<史上最悪の賢者と紫の賢者>

「・・・ハデスさんが?」
 フォルテは軽く息を呑んで訊ね返した。
 史上最悪の賢者と呼ばれるハデス・ヴェリコは、ひそかに賢者たちの間では「史上最強の賢者」と囁かれている人物である。 見かけはパンクな賢者らしからぬ格好をしているが、疑いようのない実力と、時としてロウの者にとっては足枷となりうる制約を持たないカオスの双方を兼ね備えた彼女は、間違いなく皆の畏怖の対象で
あったのだが・・・。
「一度、酒場でお酒をご馳走になっているんですよね」
 賢者たちが集まった会・・・集まった賢者はハデス、リムカ、スピリア、タン・・・。そして賢者ではなかったがフリーデリケとミラルド・・・。
「結構、大騒ぎになったって聞いてるよ?」
「そ、そうでしたよね」
 世間知らずの彼女は、あの場にいた周囲の者たちに圧倒されていたものである。その中で、自信満々で、生の輝きに溢れていたハデスは、ウワサで聞いていた「史上最悪の賢者」であったかもしれないが、やはりフォルテの目には「史上最強の賢者」として、眩しく写っていたのを思い出す。
「・・・・・・・・・・」
 ふっと。
 物思いに耽るような溜息をついたフォルテの横顔を、コトネが心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です。・・・ただ」
「同じ賢者としては心配だよね。しかもあんなに強いのに・・・」
「あの時集まられていた賢者と呼ばれる方々の内、スピリアさんは行方知れずになってしまいました
し、リムカさんも毒牙にかかったと伺っています。そして、ハデスさんまで・・・」
 哀しげに目を伏せるフォルテの肩を神官戦士のセレニウスが軽く叩いた。
「失われて良い人など一人もいない、と貴女はいつも仰っています。実力不足かもしれませんが、私たちで助けられるかもしれないのですから、そんなに悲観的にならなくても良いでしょう。・・・貴女の悪い癖です」
 微かに、その肩が震えているのに気付く。
「ちょっと怖いトコロもありましたけど、悪い方ではなかったです」
 監禁部屋に踏み込んだ時、いつもよりも彼女の魔法が強力なのは、もしかしたら「怖かった」からかもしれない。
「もう一度、お会いしたいですね」
 多くのならず者が、無力な虜囚に容赦なく襲いかかり、なす術もなく蹂躙されていくあの光景・・・彼女にとっては許せない行為であり、また恐怖そのものの対象・・・。
 あの、「史上最悪にして最強の賢者」ですら、この迷宮では何が起こるか分からない。
 まして、彼女ほど様々な意味で「強くない」紫の賢者であれば・・・。
 陰謀で放り込まれたダンジョン。
 仲間たちに恵まれて、今までは何とか生き残ってきた。
 でも、自分たちがあまりにも危うい綱渡りをしている事を思い出す。
「もう一度・・・」
「だったら、足を動かせ」
 遠くを見るような眼差しをするフォルテを現実に引き戻すかのように、セルビナの叱咤がとんだ。
「立ち止まって震えているだけじゃ、何も解決しない。一歩でも前に出て、少しでも近付く努力をする方が現実的だ」
 黒曜の眼差しが、はっ、とうつつに戻る。
「個人的には見解の相違はあるが、失われて良い者などいないんだろう?なら、進むしかない。そうだろう?」
 ややキツい言葉ではあったが、ニヤリ、とリーダーの顔に笑顔が浮かんだ。
「意外に、気に入っているんだ。このパーティー、このメンバーで迷宮にいるのは。結構色んなパーティーがあるが、パーティーとしては古株だと思うしな」
「そおいえば、そうかもしれないね」
 ニコニコ、とコトネが笑う。
 その笑顔で、どんなにパーティーが明るくなる事か。
 沈んだ表情の賢者にも、思わず笑みが浮かぶ。
「炎と風・・・。あの時出なかった回答を見出す為にも、頑張らないといけませんね」
「さあ、行くぞ」
 和らいだパーティーの空気を引き締めるように、いつものようにセルビナが声をかける。
「はい」
「は〜い」
「そうですね」
 四者四様の返事。
 四者四様の表情。
 そして、今日もまたパーティーは前に進み始めたのであった。