<焼き菓子>


「・・・ふぉるふぇっふぁふぁー(フォルテってさー)」
 カオス忍者シルフィーナ、ロウ僧侶ユミル、ニュートラル魔術師ミレイラの3人を迷宮でならず者たちから助けたパーティーは、彼女たちを無事に送り届けた後、一旦酒場に戻って身体を休めていた。
 焼き菓子を口いっぱいに詰め込んだままコトネがフォルテに話しかける。
「何ですか?」
 にこにこしながらお茶を差し出す若き賢者のいれるソレは、魔法のようにお美味しいと評判であったが、コトネが焼く焼き菓子もまた絶品であったりする。・・・ちなみに若き賢者は、料理の類は全く論外である。その育ちを考えれば当然と言えば当然なのだが、知識豊富な彼女に完璧に欠けている知識は、料理と・・・あと一つ

「フォルテってさぁ、いつもはみんなの一歩どころか三歩ぐらい引いてるトコあるけど、ああいう場面になると、結構容赦ないよね」
「??」
 お茶で焼き菓子を何とか流し込んだコトネは、懲りることなく片手一杯にお菓子を掴むとフォルテに無邪気な笑みを浮かべた。
「覚えてる?前、落とし穴にひっかかった間抜けなアンデットを助けた事あったでしょ?」
「えっと・・・そぉいう事もありましたね。成仏出来てあのアンデットさんも良かったです」
「でも、アレって多分冒険者というよりは、ならず者の類だったんじゃない?」
「そうですね・・・そうかもしれませんね。でも、あのままだとお可哀想でしたし・・・」
 焼き菓子を摘み、両手で二つに割って口に運ぶ。
 そんなフォルテを見ながら、コトネはパクリ、と焼き菓子を一口で食べた。
「でも、この前もそうだったけど、さっきのシルフィーナさんやユミルさん、ミレイラさんたちをならず者たちから助けに飛び込んだ時、フォルテって行きましょう、って飛び込んだじゃない?」
「そう、でしたっけ?」
 結構、コトネもパーティーの面々には気を配っているらしい。
 フォルテも自分がそんな事を言ったかどうか覚えていない事を、きちんと耳に入れている。
「いつも、おとなーしく最後尾にいて、たまーに罠解除や魔法を外すけど・・・」
 コホン
 焼き菓子のカケラがひっかかったのだろうか。
 細い喉が軽く咳き込んだ。
「ああいう場面になると、全然外さないし、コワい魔法飛ばすんだよね。普段、迷宮で会うならず者たちに対してよりも、ずっと容赦ないんだよね」
 にこにこしながらコトネがお茶を差し出すと、フォルテの表情に照れたような微笑みが浮かんだ。
「そう・・・ですか?」
「いつもはそうやって、にこにこしていて、汚い迷宮に放り込まれても文句一つ言わないし・・・」
 そおいえば、コトネには自分の出自を話したことがあった事を、ふとフォルテは思い出した。何で話したのかは自分でも分からなかったが、彼女に話しておいて良かった、と思っている自分に気付き、軽く驚くが、さしものコトネにもそんなココロの揺れは分からない。
「落とし穴に引っかかった間抜けなアンデットも、嫌な顔しないで成仏させるけど、ああいう場面になると、人が変わる、というか・・・う〜ん・・・」
 コトネが自分で自分の言葉が捜せず難しい顔をしていると、ふとフォルテが微笑った。
「でも、コトネさんもあの・・・奴隷商人さん、オニヘイさんには心を許されているんですよね」
「おっちゃん?おっちゃんは何か・・・ある意味特別なんだよね」
「・・・散々お風呂覗かれたり、妙な仕掛けをしてきたりしても?」
 ほっそりとした頤を両手の上に乗せて、軽くコトネを睨んでみせるが、どうにも迫力不足である。
「フォルテって・・・そおいう目も出来るんだ」
 だが、コトネの方が役者は上であった。
 ・・・コトネの方がフォルテよりも年下の筈ではあったが。
「?」
「でも、妙に色っぽいから止めた方がいいよ。少なくとも親父連中やオッチャンにはね」
「そ、そうですか?」
「流し目にしか見えない」
 ・・・軽く睨んだつもりだったのだか。
 ぷっと。
 コトネの頬が膨らみ、やがて満面の笑みに変わった。
「きっと、潔癖なんだよね。だから・・・ああいう場面、連中が許せない」
 そお言ったコトネの眼差しは、賢者の眼差しだったかもしれない。
「でも、あまり、頑なにならない方がいいよ」
「そ、そうですか・・・」
 その笑顔が眩しくて、思わず目を細める。
「あ、その目もやめた方がいいよ。そのすがめた目が妙に色っぽいから」
「そ、そうですか??」
 元気一杯のコトネが「妙に色っぽい」という言葉を連発するのが、妙におかしくて、いつの間にフォルテの表情にも満面の笑みが珍しく浮かんだ。
「うん。やめた方がいい」
 ぴょん、と。
 コトネが跳ねるように椅子から立ち上がった。
「セルビナさんが呼んでるね」
「・・・お〜い」
 階下からセルビナとセレニウスの呼ぶ声がする。
「行かないと」
 慌てて立ち上がったフォルテの紫の髪が、ふわりとコトネの鼻先をくすぐった。
 ・・・甘い花の香りがする。
「あ・・・枝毛」
「え??」
「大丈夫。髪の手入れをする時間くらい、セルビナさんやセレニウスさんも待ってくれるって」
 手早く、そして手際よく枝毛を切りそろえる。
 出来上がった紫の髪を眺め、うんうん、とコトネが両手を腰に当てて頷いた。
「そろそろ行くぞ」
「まだ、体調が悪いんですか??」
 待ちきれなかったのであろう。
 年長者組のセルビナとセレニウスが部屋まで迎えに来た時。
 二人の目の前で、フォルテがコトネの髪を軽く編んでいる光景が広がっていた。
「・・・何やってんだ?」
「なるほど・・・結構、似合いますね」
 セルビナの言葉は辛辣であるが、目は笑っている。
 セレニウスが感心したように、編まれたコトネの髪を眺め、うんうんと頷く。
 椅子に座ったコトネの後ろに、膝をついてその髪を編むフォルテの図・・・。
 ・・・何となく・・・平和だったりする。
「よし、じゃあ、いい加減に行くぞ」
 和みかけた空気を引き締めるかのように、パーティーリーダーであるセルビナが全員に声をかける。・・・彼女たちは、迷宮に行かなければならないのだ。
「はいはい」
「うん」
「よろしくお願い致します」
 四者四様。
 今日もまた、冒険が始まろうとしている。
 四者四様の想いを抱きしめて。