け、心の底から性を享受するだけの性奴隷に身を堕としていった。 あの時見たディアーナの夢を最後に、ハルヒが二度と夢を見ることはなかった。 続