はじめに このSSは、あくまでMORIGUMAの勝手な妄想において、 竜神の迷宮事件が、20年後に引き起こすIFという事で、 組み立ててみてます。責任は私にあります。 変わる人、変わらない人、時は残酷に過ぎていきます。 勝手に引っ張り出したキャラの親御さんで、 ご不満がおありの方は、遠慮なく申し出てくださいませ。  <壊れた心をひきずって>  その1 −『時のよどみ』−  byMORIGUMA  コツ、コツ、コツ、 高いヒールが、細い路地に響きながら行く。 うすぼけた看板に「クルルミク書店」の文字。 引き戸を開けると、紙とインクと、かび臭い匂いがした。 「いらっしゃい・・・あら?」 ひっそりと日陰の花のように、 静かに座っていた女性が、 ゆっくりと顔を上げると、 大きな茶色の目を見開いた。 「ハ・・・ハデス、ハデス・ヴェリコ?!」 「かわらねえな、パーラ」 その時、 パーラの茶色の目にも、 ハデスのアメジストの目にも、 20年前の酒場の喧噪と空気が、 一瞬にしてよみがえった。 王家の要請で集まった、 妖しくも華やかな女性の冒険者たち、 それを補佐する傭兵たちや、 彼女たち目当ての客がたむろし、 クルルミクでも有数のにぎやかさを誇った酒場、 『ドワーフの酒蔵亭』。 カウンターには、 名うての冒険者として知られた亭主のハーフドワーフが、 いつもグラスとカウンターを磨いていた。 酒場の隅で、美声を張り上げる吟遊詩人。 タロットをめくりながら、くるべき勇者を待つ賢者。 誰彼かまわず引っ張り込んで、 酒場の中心で豪快にグラスをあおっているのは、 『史上最悪の賢者』ハデス・ヴェリコ。 一時は災いの娘と呼ばれたパーラは、 片隅のテーブルでモンスターの情報聞き取りと、 ファイル作成を必死に繰り返していた。 二人の風貌は、 その時からほとんど変わっていない。 ハデスは、モゴリフ侯爵という貴族の魔道師に、 実験の末に作り出された生命体で、 寿命というものを持たない。 だがパーラは・・・?。  カチャ 質素なカップに、よい香りの紅茶が湯気を立てた。 「ありがと、中身が火酒ならもっとうれしいけど。」 “うわばみ”で知られたハデスらしい。 パーラはふっとわらった。 だが、目には油断がない。 「驚かないんですね」 ハデスは香りを楽しむように、ゆっくりと飲んだ。 驚くわけが無いだろう、といわんばかりに。 「いつから気づいていたのですか?。」 自分の正体に。 「まあ、ほとんど最初からかな?」 驚愕するパーラに、 ハデスは人の悪そうな笑いを浮かべた。 「なにしろ、最初がアレだったからな。」 パーラに最初会った時、 仲間からはぐれ(もちろんそのPTは壊滅)て、 一人でとぼとぼと歩いてきた彼女が、 ハデスたちに気もつかないまま、何かにけつまずいてすっころび、 その拍子に罠を発動させたあげく、 見事にPT全員巻き込んだのだ。 『ありえねええええっ!』 いきなり発動した分離テレポート、 しかも、引き起こした本人は、 ちゃっかり町に帰還しているというのだから、 巻き込まれたほうはたまらない。 ハデスPTは各階ばらばらに送り込まれ、 下手すると全滅する所だったのである。 その時はさすがというか、 悪運の強さで、無事全員帰還できたが、 それ以来、ハデスはパーラの事が引っかかっていた。 「親父には会ったのか?、死霊術師の。」 気弱げに見えるパーラが、激しい怒気を浮かべた。 「やめてください!、あいつは私を作っただけです。 親なんかじゃありません!!」 『作った』である、『産ませた』ではなかった。 「あんたの入ったパーティは、ことごとく全滅したよな」 そのため、疫病神として恐れられ、 組む冒険者がいなくなり、 最後は、彼女自身で傭兵をつのって竜神の迷宮にのりこみ、 傭兵全員に襲われ、輪姦され、 他の冒険者に助け出されたのだった。 彼女のいるパーティは「全て」全滅した。 そして彼女は「必ず」助かっている。 「モンスターに襲われない冒険者は、死んでいる冒険者だけだ。」 