<祈り>
「・・・おい、おいあんた!あんたフォルテだろ!?有名な賢者のよ!オレでも顔知ってるぞ!頼むよ、罠に嵌っちまって上がれないんだ」
地下4階をてくてくと歩いているフォルテたちのパーティーは、どう考えてもありえない呼びかけに、思わず足を止めた。
「登ろうとしても手足が崩れ落ちるばっかりで、かと言って死のうったって死ねないしよ!」
何しろ、その声の主は彼女たちの<足の下>から呼びかけていたのだ。
普通に考えれば、あまりの妖しさに呼びかけを無視して立ち去るのが一般的な反応だったかもしれないが、何故かフォルテ、セレニウス、セルビナ、コトネの4人はとりあえずは善人、もしくはお人好しだったのかもしれない。
「頼むよ、あんた有名な聖職者なんだろ!?」
「あの・・・恥ずかしいので、そんなに大声で名前を呼ばないで下さい。私は有名でも何でもないんですから・・・」
その時、彼女は「彼」が「アンデット」である事など知りもしなかった事は言うまでもない。気の毒な冒険者か、ならず者が罠にかかるのを助ける位の気持ちであったのだ。
「オレを成仏させてくれないか?」
ピタっ。
穴を覗き込んだフォルテの身体が、軽く硬直したのは更に言うまでもない。
「あぁあ」
「・・・ドジなヤツだ」
コトネとセルビナが、動じた様子もなく、穴の底で蠢く男・・・アンデットを見下ろし呟く。
・・・どうやら男は罠に嵌ったまま死ぬに死ねないでいるアンデッドらしい。呪われし者、万民に等しく訪れる死を拒んだ不浄の生物・・・。
「・・・・・・・・・・・・・」
陥没した頭蓋。
千切れた手足。
飛び出したはらわた。
そして、それが、何かを求めて暗い穴の底で蠢いているのだ。
「・・・・・・・・」
彼女とて、陥れられた結果とは言え、このダンジョンに入り、モンスターやならず者たちを手にかけてきたのだ。死体など、数多くその手で作ってきた筈ではあったが、流石にその光景は惨すぎたのかもしれない。
「・・・!?」
思わず後ずさろうとしたフォルテの背中が、何かに当たった。
「セレニウス・・・さん?」
「目を逸らさないでください。彼は<貴女>に救いを求めているのです」
神官戦士は、動揺を隠せないフォルテの耳元に囁いた。
「貴女は、お人好しにも、彼を救おうと足を止めました。そして、彼を見ました」
「・・・・・・・・・・・」
「彼がアンデットであろうと、生身の者であろうとも、一度そこに踏み込んだのであれば、後ずさりはいけません。捨て置くのであれば、彼を見遣ることなく、石でも投げておけば良かったのです」
神官戦士の言葉は、丁寧であったが断固とした意志に満ち溢れていた。
「貴女は、このパーティーのリーダーです。何より、彼の呼びかけに足を止めたのです」
ふっと。
フォルテの背中から伝わる動揺が止まった。
「大丈夫。貴女なら出来ます」
一歩、踏み出した賢者の背中にセレニウスが呟いた。
セルビナ、コトネも、食い入るように彼女を見ている。
「・・・・・・・・・・・」
目を逸らすことなく、呪われし者を見る。
だが。
果たして、彼はドコの国の者なのか。
彼は一体何の神を信仰していたのか。
もしかしたら、何も信じていなかったのかもしれない。
彼の拠り所は・・・現世の未練は?
その様な事を、彼女が知る筈もない。
だが。
<嗚呼、死を司るものよ。等しく全ての生きとし生けるものを訪れる平等なる全能の死よ・・・>
そっと目を閉じた彼女の唇から漏れたのは、複雑に韻を踏んだ、古い、古い、とても古い言葉・・・彼女の祖国で高貴なる者を身内で送り出す際、代々伝えられてきた弔歌・・・。むしろ、彼女はそれ以外に弔いの言葉も、儀式も知らなかったのだ。
<嗚呼、汝は我らを残し安らぎの地へ。我らは贖罪の痛みをもって送り出さん・・・>
彼女の語る言葉の意味を、その場にいる者には理解らず。
虚空に伸ばされた手は、アンデットを撫でるように優しく彼に向かって差し出されていた。
それは、魔法ではなく、祈り。
すーっと。
彼女の閉じた瞼から、一筋、二筋と、滑らかな頬に涙が流れ落ちる。
やがて、男の身体が淡い燐光に包まれ、その魂が浄化されてゆく・・・
「おお・・・おお!身体が軽くなっていく!ありがとう、ありがとう、やっと楽になれる・・・あんた大した賢者だ!賢者フォルテに幸あれ!」
「・・・・・・・・・・・」
男の姿が掻き消え、魂が浄化された後も、しばらく彼女はそのままの姿で涙を流していた。
「・・・・・・・・うん」
弔歌を歌い終え、我に返ったかのように振り返った彼女を、コトネが満面の笑顔で迎える。
「大したもんだ」
「なるほど、貴女は神官ではないですが、確かに聖職者なのかもしれませんね」
「そ、そうですか?」
セレニウスとセルビナの眼差しが、気のせいか、ほんの少しだけ優しいような気がした。
「結構・・・恥ずかしいですね。人前で泣くなんて・・・すごく久しぶりです」
恥ずかしそうに涙をぬぐう彼女の背を、ポンポン、とコトネが叩く。
「やっぱり、多少本番に弱くても、やっぱりウチのリーダーは、やる時はやるね!」
「もう・・・それは言わない約束ですよ」
場を明るくする為だろうか。
コトネの朗らかな言葉に、フォルテの顔に笑顔が戻り、パーティーの雰囲気が、ふわりと柔らかくなる。
「さあ。もうちょっと進んでおこう」
和みかけた空気を引き締めるかのように、セルビナが声をかけた。
「はい」
「いつ敵が出てくるか分からないですから」
「うん」
三者三様。
今日もまた、冒険が始まる。
三者三様の想いを抱きしめて。