はじめに このSSは、あくまでMORIGUMAの勝手な妄想において、 竜神の迷宮事件が、20年後に引き起こすIFという事で、 組み立ててみてます。責任は私にあります。 変わる人、変わらない人、時は残酷に過ぎていきます。 勝手に引っ張り出したキャラの親御さんで、 ご不満がおありの方は、遠慮なく申し出てくださいませ。 <壊れた心を引きずって>その15 『聖と闇の戦場(1)』 byMORIGUMA ドッドドッドッドドッドッドドッ 地を響かせる重厚な音。 800キロを超える馬体に、重量級の騎士と鎧、そして巨大な馬上槍の重量が大地を穿つ音。 馬と人、二つの生命体が最高の装備と体力を重ね、質量と言う問答無用の力を背負い、突撃する。 その突進力の前には、いかなる重装備の装甲歩兵も跳ね飛ばされ、踏みつぶされ、踏み殺される。 おびただしい槍を並べ、突入を防ごうとするファランクス(6メートルを超える長槍を持つ密集した重装歩兵)も、加速度により数トンの質量と化して突撃してくる重騎兵の前には、風になびくカヤのごとく踏みしだかれる。重装備の騎士と戦闘馬には、鋭い槍もまず刺さる事は無く、刺さらねば当たった槍先は弾き飛ばされ、次の瞬間、その槍先にかけられるか、ひずめに踏み殺されるかの二つに一つである。万が一、槍が幸運にも敵をとらえたとしても、その質量を支える方法が無かった。槍を支えようとした腕は粉砕され、身体で支えようとすれば、自分が跳ね飛ばされる。現代でも、車と人がぶつかれば、人が勝つ事は100%ありえない。それが質量差である。 北方騎士団の先陣騎士、ローファイス・デン・マクマフォンが、左手を高く上げた。 彼は、先陣を切る事を許された優れた騎士であり、騎士団長、副長を除けばナンバー3の地位にある。 地鳴りのようなひずめの音が止まり、全軍が足を止めた。 そして、彼のみが前に出る。 「さがってろ。」 暗黒騎士インペラドの命令に、仲間たちは少し下がり、護法円を描いた。 万が一、視界外から伏兵に襲われた場合への用心である。 ゆらりと暗黒騎士は前に出た。 ローファイスは、疑わしげな色を濃い灰色の目に浮かべ、傷のある顔を歪めた。 「暗黒騎士とかいう、こけおどしを着て、それで満足か?。」 一人、ひょうひょうと立っている背の高い騎士。 兜すらかぶらず、全身を黒いプレートメイルでよろい、黒のマントをつけ、長い剣を腰に帯びたまま、長い黒髪をなびかせている。 その整った顔には、殺気すら無く。のんびりとほほ笑んでいた。 ローファイスの侮辱に、にこやかな口元が裂けたように広がる。 「きさまのその姿は、舌戦の申し込みか?」 一瞬、聖騎士は怒りで蒼白になった。暗黒騎士の一言は、『鎧と騎馬で論戦をしに来た臆病者』と面罵されたに等しい。 「ウォラアアアアアアアアアアアアアアアッ」 瞬時、馬の腹を蹴るや、雄叫びと共に馬上槍が全質量を乗せて襲いかかった。 全力疾走を始めた騎馬の、初速は30キロ、秒速に直せば8メートルを超える。 ひずめが掻き上げる土砂が、凄まじく飛び散り、光る槍先が暗黒騎士の心臓めがけて走った。 だが、槍が心臓をとらえると同時に、その姿が消えた。 上はあり得ない。通常、右か左、あるいは後へ逃げる。だが、どこへ逃げようと槍先は逃がさず心臓を捕えたはずだった。 ギラリと、黒く太い長剣が閃く。 <<<<グウゥォォォォオオオオオオオオオオオオ>>>> 剣が闇を帯び、赤い燐光を放ち、さらに太く、重く、巨大な怪物と化す。 暗黒騎士は、前に出ていた。 