私は……これからどうしたらよいのでしょう……
奴隷商人の地下牢は、暗くて寒いです。
孤独と絶望しかないこの狭い部屋で、私は私の未来に絶望しているのです…

ここを出られれば、性奴として犯されるだけの日々が待っているのだと思うと
もう、ハイウェイマンズギルドに犯されたときに壊れていたほうが良かったのではと思いさえします…


私はハイウェイマンズギルドの恐怖から、すぐに彼らに屈服しました…
自分がおかしくなるのが怖かった…自分が自分であり続けたいと思った…
すぐに服従した私を、彼らは奴隷商人へと売り払いました。
でも、私に待っていたのは、未来への恐怖でした…
これからまたあんな目にあうと思うと、恐怖で発狂しそうなのです…


そんな時、地下牢へ降りてくる足音が響きました。
この足音は、奴隷商人の履いている木の靴の音です。
今朝も、あの足音とともに私の2個隣の牢の子が買われていきました。
買い手は嫌らしい笑みを浮かべた中年貴族でした…あの子があの男に何をされているかと思うと
私の恐怖をかき立てました…そして次は…


近づいてきた奴隷商人は、私の牢の前で足を止めました。
ついに……私が売られる日がきてしまったんですね……

「こちらの娘などいかがでしょうか?」

奴隷商人に遅れて、若い貴族が私の牢をのぞきこみます。
きりっとしたハンサムな貴族ですが、人は見かけによらないもの…
こんな男性でも、女を性の道具としか思ってないのかもしれません…

「ふむ……娘よ、貴様、魔術師ということで間違いないな?」

その低い声に、私はびくびくして、なかなか口が動きません…

「お客様の質問だ、返事をしないか!」

小声ながらドスの聞いた声で奴隷商人がせかしてきます。
私は奴隷商人にせかされ、何とか震える喉にGoをかけて声を絞り出しました。

「は、はい……魔術師……です…」
「そうか……どんな魔法ができる?」
「地の攻撃魔法と…地属性の召喚術を…」

この人は、なぜこんな質問をするのだろう……私を性奴として買いに着たのではないのだろうか…
性奴がどんな魔法が使えようが、関係ないと思うのに……

「弥生、この娘はどう思う?」

私から視線を外した貴族が呼びかけたと思うと、さらにメイド服の女性が現れました。
その落ち着いた容姿から、年齢は20後半ではないかと思うのですが…
ブロンド縦巻きロールに決まった髪が、その女性の美しさを引き立てていました。

「あなた、お名前は?」

静かな澄んだ声で、弥生と呼ばれたメイドさんが呼びかけてきます。
なんとなく安堵感を覚えた私は、さっきまで震えていた喉が落ち着いているのに気づきました。

「フローラ……です」
「かわいいお名前ね……それに、その目ならまだ大丈夫そうね。私たちは今、魔法が使える子を探しているの。」
「魔法…私は、魔法で何をしたら良いのでしょうか……」
「簡単に説明するわね。ご主人様の元で、メイドとして働いてほしいのよ。
 ならばなぜ魔法が必要なのかと思うかもしれないけど、最後まで聞いてね。
 ご主人様は、いま国の要職を巡る争いの中にいるの。今回は、国の新事業を巡るとても重要な仕事でね
 ライバルを消してでも手に入れたいと思う連中がいてもおかしくない重要なポストなのよ。
 つまり、ライバルの貴族が、いつご主人様を亡き者にしようとするかわからないわ。
 だから、ご主人様をお守りし、戦えるメイドが必要なのよ」
「あの……それならば、傭兵を雇えばよいのではありませんか?」
「そうね、でも、その国の新事業はいつ始まるかわからないのよ。つまり、役職がいつ決定するかもわからない状況なの。
 ただ、始める計画があるというだけでね……来月始まるかもしれないし、3年待つ必要があるかもしれない。
 お国の仕事って、始まるまでやたら時間がかかるくせに、いざ始めるとなると唐突なものなのよ。
 いつ要職選びが始まるかわからない今の時期に、戦うことしか能のない傭兵を飼い続けるのは無駄なのよ。」
 だから、普段はメイドとして仕事をこなし…その時期になったら、ご主人様を守るために戦闘ができる
 そんな子を探しているというわけなのね」
 
私は、希望が持ててきました。少なくとも、散々犯されて過ごすわけではなさそうだからです。
でも、その『仕事』をまだ聞いていません…いざ行ってみたら『仕事』は性奴だったなんてのでは落胆が大きくなるばかりです。
そこを確認してみることにしました……最も、私に選択権などないのですが。

