『クルルミクを守れ!』その4 ゴトッ 頭が少し痛い。 リィアーナがはっと目が開くと、 涙でぐしょぐしょになった視界に、 飴色の木の天井が写った。 周りで心配そうにしている、竜騎士やクロジンデたち。 ニヤニヤ笑いながら、四角い焼き物らしい物を持っているハデス。 起き上がった身体は、落ちて来た直後と何の変わりも無く、 服もしっかり着ていた。 ただ、全身汗で濡れそぼっている。 そして、リィアーナが落ちてきた天井のほこりが、 まだ少し落ちたり浮いたりしていた。 「ある商人から巻き上げた『夢見台』ってアイテム、どうだ?」 恐怖で、怯えきった目のリィアーナ。 「コイツを枕にすると、力を送り込むことで、 相手に見たい夢を体験させられるのさ。 まあ、できる事しか見せられないってのが欠点だがね。」 『できる事』・・・リィアーナ思わずめまいがして、倒れそうになった。 「ああ〜ん、つまんないい。ハデスぅ、ほんとにやろうよおおっ」 ぶっそうきわまりないことをアムルが言うが、 「もういいだろ。夢とはいえ、本気でやったんだし。」 「ぶう。」 とにもかくにも、どうやら連中の鬱憤も晴れたようである。 全員が、ふうと顔と気持ちを緩めた。 急にアルムが天井を、いやそのはるか上を見上げ、ひざまづいた。 「大いなる我が神ヨグ=azato-su=クトウグァよ、 汝に問い奉りたまいます、今宵の望まれし事を告げくださいませ。」 まるでなにげない口調で、アムルは祈りを捧げた。 あまりになにげなく、平穏な口調であったために、 ハデスと、ディアーナ以外は気にもとめないほどの。 ハデスが首をかしげた。 「アムル、神事の日なのか?」 ディアーナが悲鳴を上げた。 「ちょっ、ちょっとアルム!」 本当の儀式や、秘儀と呼ばれるものは、 見かけはむしろ地味な事が多い。 要は、儀式を行う者の格と、時間や場所の厳密な定めである。 そして、アルムの祈りは高位の儀式そのものだった。 ドドドドドドドドドドドドド 地鳴りがした。 テーブルがゆれ、グラスやビンが甲高い音を立てた。 酒場の明かりが一斉に消え、青い燐光が無数に飛び交う。 黒い闇が、暗闇の中に浮き上がり、 黒い光を放ちながら、巨大に膨らむ。 禍々しい、狂気の気配。 何も無い空間が、冷たい水に浸ったように感じ、 火傷しそうな痛みを伴い、 悲鳴があちこちで上がった。 「今宵は月食の日よ。我が神の神事の日。時間がきただけよ。」 まるで、明日の天気でも話してるように、 絶望の闇を秘めた声が、酒場に響いた。 邪神の黒い影が、ゆらりと大気を揺らした。 ウオオオオオオオオオオオオオオオオ 「ああ、心配しないで。本当に我が神が降臨してしまったら、 全員発狂死してしまいますわ。」 と、あくまでにこやかなアルム。 頭の中に、数十本の針が刺さったような気がするが、 それでも狂死しないか?!。 ディアーナは必死に悲鳴をこらえ、顔を上げた。 真っ黒い巨大な影は、やがて凝り固まり、 黒い悪夢のような、2メートル以上の姿になった。 人であり、人でなく、 獣であり、獣でなく、 固い艶やかな肌が、まるで泡のようにユラユラと動き、 無数の目が、あらわれては消える。 憤怒の顔をし、いやらしく歪んだ笑いを浮かべ、 獣の牙をむくように、光る炎を吐いた。 数本の腕が、剣をつかみ、槍を持ち、 血の滴る心臓をつかみ、無数の男女の首を下げ、 ユラユラと動いていた。 「今宵我が元へようこそ、我が神の神像よ!。」 両手を広げ、恍惚の顔でアルムが声を張り上げる。 「あ、あんた、何て物よびだすのよっ」 ミラルドの声に、アムルはきょとんとした。 「呼び出した?。何を言ってるの、この方はここにあるだけよ。 私といえど、そんな不敬なことは考えた事もありませんわ。 我が神の分身は、あるべき所にあるだけ。 あるべき所でなくなれば消える、それだけよ。」 クロジンデが、苦痛に端整な顔をゆがめる。 「今宵、これが現れるのは、定めだったわけかっ、くうっ!。」 笑いながら、アルムが歩き出す。 「でも、あなたたち運がいいですわ。我が神は寛大にして穏健、 今宵、私の争う気持ちが治まっておりましたから、 破滅も、発狂も、狂気も、ほとんど感じておられません。」 