前に立つ物全てを踏み砕く騎馬のひずめ、かすりでもすれば、即座に肉と骨を持っていかれる大質量の躍動、そのほんの右に。 闇が肉を食いちぎり、赤き燐光が骨を噛みちぎった。 振り抜いた闇の剣は、馬と騎士の身をごっそりと喰らいつくし、断ち切った。 ズドドドドドッ 凄まじい音が転がる。騎士と騎馬だったものは、物言わぬ肉塊と化してどこまでも転がった。 騎士の群れは微動だにしない。 中央にいる騎士団長、オーセヴァイ・ロコ・マルタが、右手を上げる。 「称えよ、あの怨敵を。あれこそが、真に我らの敵と認めよう。我ら、全身全霊をもってかの敵を、魂の一片まで砕き尽くさん。」 ウオラアアアアアアアアアアアアアアアア 聖騎士たちの真なる高揚が、荒れ地を包み込み、戦場と成した。 いかなる敵とも、一片の恐れも無く、全力で撃ち果たす神官騎士の悦びの声。 たとえ腕を断たれ、腹をえぐられようと、彼らは宗教的陶酔の中、苦痛すら覚えず命の火が消えるまで全力で戦い続ける。 防護の燐光、生命力の緑光、恐怖を打ち消す聖なる声、それらが同時にいくつも巻き起こり、騎士団全体を包みつくす。 100騎の騎士団は、1000人の兵団を踏みつぶし、3000の軍団すら蹂躙する。 騎士に効果のある弓矢は、その勢いを失い、槍先を向けようとすると目がかすみ、膜がかかったようになる。 聖騎士は疲労を感じず、戦場にある限り力にあふれ、浅い傷は即座にふさがる。 心は高揚し、恐れを感じず、騎士団の命令は常に消えることなく耳に届く。 神の力は、この世界では現実的で最も恐れられる恐怖そのものだった。 ゆっくりと、巨竜が動くように、騎士団が動き始める。 とぐろを巻くように、右向きに、槍の壁が黒い騎士を包み込むように。 ガサガサガサッ 藪の中、薄暗がりに目が慣れる。 そっと押さえられた手と口。 何より殺気が無く、優しく抱きつくような動き。そして若い男女の香り。 子供がじゃれつくような動きに、母親でもあるエルザは、殺気が抜けてしまう。 目の前に柔らかい少女の笑顔があった。 見た目の年齢は14、5歳。きめ細やかで、シミ一つない白い肌と、大きな黒曜石のような黒い瞳が強烈なコントラストを描いている。 美しい顔立ちなのに、どこか享楽的な危うさを発する美少女だった。 「お静かにお願いいたします。エルザ・クラウン様。」 その側には、まだほんわりした少年の顔。 彼も見た目は同じぐらい。闇色の肌がぬめるように輝き、異様な艶と美しい切れ長の目が、ゾクリとするような色気を発している。 こちらは、何故か視線に背筋をくすぐられるような錯覚を覚える美少年である。 「はじめまして、エルザ様。母さま、いえ“15”様からお名前はよく聞かされています。」 少女はエルフの血を引いているらしく、特徴的な耳をしている。 少年は、ダークエルフの血が濃いらしく、闇色の肌をしていたが、純血ではないらしい。 何より“15”の名は、大きかった。 あの日が、さまざまな出来事が、竜神の迷宮全てが、昨日の事のように思い出される。 「あなたたちは、“15”の・・・?」 迷宮に現れる前に、人間のキメラのようにされてしまった彼女は、妊娠の機能も失っていたはず(能力的には床上手だが)。 彼女に子がいたとは、聞いた事が無い。 「ここは危険です、こちらへ。」 エルザの質問には答えず、藪の奥から、木を伝い、崖の中腹にある小さなほら穴へ導かれた。 厳重な魔法結界が4層も施され、目に映れども見えず、強力な『感知』の魔法を使われても、一切分からないようにされていた。 ほら穴の奥は鍾乳洞があるらしく、水の音がかすかに聞こえてくる。万一の時の逃走ルートでもあるようだ。 