はじめに このSSは、あくまでMORIGUMAの勝手な妄想において、 竜神の迷宮事件が、20年後に引き起こすIFという事で、 組み立ててみてます。責任は私にあります。 変わる人、変わらない人、時は残酷に過ぎていきます。 勝手に引っ張り出したキャラの親御さんで、 ご不満がおありの方は、遠慮なく申し出てくださいませ。 <壊れた心をひきずって> その12  −『獰猛なる者たち』−  byMORIGUMA   リ・・・・ィ 白銀の髪が揺れた。 ドンッ! 褐色の肌が躍動し、 地を揺らさんばかりの踏み込み、 目にも留まらぬ速さは、 細くしなやかな手足の残像のみを残す。 釣り目の大きな瞳は、今清冽な光を秘め、 精緻な彫刻のような唇が、 裂帛の気合を放つ。   エアアアッ 薄いスキン状の服に、浮き上がる肢体は、 美麗な膨らみを持つ胸と、 女の色香を秘めた優美な腰つきに、 危うい女の色香を発し、 影が舞うかのような動きに、誘い込まれそうな華麗さがあった。 大きく脚を開き、恐ろしく低い姿勢で、 瞬時に、驚くほどの距離を移動した。 20人近いならず者のような一団が、どっと崩れた。 エルザの無表情な顔が、何事も無かったかのように前に出ていた。 「こっ、このぉ・・・っ!」 長大な戦斧が、力まかせに襲いかかる。 2メートル近いそれは、どんな重戦士も一撃で盾ごと叩き伏せ、 あるいは受け止めた剣を叩き折って、相手に致命傷を負わせる事ができた。   グオッ 軽蔑と、哀れみを含んだ目が、わずかに動く。 と、同時にその姿が揺らいだ。   リ・・・ィ   グシャッ! 「え・・・あれ・・・なんで・・・俺が、ひゅ、た・・ちゅ、んみ・・・」 手に握っていたはずの戦斧が、 手から跳ね飛び、 斜め下から、自分の背骨と後頭部を断ち割っていた。 エルザが跳ね飛ばしたのではない、 斧の起動を先にくぐった彼女が、 少しスピードを足してやっただけだ。 それだけで、斧は握り手の限界を超え、 手を支点に180度回転しただけである。 歴史ある格闘技において、 “力まかせ”はもっとも軽蔑される。 なぜなら、簡単に、制御不能になるからだ。 たとえ音速を超えようが、鉄壁を破壊できようが、 その方向を自在に変え、あるいは瞬時に止める事ができないかぎり、 達人クラスにとっては、『無能』。 力のベクトルを変えてやるだけで、勝手に自滅する。   リ・・・ィ 褐色の肌が再び躍動し、 踊るような動きは、さらに滑らかに、恐るべき速さに加速する。 だが、その動きを目に止める者がいない。 まるで鈴の音のような、彼女の風を切る音が、 むくつけき男たちを、木の葉のように蹴散らしていく。 その動作の全てが、「構え」。 一歩の歩み、わずかな手の動き、 彼女にとって、 あらゆる動作が、 完全なる破壊と殺戮の舞踏と化す。 通常の「構え」や「型」など、 彼女のレベルには意味を成さない。 筋肉を信奉し、力を神と崇める戦いは、 一発の銃弾にも勝てはしない。 心、気を高め、「先」を察する。 そして先の瞬間を、自分の支配下に置いてしまう。 攻撃したはずの両腕が、ありえぬ方向にへし曲がり、 防御したはずの身体が、頭から大地に叩きつけられる。 飛び下がったつもりが、後ろから打ち払われ、 横の味方に剣を向けたまま、投げられる。 彼女めがけて振った剣が、回りの味方を切り裂いて一回転し、 膝、腰、肩の関節がねじ切れている。 八方から放たれた矢が、軌道を変えられ、 別な射手へ襲いかかる。 彼女は、息も切らさねば、汗一つすらかかない。 けつまづいたら、すぐひっくり返るような連中では、 突然に変わった力のベクトルに、 抵抗などできるわけが無いのだ。 こうなった時、 剣であろうが、弓であろうが、銃弾であろうが、 意味をもたない。 「瞬拳」の名を持つエルザ。 そのたぐいまれな身体能力と、 超感覚的な五感が、奇跡的な融合を遂げた結晶技は、 この程度の相手なら、一騎当千だった。 「てめえら、どきやがれ。」 2メートルをはるかに超える大男が、戦士たちを押しのける。 「こんなメス一匹に、なあにやってやがる」 不細工な板切れに、てんでんバラバラに、 ちっこい目や、ばかでかい鼻や口をまき散らしたような醜い顔。 それを歪ませ、つばを吐き捨てるや、 グローブよりも巨大な両手で、つかみかかってきた。 