場違いに強力なモンスターを集めるという、 恐怖のコショウ瓶『ロウフルニーズ』を持っていた時も、 他のメンバーだけが麻痺させられ、ギルドに捕まっている。 あきらめたような、力ない笑いを浮かべるパーラ。 「あのケダモンぞろいのギルドの連中が、 何であんただけ襲わなかった?。 ギルドと関係の無い、傭兵たちは襲ったしな。」 かつて、クルルミクと冒険者たちに、 敵対したハイウェイマンギルドには、 一人死霊術師がいた。 『死霊使いヒネモス』、 別名“死なずのヒネモス”とも呼ばれ、 何度死刑にしても、いつの間にか蘇ってきてしまうのだった。 強力なアンデットモンスター、 たとえば、真祖と呼ばれるバンパイヤの最上級位のものは、 首を切ろうが、心臓をえぐろうが、簡単には死なない。 灰にしてまでも、それなりの時間か、儀式と血液があれば、 蘇ってしまう。 ヒネモスも、死霊術(ネクロマンシー)の研究のうちに、 最上級アンデッドの死の秘密を見つけたものと思われた。 そいつには、娘がいたという。 それもあの場所『竜神の迷宮』に。 実の娘と、そしてヒネモスの『作品』と。 「本来、生命ってのは、 周りを幸福にするようなシステムを持ってるもんさ。 孤立や疎外を防ぐためにな。」 木や草は、酸素や実、食べられる葉などを作り出し、 自分のいる環境の安定を図る。 それも、種族が広まるであろう、 半径数十キロにもおよぶ、広大な生活圏のためにである。 動物や昆虫は、二酸化炭素や糞など植物の栄養を作り、 種を広めることで、植物の繁栄を助ける。 そして、肉食動物といえど、同族を食うことはほとんど無い。 同族の親を失った子供を助ける例は、自然界には多く見られるのだ。 食物連鎖などという下等なシステムを、 自然界の法則のように論ずる者もいるが、 より高位の生命システムとも言うべき、 多層の階層と相互扶助のしくみがあるのだ。 だが、パーラは見事にそれからはずれている。 『さすが・・・ですね。』 カオスで、史上最悪の賢者とまで呼ばれたハデスだが、 悪名は同時に実力の表れでもある。 賢者は世界の構造に精通していなければ、本物とは言えない。 「あんたは逆だ。運が良いとか悪いとかのレベルじゃねえ。」 たんたんと、たんたんと静かで冷静な言葉。 「おまえさんが意識を向けると、 相手も、おまえさん自身も気づかねえうちに、 その生命力を吸って、テンションや能力がダウンする。 モンスターも、罠も、ろくでなしのギルドの連中ですら、 能力の落ちた冒険者にとっては大敵になっちまうわけだ。」 そう、不運が訪れるのではない、 能力が落ちて、対処できなくなるのだ。 「あんた自身は、気づいていなかっただろうが、 一時的に能力が上昇して、逃げ足や判断力がアップするしな。」 ただ、最後は傭兵たちの理性が低下して、 場所もかまわず襲いかかり、 彼女を輪姦している所を見つけられて、退治されている。 生命力を吸う力は、アンデットや夢魔、バンパイヤなどに見られるが、 それを魔法体系化したものが、死霊術(ネクロマンシー)にある。 疲れた声で、パーラが口を開いた。 「あの時は、本気で思っていたんです。 冒険者になりたい、冒険をしてみたいって。 冒険に飛び込むと、なおそれに駆られたようになって・・・。 でも、それはあいつに植え込まれた意識と、 皆さんから生命力を吸う、歓喜だったのですね。」 ヒネモスが投げ込んだ、動き回る罠。 彼女の体の機構は、 他者の生命力や食事などを、 死のエネルギーとでも言うべきものに変換する。 何より、地には死の力が常に満ちている。 周りをレベルダウンさせ、 死ぬことも無ければ、壊れても蘇る。 死霊術の最高傑作、それがパーラの正体。 ヒネモスのように、 何度も何度もあの迷宮に現れるはずだった。 他の冒険者たちを道連れにしながら。 「別に責めちゃいねえよ。 あれはあれで面白かったぜ。」 赤い唇がにやっと笑い、 大きなアメジストの目が可笑しそうに光る。 カオスにとって、善悪は問うところではない。 自分が満足するかどうかが大事なのだ。 クックックックッ・・・ パーラのひどく苦しげな、おかしげな笑い。 「ほんっと、救われますね。あなたたちのそういうところ。 