「あの…メイドとしての仕事は、その、あの…普通のメイドとしてのお仕事なのでしょうか…?」
「なるほど…あなたは性奴隷だから、そっちの心配をしてるのね?そのお仕事もあるけど、基本は普通のメイドよ」

弥生さんがウインクをして見せた。

「さっき、『その目なら大丈夫そうだ』って言ったわよね?あなたの目は、まだ性奴として堕ちきっていない目よ。
 堕ちきった性奴では、戦闘で役に立たないわ。あなたならやれると思うけれど、どうかしら?」

私は、行ってみる気になった。ここなら、それほどひどい目にあわずにすむかもしれないのだ。
性奴として売られている私が、こんなところへ行けるのなら、それこそ夢に近いと思っていいのかもしれない。
それに何より……この弥生さんというメイドを、私は信じられると思った。
甘い言葉で釣って、結局行ってみたらただの性奴扱いではないと信じられる気がした。

「私でよろしければ…喜んで、御奉仕させていただきたいと思います…」

ゆっくりと礼をした私に、今まで黙っていた貴族が口を開きました。

「かといってあまり夢を見られても困るぞ?少なくとも、週に一度は性奴として私の相手をしてもらうのだ。
 もちろん、週に一度と決まっているわけではない、増えることもあるがそこは理解しているのだろうな?
 それに、いざそのときには命をかけて戦うことになるかも知れぬ。決して楽な仕事ではないぞ。」
「くす…ご主人様、そんなに心配する必要はございませんわ。この子なら大丈夫です」

きりっと注意をする貴族に、弥生さんがフォローを入れています。

「ご主人様、というのはやめてくれないか弥生。お前はほかのメイドとは違うんだ、名前で呼んでくれ」
「かしこまりましたわ、トライアル伯爵」

ちょっぴり茶化すような弥生さんの言動。どうやらこの2人は普通の主人とメイドの関係ではなさそうだ。

「ではトライアル伯爵、この子でよろしいですか?」
「最終人選はお前に任せると言っていただろう?お前がGoサインを出すなら、この娘で決まりだ」
「かしこまりました」

弥生さんはスカートのポケットから小さな冊子を取り出すと、さらさらとペンを走らせる。
そして1枚を破りとると、奴隷商人へと掲示しています。
奴隷商人も頷き、その紙を受け取っっていました。どうやら小切手か何かのようです。
奴隷商人は鍵を取り出すと、私の牢を空けて、顎で出るように指図しました。
そっと牢を出た私を、弥生さんが優しく抱擁してくれます。
奴隷商人は、私から剥ぎ取った服を弥生さんに渡すと、私は弥生さんに連れられて外の馬車に乗り込みました。
馬車の中でとりあえず返してもらった服を着て、トライアル伯爵の屋敷へと向かいました。


屋敷に着いた私は、伯爵の私室へと通されました。

「まさか都合よく見つかるとは思っていなかったの…だから、実は君のメイド服はまだ準備できてのよ。
 服を仕立てさせるのには時間もかかるしね…さ、服を作るのに寸法を測らなければならないから、じっとしていてね?」

弥生さんは、巻尺で私の3サイズや肩幅をてきぱきと測っていく。なんだかちょっとくすぐったかった。

「伯爵、上から90、61、85…ですわ」

突然、弥生さんが伯爵に私のスリーサイズをばらしてしまった。そうか、私は一応性奴でもあるのだ。
でも、突然のことに、私の顔は恥ずかしさで真っ赤になっているのが自分でもわかりました。

「そうか、思ったよりいいスタイルだな……弥生、服を作るのにどれだけかかる?」
「急がれますか?」
「ああ、少々屋敷内の仕事が遅延してもかまわん」
「ならば、プリンとシオンに急ぎでやらせましょう。今日中になんとかするようにしましょう。」
「わかった、それでよい。すぐに取り掛からせろ」
「かしこまりました」

