<魔封>


「やっと真っ暗闇から出れたね」
 リーダーで先頭を歩くコトネがほっとしたような声をあげた時、パーティーの目の前には地下7階に降る階段が見えていた。
「御苦労さまでした」
 セレニウスが、ずっと光源を灯していたフォルテを振り返り、かすかに笑う。
「次は、魔封じの迷宮か・・・。厄介なものだ。もっとも戦士には関係ないが」
 相変わらず影のリーダーとも言うべきセルビナが肩をすくめた。
 ゆっくりと、用心しながらパーティーは階段を下りる。
 何となく・・・空気が違う。微かにセレニウスが眉をしかめた。
 だが、戦士たちにとっては、あまり頓着するようなものではない。
 が。
「・・・・・・っ・・・」
 6階暗黒の迷宮で灯し続けていた「光源」を消し、7階魔封の迷宮に降りた瞬間、流石にほっとしたのかフォルテは軽く足をもつれさせたかと思うと、不意に顔をしかめてこっそりと脇腹に手を当てていた。
「??」
 何もないトコロで彼女が転びそうになるのは見慣れた風景であったが、何となくコトネは引っかかるものを感じて振り向く。
「どうしたの?」
「え?あ・・何ともないです」
 ズキンっ
 心配そうな顔をするコトネに、やや血の気がひいた白い顔で賢者は笑みを浮かべてみせた。
 ここは魔封の迷宮・・・全ての魔法を封じるトコロ・・・。
 ・・・鈍く、そして鋭い痛みが脇腹を襲っている。
 それは、「あの時」魔物に食らった一撃・・・。
 今でも誰にも言えないでいたが、完治には程遠い。だが、賢者としての魔法の力で痛みを抑え、少しずつ治癒させながら、騙し騙しココまで降りてきたのだ。だが、ここは魔封じの迷宮・・・彼女の魔法は発動しない。
「・・・何でもないです」
「・・・・・・・・・・」
 懸命に平静な声を絞り出すフォルテの側にさり気なくセレニウスが近付き、彼女が抑えている手の上にそっと手を添えた瞬間、痛みのせいであろか、ビクン、と賢者の身体が跳ねる。
「・・・・・・・・・・」
 回復魔法を発動させようと神官戦士が精神を集中させてみるが、やはりここは7階魔封の迷宮・・・全ての魔法が封じられるフロアーであった。祈りの言葉は、セレニウスの言葉の中で消えていく。
「どうした?」
 気付いているのか、気付いていないフリをしているのか。
 セルビナがぶっきらぼうに訊ねる。
「・・・・・・何でもないです。ごめんなさい」
 ここは7階。
 そう簡単に降りたり昇ったりできるフロアーではない。
 もう、何人もの冒険者たちがココで消息を絶っているのだ。
「そうか。・・・なら、いい」
 セレニウスも、セルビナも何も言わない。
 ここで騒ぎたてても、ならず者を招くだけである。
 セレニウスの魔法も、フォルテの魔法も封じられている今、ココで余計に騒ぎを起こしても仕方がない。
「じゃあ、行こうか。早いトコロ噂に聞くアイテムを手に入れないと、心細いからな」
 完璧な年長組の演技に、ようやく心配そうな表情がコトネから消え、いつもの可愛らしい笑みが浮かぶ。
「全くです。回復魔法が全然使えませんから」
 セレニウスが、自然な動作でフォルテの腕を取り、軽く支えるようにその隣に立った。
「無論、攻撃魔法もな。しばらく魔法はお休みだ」
 横目でフォルテを見るセルビナの眼差しは、何もかも見通しているようであり、思わず紫の賢者は黒曜の目を伏せる。気丈にも脇腹を抑えていた手は、もういつものように自然だ。
「あの・・・」
 そのまま魔封じの迷宮の奥に歩きだそうとしたコトネを、フォルテが呼び止めた。
「何?」
 くるり、と振り向いた少女の顔は、何となく明るすぎる。
 まるで、何かを決めてしまったかのように。
「コトネさんは、このパーティーのリーダーですよね?」
「う、うん」
 いつになく真剣な眼差しのフォルテ・・・その唐突な問いに、思わずコトネが口ごもる。あの時、宿屋で自分を抱きしめた時と同じような眼差し・・・あの時、コトネを抱きしめる身体は震えていたが、今の彼女はしっかりと立っている。
「噂では、このフロアーには闇商人が出没して、ある取引を持ちかけると伺っています」
「う、うん・・・そう・・・だね」
 何となく自分の決意を見抜かれているような気がして、コトネらしくもなく歯切れが悪くなっている。
「魔法を使えるアイテムと引き換えに、パーティーの誰かを攫っていく・・・」
「うん。まるでオニヘイのおっちゃんみたいだね」
