はじめに このSSは、あくまでMORIGUMAの勝手な妄想において、 竜神の迷宮事件が、20年後に引き起こすIFという事で、 組み立ててみてます。責任は私にあります。 変わる人、変わらない人、時は残酷に過ぎていきます。 勝手に引っ張り出したキャラの親御さんで、 ご不満がおありの方は、遠慮なく申し出てくださいませ。 <壊れた心をひきずって> その8  −『序曲  交差する糸 』−  byMORIGUMA 「十人の、選び抜いた手だれが・・・・全滅?」 面白い話を聞くような、不思議そうな声。 だが、報告者は死人のように青ざめ、 全身に冷や汗をしたたらせていた。 声の主は、恐ろしいほど不機嫌であり、 怒りがわずかでも向かえば、自分の首は無いのだ。 分厚い肉の塊のような顔が、 石がきしるように動いた。 道化めいた、大ぶりな目、鼻、口。 薄く細い眉、 異常に強烈な印象だけが、 その全てを統合した「顔」からほとばしっていた。 クルルミクの摂政であり、 最高権力者である王子が表に出ない今、 王国全ての権限を仕切る、摂政バダラ侯爵。 レイラ・シュヴァイツァーと、 彼女がしごきあげた傭兵とその部隊『外法軍』が、 ハデス・ヴェリコと謎の一団相手に、激突する様子を 監視と調査を兼ねて、諜報活動に秀でた者たちを、 十人も向かわせたにもかかわらず、 誰一人戻ってこなかったのだ。 「どういうことかね?」 優しげな、聞くものが思わず気を許してしまうような声。 だが、その背後の酷薄な恐怖は、青ざめていた報告者の顔を、 青から紙のようにくすんだ白に変えた。 「も、もうしわけございません、 レイラはおろか、外法軍の100人あまりの連中も、 途中で死んでいた30名ほどを除けば、 一切の痕跡も何も無いのでございます。 最後の戦場と、予測された場所では、気のふれたこじき以外は、 痕跡一つ残っておらぬのでございまして・・・」 報告者の命を救ったのは、その最後の一言だった。 バダラ侯爵は、わずかに、ほんのわずかに表情を変えた。 「気のふれたこじきは、何か言っていたかね?」 「は、はあ、しかし・・・地獄の釜が口をあけたとかどうとか、 本当に気がふれたとしか思えぬ言葉でして・・・」 手が、ふいと振られた。 『下がれ』という容赦ない命令だ。 だが、とにもかくにも、命をながらえた報告者は、 腰が抜けそうな脱力を必死に押し隠し、 ほうほうのていで部屋を逃げ出した。 それと同時に、小柄なオレンジの髪の女性が、 鋭い目つきで、音も立てずに入ってきた。 まだ17、8だろうか?。 広い額に、強い光を持つ大きな濃い藍色の瞳、 理知的な美貌は、誇り高く、気が強そうだ。 細身でしなやかな身体に、 薄いゆるやかな服を身につけ、 きゅっと締まった足首が印象的だ。 『地獄の釜ねえ・・・・』 奇妙な事だが、バダラのカンがうずいていた。 山奥や砂漠ならいざ知らず、王都の近くのスラムのはずれ、 そんな場所で、レイラとその配下だけでも70名あまり、 謎の一団とハデスもあわせれば、倍以上の軍勢が動いたはずだ。 それが何の痕跡も残さず消えるなど、常識ではありえない。 それこそ、地獄の釜でも開けるような、 超常的なことでもなければ。 女性はためらいも無く、イスの前にひざまづき、 侯爵のひざの間にもぐりこみ、 細心の注意を払って、主のズボンの前を開き、 密生した剛毛の間から、大ぶりの陰茎を取り出して、 目を潤ませながら、口に咥えた。 不気味な、分厚い顔が、 無表情に葉巻をくゆらせながら、 呆けたようにじっとしていた。 だが、その頭脳は、激しく回転していた。 女が陰茎に奉仕をしている事など、 バダラは葉巻の煙ほどにも関せず、 女は、娼婦も顔負けの丹念さで、 細かなキスと愛撫を繰り返す。 誇り高そうな顔を、淫蕩に染め、 主に対する忠誠をそれ以上に示そうとするかのように、 身体をくねらせ、 服をずらし、次第にあえぎながら、 細い腿を激しくこすり合わせる。 小娘のように若く見えるが、 すでにそのテクニックと肉体は熟女のそれだ。 バダラは、そんな淫靡きわまる光景など眼中に無い。 快楽はカンを高める、そう信じているだけだ。 この王国、自分の守るべき権力と財産に、 何らかの脅威が迫っている。 それは、まず間違いない。 何より、彼のカンがそう告げている。 「並みの相手では、無理か・・・・黒の名簿をもってこい。」 