そしてね、私の心が折れちゃったのも、 そういう心にあんまり触れすぎたからかもね。」 『すまねえな』、そういわれながら断られ、 逆に心苦しい気持ちを抱きながら、 傭兵をやとって竜神の迷宮に行ったとき、 すでに自分に疑問を抱いていた。 何度も何度も救われ、 荒削りだが、ホンネの心に触れるうちに、 彼女の中に生まれた心。 作り物ではなく、自分の意思。 それが、いつの間にか強力な呪縛を解いていたのだった。 最後にカオスの傭兵たちに襲われて、 散々嬲られたあと、救い出された彼女は、 みんなのために何かしたいと、 ペペの酒場に勤めて、モンスターの研究に没頭した。 意識を研究に向けていれば、 他者の生命力を吸う事はほとんど無く、 周りの不幸は極めて目立たないものになった。 そして、彼女の研究が本当の助けになった例は、数多くあった。 彼女の両親といわれた、本屋の夫婦に子供は無かったことや、 はやり病で死んだ二人の墓があばかれ、 その身体から子供が作り出されたという、呪わしい儀式のことは、 ハデスにはどうでもいいことだった。 むしろ、あんな奴と血のつながりが無い事は、 パーラにとっては救いかもしれない。 ハデスは、アメジストの瞳を強く光らせた。 何か、これまでに無い重い事を口にするために。 パーラの中の本当の『疲れ』を聞くために。 「一つ聞きてえ。どう思う?。この国。」 「さっさと滅びればいいわ。こんな国。」 一瞬の戸惑いすらなく即答するパーラ。 声には、 悪魔ですらあとずさりしそうなほどの憎悪がこもっていた。 もう、あの酒場は無い。 ハーフドワーフの酒場のマスター、 ペペフォジチノ・ビナヴェスニチィアン・グラッチェルニズ、 通称ペペは、竜神の迷宮騒動の4年後、変死している。 ベッドの中で、苦しんだ様子も無く死んでいたが、 パーラは、死体の身体をぬぐう時、 心臓の真上に小さな針の穴程度の傷があることに気付いた。 たぶん、畳針のような長い丈夫な針で、 心臓を一突きされたのだろう。 そして、葬儀の翌日。 ドワーフの酒蔵亭は、火事で全焼。 焼け跡から、パーラの死体が発見され、 彼女の失火だろう、ということになっている。 どちらの葬儀にも、意外なほど多くの参列者があつまり、 クルルミクの上層部はひどく動揺した。 なぜなら、彼女の死因は焼死ではないからだ。 パーラを不憫に思い、 店に置いてくれたうえに、色々と可愛がってくれたマスター。 彼女は実の親のように情愛を持っていた。 短いながらも、冒険者としての経験も持ち、 酒場では、多くの人々と接し、 武器や防具のあつかいもそれなりに覚えていた彼女は、 マスターの死が暗殺、それも忍びによるものだと、直感した。 クルルミク王家が忍びの一群を抱えていることは、 酒場でよく知っている。 結論の恐ろしさに、確信を拒否する意識。 動揺の中、 眠れぬまま夜明け近くまでうとうとしていた彼女は、 ほんのわずかな、不信な気配に目を覚ました。 お店の方に人の気配がする、 それもわずかだがいくつも。 冒険者の忍び足で、そっと音を立てずにドアをのぞくと、 黒装束の影が何人もいた。 火薬と油の匂いがした。 だが、忍びの感覚は恐ろしい。 10メートル先に落ちた針の音すら聞き分け、 物陰の猫の体温すら感じるのが忍びである。 いっせいにそれがドアの方を見た。 飛びのくのと同時に、ドアが破られ、 恐ろしい闇の者たちが、一斉に飛び出してきた。 「なっ、あなたたちは!」 いくつも銀光が襲い、 夜着一枚のパーラの身体中に、それがめり込んだ。 絶息した彼女の心臓に、念のため止めが刺される。 「順序が逆になったわ。」 指揮官らしいのが、わずかにつぶやき、 その声に聞き覚えがあることに、パーラは気付いた。 女性の、しっとりした声だが、 覆面を取れば、 彼女もよく知っている、金髪と青い目が現れるだろう。 王の子を二人も産んだとうわさされる肉体は、 年を感じさせぬほど鍛えられ、 その上に熟れた女の脂が乗り、生唾を飲むばかりに妖艶だった。 肌に密着した薄いスキン状の黒い服が、 それをさらに強調していた。 