炎と氷と少女





ドガアアアアアアアアァァァァァァッ!

眠っていたガネッタは、激しい音と振動で目を覚ました。

ガネッタだけではない。誰もが何事かと目を覚ます。

「な、何!?」

窓の方を見れば、夜にも関わらず、オレンジ色に明るかった。

ガネッタは慌ててカーテンを開いた。

見たのは、燃え盛る炎の中で高笑いする男だった。

腰まである長く艶のある黒髪。強靭な意志が垣間見える黒い瞳。

髪や瞳と同じ黒い服。

これなら夜の闇の中では、誰にも気づかれないだろう。

しかし、男には目立つ理由があった。

派手な赤いマントだ。表も裏も血のように炎のように赤い。

極めつけが左腕の手甲。普通とは明らかに違う。

指の先から肩の付け根まで覆っている。ガンドレッドに近いかもしれない。

材質は呆れたことに黄金だ。炎によって美しく妖しく輝いている。

歳は20代前後だろうか。端整な顔をしている。

女性と言っても通じるかもしれない。

残念なことに、獰猛な笑みを浮かべている事で、台無しにしている。

「ふはははははははははっ!」

男は左手に林檎ほどの大きさの火球を作ると、建物に向けて次々と放った。

ドゴオオオン!ドゴオオオン!ドゴオオオン!

