<壊れた心を引きずって>その13『屍の娘たち』 byMORIGUMA   チャキッ! 細く、長い、鋼の爪が伸びた。  殺す、殺す、殺す、ころす、ころす、コロス、コロス、コロス、コロス、 急旋回する思考、 神経が針のごとく鋭さを増し、 ただ殺戮の業火だけが、目の前を真っ赤に染める。 その顔、輝くごとき白。 その目、獣のごとき無情。 金色の腰まである髪をなびかせ、 細いあごをかすかに引くと、 薄くなめした黒皮のブーツが、 風を切って走り、飛び、蹴った。 黒の短いスカートが、フワリと細かいひだを広げ、 妖しい黒のガーターと下着が躍動する。 真っ白い肌との対比。 形よく突き出した胸を、 薄い黒皮の胸当てが隠し、 両肩を覆う、青白い光を放つ黒の肩当て、 5つに分かれた、赤い裏地の黒のマント。 金と、白と、黒。 それが、殺戮の乱舞を舞う。 10センチ近いヒールで、 襲いかかる剣を、風に乗る木の葉のようにかわし、 右ひざを突き上げ、 飛び立つ鳥のように両手を羽ばたかせ、舞い上がる。 顔を、目を、喉を、切り裂かれ倒れる戦士。 走り抜ける小柄な姿、 あらゆる物が、切られ、断たれ、引き裂かれ、 魔力を帯びた殺戮の爪は、全てを寸断していく。 わずかに不意を撃つ矢も、 肩当ての防御膜が、甲高い音を立ててそらした。 長い爪は、無数の命を、雑草のようにむしり、切り刻んだ。 血が飛ぶ、血が舞う、血が霧のように吹き上がる。 無表情な銀細工のような美貌に、血の赤がくまどりを添えた。 エルフの血が混じる細い耳が、ピクリと動く。 鋼の糸を編んだ手甲が、 指に沿い、長く鋭く伸びる爪が、 赤い血の糸を引きながら、 物陰の悲鳴を切り捨てた。 小さな首、少女のメイド見習いらしいおさげ。 血が、悪夢の終劇のように、鮮やかに広がった。 周りの傭兵たち、それもならず者ぞろいの連中が、 心底ぞっとした顔をし、珍しく首をたれ、祈る者すらいた。 美しい獣は、何の表情も見せず、 ヒュンッ 風を切って、爪の血をはらった。 盛り上がったゲジゲジの眉毛が、 満足げにうごいた。 美食になれた、脂ぎった顔、 丁寧に仕上げられたカールされた髪と、 渦を巻かんばかりのひげ。 でかい口が、二マリと笑った。 「ほうほう、ではなかなか良い働きだったのだな。」 卵のような端正な顔をした秘書が、 ぼそぼそと詳細を読み上げる。 襲撃した、彼に敵対する貴族の館の全滅、 殺戮時のスピードと、女の活躍。 「アイリ・・・なんとか?だったか。  もう少しアイシャ程度の子を、  残してくれればよかったがな。」 名を呼ばれ、猫のように横にかしこまる女は、 びくりと身体を動かす。 その細い喉を、男が太った指でなでさすると、 ゴロゴロと鳴らさんばかりに、 淫らな表情で柔らかい頬を擦り付ける。 「ドマス子爵のやつ、悔しがるぞ。  あやつのレインは、アイシャには及ばんよなぁ。」 細い喉にはめられた、真鍮と宝石の首輪。 その表面を覆う、魔方陣と文様が、 名前を呼ばれると、揺らめくように光った。 服従の魔法が、主に対する絶対の愛情を脳へ送り込む。 まるで犬のような潤んだ目となり、 ご褒美を欲しがるように、薄い水色の瞳で、 足元にひざまづく。 「そうかそうか、ご褒美がほしいか?。  今日のワシは、機嫌が良いぞ。」 アイシャの形の良い唇が、 醜い節だらけのペニスを、あえぎながら咥えた。 装備をはずした指が、細くしなやかで、 主の大事な場所を、細心の注意でつつみ、 口と、舌と、唾液と、丹念にくるみこみ、なめあげる。 淫蕩な色が、頬を赤く染め、 淫らな身体が、くねくねと蠢く。 口がオス臭いペニスを、味わい、飲み込み、何度もすすり上げる。 びくびくと膨らんだ、 細く白い喉が、期待と歓喜につばを飲んだ。 薄い黄色の髪が、つかまれ、激しく揺さぶられ、 目一杯腰にたたきつけられた。 