<生まれてきたという事〜黒曜と十字〜>


「なかなか凄いものだな」
 セルビナが感心したように呟くが、その表情には紛れもなく感嘆の色が浮かんでいた。
 ちなみに、その背後には懸命に痛みをこらえているような表情のフォルテが隠れている・・・もとい、立っている。
「いつも半人前だと思っていたが・・・なかなかどうして」
 肩に手をかけて何とか自分の身体を支えるフォルテに気が付かないフリをしながら、セルビナは用心深く周囲を見回しながら言葉を継ぐ。・・・ここは地下7階の監禁玄室。ならず者たちがいつ援軍としてなだれ込んで来るか判らないのだ。
 二人の目の前では、神官戦士と軽戦士が絶妙のコンビネーションでならず者たちを屠っていく。
「セレニウスが・・・もう30か。コトネももうすぐ20近いな」
 普段の迷宮では、ならず者たちはなかなか二人のトコロには殺到しないが、ここは監禁玄室。
 奇襲をしかけた前衛の二人が、あっという間に陵辱者たちを切り倒していく。
「安心しろ。出番はないらしい・・・というか、あいつ等二人で全部終わるな」
 冷静に戦況を見守る指揮官の表情が、後ろを振り向いた時、ニヤリ、と笑った。


「じゃあ、行くよ」
 監禁玄室の扉を見つけたのは、先頭を歩くコトネだった。
 魔封の迷宮に入り込んで、あまり時間は経っていない。
「さてと、じゃあ・・・」
「分かっているとは思うが」
 いきなり突入しようとしたコトネを、セルビナがのんびりと引き止めた。
 何となく、いつの間にかコトネとセレニウスが扉の前で武器を構えているのが気になったのだ。
「?」
「ここは魔封じの迷宮だ。攻撃魔法も回復魔法もアテにならないから、そのつもりでな」
「うん」
 にこり、と笑うコトネに、もう一言付け加えようとしたセルビナを、彼女は笑顔のままで制した。
「分かってるって。だから、セルビナさんはフォルテと二人で後ろを守っていてね」
「何??」
「セレニウスさんと相談してたんだよ。突っ込むのは私とセレニウスさん。セルビナさんは、後ろを守ってもらおうって」
「何???」
「リーダーがそのように決めたのであれば、仕方ないですね」
 真顔で聞き返すセルビナに、うんうん、とセレニウスが勿体ぶって頷いてみせる。
「私は魔法は使えないですけれど、神官戦士ですから充分コトネさんの援護は出来ます」
「それなら・・・」
「でも、魔法の使えないフォルテさんを庇う余裕は流石にないので、そこは本職の戦士であるセルビナさんにお願いしますね」
 それなら自分が突っ込む、と言い掛けるセルビナの機先を制してセレニウスが微笑う。
「・・・・・・・・・・」
 何かを言いかけてセルビナが口を開くが・・・何となくそのまま口をつぐんだ。
 いつの間にか。
 コトネも立派なパーティーのリーダーになっていたのだ。
 ついこの間リーダーを引き継いだばかりだと思っていたのだが・・・。
「分かった分かった。足手まといはしっかり面倒見ておくから、余計なケガはするなよ?幾らなんでも、フォルテともう1人は抱えきれないんだからな」
「大丈夫大丈夫。フォルテは軽いから」
「・・・お前な・・・」
「持ったことがあるんですか?」
「な、ないよ!?ないない。うん、ないない」
 ぱたぱたと手を振るコトネに小言を言おうとするセルビナより先に、珍しくセレニウスが冗談っぽく口を挟んだ。
 途端にコトネの顔面が爆発し、ぷいっと三人に背を向ける。
「い、行くよ!」
「行きましょう」
 そのまま一目散に扉目掛けて突っ込むコトネの後ろをセレニウスが追いかける。
「やれやれ・・・」
 セルビナは肩をすくめる。
 軽くフォルテが赤面しているように思ったが、敢えて何も言わない。
 そして、軽戦士は後ろの警戒を怠りなく、監禁玄室に入っていった。