巨大な炎の柱がいくつも立ち上がり、辺りを火の海に沈めていく。

「な、何!?な、何なの!?」

状況を理解できず、ただ混乱するガネッタ。

無慈悲な燃え盛る炎は逃げ惑う人々を貪り喰らう。

非現実的な光景が、悪い夢のようにしか見えない。

だが、熱風と肉の焼ける匂いが現実だと実感させる。

「ひいっ!?」

男と目が合う。何もかも見透かされるような感じがした。

繋がった視線を外すことが出来ない。

男は火球を放つのをやめると、ガネッタの方へ向かって歩き始める。

逃げなきゃ!と思った。だが、まるで身体が動かない。

「そこまでだ!魔術師!」

武装した兵士達が男を包囲する。

包囲されたにも関わらず、男から獰猛な笑みは消えない。

むしろ楽しんでいる雰囲気すらある。

兵士達は殺気立っていた。当然だ。自分達の町が焼かれたのだ。

大切な家族が、友人が、恋人が死んだかもしれない。

「何故だ!何故こんな事をしたあぁっ!」

兵士長が両手斧を男に向けて吼える。返答次第では即座に叩き斬るつもりだ。

「何故だと?」

男は高笑いして答えた。

「ふはははははははははっ!面白いからに決まってるじゃないか!」

「ふ、ふざけるなああぁぁぁっ!」

兵士長は両手斧を振り上げ、男に全力で叩きつける。

男はかわさずに左手で攻撃を受け止めた。

金属と金属のぶつかる甲高い音が響く。

兵士長は笑みを浮かべた。

両手斧は鋼鉄製で、威力を上げる魔法が付加されている。

まして叩きつけた衝撃と振動が、肉体に大きなダメージをあたえる。

「その程度か?」

男から獰猛な笑みは消えていなかった。

黄金の小手に傷は1つもついていない。

「な、なんだと!?」

兵士長は驚愕する。

ならばもう1度と、両手斧を振り上げようとしたが、持ち上げる事は出来なかった。

男はしっかりと両手斧を握って離さない。

肉体にダメージを受けた様子すらない。

「ば、化け物め!」

兵士長は叫んで、必死に両手斧を振り上げようとするが無駄だった。

「つまらねぇ。消えろ。」

黄金の小手が輝いたかと思えば、噴出した炎が兵士長を包みこむ。

超高温の炎は一瞬で兵士長を灰にする。

悲鳴を上げる暇もなく、兵士長はこの世から消え去った。

落ちた両手斧はドロドロと溶けはじめる。

「まだやるのか?」

男は興味を失ったように言った。

もう兵士達を道に転がる小石ぐらいにしかみていない。

「く、くそ!ならば!」

兵士の1人が槍を構えて男に突進する。

3人の兵士達が後に続く。4方向からの同時攻撃。

かわすのは難しい。

男は面倒臭そうに足のつま先で地面を、コンコンと2回叩く。

異変が起きた。地面から石の錐が生える。

突進した兵士達は、その錐に身体を貫かれ絶命した。

「む、無詠唱魔法!?いや、遅延呪文か!?」

男を囲んでいた兵士達は後ずさる。

圧倒的な力を見せつけられ、戦意を失っていた。

「あっ!こ、こいつは…炎帝だあぁっ!」

1人の兵士が恐怖に歪んだ表情で叫んだ。

「あの賞金首のか!?」

「な、な、なんだと!」

「うわあああぁぁぁぁっ!」

武器を捨て兵士達は逃げ出した。

炎帝ディアロス。

超高額の賞金が懸けられたSS(ダブルエス)ランクの犯罪者。

黒炎(ブラックフレイム)とも呼ばれ、人々に恐れられている。

火属性と地属性の魔法を得意とし、失われたはずの古代魔法まで使いこなす。

数々の冒険者や騎士団が討伐に出ているが、全て返り討ちにあっていた。

極度の気分屋で、機嫌が悪いときは平気で街の1〜2つを火の海に沈める。

「あれが…ディアロス。」

ガネッタは目を大きく見開き、燃え盛る炎の中で高笑いするディアロスを見詰めた。

その姿は煉獄の住人【魔人】のように思えた。

「!!」

また、ディアロスと視線が合う。

身体が震えた。心の奥底から恐怖が溢れ出る。

「あ…ああ…あああああああっ!」

窓から離れると、ガネッタは部屋から出ようとした。

しかし、扉は外側から鍵がかけられていて開かない。

「開けて!誰か!お願い!開けて!」

必死に叫び、何度も扉を叩くが、誰も来なかった。



冒険者だったガネッタは、龍神の迷宮でならず者達に捕まった。

散々犯された挙句、奴隷商人に売られた。

その後、奴隷商人から【トランシュバル】家の長男【ミネロ】に売られた。

トランシュバルは代々有名な魔術師を輩出している家系だ。

ミネロは氷の貴公子と呼ばれ、その実力は魔術師達の間で有名だった。

ガネッタは毎日のようにミネロに可愛がられた。

ミネロは幼女趣味で、ガネッタを大変気に入っていた。

他の性奴隷達と比べれば、非常に待遇はよかったといえる。

自由こそなかったものの、貴族と同等の良い生活を送っていたからだ。

豪華な部屋・高価な服・美味しい料理。ガネッタ専用のメイド達。

もっともメイド達は監視という仕事もあったが。

いつの頃からだろうか?この生活も悪くないと、ガネッタは思い始めていた。

その代わり、心の中から何か大事な物が失っていくのを感じた。

カタン。

窓の方から物音が聞こえた。

心臓が高鳴る。恐る恐るゆっくりと窓の方を振り返る。

「ひいぃっ!」

そこには獰猛な笑みを浮かべたディアロスが立っていた。

ガネッタに逃げ道はない。

「ど、どうやって!?」

「あぁ?」

ガネッタの問にディアロスは眉をしかめる。

「こ、ここは3階だよ!どうやって入ったの!?」

「重力魔法を使った。俺様は飛行系や風属性の魔法は使えないからな。」

恐怖で思考が鈍っているガネッタは失念していた。

魔術師は空を飛べるのだ。魔法の力で。

むろん全ての魔術師が飛べるわけではない。

だが、重力魔法には驚いた。

難易度の高い上級魔法で、使い手は世界に数人しかいない。

一歩一歩近づいてくるディアロスに、ガネッタは何も出来なかった。

ただ、食われるのを待つだけ。

目から涙が止まらない。

祖父や家族、友達、仲間達の顔が思い浮かぶ。

ミネロにあきられて開放されると、考えていた自分がいた。

仲間が助けに来てくれるかもと、考えていた自分がいた。

逃げ出すチャンスがあると、考えていた自分がいた。

しかし、それはもうないと確信した。

今ここで殺される。

死の恐怖が、じわりじわりと身体に染みこんでいく。

ディアロスはガネッタの目前まで来ていた。

ガネッタは目を閉じた。

あの兵士長のように焼き殺されるのか?

それとも、もっと惨い方法で殺されるのか?