忍びが声を出す事はめったに無い。 その声に、憐憫の情を感じるのは、気のせいではあるまい。 『ああ・・・やっぱり・・・』 二つの確信。 一つは王家への。 ペペが変死する2日前の夜、 店をかいがいしく片付けていたパーラに、 ふと思いついたようにマスターは声をかけた。 「嬢(その頃、ペペはパーラをそう呼んでいた)、 そこの柱の礎石、その右側にうちの長年の蓄えが埋めてある。 俺に何かあったら、すぐにそれを掘り出して、 どこでもいいが、急いでクルルミクを出るんだ。 一瞬でも躊躇しちゃならねえぞ。」 天気の話でもするような声に、 恐ろしく重いものが入っていた。 「な、何の話をしてるんですか、ペペさあん。」 目を白黒させるパーラに、 ペペは声をひそめた。 「この世にゃあ、気になる事があると、夜も眠れねえってやつがいる。 中には、何が何でも眠れねえと安心できねえやつがいる。 そんなやつらは、眠るためにはどんなことでもしやがるもんだ。」 チラッと見た方向は、王家の城のある場所。 ペペは、この日があることを予測していた。 最近、この酒場を監視する目が、急に増えたからだ。 このドワーフの酒場亭は、あらゆる階層の者が出入りし、 竜神の迷宮事件の、情報の中枢だった。 そこにいる者が、事件の真相をかぎつけても、何の不思議も無い。 また、事件を嗅ぎまわる者たちは、必ずここに出入りし、 情報を掴もうと画策する。 まして、長年凄腕の冒険者として名をはせ、 生き延びてきたペペである。 真相を知る者は、少しでも少ない方がいい。 民にはできるだけ早く、迷宮事件を忘れ去って欲しい。 そのためには、ドワーフの酒蔵亭は邪魔でしかない。 ましてや、クルルミクで名の知れたペペがいては、 中枢部の者たちは、とても安心できまい。 たとえ、ドワーフの口が城の城門より重くてもだ。 そしてもう一つは、自分への確信。 目の前にたった死神は、 面白くも無い顔をして、さっさと後ろを向いていく。 『死ぬに死ねないばちあたりめ』 死神のさげすむ声を聞きながら、 火が、周りを覆い、自分を包むのを感じて、 意識が途切れた。 墓から這い出すまでに、2年かかった。 初めてのことでもあるし、 死霊術の知識も無かったので、 体の治し方を覚えるのに、恐ろしく時間がかかったのだ。 切り刻まれ、こんがりと焼かれ、損傷もひどかった。 死んで2年もたつ相手を、 探そうという馬鹿はいない。 彼女は、ペペの教えてくれた財産を掘り出し、 この路地の奥にひっそりと店を構えた。 「さっさと滅びればいいわ。こんな国。」 「そうか。」 ハデスは何故だとは聞かなかった。 彼女は、『ここ』を探し当てたのだ。 ほとんどの事情を察しているに決まっている。 マスターが眠っている墓があり、 この国の滅びる光景を見たいがゆえに、 彼女はいまだここにいる。 ハデスは、その声にふと、疑問を感じた。 わずかににじむ、確信と愉悦の響き。 ハデスの疑問の視線に、 非情な笑いが、パーラの顔に浮かんだ。 「最近ね、死者たちの声が聞こえるのよ。 この国を恨む声、悲痛なパンシーの鳴き声、地霊の怯えがね。」 彼女は、生まれながらの死霊術師といえる存在だ。 そして、一度死を迎えたため、 その本質が開花していた。 ハデスは、店の本にも、数多くの死霊術の魔道書を見つけていた。 死者たちのは、事の真相、 すなわち、王家の姉弟の内紛がしでかしたすべてを物語り、 それに接近して殺された多くの者たちの恨みで満ちていた。 パンシーは、人の死を告げる精霊であり、 地霊は、その土地の存在を支える霊的な基盤である。 何かが、起ころうとしていると、それらが告げている。 「あなたは、その使者なの?。ハデス。」 沈黙をそっと押し開ける鐘がなった。 カラン 呼び鈴らしきものが鳴った。 「あら、お客様だわ。」 「へえ、こんな店にも客がくるんだな。」 スラムの奥底最深部、泥棒すら入りもしない古本屋、 訪れるのは、よほどの変わり者か異常者か、 憎まれ口を叩くハデスに、パーラはそっと笑った。 「こっちじゃないわ、裏の店よ。」 最低の路地裏のどんづまりだったこの店の、さらに奥があるのか?。 