元は、巨体を生かした素手の格闘士あがり、 『超巨人』などとあだ名され、リングでは無敵で、 内股姿勢は、金的の防御も万全だ。 端正な顔をしかめ、後ろに下がるエルザに、 舌なめずりする。 「俺のはでかいからなあ、 壊して、壊して、使い物にならなくなるまで遊んでやるぜえっ。」   ぎゃあっ 悲鳴が上がった。   メコッ 大胆に開いた大腿が、 すばらしく美しい型で、 ヒザ蹴りを脇腹にめり込ませる。 先ほどの、ひっかけに簡単に飛び込んできた男に、 思いっきり見下げ果てた目をして。 「な。。。」 「ここはね、」 全員の驚愕。 それ以上に衝撃の大男。 こん棒で全身を殴らせて、 平気なのが自慢だったはずだ。 「うご。。。、こっ、このアマあああああ」 「狭いリングじゃあ」 こぶしを握る間が無いと感じ、 突き出した張り手が、空を切った。  ドゴッ 強烈なつま先が、後ろから男の膝関節をえぐった。 張り手の数瞬前に、 瞬間移動のような、滑らかで無駄の無い動きだった。 膝の後ろには、頑丈な筋肉などあるわけが無い。 もちろん、膝の半月版、皿、筋繊維は砕け、崩壊。 半分意識が吹っ飛び、足から崩れていく大男のみぞおちに、 「無いんだよっ!」  ズボムッ 細く鋭いヒジが、深々と埋まった。 大男は、真っ暗な闇に呑まれた。 狭いリングを巨体で占領し、 体格と体重の有利さだけで戦っていた相手など、 彼女からすれば、児戯にも劣る。 そして、動いている相手は、全身を硬直させることはできない。 どこかに力を入れれば、どこかが緩む。 肉体の連動を察知すれば、 どんなにでかい相手だろうと、 エルザにはプリンと同じだ。 ユラァッ エルザが動いた、   『殺られる!』 パニックが全員に襲いかかる。 群集心理で、400人は一斉に逃げ出した。 東の山あい、そこにかなりの集団がいると聞きつけ、 ハデスを探していたエルザは、わざと騒ぎを起こした。 急増の砦をぶっ潰しただけだが、 轟音で、一団全員400名あまりが飛び出してきたのだった。 「はずれか・・・」 どう見ても、ただの中規模山賊団。 だが、こんなに近くにいるとは、 クルルミクはぶったるんでるとしか思えない。 『レイラがいなくなったとたんにこれか。』 暗澹たる思いを抱いたエルザは、 逆流してきた悲鳴に、我に返った。 「だっだめだああっ、殺されるうっ」 「いてえ、いてえええっ!」 いきなり人数の厚みが半減し、 しかも、三人に一人は手傷を負っていた。  ドゴンッ、ドゴッ、ドゴッ、 銀と白の、全身重装備、 先ほどの大男にも匹敵する巨体に、 馬鹿げているほどの質量と重装備。 畑を耕すように、馬鹿げたサイズのハンマーをぶちまくり、 人間も立ち木も、容赦なくぶっとばしていく。 突撃していくそれの周りを、黒い風のようなマントがひるがえり、 真っ黒な刃が、まとめて数人を一撃で切り倒す。 こちらは、人だけを容赦なくぶった切り、 木も岩も、まるで通過するかのように触れない。 さらに、一体どこから降ってくるのか、 火炎の矢や、小型の閃光が、遠くに逃げようとする盗賊を、 異常な正確さで、次々と撃ちぬき、焼き殺す。 「・・・・・・?!」 目の前の200人が、あっという間に50人を切った。 エルザは、次々と位置を変え、 戦いに巻き込まれないよう、全力をあげねばならなかった。 エルザのいた位置にすら、マジックミサイルや火炎の矢が飛んでくるのだ。 << 大いなる神の恩寵をたたえあれ、    慈悲の手において、    大地の束縛にて封じたまわらん >>  ギクッ! 長い耳を震わせ、 エルザは直感で木の上に飛んだ。  バシッ 朗々たる声とともに、閃光が大地に走り、 残った20人ほどが、その場でぶっ倒れ、 地面にへばりついて立てなくなった。 『ちょ、ちょっとまってよ?!』 おそらく広域制圧呪文だろうが、 普通は敵に不快感を与えたり、動きの制限を加える程度。 いきなり立ってる全員をぶっ倒すなど、聞いた事が無い。  ぞくっ 自在に動くための裸の肩が、 一瞬震えを感じた。 カミソリのように薄く、しかし鋭い殺気に、 見当をつけていた隣の木へ、 全身をムチのようにしならせ、10メートルを飛んだ。 黒い影が追うように飛ぶ。 飛び離れた木が、音も無く切られ、ずれていく。 