喉がむせ、目が回る、 だけれど、手がしがみつく。 ドビュルッ、ドビュルッ、ドビュルッ、 男の精液が、高い鼻まで抜けるようにほとばしり、 口も、鼻も、喉も、精液のにおいと味で一杯になる。 乳房が膨らむ、腰が震える。 軽い絶頂と歓喜が、至福で全身を染めた。 裸の股間から、濃厚な雫が、幾度も落ちた。 押し倒されて、後ろから獣として、貫かれた。 「ひゃあああんっ!」 のけぞる腰に、男のものが、激しく律動し、 アイシャを、狂おしい快感に叩き込んだ。 かすかに、何か思い出す。 何か、悲しいこと、恐ろしいこと、苦しいこと。 首輪をはめられて、何か分からなくなったこと。 でも、今は。 ゴスッゴスッゴスッゴスッ 「いく、いきますっ、いきますううっ。」 男のうめきが、お腹に熱く広がり、 首輪がもやもやと光った。 とてつもない満足と、安心が、アイシャの全てを満たして忘れさせた。 「りゅん、りゅん、りゅん、」 白いエプロンに紺色の長いスカート、 黒のシンプルな靴に、白く薄い腿まである靴下、 洗い立てのカフスが美しくはえていた。 猫の尻尾と耳は、柔らかそうな頬と、 可愛らしい美貌にむしろ似合っている。 赤い素直な髪を、ボブカットし、 シンプルなカチューシャできっちり清楚に止める。 メイは今日もご機嫌だ。 「にゅ?」 視界の端、庭木の陰に、何かが走った。 長いスカートがひるがえり、 白いソックスが閃く。 窓枠から、壁をけり、天井へ走り、 突き出した軒先へと、指と爪を食い込ませ、 逆落としに、侵入者へ襲いかかった。 3メートルを超える高さは、完全に視界の外。 指だけを強く曲げた小さな掌、 それが、虎の猛撃に等しい数百キロの力で、 ボキリと音を立てて、男の太い首をへし折る。 後続の二人が、一瞬、驚愕で足を止め、 両手に3本のナイフを持ち、投擲する。 猫科の猛獣のしなやかさで、 襲いかかるナイフの波をかわし、 藪から、木の根をけり、幹に爪を噛ませ、 瞬時に角度を変えて、男たちの真上に飛んだ。 日光が瞬間、メイの姿をくらます。 「赤熱の刃、残酷なる刃、飢え猛る刃、解き放て」 設定した呪文が、彼女の全ての指を光らせ、 両手を男たちめがけて振りぬいた。  ドドドドドドドドドド 10本の光の刃が、 彼女の凄まじい両手の力をのせ、 襲撃者たちを引き裂いた。 獣人と賢者の血の奇跡の融合作品、それがメイ。 猫のように4つ足で、音も無く降り立つ。 襲撃者たちは、完全に死んでいた。 「メイ、メイどこだ?」    ご主人様! 猫科の猛獣の顔を、瞬時に可愛らしく蕩けさせ、 頬を染めて、ご主人の下へ走り出す愛らしい少女。 ご主人様は、怒らず、ヨシヨシと撫でてくれた。 嬉しくて、嬉しくて、泣いてしまいそうになる。 『いらない子』だったメイを、 優しく抱きしめてくれるご主人様、 きれいな服と、おいしいご飯を食べさせてくれるご主人様、 幸せで、静かで、温かい毎日をくれるご主人様。 冷たくて、痛くて、苦しい毎日から救ってくれた、 ご主人様のためなら、何にもいらない。 絶対に、ぜーったいに、ご主人様を守るの。  チリン、 真鍮と宝石の首輪についた鈴が、かすかに鳴った。 戦闘時には、一度も鳴らなかった鈴が。 「ちっ・・・この役立たずが!」 引き締まった白い背筋、赤いムチの痕。 その筋が増える。また一つ。 長い黒髪が、激しく踊る。 「ひいんっ!、えっ、えっ・・・」 首輪が光り、悲しい目で、ひたすら許しを請うまなざし。 「ルーネなんとかいう娘なら、種牡馬としてよかろうと思ったのに、  このクズ!、主人に恥をかかせおって!。」 「お、お許しください、ご主人様・・・・」 黒い瞳が涙に揺れ、真面目そうな整った顔を汚した。 だが、それは細身でサディストの気のあるドマス子爵を、 興奮させるだけだった。 