先ほどの、“瞬拳”の彼女すら押さえた技量と言い、用意周到な準備と言い、明らかにこの二人は忍びの訓練を受けている。 忍びとは、ゲリラ戦の名人であり、逃走の達人でなければならない。 生き延びる技術こそ、忍びの至芸。 死なない敵ほど始末に悪いものはないのだ。 「我ら、“15”様に拾っていただいた鬼子(同じ種族からうとまれる子供のこと)。私は無名(むな)」 娘がかすかな、息遣いを操って放つ、2メートル以内にしか聞こえない忍び声。 「本来なら、部族から嫌悪され、殺されるはずだった子供です。私は無影(むえい)。」 少年が、何気ない口調で、平然と恐ろしい事を言った。 「あの方は、本当に人が良い。助け出したのなら、それで終われば良いのに。」 ギクッ エルザが、目を見開いた。 『まさか?。』 彼女の顔色を、ダークエルフの少年はやすやすと読み取る。 「我らの母親もまた、竜神の迷宮に挑み、捕えられ、性奴隷にされたのです。」 ほんわりした笑顔のまま、やすやすと血反吐のような言葉がこぼれ出る。 その笑顔が、まるで作り物の面のように見えた。 “15”は、クルルミクの英雄として崇められる存在になりながら、小さな食堂を営み、静かに暮した。 その陰で、あの迷宮に参加した者たちを追い、捕えられて性奴隷にされた女性たちを、何人も助け出している。 ただし、助けられた女性が幸せになれると思ったら大間違いだ。 女性としての根底を破壊され、心身に深い傷を負い、そして周りはむしろ残酷にそれを責める。 ましてや、父親の分からぬ子を孕んでいれば、石を投げつけられるようにして追い出される事も珍しくはない。 一体どんな血をひくか分からぬ赤子、そんなものを部族に入れれば、後々のわざわいになりかねないからだ。 その点、エルフもダークエルフも、殺し合うほど反目していながら、呆れるほど似通った思考形態をしている。 “15”と、その仲間の密かなとりなしがあったとはいえ、母親はまだしも『赤子には罪はある』のである。 “15”が引き取ると約束していなければ、生まれた子はすぐ殺されるはずだった。 “15”は引き取った二人が成長すると、己の知る忍びの術を、徹底的に叩き込んだ。 「変わった方ではありましたが・・・」 少女がくすっと笑う。 「本気で、必死に、ありったけを教えて下さいましたわ。」 すでに“15”はいない。 昨年、風呂に入ろうとしてひっくり返り、トンボ返りを切ろうとして回りすぎ、壁面を突き破るほどの激突は、瞬時に装着したガッチャマンヘルメットで助かったのだが、うっかり大黒柱までへし折ったため、崩壊した建物に巻き込まれ、2時間後に死亡している。 本人が死ぬ前に、色々怒鳴り合いをしていた内容を総合するとそうなった。 『こんな死に方ってありえねーっ』 『忍びの恥でしょおっ!』 『やめんか、いまさら』 『悟ったような言い方するな』 『頼むから、記録はやめてくれぇぇぇ』 これが、公式に記録された“15”の最後の言葉である。 洞窟の入り口から数歩入ったところに、寝台ぐらいの比較的平らな岩があり、分厚く杉の若葉が敷かれている。 その上に伏せると、木の枝の隙間から戦場となろうとしている荒れ地の大半が、透かして見えた。 この徹底した用意周到さ、二人の忍びの能力に、エルザはあきれ返った。よほど情報収集能力が高いのだろう。 北方騎士団の動きと狙いを察知し、ここが戦場に成ることを予測していたとしか思えない。 むしろエルザの方が、予想外の飛び入りで、“15”の友人であることから放っても置けず、あわてて回収に来たのだった。 