「ほほう、あれで逃げられたのは、初めてだな。」 男のつぶやきが聞こえた。 長い黒いマントと漆黒の髪をひるがえし、 死神そのもののように、飛んでくる。 普通なら、相手が空中にいる間こそがチャンスだが、 エルザは、息を吸う間もなく、左へ、木立の間へ飛んだ。 立て続けに火炎や魔力光が襲ってきたのだ。 平地に降りたら、逃げ場が無い。 久しぶりの、背筋が凍る感覚。 『先が読めない』 先を読み、相手の次の瞬間を支配する、 それが、彼女の『瞬拳』。 だが、先の読めぬ相手、自分と同レベルか上か。   ザ・・・ッ 大きな黒曜石の瞳を、すばやく動かしながら、 全力で逃げた。 一対一ならとにかく、 今の状況でやり合ったら死ぬ。 深い藪に飛び込み、狭く低い獣道を逃げる。 彼女のほっそりとしなやかな肉体は、 変幻自在に動き、恐ろしく低い姿勢のまま、 猫のように、なめらかに、獣道をすりぬける。 男が急に足を止めた。 エルザは、十分に距離を置きながら、 猫が警戒するように、周りへ感覚を飛ばした。 万が一、誰かに先回りされていたら、助からない。 男を追うように、牛のように巨大な狼が現れる。 ほっそりとした、美しい灰色のドレスの女を乗せていた。 虹色に輝く杖を振り上げる。 「猛炎よ、我が命ずる・・・」 広範囲殲滅呪文!、エルザは青ざめた。 だが、剣士が制した。 「まて、かなりの格闘技の技量がある、  あれはエルザ・クラウンのようだ。バタラからも聞いている。」 「なあんだ、クルルミクの人かあ。」 つまらなそうな金色の目は、異様な狂気を孕んでいた。 剣士が止めなければ、一瞬にして火炎地獄だ。 「おい、エルザ・クラウンだろう。  俺はインペラド。バタラに雇われている者だ。」 冷たい強烈な殺気は消えている。 ようやくエルザは、わずかに姿勢を低くして、息をついた。 「そうよ。」 「紛らわしいから、さっさと消えろ。」 恐ろしく無礼な言い方だが、反論する気力がエルザには無かった。 自分の技量を冷徹に見れば、一対一でもあの剣士に勝てるかどうか。 だが、油断無く下がろうとしたエルザは、別の気配に足を止めた。 インペラドも、急に腰を低くする。 追いついてきた二人、巨大な重戦士と、小柄で穏やかそうな神官は、 どうした?という顔をしていた。 インペラドの脇に、にゅっと、突然顔がのぞく。 猫のようなかわいらしい顔が、ニマッと笑った。 「来てる、来てるよ、あほな聖騎士ども。」 唐突に消える顔。 エルザのレベルでどうにか分かる、かすかな動く気配。 恐ろしいほど高レベルの盗賊だ。 「どうやら、どこぞの聖騎士の一団が、あの連中を集めたようだな。」 「私たちが動くと思ってかな?」 狼に乗った女性が小首をかしげる。 「それ以外にあるまいな、それでなくても今のクルルミクはぶったるんどる。」 巨人が、きしるような声で低く笑った。 100人ほどの、騎馬の騎士団が、 険しい山をものともせずに、地響きを立てて現れた。 『北方聖師団!』 鷹の目に匹敵するエルザの視力は、 その鎧の印を見極めた。 隣の大国キングクィンの、新興勢力の一つだが、 かなり荒っぽいことでも知られている。 しかも聖騎士は、神聖魔法と、信仰の力により、 戦力の強化、対魔法障壁、超高速の回復など、 集団化すると、恐ろしい戦力になる。 100人の聖騎士となれば、通常の軍では、 1個大隊、1000人の軍団でもまず勝てない。 「馬鹿どもが」 思いっきり嬉しそうに、インペラドが笑った。 「やれやれ、無駄な死は、避けたい所ですけどねえ。」 小柄で童顔の神官が、笑った顔のまま、ズケリと言った。 「相手がやりたがってるんだから、しょーがないじゃん。」 盗賊の娘が、甘えるように背中にしがみついて、 身体をプルプルとこすり付けていた。 戦いの興奮で、身体が熱いらしい。 『こいつら・・・?!』 エルザの方があきれ返る。 まさか、本気で戦う気?。 「おい、エルザとやら、巻き込まれて恨むなよ。」 騎士が、真っ黒い剣を抜いた。 黒々とした、禍々しいもやのようなものが、 主の凶暴な笑いとともに、激しく立ち上った。 『やっ、やっばい。』 ぞっとして下がろうとしたとき、  ザッ 彼女の袖が、藪の奥に引き込まれた。 「?!」 to be continue