ビシッ、ビシッ、ビシッ、 「ひんっ、ひいっ、ごめんなさいっ」 形のいい乳房が、細い腰が、白く長い腿が、 赤い筋で飾られる。 「きさまのようなやつには、もっとおしおきが必要だな。」 冷たい笑いを浮かべ、ドマスは醜い数名の牢番を呼んだ。 誰もがおぞけをふるうような、ゆがんだ顔やキズだらけの顔、 片目の潰れているのもいる。 「きさまらが、好きにしていいぞ。」 「えっ、そ、そんなご主人様っ!」 首輪が揺らめき、主に嫌われる絶望を送り込む。 「いや、いや、あの暗い場所に戻るのはいやあっ!、  ご主人様、ご主人様っ、捨てないでくださいいいっ!!」 「ならば、そいつらでも悦ばせていろ。」 うめき声が、塞がれ、縛られた手足が、広げられ、 えぐられ、貫かれる。 「んんーっ、うーっ、んうううっ!」 絶望に泣きながら、主の命に従い、 口を開き、股を広げ、陰唇を突き出した。 苦痛と、絶望にむせび泣きながら、 レインの白い肉体が、長い黒髪が、 しだいしだいに、乱れていく。 かすかに笑いながら、ドマスは部屋をゆっくりと出た。 小姓が怒鳴られ、転げるように走り出す。 「公爵様は、新しいのを世話していただけるか、聞いて来い!。」 武装メイド、あるいは猟犬奴隷とも呼ばれる、 若く、美しく、そして戦闘力に優れた奴隷が、 クルルミクの大金持ちや貴族の間で、ひそかに広まっていた。 戦士や魔法使いはもとより、 盗賊、魔法剣士、神官戦士、忍者に竜騎士の素養を持つ者までいた。 しかも、血筋、素質、親の名前まで分かっている。 皆若く、10台の女ばかり。 それらを、戦闘に投下し、戦いぶりを競わせたり、 女同士を戦わせる催しまで行われていた。 十数年前から、 ある高位貴族が、百数十名の『名簿』を元に、 その娘たちを集めていた。 百数十名の女たちは、 魅力的な容姿を持つ女性冒険者ばかりであり、 様々な職能の血統と実力を兼ね備えていた。 『竜神の迷宮事件』によって、クルルミクに集まり、 活躍した女性冒険者たち。 当時から、その能力や血筋、処女の有無にいたるまで、 詳細な『名簿』が広く流布され、 敵である盗賊団ですら、持っていた。 そして、それによる、奴隷市場まで生まれた。 戦いに負けて囚われ、激しい陵辱で奴隷化され、 女性冒険者たちは、クルルミクや周辺諸国の、 『名簿』を持つ大金持ちや貴族・王族に次々と売られた。 『名簿』の作成に、最初から積極的に関わっていた貴族は、 その足跡を追うのも容易だった。 一時の成功に、身を持ち崩した女性も少なくない。 それらも、簡単に見つかった。 当然、不幸な子供もまた、数多く生まれていた。 大半が悲惨な環境の中で生まれたためか、 集めるのも、育てるのも割と楽だったらしい。 そしてとどめは、服従の首輪と呼ばれるアイテム。 定められた主への、絶対の愛情を植え付け、 主を定める前、過去への恐怖を数十倍に増幅する。 恐怖に過去を閉じ込め、目の前の主だけを愛するよう、 記憶と性格を歪められた女性たちは、 格好の愛玩動物であり、最高の奴隷だった。 多くの女性たちの屍(しかばね)に彩られた『名簿』は、 今なお多くの呪いと、不幸と、腐敗した富を生み出していた。 ドマス子爵は、あるサロンに向った。 アヘンの煙がくすむ中、 数名の顔色の悪い、豪奢な服をつけた男たちが座っていた。 「白竜将とか、瞬拳の血筋は手に入らぬものですかな?」 「無茶をおっしゃる、そんな者が出たら渡しませんぞ。」 「私としては、ハデスやアルムなぞの極悪コンビの血筋が欲しいですなあ。」 「ウィルカやキルケーとかの血筋、どうにかなりませんかなあ。」 もちろん、名簿の本人など興味は無い。 彼らが欲しいのは、若く、美しく、従順で、 どんな修羅場でも喜んで飛び込む愛玩奴隷。 まるで、家畜の品評会やマニアのように、 惨い会話が、煙と共に吐き出され続けた。 FIN