弥生さんは私のサイズのメモを手に、一礼して部屋を出て行きました。

「さて、弥生が戻るまで、お前の術でも見せてもらおうか。窓の外に、的があるのが見えるな?」

伯爵は部屋の窓をあけ、庭にある木で組まれた人形を指差した。大きさは人間と変わらないと思う。

「壊してもかまわん。お前の術で、あの的を攻撃して見せろ」
「はい、かしこまりました…」

私は久しぶりに使う魔法にちょっと緊張したが、目を閉じて精神を集中させる。

「大地の神よ、私に力を……マッド・ミサイルっ!」

マッドミサイル…私のいくつかの術の中では基本の部類である。土の塊を弾丸のように飛ばす術。
鉄の弾丸と違い貫通力こそないが、敵にめり込んで破裂するため着弾点から開くように攻撃するのが特徴だ。
マッドミサイルはまっすぐ木の的に激突、表面の樹皮を破砕し、星型のような傷跡を木に刻み付けた。
振り返ると、伯爵は、感嘆した目で私を見ていた。

「あの…いかがでしょうか……」
「十分だ、何しろ我が武装メイド隊には魔法が使えるものが1人しかいなくてな
 だから魔法の扱えるものを優先的に探し、お前を買い取ってきたというわけだ」
「あの……私と弥生さん以外には、あと何人いるのでしょうか?」
「残りは5人だ。まぁ、残りのメンバーは明日紹介しよう。我が武装メイド隊は基本的にシフト勤務だ。
 4名が日勤、2名が夜勤でやっている。 お前が一人前になれば、1人非番が取れるようになるな。
 ただし、メイド長の弥生は基本的に日勤専門だ。また、メイド副長のローズが夜勤専門になっている。
 また週に一度、日勤の日の夜に、私の相手をしてもらうことになる」

そこまで伯爵が言った後に、ノックの音がして弥生さんが帰ってきた。

「伯爵、メイド服は今日中に仕上げられるとのことです」
「そうか、わかった。では弥生、そろそろ始めてくれ」
「かしこまりました」

何を始めるのだろうかと思ったが、弥生さんはそっと私を抱いた。

「フローラ、これから伯爵があなたの味見をするわ。わかるわね?」
「え…えっ……?あ、あの、今からでしょうか…?」
「ええ。今日は特別に、私が優しく準備をしてあげるわ。怖がらなくていいのよ。」

弥生さんは、私にそっとキスをした。そして、私のセーラー服の上からそっと私の胸を揉み解す。
だがそのとき、ふっとあのときの記憶がよみがえった。
ならず者に、欲望のままに胸を弄ばれた記憶が……声こそ出さなかったものの、
気づいたら私は頭をかかえて震えていました。

「……どうしたの、フローラ?」
「あ…ああ……」
「フローラ、落ち着いて、どうしたの?」

弥生さんの呼びかけで、やっと私は我に帰る。

「はぁ……ふぅ……す、すみません……」
「……思い出してしまったのね」
「はい……」
「私は、あなたがどういう過程で売りに出されたかまでは知らないわ。
 でも、もう怖がることはないのよ……あなた、そのときは…初めてだったの?」
「初めては……私の…幼馴染と…」
「そう……そのときも、あなたは怖かったの?胸を触られたら怖かったの?」
「いえ……彼は、私を優しく愛撫してくれました。お互いに初めてでちょっと痛かったこともあるけど
 彼に悪気なんてないのがわかっていたから、その痛みも耐えられました……」

私が過去の話をするのは、あの恐怖を今だけでも早く忘れたいと思った故の行動かもしれません。
そして、一瞬だが忘れることができた。でも昔話というものは普通、昔から今へと流すもの。
昔のよかったことを話していけば、そのうちあの恐怖へと時間軸がつながる。意味のないことだったのかもしれません。
結局、私はまたあのときを思い出してしまう。目から涙があふれたのがわかりました。
そのときです……部屋のドアをノックする音が聞こえました。

「入れ」

伯爵の返事に入ってきたのは、メイド服を着た女性でした。多分、この人が同じ武装メイドの人なのでしょう。
ただ、弥生さんとはメイド服のデザインが違いました。弥生さんが黒のメイド服なのに比べて
この女性は赤と白を基調としたメイド服で、袖には十字架のマークが見えます。
年は20代前半でしょうか。黒髪のショートカットですが前髪はやや長く、髪で片目は見えませんでした。
「失礼します、伯爵。ダート公爵がお見えですが、いかがいたしましょうか?」
「なに、ダート公爵が?……用件はわからぬが、まさか公爵相手に顔を見せぬわけにもいくまい
 すぐに行く、プリンと公爵をお通し…いや、プリンは作業中だったな。
 すまんが若葉、今日はプリンとシオンは手が放せないのでな、お前が公爵をお通ししてくれ」
「かしこまりました」