3人とも視力は鳥に等しいものがあり、見るには不自由はない。 エルザを真ん中に、川の字になってその上に伏せた。 ちょうど、先陣騎士が暗黒騎士に挑みかかろうとしている所だった。 「なっ?!」 「えっ??」 「そんな・・・・」 だが、3人の視力をもってしても、暗黒騎士の動きを追い切れなかった。 荒れ狂う狂獣と化した黒い剣が、まるで巨大な牙をもつ口のように、聖騎士を馬ごと、重装備ごと引き裂き、複数の肉塊と化す。 突撃する勢いそのままに、肉塊は凄まじい速度で転がっていく。 恐怖が、背筋を突き抜ける。 見るものを、理性が拒否する。 あまりの衝撃に、体までもが痺れ、恐れが寒気となり、全身を震わせた。 肌が、ガタガタと震えた。 抱きついてくる若い肢体も、冷え切っていた。 何なのだ、あれは。 転がり落ちた首と腕が、そう語っていた。 驚愕のまま、自分が死んだことすら理解できず、土まみれになって止まっていた。 エルザは、子を育てた豊満な胸に、二人を抱きしめ、自分も抱きしめられ、必死に体温を貪り合う。 むりやりに逃避しようとする意識を押さえつけ、己の目に焼きついたものに歯をキリキリと食いしばる。 聖騎士を残骸に変えた一瞬、暗黒騎士の姿が黒くぼやけ、その剣や身体を闇色のもやが包んだ。 無数の巨大な角と、長い尻尾をつけ、背中に10枚の闇の羽を背負う黒い姿。 それを3人ははっきりと見ていた。 その姿を見ることが出来た者は、この戦場では5人しかいなかった。 一人は、残骸と化した先陣騎士、そしてエルザら3人、最後の一人が、マリカ・ルティナ・ゴンチャロフ。 目の前でそれを見た者、ダークエルフなどの闇の血を引く者、最後は霊視に優れた能力を持つ者。 『あれは、何だ?』 聖騎士、副団長のマリカ・ルティナ・ゴンチャロフは、わずかに眉をひそめる。 並みはずれた体格と、濃い褐色の肌をしたたくましい身体だが、その胸と腰の優美なラインは間違いなく女性。 くりっとしたドングリまなこは、あどけなさすらあり、人を引き付ける魅力があふれている。 ぶれた暗黒騎士の姿、そして包むもや、その中の明らかに異界の存在。 だが、他の騎士たちは、それに気づいていない。 ブロロロロオウウウウウウ 彼女の愛馬、6本の足を持つ魔獣スレイブニルが、激しくいななきの声を上げた。 シルエットこそ馬だが、その牙は明らかに肉食獣のもの。 彼女を主と認め、いかなる戦場も低く震えるような声を漏らすだけだったスレイブニルが、初めて激しくいなないている。 『母さんが、必要になるかもな。』 背負うのは、凄まじい重量を持った巨大なメイス。母親の形見であり、あらゆる戦場を母と共に駆け巡り、国すらも救った武器。 スレイブニル以外の馬では、彼女とメイスを乗せる事は不可能な質量を持ち、彼女の守り神に等しい代物。 娼婦をいやしいと見ることのない東の国で、彼女の母親は危機に陥った国を救い、救国の英雄として死後は女神と崇められた。 その名は、チャイカ・ゴンチャロフ。竜神の迷宮で囚われ、性奴隷として売り飛ばされた一人。 彼女の愛用したメイスは、救国の神器となり、持ち主に優れた霊視の能力を与えるようになった。 そして娘のマリカは、優秀な神官騎士であり、母親譲りの優れた肉体に、神官長も望めるほどの霊的才能があった。 その美しい横顔には、一片の動揺も無く、これまた母親譲りの肝っ玉は、よほどでかいらしい。 凄まじい聖の暴力が、強大な群れとなって、戦場を巡り始める。 ゆっくりと、巨竜が暗黒騎士を包み込むように。 暗黒騎士の唇が、裂けたように広がる。笑いの形へ。 「悔いなく死ね」 続く