ボトッ、ボトッ、ボトッ 清潔なシーツの上に、おぞましい青みどろの雫が落ちる。 もはや人とは思えぬ顔から、 ひどく萎縮した手足から、 できものだらけの身体から、 「いてえ・・・いてえ・・・」 呪わしい声、ひび割れた呪詛、 切れ切れの腐った息、 だが、パーラは恐れ気も無く、バスタオル一枚を身体に巻いて、 そこにうめく肉塊に寄り添う。 白い歯を、清楚な微笑をうかべ、 優しく抱きしめながら、唇をできものに当てた。 「う、うおおおおおお、あああああああああ」 身体をひくつかせ、顔を歓喜にひきゆがめ、 優しい唇の愛撫に、汚らしい雫を搾り取られながら、 獣のような声があがる。 すすり取った膿を、ツボに吐き出し、 また、次のできものに唇を当てた。 「ぱ、パーラさんん、おりゃあ、嬉しい、嬉しいよおおお。」 優しい唇の、そっとすすりとるしぐさ、動き、感触。 魔女の釜の底のような、業病の苦痛と屈辱と嘆きの中で、 パーラが寄り添い、与える感覚のすべては、 極楽の福音にも等しかった。 路地のどんづまりの、さらにその裏側、 最下層の住人たちすら嫌悪し、背を向けるゴミ捨て場、 人として、生きることが許されぬ者たちの、 最後の場所が、王都にもある。 彼女の店は、そこにつながっていた。 「泣かないで、ハンザさん。私でよければ、いつでもしてさしあげますから。」 かなりの老人に見えるが、まだ40そこそこ。 業病が彼から、夢も未来も、何もかも奪ってしまっていた。 優しくさする指先に、 やわらかく抱きしめる細腕に、 ひしと密着してくる白い肌に、 涙が止まらずあふれ続ける。 いぼと膿だらけの背中に、そっとやわらかい控えめな膨らみが、 押し付けられ、優しく撫で回すようにこすり付ける。 「ハアッ、ハアッ、ハアアッ、」 忘れていた物が、ミリミリと立ち上がってくる。 不幸にして、そこだけは業病も回っておらず、 欲求だけはとどめようが無い。 だが、すでに両手はただれ、慰めようも無い。 そしてどんな最低の娼婦でも、ハンザに近づくわけが無かった。 いっそ欲望など無い方が、諦めがつくだろうに、 病に侵された体は、 本能的に子孫を残そうと、 もがきあがいていきり立った。 「す、すまねえ、すまねえパーラさん。」 奇怪な顔に、恥ずかしさと興奮の赤みがさす。 先ほどまで膿を吸い出していた口をすすぐと、 青黒い異臭のする、脈打つ物を、 そっと唇にふくんだ。 「はむっ、んむんむんむ、」 娼婦のようなテクニックは無いが、 歯を当てないよう、 一生けんめい尽くしてくれるしぐさが可憐で、 男の興奮はいやがうえにも高まる。 少女のような細い体と、 真っ白い肌。 懸命に動く髪、 白く柔らかそうな薄い肩、 穢れた手を震わせながら、 そっと触れると、 しっとりした感覚が、 火箸に触れたような刺激となって伝わる。 体の奥から、戦慄があふれてくる。 外とかわらぬようなあばらやの、ゴミを寄せただけのベッド。 業病にのたうつ彼を、 優しく抱きしめ、一日中身体をさすってくれた娘。 神にすら見捨てられた者たちを、 抱きしめてくれる娘がいると言う噂は、 どこからか流れていた。 『そんな気休めは、嘘に決まっている。』 家族にすら恐れられ、見捨てられて、 あらゆる呪いと苦しみにまみれていた彼が、 かたくなに信じようとしなかったうわさ。 温かい感覚が、 陰部にそって上下し、 苦しみにのた打ち回ってきた分、 その喜びは、快感は、 果てしなく高ぶり、膨れ上がった。 汚れたタオルが落ち、 真っ白い肉体が、燐光を放つように輝いた。 醜く、腐汁にまみれた身体に、 少女の細い裸身が、ためらいも無くのしかかった。 「うっ、ぐおおおおおおっ、ああっ、おああっ、」 血走った目が見開かれ、 ぬめり、包み込む感触に、獣の声を上げて、 身体中を震わせる。 長い脚が柔らかく開き、 淫靡な桃色の肉が、しっとりと濡れて、 異常な色の極彩色に彩られたそれを、 あたたかに、やわらかく、包み込んでいく。 慈母の笑み、女の上気、目の優しい光が、 涙に曇り、流れ落ちる。 