【31人斬りの真実 SIDE−A】  by MURASAMA BLADE!

 「…まだか?いい加減待ちくたびれたぜ」
 誰かがつぶやくのが聞こえたが、誰も答えない。うかつに会話などすれば、自分たちの存在がバレかねないのだから。
 「……斥候が見えたぞ」
 別の誰かのつぶやきとともに、通路を隔てた向こうの物陰に、斥候らしき男の影が見えた。腕で大きな丸を作り、さらに奥の方を指す。
 「よし、行くぜ」
 それを見て、周囲の者達はうなずきあい、立ち上がった。それに吊られるようにして、カタリナもまた腰を上げた。
 「…それじゃ、ハイエナの餌場に降りてきた子猫ちゃんたちをいただこうじゃない」
 カタリナの独り言に、その場の全員がにやりと笑った。
 そして、彼らは駆けて行く。
 モンスターとの戦いに疲れた哀れな冒険者を、狩るために。


 ハイウェイマンズギルド。
 それは、龍神の迷宮に巣食うならず者の集団である。
 元は個人の寄せ集めだったならず者たちだが、ハイウェイマンズギルドの創設以後は連携を取り合い、集団行動を行うようになった。
 といっても、普段から数十人単位で遠足よろしくぞろぞろと歩いているわけではない。彼らは普段、数人程度のグループで分散行動を取り、洞窟内を捜索している。グループといってもその場しのぎの集まりで、彼らは頻繁に組む相手を変える。



 ならず者たちは 龍神の迷宮 地下1階 を 慎重 に進んでいる・・・

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 ならず者は罠をチェックした
 仕掛けておいた罠が解除されているのを見つけた

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 ならず者は罠を仕掛けた
 一行は 媚薬針 を仕掛けた

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 *レアモンスターが現れた*
 Spelunker  1(1)

 コマンド?
 >戦う(F)
 >逃げる(E)
 一行は 1 ターンで逃げ出した

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 *冒険者を見つけた*

 コマンド?
 >襲う(F)
 >逃げる(E)
 >連絡する(C)
 一行は 近くのならず者に 連絡を取った・・・
 57 人の ならず者が 応援に来た



 彼らは頻繁に連絡を取り合い、冒険者を見つけたときは必ず斥候を複数の近場のグループへ向けて出すのが決まりとなっている。斥候から情報を得たグループは、その斥候をグループに加えた上で、また別の斥候を複数のグループへ向けて出す。
 かくして情報は広まり、冒険者たちは何度もならず者の襲撃を受けるのである。


 カタリナのグループが到着したとき、冒険者たちはまだモンスターと戦っていた。
 「…早く来過ぎた?…いえ、すでにいるわね」
 早く到着し過ぎたとカタリナは舌打ち――早くから監視していれば、冒険者に気づかれる可能性もある――しようとして、周囲に多数のグループの気配を感じた。すでに包囲網は完成しつつあったようだ。
 これだけの人数がいれば一人くらいは捕まえられるだろう。
 「(…後は、自分が生き延びるだけ)
 そう考えたカタリナは、冒険者たちの品定めを始めた。冒険者の一行は、神官戦士、僧侶、盗賊、魔術師。比較的バランスのとれた良いパーティのようだ。
 「(…あの娘がいいかな。華奢だし、可愛いし)」
 しばらく戦闘を眺め、カタリナは盗賊に狙いを定めた。経験はそれなりに積んでいるようだが、カタリナから見ればまだ浅い。才能はあるだろうが、一度辱めてしまえばそれが仇となり、簡単に堕とせるだろう。
 逆にカタリナが敬遠したのは、神官戦士だ。
 「(何なの?あの歩く重戦車は…)」
 あんなごつい鎧を着て平然と動ける女など、見たことがなかった。振るっている武器も超重量級のメイスで、神官戦士は片手で軽々と振るっているがカタリナでは両手でも持ち上げることすらできないだろう。端正な顔立ちや時折見え隠れする尖った耳から、神官戦士がエルフだとわかったが、あんな怪物級のエルフでは高く売れるどころかこちらがやられるのがオチだ。
 「(しかもこの位置じゃ、あの化物女と真っ向からじゃない…)」
 間の悪いことに、カタリナのグループはモンスターの真後ろ――つまり先頭で戦う神官戦士の正面に位置していた。場所を移ろうかとも思ったが時既に遅く、冒険者の周囲は大量のならず者が取り囲んでいる。今から場所を移るのは不可能に近い。
 「(まあ、あの怪物はかわしていけばいいだけか…)」
 どうやって盗賊を襲うかを思案しつつ、カタリナは戦闘の行く末を見ていた。