 セレニウスが39名。
 コトネが18名。
 二人で57名のならず者を葬り去り、パーティーは監禁玄室を完全に制圧していた。
「大したもんだ」
「ね?大丈夫だったでしょ?」
「ああ。いつもはならず者がお前たちのトコロに来ない理由が分かったような気がする」
 監禁玄室の中に倒れているのは二人の冒険者。
「大丈夫?助けに来たよ」
「待っていろ。今、助ける」
 二人を縛る縄を解き、ありあわせの布を裸体にかける。
「・・・」
 監禁玄室の中を見回していたフォルテの顔が、ふっと曇る。
 この階で行方をくらましていた冒険者はまだまだいた筈であったが、ココには見当たらない。
 迷宮で行方をくらまし、監禁玄室にもいない者たちが辿った運命とは・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
 自分に魔法の力が使えれば、助けられたかもしれない、と思うほどフォルテは自分の力に自惚れてはいなかったが、鈍い後悔の痛みが胸に刺さる。
 史上最悪と謳われた賢者も、確かこの階で消息を絶ったはずだ。
 街で見かけた、という噂をちらほら耳にする度に、会いに行ってみたいと思う反面、怖さもあり・・・。
「仕方ないよ。がんばったんだけど・・・」
「そうですよね。コトネさん、凄く強かったですね」
 慰めるように、心配そうに自分の顔を覗き込むコトネの顔を見ると、何となく痛みも和らぐような気がする。
 何も出来ず、彼女たちの力になることも出来ず、後ろで見守るしか出来なかった自分・・・。
「え、えっと・・・ありがとう」
「お腹が空いているんですね。どうぞ」
 助け出した1人・・・サフィアにセレニウスが非常食を分けている。
 ならず者たちの手ひどい陵辱を受けてはいても、生きていれば・・・。
 だが。
「私は・・・助けられるべきだったのかしらね・・・」
 ぽつり、と呟く声が、紫の賢者の胸に突き刺さった。
「そ、そんな事言っちゃダメだよ。ほら、失われて良い人なんか1人もいないんだから・・・」
 まだ冷たい床に座り込む忍者のトコロに、コトネが駆け寄る。
「そう?」
 顔をあげたミラルドの左右の色の違う瞳が、コトネを真っ直ぐ見る。
 片方の瞳には十字・・・。
「あ・・・」
 困ったように周囲を見回すコトネの目に、辛そうに目を伏せるフォルテの姿が映った。
「と、とりあえず、表まで送ってくから」
 目を伏せたままのフォルテを気遣いながら、コトネは地上に戻ることを宣言していた。