肉の中に埋もれ、 鼓動と血脈に包まれ、 女の息遣いが、妖しくまきつき、締め付けてくる。 「んはうっ!」 たまらず突き上げる動きに、 濡れた粘膜がざわめき、女の白い身体があえぐ。 「うぐおっ、うぐおっ、おおっ、あおおおっ!」 「はうっ、んっ、ああっ!、んはんっ!」 胎内の、濡れたしたたりが、 動きに合わせ、淫らに音を漏らし、 白い喉が声を上げる。 きつくしかめられた眉、 震える小さな白い肩、 細い裸身ののけぞりに、 思わず腰を突き上げ、その声を上げさせる。 「んはっ、はあんっ、あんっ、生きてるっ!、ああっ感じますぅっ!」 涙がとめどなく流れる、 身体中の苦痛が流れ去り、快感がすべてを支配する。 唇が、異臭のする口を封じ、 ささやかなふくらみが、優しくアバラの浮いた胸にこすり、 腰の貪欲な動きが、深く、奥まで、引きずり込む。 もう、何もいらない、 真っ白な快感が、すべて、女の深奥へ、叩きつけた。 「んはああああああああああんっ!!」 ドビュルッ、ドビュルッ、ドビュルッ、 はあっ、はあっ、はあっ、 ふう、ふう、ふう、 消えうせたと思った意識が、 現世に戻ってくる。 苦痛と汚辱にまみれた現実、 いま寄り添ってくれる肌から離れ、 またのたうつ現実にまみれていかねばならない。 優しい目が、顔をのぞいた。 世にもおぞましいはずの、業病の顔を。 「生きて、くださいましね。 私はここに、いつでもいますから。」 細い肉体を、ひしとかきいだき、 ハンザは顔を、身体を震わせて泣いた。 チャプ 汚れた身体を、パーラは手際よく湯でぬぐい、きれいにしていく。 「たぶん、今日は片手片足を無くしたゴンヅさんと、 目を潰されたファオリさんも来ると思うわ、いそがなきゃね。」 バスタオル一枚の姿になって、 てきぱきとシーツを変え、汚れや膿汁をぬぐいさっていく。 「なあ・・・」 疑問と、そして恐れすら感じるハデスの声。 わずかな、なけなしの金を置いて出て行った男。 その男には全財産に等しいだろうが、 女の代金には余りにささやかな金額。 そして、パーラは本気で嬉しげに、支度を整えていく。 『なんで、こんなことをしているんだ?』 いや、声に出すのはハデスですら、怖かった。 答えが見えるだけに、なおのこと。 なぜなら、彼女の背中にまとわりつく燐光が、 ハデスの超感覚にはっきりと写っていた。 「そうよ、私は、あの人たちが大好きでたまらないの。」 ハデスの声が聞こえたかのように、 パーラは妖しく目を輝かせて振り向く。 「死の匂いがして、必死でもがきあがいて、また来てくれる。 生にしがみつき、死を、混乱を、苦痛をまきちらしながら、 それでも必死に来てくれるの。」 唇が濡れ、声が甘い腐臭を漂わせ、 興奮に頬すら染めていた。 「穢れと死にまみれて、身体の中に注ぎ込まれる瞬間が、 何度感じてもたまらないのよ。」 彼女にとって、死をまとった者たちは、恋人に等しい。 「私の胸で死んだ男も4人いるわ。 死の痙攣が、私の中に飛び散るのって、最高に痺れるの。」 『ああ、身体中に4つくっついてらぁ』 世にも幸せそうな顔で、亡霊たちが4つ、 彼女の身体にまとわりついている。 死霊術は、亡霊を操る方法がいろいろある。 たいがいは、魔力つまり力で無理やりにこき使うのだが、 うまくやれる腕利きの魔法使いは、 同意させて、手伝わせる。 だが、何より最強の方法は、 亡霊に心から慕われることだ。 そうなった亡霊は、高レベルの悪魔と変わらない、 いや、それより恐ろしい。 人間の霊体は、悪魔や魔物のそれとは、明らかに違う。 極言すれば、天の使いのそれよりも、はるかに複雑で強力だ。 それゆえ、覚醒した人間『聖人』は、天の使いより上になる。 それは、人間が変わるのではなく、 人間本来のキャパシティの開放にすぎない。 肉から離れた人間の霊体は、浄化や退散、成仏はさせられても、 消滅させることは不可能なのだ。 それが、愛情や友情の核を持てば、恐るべき力となる。 ただ、それをできる死霊術師は、ほとんど存在しない。 背筋が総毛立つ感覚は、ハデスは久しぶりだ。 『こいつ、化けやがったな、真性の魔女に』 魔女は魔法使いとは違う。 