 よくある誤解のひとつに、「女冒険者を襲って陵辱するならず者には、女はいない」というものがある。だが、これは誤りだ。確かに男がほとんどを占めてはいるが、女性もたまにいる。
 カタリナは、その数少ない女ならず者の一人だった。
 カタリナは元々、クルルミク貴族の使用人の家に生まれた一人娘だった。貴族は皆に敬愛される良き領主だったが、ある日突然民衆に反乱を起こされた。それは、貴族を陥れ税の徴収で私腹を肥やそうと企むライバル貴族の扇動だったのだが、民衆は簡単に騙されて貴族の館を襲った。
 貴族は民衆によってなぶり殺しにされ、貴族を守ろうとしたカタリナの父親も同じ目にあった。貴族の妻とカタリナの母、そして7歳になったばかりのカタリナは、暴徒と化した民衆に襲われ、代わる代わる陵辱された。そのときの事を、カタリナは今でも覚えている。
 愛し、守ろうとしていたはずの民衆に裏切られ、殺された貴族。その煽りを受けた自分の家族。日々を生きることのみに囚われ、自分たちを良き方向へ導こうとしてくれていた領主を、わずかな揺さぶりで簡単に裏切る民衆。そんな現実を目の当たりにしたカタリナは、その幼い心に人間への不審を刻み付けた。
 そしてカタリナは、悪の道へ走ったのだ。領主を――自分たちを裏切った、『自称善人』に報復するため。
 「人間なんて一皮剥けば皆一緒。なら、最初から中身の知れてる悪人の方がまだマシよ」
 カタリナは、常日頃からそう嘯いている。それはただの嘯きなどではなく、偽らざる彼女の本心だった。



 ドブシャアッ!

 鉄が生身を砕く音で、カタリナは我に返る。
 前を見れば、ちょうどあの神官戦士がモンスターを倒したところだった。
 「(そろそろね…)」
 カタリナはいつでも飛び出せるように姿勢を整えた。カタールを握る手に、力がこもる。
 そして。
 「おりゃあああああああああっ!」
 誰かの叫び声とともに、ならず者たちは一斉に襲い掛かった。


   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


 「っ?!」
 モンスターを倒したと思ったのも束の間、突然響いた叫び声にフリーデリケたちは再び身構えた。
 四方八方…いや、全方位からならず者が押し寄せてくる。
 「どこにこんなに隠れていたというのっ!?」
 間引いた大剣を構える僧侶のセリカ。
 「なんて、すごい数…!」
 ショートソードを抜く盗賊のラフィニア。
 「こいつはヤバイっすよ旦那!」
 魔法の詠唱にかかるキャティ。
 「と、とにかくぶっ倒すです!」
 一番馬鹿っぽいセリフと共に、フリーデリケは見るからに痛そうなトゲトゲのメイスを構え、
 「…!」
 正面から来るならず者の中に、一人の娘の姿を見つけた。


 キュピーン! フリーデリケVision発動!(フリーデリケの目が光ると同時に、カメラが娘にズームイン)

 黒く長い髪。
 少々吊りあがった目。
 小柄な身体。
 の割に大きなおっぱい。
 ビスチェと腰布だけのエッチな格好。

 カタカタカタカタ…チーン!