せめて苦しまないように殺して欲しいとガネッタは願った。

「えっ?」

身体が浮いた。ガネッタはディアロスに抱き上げられていた。

「今日からお前の全ては俺様の物だ。」

「ええぇっ!?」

ガネッタは再び混乱した。

殺されない事に安堵したが、どう返事をしていいか分からなかった。

「身体も魂も俺様に捧げろ。」

ディアロスから獰猛な笑みは消えて、真摯な表情になっていた。

ガネッタはドキリとした。胸が熱くなり、頭がボーっとする。

恐怖が嘘のようにひいていく。何かが心に浸食していた。

かろうじて残っていた意志が危険だと告げるが、抵抗できなかった。

ビクン!身体を激しく揺らす。

魂を鷲?みにされたような衝撃が身体に走ったからだ。

「ああ…!?…うぁ…!?」

束縛された痛み、支配される喜びをガネッタは感じた。

「姑息な手を使う。」

扉の向こう側から声が聞こえた。

「ミネ…ロ…様?」

朦朧とする意識の中、ガネッタは呟いた。

扉が凍結して砕ける。

そこに立っていたのは、トランシュバル家の長男、氷の貴公子ミネロだった。

重力魔法と同じく、難易度の高い上級魔法…氷結魔法の使い手である。

肩まである美しい金髪。女性のような白い肌。澄んだ蒼い瞳。

雪のように白いタキシードを着ており、胸のポケットに赤いバラが一輪さしてある。

ディアロス以上に端整だが、怒りで歪み台無しになっていた。

冷ややかな視線をディアロスに叩きつけながら言う。

「私の愛しいガネッタを返してもらおうか。」

「嫌だね。」

ディアロスの即答にミネロの周囲の温度が下がった。

冷気が吹き荒れ、辺りを凍結していく。

「短気な奴だ。それにこいつは俺様の物だ。身体も魂もな。」

部屋の全てが凍結していく中、ディアロスは平然と立っていた。

「ふん。魔法を使っておいて何をほざく。」

「…ま…ほう…?」

「そうとも。ああ、私の可愛いガネッタ。もう少しの辛抱だよ。すぐに助けてあげるからね。」

自分を見るガネッタに、ミネロは優しく微笑んだ。

「その魔法…魅了の類だな?」

「ば〜か、違うぜ。」

答えてディアロスは、ガネッタに口付けをする。

「んんぅ…あふ…ぅん!」

ガネッタは抵抗できなかった。

ディアロスの舌が、ガネッタの口の中に侵入する。

互いに舌を絡ませ貪り合う。

不思議だった。売られてからガネッタは誰にも心を許してなかった。

ミネロにもだ。なのに今、許している。

もっとしたい、愛したい、愛されたい。そんな気持ちに支配されていた。

身体も反応している。全身が火のように熱い。

乳首が痛いほど勃起している。秘部からは絶え間なく愛液が流れていた。

「や、やめろおおぉぉっ!私のガネッタを汚すなあぁっ!」

ミネロの絶叫が部屋に響く。

パキン!凍結していた家具が砕ける。

ディアロスは口付けをやめて、憎悪の瞳を向けるミネロに笑みを浮かべた。

「汚す?違うな。おい、ガネッタ。お前は俺様の何だ?」

「あ…あたしは…。」

快楽に呑まれ、既に意識が混濁しているガネッタだったが、はっきりと言った。

「ディア…ロス…様の奴…隷で…す。」

「嘘だあぁぁぁっ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘!嘘!嘘!嘘!嘘!嘘!嘘!」

ガネッタの言葉にミネロは頭を掻きむしり叫んだ。

頭から血が流れ、白い肌とタキシードを赤く染める。

「魔法だ!魔法で操っているに違いない!」

ミネロは恐ろしい形相でディアロスを睨む。

彼を知っている者が見れば、別人と思えるほどだ。

ニヤニヤと笑っているだけで、ディアロスは肯定も否定もしない。

「お前を殺せば、魔法の効果は消える!」

ミネロは魔法の詠唱に入る。

ただの詠唱ではない。レベルの高い魔術師にしか出来ない高速詠唱だ。

巨大な氷の矢が20本、ミネロの頭上に出現する。

「おいおい。そんなの使ったら、ガネッタにもあたるぜ?」

ディアロスは呆れた口調で言って、再びガネッタに口付けをする。

「貴様あぁぁぁぁっ!」

叫びと共に20本の巨大な氷の矢が、凄まじい速さでディアロスに襲いかかる。

だが、突き刺さる前に、氷の矢は全て蒸発した。

「何!?」

ミネロは驚愕した。ディアロスは何もしていない。

回避することも、防御魔法を唱えることも。

怒りのあまり我を失っていたミネロは、ここに至って冷静になる。

(どうゆうことだ?無詠唱魔法でも遅延呪文だったとしても、奴から魔力を感じなかった。)

「どうした?こないなら、俺様から行くぜ!」

右手だけでガネットを持つと、左手をミネロに向ける。

強大な火の矢が60本、ディアロスの頭上に出現した。

「耐えれるかな?」

獰猛な笑みを浮かべて、ディアロスは指を鳴らした。

60本の巨大な火の矢がミネロに迫る。

「う、うおおおおおおおっ!」

防御魔法で氷の盾を出して防ぐ。次々と火の矢が命中するが耐えている。

しかし、30本目が命中した時に亀裂が走る。

40本目で砕けた。残りの10本がミネロに直撃した。

爆発、炎上!

あっという間に炎の渦が辺りを呑みこみ、凍結していた部屋を瞬時に黒焦げに変えた。



そんな中でもディアロスは無傷だった。

右手に抱えられたガネッタも無傷である。

「お、おのれ…貴様…!」

燃え盛る炎の中、ヨロヨロとミネロは立ち上がる。

白いタキシードの一部は焼け焦げ、火傷を僅かにしていたが、戦意も憎悪も消えていない。

むしろ強まったといえる。

「やるな。あの瞬間に防御魔法をかけ直したか。」

「黙れ!貴様のような下賎な輩が私に傷をつけただと!絶対に許さん!」



獰猛な笑みを浮かべて楽しそうな【炎帝ディアロス】。

瞳に激しい憎悪を浮かべて怒り狂う【氷の貴公子ミネロ】。

これが2人の長きに渡る戦いの始まりであった。

そして、2人に求められる不幸(?)な少女【ガネッタ】。

3人の結末は果たして…?


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