人は、魔法を極めても魔女にはなれぬ。 魔女とは、魔に近きもの。 あるいは、魔に属するもの。 『人と異なる道』に踏み出した者。 そして、魔女を生み出すのは、 ほとんどの場合、人が生み出す。 彼女の『恋人たち』は、死に物狂いで生きようとするだろう。 病を、呪いを、人道に反する道を撒き散らしながら、 静かに、静かに、王都に広がっているだろう。 そして死ねば、彼女のために全てをささげ尽くす、 最強最悪のしもべと化す。 それが魔女という存在の恐ろしさだった。 「さて、邪魔しちゃわるい。退散するぜ。」 茶色の目が、ガラス玉のように、 何の感情も無い目を、開いた。 「ハデス、必ず、呼んでね。」 『何か、起こるときは、必ず呼んでね。』 ・・・・・何が起こるというのだろうか。 暗い新月の夜だった。 店を出るハデスと、見送りに出た薄物一枚のパーラ。 誰も、犬やネズミすらも、何もいない夜。 ただ殺気だけが、いくつも沸いた。 ガキキキキキキキキキンッ! 銀光が、周囲におびただしく弾けた。 はじけ、砕けた無数の手裏剣が、あちこちの壁や地面に突き刺さる。 殺気に連動するように、ハデスがまとった強力な防御の力で弾いたのだ。 『最上級』の魔法使いは、無意識に物理的な力に対する防護を広げる。 「なんのまねだい?」 半眼を闇に向けて、静かな重い声がした。 「今頃、なぜお前がいる?」 聞き覚えのある声。 20年前に見た、金髪碧眼の、若いくのいちの姿が脳裏に浮かび上がる。 だが、忍びとは本来、無音、無臭、無影、 声を上げるのは、必ず作為がある。 声の反対側、ハデスの後ろ左右から、同時に複数の影が接近した。 4人がハデスに、2人がパーラに。 赤く光る魔法結界破壊の短剣を向けた。 ハデスの姿は、あまりに目を引く。 そして20年たっても、彼女のイメージはあまりに強烈だった。 数年前の騒乱から、微妙な位置にいる忍びの女棟梁は、 神経を尖らせた。 何のために、今頃現れたのか?。 不吉な予感に囚われ、 不安は猜疑心を生み、 現在の彼女に巣食っているストレスを倍化させた。 王子(国政上の王)が、彼女の子供たちを不憫がり、 (王子の落とし子であるのは、公然の噂だった。) 何らかの措置を取ろうとした所で、 王族の騒乱が起こった。 それがうやむやになって数年、 ようやく再び、子供たちに何かの措置を取ろうとし始めたところだった。 自分も容色は衰え始め、 王子のおよびもほとんど無くなっている。 寂しさを子供たちへの将来に向けた女性のすさまじさは、 どんな時代でも変わる事はない。 そして、ハデスがおとなしくしているような相手でないことは、 よく知っている。 『もう二度とと騒乱は起こさせない』 だが、女性のすさまじさは、 ある意味悲惨な近視眼的な行動になることが、良くある。 ハデスと、事件の目撃者を始末するために、 まさしく彼女は、悲惨な近視眼的な行動をとってしまった。 ザクッ、グサッ パーラの小さな身体に、 二つの赤い短剣が突き刺さり、心臓をえぐった。 「ぐっ・・・・痛いじゃない。責任とってね。」 ほんの一瞬、目をつぶったかと思うと、 白く瞳の無い目が開いた。 ぎぃやあああああああああああああああああああっ 忍びたちですら、足を止めるほどの、絶叫があがった。 白く、干からびた物が、ばさりと倒れた。 二人の忍びは、生命全てを吸い取られ、ミイラと化していた。 怒り狂った亡霊たちが、ようやく満足して離れた。 「あたしが誰か、忘れたみたいだな?」 皮肉な笑みを浮かべ、ハデスの指が十字を切った。 すさまじい火炎が、地面から吹き出し、 4人は炭と化した。 「それに、私のこともお忘れになられたようですね。」 気弱そうな笑み、 しかし、絶対零度の笑み。 女棟梁は、ようやくその顔に気付いた。 「ばっ・・・あ・・・ま、まさかっ?!」 自分たちが殺した、パーラ。 細かい震えが、熟れた女の身体を、覆っていた。 「おま、おまえたちは・・・いったい、なぜっ?!」 理解不能の事態に、即座に身体は後ろへ飛んだ。 逃げることは、忍びの一番の方法。 