もし、アルムが激しい怒りや狂気を抱いたまま、 神像の光臨に接していれば、 その怒りや狂気が破滅的に高められるはずだった。 クルルミク全土を覆いつくすほどに。 そうなれば、誰もとめることは出来ず、 クルルミクは崩壊していただろう。 うっとりとした顔で、淑女のように頬を染めて、 「ああ、我が愛しき神よ、今宵は退屈でございましょう。 私ごとき下賎の身でよろしければ、お慰めいたします。」 マントをさらりと落とすと、美しく整った肉体を、 赤い闇に晒した。 「見るとつぶれますわよ、吟遊詩人どの」 呆然としていたロワールが、必死に頭を地に擦り付けた。 マジに目が痛み、次の日まで何も見えなくなった。 『我が一生の不覚ううううっ!』 血の涙まで流したそうだが・・・・。 「んはあああんっ」 妖しいあえぎを上げ、身体を神像にもたせかけると、 半分うずまるように埋まった。 オオオオオオオオ どこかで奇怪な声が頭に鳴り響く。 赤い闇にわずかに震えと喜悦が広がる。 「ああ、お喜びいただき、光栄でございます。ですが、 まだお慰めには足りませんのですわね。」 うっとりと神像の身に埋もれ、 白いつややかな尻をくねらせていたアルムは、 ヌチュリと身を抜くと、 腰を抜かしていたディアーナの胸倉を掴んだ。 血走った目が、本気で嫉妬に燃えている。 凍りつくか、焼きつくか、それとも呪い殺されるか。 「キサマのごとき下賎の女でも、 我が神は興味をもたれておられます。 お慰めするのよっ!」 口から青い炎が漏れたような気がしたのは、気のせいか?。 「い、い、いあ・・・たすけ・・・」 ほんとに泣きながら首を振ろうとするディアーナ。 「いやなら、ここで生け贄にしてあげるわ。」 爪が30センチあまり伸びた。まるで鎌かかみそりのように。 カクカクカク 首は壊れそうに縦に振られた。 「ふんっ!」 面白くなさそうに、爪がさっと走り、 服が前からパクリと裂ける。 ぺろっとバナナの皮でも剥くように、裸にされたディアーナは、 神像に突き飛ばされると、ぬちゃと半分飲み込まれた。 「ひいいいっ、きもちわるい・・・い、いあ、なんかへんっ!」 身体がガクガクと、細く締まった腰が勝手に動き、 あそこを神像の中にこすり付けるように、 カクカクカクと、はしたなく動き回る。 「いあ・いあ、ああ、あひいいっ、」 目がうつろになり、身体がくねり動き、 その場で誰かに犯されているかのようだ。 「ハデス、お願い。我が神をお慰めして。」 「あい変わらず助平な神さんだなぁ。」 苦笑いしながら、ハデスも服を脱ぎ捨てると、 つやつやした身体を、神像に埋めるようにもぐりこませた。 「んんっ、んはっ、はっ、はっ、もうっ、スケベ・・・」 とたんに赤くなって、身体をくねらせるハデス。 3人の女体が、半分埋もれたオブジェとなり、くねり動いた。 「えっ、あれも・・・?」 神像の方を見たアルムは、呆れ顔でそちらを見た。 「・・・・な、何で私の方をみるのっ?!」 ミラルドが真っ青になった。 「止める役目って・・・」 急激に脱力したクロジンデ、 「こ、こういうこと??」 ミューイが真っ赤になる。 「いまさら嫌と言える立場じゃないわな。」 シャーロウがぼそりとつぶやいた。 「骨は拾ってあげるわ、行ってきなさい。」 ディアーナからまでこう言われては、もはや退路無し。 「ああもう、覚えてらっしゃい!。」 (小さな声でクレール)「こういう運命なんだな。」 (同じくぼしょぼしょとダイアナ)「カラミティってのは伊達ではありませんね。」 ギラッとミラルドがにらんだ。地獄耳っ! 憤然としながらも、白い長コートを脱ぎ捨て、細いがしなやかな身体から、 下着を取り外していくと、恐ろしく美麗なモデル体型が現れる。 身体を隠しながら、恐る恐る神像にふれると、 急に引き込まれるように沈んだ。 「きゃうっ!、もうっ、急ぐのは野暮といわれますよっ」 さすがは元その道のプロ、娼婦の口調はなれたもの。 4人の美女が、身体をこすりつけ、異様な感覚に身を任せていくと、 くねり動き、尻が震え、身体が赤く染まっていく。 