それまで、必死に愛撫を繰り返し、可憐な唇を濡らしていた女が、 手品のような速さで、主の陰茎をしまい、 すばやく、静かに、影が動くがごとく書庫へ向かった。 彼女は、バダラ直属の秘書の一人。 厳重に封された棚から、真っ黒い皮綴じの帳面を、恐る恐る抜き出した。 やがてバダラは、一人の名を見つけ出した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 王都の西にある山塊の、 邪神の牙たちのアジトになっている、大洞窟の最深部。 きしむ音を立てて、岩の扉がゆっくりと開いた。 闇が、吹き出してくる。 濃い闇の奥から、 闇よりもさらに、濃い影のような姿が、 ゆらり、ゆらり、 よろめくようにして、上がってくる。 冷え冷えとした夜気が、 さらに寒く、深く感じられた。 赤く輝く瞳だけが、濃い闇の中に浮き上がっていた。 「よお、長かったな。」 階段にしつらえた、おぼろげなたいまつの明かり、 その影から、闇ににつかわぬ、力ある声がした。 「うふ、ハデス。待っていてくれたの?」 たいまつの明かりが、アメジストの瞳を、一層輝かせる。 長い白金の髪が、フワリと揺らいだ。 「まっさか、もうそろそろだろうと見に来てみただけさ。」 陶器のように白い顔は、 無機質な笑いを浮かべた。 『化けやがったな。』 危険な笑いを浮かべ、ハデスはつくづくとその顔を見た。 アルム・ウト=ウィタル、 凶悪な邪神の敬虔な使徒であり、 東方大陸に渡り、そこで邪神教団の一大勢力を築き上げた女傑である。 東方に渡ってきたハデスを、 導師として迎え、鍛え上げた部隊を率いて、 再びクルルミクへ戻ってきたのだった。 この山塊の大洞窟にアジトをかまえ、用意が整うと、 7日7晩、彼女は最下層の邪神の祭壇にこもり、 一滴の水も飲まず、一心不乱に邪神との交信を続けた。 その『行』を終えた彼女は、何かが大きく変わっていた。 まず何より、彼女の歩みからは、一切の音が消えていた。 「我が神は、お告げになられたわ。」 面白くてたまらないという顔は、 凶暴で、冷酷で、非情で、そして美しかった。 彼女の全盛期の頃の美貌を蘇らせて。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「どういうことなんですか?!」 細い銀髪が、光に揺れ動く、 黒の大きな瞳が、強烈な視線でにらんだ。 闇色の肌に、しなやかな肢体、 鍛え抜かれた刀が、不思議な流麗さと品格を帯びるように、 細身で、一見力などさほど無いように見える肢体は、 鍛えに鍛え抜かれ、一辺の無駄な肉も無く、 細い引き締まった筋肉が、全身くまなく、美しく編み上げられて、 可憐であでやかな女性の美を作り上げていた。 『瞬拳のエルザ』の二つ名を持つ、ハーフダークエルフ、エルザ・クラウン。 いかなる騎士も、一目置く拳闘士の女性に、 赤竜騎士団の副団長、ゾマホ・ドルデマッサは、 ぬぼーっとした馬面に、困った表情を浮かべていた。 ウドの大木のような顔つきだが、 善良で、多少気の小さい所が無ければ、 騎士団長になっても不思議は無い技量がある男だ。 エルザとも、互いに戦士として認め合っている。 だが、今日耳打ちされた事に、 エルザは血相を変えた。 『レイラ・シュヴァイツアーが行方不明らしい。』 ゾマホは、思わず周りを見回しながら、口に指を立てる。 「レイラ、声が大きい。」 「でっ、でもっ!」 ずしっと、肩に巨大な手が置かれた。 じっと見る茶色の目に、ようやく気が静まる。 冷静さを取り戻したエルザは、これが極秘事項である事に気づいた。 側近騎士の筆頭であるレイラ、 それが行方不明となれば、王国内の動揺はかなりなものだろう。 彼女が抑えになっていた、いくつかの勢力は、 これを機に、激しい勢力争いを始めるだろう。 場合によっては、内乱の引き金になるかもしれなかった。 ゾマホでなければ、エルザには教えなかったかもしれない。 「ご、ごめん・・・」 「いや、いいんだ。俺が勝手に話すことだから・・・。」 また、胸がどきどきする。 息子タニチャを産んで、かなり膨らんだ胸が、 大きく上下した。 「今夜、ご飯食べていって。あの子も会いたがってる。」 ゾマホは独身だが、 そうでなくてもかまわない。 この大きな木のような男によりそっていられれば・・・。 とても切ない顔をしている事に、 エルザは気づいていない。 そして、優しい男はそれを言わず、ただ微笑んでうなづいた。 to be continue