 「おもちかえりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!」

 フリーデリケの絶叫と共に、洞窟に赤い華が咲き乱れた。


   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


 「(な、なな、ななななななな、ななに?!なんで?!何なの、こいつっ!?)」
 初めて陥る状況に、カタリナはすっかりパニクっていた。カタールを振るうことも忘れ、ただ呆然と立ち尽くす。
 突然神官戦士が絶叫したかと思うと、カタリナの方目掛けて突進してきたのだ。
 神官戦士は、あのごついメイスを棒切れのように片手で軽々と振り回す。すると、カタリナの前にいたならず者たちはたちまち弾け、千切れ飛び、鮮血の赤い華を裂かせるのだ。
 かわして盗賊を襲うどころの話ではない。
 「はうううう!かあいいよううううう!」
 神官戦士が2度目の絶叫を上げた。もう、カタリナの前には数人のならず者しか居ない。
 「くっ!」
 カタリナは恥も外聞も忘れ、横に大きく飛び跳ねて避けた。

 ドグチァッ!

 カタリナが横っ飛びして地面を転がるのとほぼ同時に、暴走重戦車はついさっきまでカタリナが立っていた位置を轢いていた。カタリナの前に立っていたならず者は圧倒的な暴力の前になす術もなく轢き殺され、後には何も残らない。
 「メメタァ!…ありゃりゃん?捕まえたと思ったのにぃ」
 神官戦士はそうつぶやくと、きょろきょろ辺りを見回し始めた。すぐに、まだ残っていたならず者が無謀にも神官戦士を襲う。
 「(今回は完全に失敗だわ…)」
 神官戦士がカタリナを見失い、他のならず者に気を取られている今がチャンスと、カタリナは逃げ出すことにした。所詮ならず者の部隊といっても、集団戦闘はできても連携攻撃はできない寄せ集めの集団。やられている他のならず者に義理立てする必要などない。
 しかし、それを実行に移す時間はカタリナには与えられなかった。

 ドゴッ!ブシャアッ!

 機を見て後ろを振り返り逃げようと思っていた、カタリナの目の前が赤く染まった。
 「っ!?」
 カタリナのすぐ前にいたならず者たちは上半身を手品のように消したかと思うと、残った下半身の潰れた断面から真っ赤な血を噴き出しはじめる。
 そして、鮮血の噴水の向こうには…

 「見いィィィィィィィィィィィィィつけたァ♪」

 血に濡れたメイスを振り回しながら微笑む、あの神官戦士。

 「あ、あ…」
 その光景に怯え、カタリナはその場にぺたりと尻をついた。足がガクガク震える。歯がガチガチうるさい。ゆびがうまくうごかない。
 貴族が、父が、母が殺された、あの惨劇の夜が脳裏に蘇る。

 パサッ…。ジョロロロロロロ…。

 神官戦士のメイスの風圧で紐を切られたビスチェが床に落ち、ふくよかな胸があらわになる。ぶるぶると身体が震え、温かい液体が腰布を濡らす。
 そんな自分の身に起きたことすら、今のカタリナには判らなかった。
 今の彼女を支配している感情はただひとつ。

 「(こわい)」

 死神が一歩、また一歩、少しずつ歩み寄ってくる。その結末を見る前に、カタリナは意識を失った。


   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


 「あはははははははははははははは♪かあいいよううううううかあいいようううううううううううううううう♪」
 フリーデリケの嬌声を聞きながら、セリカ、ラフィニア、キャティの3人は一様に疲れた表情を浮かべていた。
 自分の方に向かってきたならず者を打ち倒し、フリーデリケは大丈夫かと彼女らが振り返ってみれば、フリーデリケはならず者の一味とおぼしき少女を抱きかかえ、嬉しそうに頬ずりしていたのである。
 「…帰りましょうか」
 「そうッスね」
 「ええ、帰りましょう」
 未だ少女と戯れているフリーデリケを半ばひきずるようにして、3人は帰路についた。
 「はううううううううううううう♪ああん、あんましかあいいからすりすりしちゃううううううう♪」
 フリーデリケの叫び声が、山びこのように反響し、いつまでも洞窟内に響き渡っていた。



 ――TO BE CONTINUED.