腿が自然に開き、甘くあえぎながら、 しだいに恥ずかしい場所を、自らこすり付けるように動かずにはいられない。 あえぎが甘く蕩け、淫らに汗がきらめいた。 「うっふふふ、我が神よ、喜びと歓喜が聞こえます。 でも、まだ足りないのですね。」 ぞわっ、一同が髪の毛が逆立ちそうになる。 「そなたらも、女性の美を神にささげなさい。 踊れ!、狂え!、舞え!」 凶悪な魔力を帯びた声に、盗賊のアチャチャがぼーっとなって、 ふらふらと前に出た。 忍者の黒曜、軽戦士のアヤカ、盗賊のラフィニアなど、 魔力に耐性の無い女性たちも、次々と前に出る。 カチャ、ファサ、サラッ アチャチャは、一糸まとわぬ裸体になると、身体をくねらせ、 激しく踊り始めた。 陶酔状態で、何も見えてない。 他の者たちも、次々服を脱ぎ、裸を晒し、 思い思いに身体をくねらせ、踊りやダンスなどを始めた。 「そなたたち、自分だけ踊らぬつもりではありますまい?」 ニイイッと笑うアルムに、 「骨は拾うって言ったよなあっ、アハハハハ」 ハデスが豪快に笑った。 「ま、一連托生、あきらめなさいよね。」 怖い目でミラルドがにらんだ。 『こっ、この悪魔っ!』 ディアーナは絞め殺しそうな目でにらんだが、 あきらめて、立ち上がった。 ゴッゴッゴッゴッゴッ クロジンデが、それこそ死ぬんじゃないかと思うような勢いで飲んだ。 「ボクにもくれる?、しらふじゃとてもやってけない。」 シャーロウがぼやくようにいい、 『白将軍』の豊満な肉体が、目の前で踊り出す。 「あ、あの、あたしはちょっと・・・」 ピシャッアッ 逃げようとしたミューイの目の前に雷。 「にげようったってそうは行かないわよ。」 全員がうなずく。 「はい・・・」 「きゃほ〜〜っ、人生最良の日いいいっ!、みんなきれいいいっ!」 一部、非常に喜んでいる大柄なエルフもいるが、 皆酒をガンガンのみ、やけっぱちで裸になると、踊り狂った。 ちなみに、亭主のぺぺは、 カウンターの影でずっと念仏を唱えていたそうだ。 『恐ろしくてとても見る気にはならんかったし、 万一見たら最後、 女の恨みを一生買い続けるという恐ろしい事になっただろう。』 たぶん、見た者がいたら、『サバト』としか思うまい。 ゴーン、ゴーン、 12時を告げる鐘が鳴った。 月食が、最高潮を迎えた時、その様子が変わった。 月に二つの黒い影ができ、 巨大なドクロとなった。 ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ 巨大な笑い声が、天地を覆い尽くすように響き始めた。 ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ 凶悪な笑い声が、なだれるように鳴り響き、 頭が鐘の中に突っ込まれているかのようだ。 ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ 皆耳を押さえ、頭に鳴り響く笑い声に狂乱した。 迷宮の中でも、人間もモンスターも関係なく、 頭を押さえ、のた打ち回る。 わずかに、ドワーフの酒蔵亭で狂乱状態の者たちだけが、 全くその影響を受けなかった。 あとは、周囲数百キロの範囲で、 突然死、発狂、発作、てんかん等が、普段の数十倍にのぼり、 夜が明けるまで、奇怪な笑い声に悩まされて、 翌日のことを覚えている者は誰もいなくなった。 洞窟の中も、人間もモンスターも誰も動くことが出来ず、 ギルドの日誌にも、空白の一日となって記録されていない。 ちなみに、ドワーフの酒蔵亭で一夜を過ごしたメンバーは、 というと・・・。 「もう、二度と・・・たすけねぇ・・・」 「頭痛いから、声上げないで・・・」 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」 全員、すさまじい二日酔いで、しかばね累々たるありさま。 ザルといわれたハデスや、 浮沈艦とあだ名される底なしのディアーナすら、 仲良く頭にタオルを当てて寝込んでいたりする。 まあ、この程度ですんだのなら、 極めて幸運といわねばなるまい。 FIN