いかなる犠牲を払おうと、生きて逃げ帰ることが、忍びの使命。 「さあ?、なぜでしょうね。」 パーラが静かに、両手を打ち合わせた。  パンッ 「デモンズ・ゲート」 4体の亡霊たちが、光と化して飛び、 瞬時に巨大な方陣を描きだした。 100メートル四方を囲んで。 地が黒く消えた。 いかなる俊足も跳躍も、これほど大規模な力には、 何の助けにもならなかった。 パーラを殺そうとしたことが、 亡霊たちを本気で怒らせていた。 高位の悪魔、すなわち99の魔王に匹敵する亡霊が4体。 黒い空間が、真っ赤な口を開けた。 無数の角が伸び、忍びの一人を針山のように貫いた。 無数の腕が、爪を光らせ、二人を粉々に引き裂いた。 無数の虫が飛びかかり、全身を喰らい尽くされる。 それは、地獄と呼ばれる場所なのかもしれない。 「ああ、それは壊さないでね。」 無数の触手が、一人の獲物を捕らえ、 見る間に剥き開いていった。 熟れきった女の、成熟した裸体。 真っ白い、ぬめぬめと光る肌。 豊満であふれんばかりの乳に、わずかに黒ずんだ乳首、 ぎゅっと絞りきったウェストに、豊穣な腰の肉付き、 深い茂りがきらめき、必死に閉じようとする長い足を、 無数の濡れた触手が、がっちりと捕え、広げていく。 短く切りそろえた金髪がきらめき、 青い大きな瞳が、怒りに燃えていた。 20年前は、長く豊かな金髪だった。 だが、高い鼻筋も、薄い小さな唇も、そのままだった。 わずかにとうの立った顔は、まだあの頃の面影を残していた。 王子に恋焦がれ、必死に指名を果たそうとしていた頃の、 駆け出しのくのいちだった少女。 「あ、あ、あなたたち何のつもり?!、 クルルミク王家の忍びにこんな事をすればどうなるか!。」 への字に口を結び、腕を組んでいたハデスが、 白い歯をぎらつかせた。 「何のつもり?。いきなり殺そうとして、何のつもりときたもんだ。」 クスクスと、パーラが笑った。 「私は、いきなり殺してくださいましたわよね。」 肌が針を刺すように痛んだ、恐ろしいほどの霊気。 「クルルミクを、ようやく平和になったこの国を、 また引き裂くつもりなのね!。」 裸身を必死に暴れさせるが、 無数の触手は面白そうに長い腿や腕を這い回る。 ハデスがまた半眼になる。 「平和?、対価も払わずに平和かよ。んなことが通るわけがねえだろ。」 「そう、少なくとも私は納得できないわ。 平和と言って、私やペペさんを殺してくれて、ありがとう。 ちゃんとお礼をしなければなりませんわね。」 笑っていた、パーラは冷たく、笑っていた。 笑いが、無数の笑いが黒い闇の中から響いてくる。 理性や正気を、 彼女が持っていた『正義』というものを、 せせら笑う声が、無数に。 「壊れないように、遊んでおいで。」 どっと触手が膨れ上がった。 無数の触手が、さらに数十倍に増え、 熟れた肉体を飲み込んだ。 「イッ、ひっ、いやああああああああっ!」 ヒルのように無数の口を持ち、 触手にさらに繊毛を持ち、 小さなとげを無数に持ち、 一体どれほどのそれがいるのか、 何者にも分からない。 ただ、その中に女の肉体が飲み込まれていく。 「いやあっ、はいって、入ってこないでえええっ!」 のたうつ下半身に、異形の感触が無数にめり込み、 もぐりこみ、のたうってくる。 乳首に吸い付き、肌をなめずり、 陰部を広げ、さぐり、陰核を咥え、刺した。 「いひいいいいいいいっ!」 尿道に、膣に、肛門に、 赤暗い胎内に、白く、青く、無数のものが、 掻き回し、こねくり、突き刺し、吸い付く。 広がった足が痙攣を繰り返し、 絶息する彼女の口にも、鼻にも、耳にも、 あらゆるところから、異形の感覚が強姦する。 「ううっうぐぅ、んううっ!、んううううっ!!」 子宮にめり込み、もぐりこみ、中に跳ね狂うそれに、 のけぞり、もがいた。 小水を漏らし、涙をこぼし、 胎内を掻き出され、あらゆる感覚が狂っていく。 闇が、静かに周りを覆い始めた。 「安心してね、あなたの二人の子供たちも、 じきにそこに行くから。おんなじようにね。」 最悪の絶望が、彼女の乳房を突き刺した。 悲痛な叫びは、闇の中に飲まれて消えた。 FIN