<ファーストキス>
「あ・・・」
「ああ??」
三文芝居のようではあったが、二人が街で出くわしたは本当にタダの偶然であった。
「オニヘイさん、ですか」
「アンタ・・・フォルテ、か」
お互いがお互いの葛藤を抱えつつ、何となく立ち止まる。
雑踏の中、様々な意味で目立つ二人が立ち止まってお互いを眺めている様子は充分注目の的だったが、人だかりが出来るほどのものではない。ごみごみしながらも、人の行き来は絶えない。
もっとも、オニヘイの周囲にいる部下たちは、彼女と目があった瞬間、無意識に彼女が浮かべる笑みに「おおおお」とざわめき、それを記録媒体に取り込むのに忙しかったりしたが・・・。
「どう、されたんですか?」
やや用心深くフォルテが訊ねるが、生来の性格のせいであろう。完全にオニヘイを拒絶する雰囲気は醸し出してはいない。もっとも、何となく後ずさりしているように見えたが。・・・宮廷でも彼女はそうであった。どんなに苦手な、ありていに言えば嫌いな相手であっても、辛抱強く柔らかな笑みを浮かべ、失礼のないように受
け答えをし・・・もっともそのせいで様々な誤解も受けたが。
「散歩だ」
ぶっきらぼうにオニヘイが答える。
そして、この謎の多い男にとっては、コトネだけが唯一絶対のものであり、どんな美女麗姫を前にしても、それは単なる「商品」でしかなかったのかもしれない。
が。
「・・・・・・・・・・・・」
「??」
軽く朱をさしたような、瑞々しい彼女の唇に、ふとオニヘイの視線が食い込んだ。
「???」
・・・コトネちゃんのファーストキス。
先日の部下の何気ない言葉は、男の胸を深く深く抉っていた。
・・・・・・コトネちゃんのファーストキス。
あの唇が、奪ったのか??
キレ者としては人後に落ちない脳細胞がフル回転する。
この唇は、その後、誰かに奪われたのか??
もし、誰にも接していないのであれば、そこから幻のファーストキスが奪えるかもしれない。
そうだ、その手があった。
第一、コトネちゃんは異性とキスしたわけじゃない。
なら、ファーストキスは、まだ、あるハズだ。
「どう、されたんですか??」
ことコトネに関する限り、敏腕、辣腕を誇るこの男の思考回路は妬き切れる事があったのかもれしない。
難しい顔をして真剣に悩むオニヘイを、やや心配したかのようにフォルテが覗き込んだ。
「あの後、誰かとキスしたか??」
「っ!」
面と向かって、あまりにもストレートな物言いに、思わずフォルテの頬に朱がのぼる。
「な、何もしていないです。大体、なんでそんな・・・」
おろおろ。
動揺のあまり、オニヘイの瞳に走った光を見逃したのは彼女の不覚。
「なら、それを返してもらおうか!」
ぐいっと、それだけで折れそうな柳腰を抱え込み、電光石火、その顔に覆いかぶさったのは、まさに手練の技。
が。
相手は賢者・・・見かけはともかく、紛れもなく賢者であった事を忘れていたのは、オニヘイの不覚であった。
「ダ、ダメです!」
ぶわっっっっっっ
悲鳴と共に、次の瞬間、オニヘイの身体が軽々と突き飛ばされたかのように宙を舞う。
「ぐわっっ」
その白い手は宙に差し出されていたが、無論その細腕でオニヘイを弾き飛ばせるわけがない。
ごおおおぉぉぉぉ。
華奢な賢者の周辺を舞い乱れるのは、強烈な風の輪・・・彼女に触れようとするものを全て弾き返す風の壁であった。・・・もっとも、コトネたちがこの場にいれば、決してそれが「殺気」を伴ったものでない事は簡単に見抜いていたであろう。監禁部屋に飛び込んだ時、彼女はもっと危険な風を操っていたのだ。
そして。
「おおおおおおおおお!!!」
どこかの屋台に吹っ飛んだオニヘイを尻目に、その部下たちが何故か歓声をあげている。
「ありがたや、ありがたや・・・」
彼女を守り吹き乱れる風の流れは、当然のように彼女にも影響を及ぼし・・・。
「ま、眩しすぎる・・・」
普段は身体の線を隠している巻きスカートが、風のせいで、かなり際どいトコロ・・・ギリギリのトコロまでまくれ上がり、フォルテの眩しいほどの太腿・・・多分、普通は拝めない代物が白日の中に露になっていたのだ。
「あともう少し・・・もう少し」
「いや、そこがまた・・・」
無責任なギャラリーの声すら風は吹き飛ばし、術者の耳には入らない。
濃紺の生地がはためき、消えては現れる白い肌が陽光を跳ね返す。その潔癖な容姿とはうらはらの艶でやかなコントラストは見る者を堪能させていたが、魔法に集中している彼女がそれに気付くわけもなかった。
だが。
「きゃっ」
周囲の凝視に気付いたフォルテが、顔を真っ赤にしてスカートの裾を抑えたのも無理はない。
集中力が切れた瞬間、彼女の周囲を吹き荒れていた暴風もピタリ、とやむ。
「あぁ・・・」
「あぁあ」
落胆の色を隠せない部下たちを、恥ずかしさのあまり泣きそうな目で睨むフォルテ。いや、かすかにその瞳は潤んでいたし、スカートをしっかりと抑えた手が、小刻みに震えている。
「あれ、フォルテ、どうしたの??」
騒ぎを聞きつけたのだろう。
コトネが走ってくる。
「なになに?突風?竜巻??どうしたの?・・・あれ、オッチャンがいる」
周りの惨状・・・とは言いつつもかなり限定的ではあるが、きょろきょろと見回すコトネの視界に、屋台に突っ込んだオニヘイがロックオンされた。
「む・・・」
真っ赤になって涙ぐんでいるフォルテ。
何やら記録媒体をあたふたと片付けて撤収しようとしているオニヘイの部下たち。
そして、屋台に突っ込んだオニヘイ・・・。
「むむ」
豊かな胸の前で腕組みをして、オニヘイを睨む。
・・・有罪確定。
判断は迅速であった。
「お、コトネちゃん!元気??」
むくり、と起き上がり、満面の笑顔を浮かべたオニヘイの視界を占めていたのは、怒り心頭で両手一杯に爆弾を抱えた愛する少女の姿であったりする。
「い、いや、違うんだ。だから、その・・・ファーストキスが。いや、違う、異性としていないんだから・・・いや・・・」
「・・・オッチォン・・・・・・・」
迷宮よりも深いトコロから響くようなコトネの声に、オニヘイは自らの過ちを悟った。
ドドドドドドォォォォ!!!!
フォルテの起こした竜巻は、せいぜい直径3mくらいのものであったであろう。
その後、何故か轟いた爆音による被害は、周囲30mを廃墟にしたと伝えられる。
無論、後にドコかの篤志家がコトネの罪とならないように、あり余る私財をちょこっと取り崩して
現状復帰させたのは更に言うまでもない。
「まあ、ファーストキスは預けておくか」
男が悠然と足を組み、ややコゲた服を気にしながらうそぶいた事を知る者は少ない。
一緒に宿屋に帰るフォルテが、顔を真っ赤にして、ずっとスカートの裾を押さえている事をコトネは不思議に思っていたが、涙ぐんでいる彼女の横顔を心配そうに見守るだけにしていた。
「・・・オッチャン・・・」
ふつふつと少女の心に怒りの炎がわきあがった事を男が知る由もなかったのも、更に言うまでもない・・・。
*オニヘイさん、実は大好きです。
出演してもらいました。違ったらゴメンナサイ