「貴女がどう思われようと、私たちは監禁玄室に突入していましたよ」
 地上に戻るパーティーの道のりは順調であった。
 魔封の迷宮を抜けて、魔法の力が戻ったはずのフォルテは相変わらず痛みをこらえるような表情をしていたが・・・。
 そんな彼女の隣には、コトネがつきっきりで歩いている。
 神官戦士は穏やかな表情で忍者に語りかけていた。
「皆、様々な事情があって、この迷宮に潜っています。たとえばコトネさんは、自分の作った武器が悪用されないか心配でココに来ているようなものですし・・・」
 セレニウスの視線の先では、年少組がサフィアに自分の非常食を差し出している。
「貴女にどんな事情があるかは知らないですけれども、彼女にも、それなりの事情があるんでしょう。貴女が何者かは知らないですけれども、彼女とて到底こんな迷宮に居る筈のない生まれなんでしょう。でも、こうしてパーティーを組んで共に歩いています」
 紫の賢者がとセレニウスの視線がふと合う。・・・ふわり、と自然に賢者の表情に微笑みが浮かぶ。
「生まれてきたことに、誰にも罪はないのです。そして、生んだことも。それは、自然の摂理なのですから」
 セレニウスの眼差しは澄んでいた。
「コトネさんが作った武器が誰を殺めようと、その責任はコトネさんにはないでしょう。フォルテさんがどんな生まれであろうと、きっとドコでも彼女はああだったでしょう」
「何が言いたいのかしら?」
 見返す十字の瞳を、神官戦士は真っ直ぐ見返した。
「捕われている方がどう思われようとも、多分このパーティーはいつも、そこに突入するでしょう、という事です」
「そう・・・」
 先に目を逸らしたのは、ミラルドの方であったかもしれない。
「正義、と言うつもりはないですけど・・・きっと性分なんでしょう」
 神に使える戦士が、軽く笑ってみせる。
「彼女も、多分、自信がないんでしょう。噂を聞いたことがあります。その噂の通りなら、確かに、とも思いましたし」
「誰の話?」
「さあ?」
 笑ってセレニウスは話をはぐらかす。
「まあ、あれだ」
 ドコから話を聞いていたのだろうか。
 やや真面目な顔でセルビナが二人の間に割り込んだ。
「うちのリーダーがあれだからな。望むと望まざる関係なく、お前らは助けられる事になっていたんだろうな。・・・間に合わなかったヤツもいたが・・・それも仕方がない。それを悔やむ奴もいるが、自分に出来る事をやるだけだ」
「助けられる事になっていた?」
「助けて欲しかろうと、助けて欲しくないと思っていても、うちのパーティーには関係なかったって事だ」
「・・・・・・・・・・」
「あいつ等や固い神官戦士には理解出来ないかもしれんが、捕まっても尚、そこに居たい、と望む奴もいるだろう?」
「そうね・・・」
「そういう奴も関係なく突っ込むお人好しが多い、ということだ」
「・・・損な性格ね」
「おかげでお守りは苦労する」
 ニヤリ、と歴戦の軽戦士が笑う。
「もうすぐ地上だよ!」
 明るい笑顔でコトネが戻ってくる。
 相変わらず元気一杯である。
「そして、このパーティーは、助けた仲間を、わざわざ地上にまで送り届けるわけだ」
「だから今一つ迷宮攻略が進まないんですよね」
 わざとしかめっ面をするセルビナに、勿体ぶってセレニウスも頷く。
「どうしたの?」
 不思議そうにコトネが二人を見比べる。
 外見は愛らしいが、その実力はもう軽戦士の中でも屈指のものだ。
「何でもない。ほら、もっとがんばらないと、リーダーの座を取り上げるぞ?」
「私は、助けられるべきだったのかしら?」
 もう一度、自分たちを助けたパーティーのリーダーに訊ねてみる。
 そして。
「もちろん!」
 満面の笑みでコトネは答えた。
 その後ろで、紫の賢者が忍者を柔らかい眼差しで見つめている。
 確か、自分より一つ年上だっただろうか。
 彼女に半分流れている血と、何か同じような匂いがする。
 もっとも、何となく彼女は、自分とは全然違う世界に生きていたような気がするが・・・。
 ミラルドが大輪のバラ・・・艶やかで美麗な反面、野にも咲き、それ故に残酷な棘を持っているとすれば、彼女はその髪と同じ色の胡蝶蘭であっただろうか。・・・デリケートに温室で育てられ、人の手が加えられなければ決して生きていけない・・・。
 ミラルドと目が合うと、さっきセレニウスに向けたのと同じ、あの自然な微笑みが彼女の眼差しに浮かぶ。
「ふ〜ん」
 何となく、目を逸らしづらくなり、じっとその黒曜の眼差しを見つめてみる。
 失われて良い人など、1人もいない。
 確か玄室で最初にそんな事を言っていた。コトネも言っていたが。
 そんな事が本気で言えるのは・・・幸せなのかもしれない。
「・・・・・・・・・」
 先に目を伏せたのはフォルテの方であった。
 ミラルドが何者であるのかを知っているのか否か・・・。フォルテが何者であるのかをミラルドが知っているのか知らないのか・・・。
 その黒曜の眼差しは何も語らず、変わらぬ微笑みを浮かべるのみであった・・・。


<追記>
勝手なイメージ

コトネさん:可愛いですっっ
セルビナさん:頼りになる姉御系指揮官
セレニウスさん:人生の機微を知る神官戦士
オニヘイさん:憎めない悪党紳士(今回出てないけど)

SSで関係させて頂いた方
ミラルドさん:濃密な美女!
サフィアさん:大きな胸がフォルテにはきっと羨ましいに違いなく・・・
ハデスさん:怖いけど・・・怖いお姉さん賢者