 かなり鋭いコトをコトネは笑いながら言ってみせるが、賢者はその笑顔を何故か辛そうな眼差しで見返していた。その眼差しを直視出来ず、思わずコトネは天井なんかを見上げてしまう。
「コトネさんは、いつも大胆ですから・・・すみません・・・もし、そういう取引を持ちかけられても、決して乗らないでくださいね。ましてや、誰かが犠牲になるのも・・・」
 ぎくっ。
 真剣な眼差しのフォルテに、コトネも笑って受け流すことが出来ず、思わず視線が泳いだ。
「でも・・・ほら、もしかしたら、闇商人っておっちゃんの知り合いかもしれないし、もし、そうならきっと悪いようにはしないと思うし・・・ほら、あの湖でもフォルテってあの時リーダーだからって、恥ずかしい思いも自分から進んで受け入れたじゃない?だから今度は私の・・・」
「コトネ」
 何となくきょろきょろと周囲を見回しながら、バツが悪そうにモゴモゴと口を動かすコトネに、フォルテは辛そうな眼差しはそのまま、呼びかけた。
 彼女がコトネを「コトネ」と呼んだのは、出会ってから初めてだったかもしれない。
 いつもは、〜さん、と柔らかく呼びかけるのが彼女であったが、自分の身体を襲う痛みと、自分が魔法を使えない、という事がらしくもなく彼女を必死にさせていた。
 魔法が使えれば・・・腕力など全くない彼女でも、みんなの力になる事が出来る。守ることもできる。でも、今の自分はただの足手まといである。神官戦士のセレニウスと違って、今の彼女には、何も、ない。
「お願いですから、ずっと、一緒にいてください」
 その唇から漏れた言葉・・・それはフォルテにしては、不器用な言葉だった。
 軽く、息が上っている。
 痛みを我慢しているせいか、吐息が少しだけ荒い。
 そして、それを心配そうに見ているコトネの姿を見ると、益々傷みが強くなる。
 大きく深呼吸する。
 吐く息が震える。
 脇腹よりも、胸の奥が痛い。
「・・・何を馬鹿なコトを 」
 お互い、何も言い出せず見詰め合う二人をとりなすように口を出すのは、やっぱり年長組であった。
「それぞれ自分が出来る事をすれば良いと思います」
 セルビナの言葉に、セレニウスが続けた。
「6階でパーティーを照らしたのは貴女の光源でした。そして、ココでは戦士が力を発揮する番・・・。私たちは王位請求者でもなんでもないですけれども、試練は試練として正面から受け止めるだけです」
「やってみないと分からないが・・・その何とかとかいう仮面を探せばいいんだ。そして、それが本物かどうか鑑定出来るのはお前だけだ。魔法が使えなくても、罠を見つけたりと、出来ることはあるだろう?」
 焦ることはない。
 二人の年長者の目はそおいう風に言っているように思えたのは気のせいだっただろうか。
「闇商人に出会ったら、その時考えましょう。どうも貴女は、身内の事になると普段の半分も冷静になれないみたいですね。よほど愛情に飢えた生い立ちですか??」
 珍しくセレニウスが冗談っぽく笑う。
「コトネもコトネだ。先頭きって突っ込むのはいつもの事だが、その時はちゃんと年長者の言うコトも聞け。勝手に自分で突っ込むなよ?」
「はあい」
 しゅん。
 何となく年少組の二人は顔を見合わせ、はぁ、と溜息をつく。
 何となく、年長者二人の表情に笑みが浮かんだ。
「フォルテは光源使い続けて疲れているみたいだから、コトネは手を貸してやってくれ」
 セルビナが肩をすくめる。
 やっぱり・・・優しいのかもしれない。
「!?そ、そうなの??」
「え?・・・あ・・・えっと・・・」
「ほら、無理言っても仕方ないんですから」
 セレニウスが、支えていたフォルテの腕をコトネに渡そうとした時、ぐらり、とその細い身体が崩れかけた。
「あ!もうっ!!」
 慌ててコトネが両手でその腕を捉まえる。
「離すなよ」
「??」
 セルビナの言葉に、一瞬怪訝な顔をするが、すぐにコトネは満面の笑顔を浮かべた。
「うん!」
「貴女も」
 神官戦士は・・・神官でもあったのだろう。
「は、はい」
 何となく顔が赤いのは、痛みに耐えているせいか、それとも別の理由なのか・・・。
「よし、いくぞ」
 セルビナが声をかける。
「はい」
「うん」
「いきましょう」
 そして、三者三様の答え。
 いつもの風景。
 いつもの冒険の続き。
 四者四様。
 今日もパーティーはちょこっとでも前に進もうと歩き出した。