奴隷商人と賢者

 「・・・ああ、やっちまった・・・」
 オニヘイは、頭を抱えていた。
 先日、コトネPTが恐らく最後になるであろう迷宮探険に向かう前日、酒場でフォルテに絡んでいた酔っ払いを、たまたま見かけたオニヘイは思わず殴り飛ばしてしまった。

 『カスがっ! 俺の商品に手を・・・』

 ヤッチマッター(つД`)

 ―俺は知的なならず者の筈なのに、何故あんなことをしてしまったのだろう?

 コトネのため?
 フォルテのため?
 わからないが、あの時はついむしゃくしゃしてやった。今は反省している。
 コトネの前で暴力など奮ったのはあれが初めてだった。
 これがきっかけで、自分は乱暴なそこいらのならず者と変らない奴なのだと思われてしまったらどうしよう?
 「俺は・・・なんてことをしちまったんだ・・・・・・・」
 オニヘイは、激しく後悔していた・・・。

 コトネは賢者として尊敬しているあの女を姉のように思って懐き、大事に想っているようだ。
 フォルテもまたコトネを妹のように愛し、大切にしている。キスまでしたと言う事は、あるいはそれ以上の感情を抱いているのかもしれない…。そして、帰る場所が無い以上、この冒険が終わった後も、二人は仲良く一緒にいるのだろうと思う…
 フォルテの境遇には、同情する。
 否の無い身でありながら、国を追放同然の扱いでクルルミクへと拉致されて、最早帰ることなど敵うまい。親姉妹にも会うことなど出来ないだろう…。
 お家騒動などありふれたイベントとは言え、それでも、不幸は不幸だ。
 しかも、彼女の意志を無視してまで強引に連れ戻し、国に乱を起こそうとする動きまで見える。
 それは、あの心優しい賢者にとっては、耐えられないことだと思う。そんな風に連れ戻された所で、それはあの少女にとって不幸でしかない。
 そう思うと、オニヘイはその境遇に、何故か同情した。
 恐らく、それはフォルテがコトネにとって大事な人間となったから…なのであろうが。
 オニヘイ本人は認めていないが、コトネを大事にしている。そして、彼女が大事にしているモノも大事にしているし、守らなくては…と思っている。
 「せ、切ねえ…!(つД`)」
 …だが悔しい。
 まるでコトネを取られたような気分だ。
 自分の計画。
 それは、コトネを騙して迷宮に放り込み、捕まえて、犯して、墜として。
 そうして。彼女と、彼女の商売を全て奪いとって、自分の力でもっと手広い商売ルートを確保したならば、近い内にクルルミクと他国の間で起きるであろう戦争に介入して、素晴らしい性能を持つコトネの武器を売り巻くって儲けること…だった。

 所が、コトネは予想以上に迷宮で生き延びて。
 そうこういているうちに、迷宮に挑んでいる冒険者の多くが墜ちて。
 その中には他国の王族の娘の姿もあって。
 …自分ならば、この情況を利用する。
 この件でクルルミクに因縁をつけて、幾らでも攻め込む口実にする…。
 はっきり言えば。チャンスだ。
 現実に、既に事態は大きく動き、墜ちた王族。墜ちない王族。いずれもそのバックにある国が、攻め込まんと動きを見せ始めている。
 …だが、肝心のコトネがまだ手に入らない。
 当初は簡単に手に入ると思っていた。
 ところがそうでなかった。
 それ所か、コトネは過酷な迷宮探険の日々の中で、その才能を開花させ、今や迷宮最強の軽戦士となった。

 コトネたちが迷宮に挑み続けるのはあと数日。
 その間に捕らえて、犯して、奴隷宣言をさせて…
 …無理だ。
 仮に全てが上手くいったとしても、その先の時間がなさすぎる…。
 計画は、今や大きく路線変更を迫られていた。
 「はああああああああああああああああああああああ………」
 深い海の底よりもさらに深い溜息をついて、オニヘイは天を仰いだ。



 2.
 「ねえフォルテ。あの時のおっちゃん、カッコ良かったよねえ」
 「え? …ああ」
 龍神の迷宮、5階。コトネたち4人はフィオーネと言う軽戦士の率いるパーティと出会い、迷宮の完全な地図を写させて貰った。そうして、少し余裕も生まれたその日の夜だった。
 コトネは、オニヘイに貰った傷薬を、フォルテが以前負った傷口に刷り込みながら、思い出したように話をしていた。
 「あの時、オニヘイさんは、私を助けてくださったのですよね…」
 「うん、ビックリしたよ! でも…カッコ良かった」
 そう言うコトネは少し顔を赤らめている。実は、あの時のオニヘイを、コトネはフォルテが危ないところを助けに現れた凄いおっちゃんとして見いていたのだが、自分の立場を良く知るオニヘイは、そんなことなどを知る由もない。
 そして、そんな彼女のことを、フォルテは複雑な表情で見つめていた。
 コトネの、オニヘイへの想いは、日々強くなっているようだ。最近は、あの男は何か大きな仕事に取り掛かっているらしく、町で会うことも少ないため、それがますます想いを募らせ、あるいは「理想の男像」が生まれつつあるのかもしれないが、そんな中、絶妙なタイミングであの男は自分たちの前に現れた…。
 「コトネさん…でも、あの方は…」
 「う、うん…」
 フォルテが何を言おうとしているのかは、判っている。フォルテもそれを感じたから、俯いたコトネを見ているうちに、なんだか自分まで切なくなってくる。
 セルビナたちは、辺りの見張りに行っているようで、今、この場には二人きり…。
 「コトネさん…」
 「あ…」
 そっと抱き占めると、コトネはぴくりと肩を震わせて、フォルテに身を預ける。
 それを確認すると、頭を抱えあげて、口付けをした…。
 「ん…んむ…」
 コトネは抵抗をしなかった。だから、少し強く抱き締めながら、その可憐な唇を貪るようにして、フォルテはコトネを求める。それは、あの男への軽い嫉妬から来るものなのか、それとも、ロウに属する少女と、ならず者。結ばれることなどない関係の二人に向けた、なんとも言えない複雑な感情から来たものなのか・・。
 わからないが、夢中になって唇を貪った…。
 「フォルテ…」
 「ごめんなさい…このよう場所で、このようなことを…」
 「ううん…いいよ。いいんだけど……」
 「コトネさん…」
 なんだか、コトネは泣きそうになっている。いつもは有り余るほどに元気一杯なのに、時々極端に弱い一面を見せる。そんな彼女を見ている内に、自分まで泣きたくなってきた。
 自分は、コトネのことを国では望んでも得られなかった妹のように思い、あるいはそれ以上に大切な人間と思っている。
 幸せになって欲しい…。そして、その幸せを、彼女の傍で見守りたい…。
 けれど、自分も、彼女も、取り巻く環境はあらゆる意味で複雑だ。
 「…ねえフォルテ」
 未だ胸の中で抱き占めているコトネがそっと呟いた。
 「フォルテが、私のお姉ちゃんだったら良かったのにな…」
 「コトネさん…」
 そうですね…。私も…と言いかけて、ふと、コトネが眠っていることに気付く。
 きっと疲れているのだろう。そう思い、安心しきって眠っている少女をそっと寝袋の上に横たえると、優しい眼差しで見つめた。



 迷宮探険はもうすぐ終わる。
 終わった時。
 終わった後。
 無事であったとして、その時、自分はどうしたら良いのだろうか。…そう考えて、また、フォルテは切なくなった…。