若葉と呼ばれたメイドは一礼して下がろうとしたが、伯爵がそれを呼び止めた。

「待て、若葉」
「…はい?」
「お前には先に紹介しておこう。フローラ、こちらへ」

伯爵の呼び声に私はつい弥生さんの顔を見てしまいましたが、弥生さんは黙って頷きました。
弥生さんの手元を離れて、伯爵の隣へ移動します。

「明日から新しく武装メイド隊に配属する、魔術師のフローラだ。若葉、お前に新人の教育を任せる。
 青葉も魔法が使える後輩が欲しいといっていただろう?かわいがってやってくれ」
「え……私がですか?」
「うん……?不満か?」
「あ、いえ、私ごときに新人の教育が務まるだろうかと思いまして…」
「大丈夫だ、むしろ仕事に慣れてきたぐらいのお前がちょうどいい。後輩と一緒に覚えるつもりでやれ」
「かしこまりました」

見る限り、この若葉さんというメイドもそう長く仕えているわけではなさそうだった。
そういえば、この権力抗争というのもそんな昔からあるわけでもなさそうだし
長く仕えているメイドは、実は少ないのかもしれない。私はとりあえず若葉さんへ自己紹介をしました。

「あ、あの、フ、フローラと申します。どうぞよろしくお願いします…」
「ああ、私は神官戦士の若葉よ。私もまだここに来て半年の新人なの、一緒にがんばりましょうね」
「は、はいっ…」
「今日は夜勤だから今は寝てるんだけれど、私には双子の姉がいるの。
 さっきちらっと名前が出たと思うけど、魔法戦士の青葉が私の姉よ。仲良くしてね」

若葉さんはにこっと笑った。その笑顔を見て、私は安心した。
性奴として犯されるだけのメイドだったら、あんな笑顔ができるわけがない…
私も、ここで笑顔を取り戻すことができるかもしれない…

「では伯爵、公爵をお待たせしておりますので、失礼いたします」
「うむ、私も着替えてすぐに行く。
 弥生、そういうわけでフローラのことは中止だ。今日のことはお前に任せる」

伯爵は上着だけを着替えると、部屋を出て行ってしまった。

「…そういえば、私も自己紹介はまだだったわね」

弥生さんは、バツの悪そうな顔をしている。

「あらためて自己紹介するわ。私は武装メイド隊の隊長、弥生よ。
 三ヶ月前までは、竜騎士だったのよ」
「え?竜騎士なんですか? しかも三ヶ月前まで…」
「私と伯爵は古い知り合いでね、いままでは貴族と一軍人の関係だったんだけれど……」

そういって、弥生さんは左腕の袖をまくった。そこには、大きな傷跡が残されていた…

「となれば三ヵ月半前のことになるのかしらね……局地的敗退を喫したブール山地会戦を知っているかしら?
 そこで、グラッセン兵にやられちゃったというわけ…左手は一応動くけど、盾や竜の手綱は握れなくなったのよ。
 もう竜騎士として生きることはできないと思ってたら、トライアル伯爵にメイドとしての働き口をくれたのよ」
「弥生さん……いまブール山地会戦って……弥生さんもそこにいたんですね……」
「……どうしたの?」
「さっき話した私の幼馴染……子供のころから竜騎士にあこがれてて……
 そして、半年前に見事竜騎士になったんです……でも、初陣で戦死しました……
 それが……ブール山地会戦です……彼は、彼は第7竜騎士団第9中隊にいたんです、何か知りませんか?」
「第9中隊……私は第8中隊にいたわ……彼の名前はなんていうの?」
「リョウ……リョウ・アリマ…」
「……知っているわ」
「……本当ですか?」
「グラッセン部隊が鍾乳洞に隠れているという情報で、第8中隊と第9中隊が向かったけど罠だった。
 鍾乳洞内のグラッセン部隊と、入り口から新たに入ってきたグラッセン部隊に挟み撃ちを受けて
 二つの中隊は大混乱に陥ったわ。そこで我々を助けてくれたのが、そのリョウ君よ
 彼は昔、この鍾乳洞を探検したことがあったみたいなの。外へ続く抜け道に友軍を逃がして
 第9中隊の半分が、追撃してくるグラッセン部隊を食い止めるため殿として残った。
 その結果、私たちの第8中隊は絶望的状況ながら、半数以上が脱出に成功したわ。
 でも第9中隊の損害はひどく、無事に脱出したのは2割程度だったわね……
 私が左腕の傷だけですんだのも、彼のおかげだわ。とても感謝してる……」
「彼は……何度も私を守ってくれました……だから、そのときも彼は仲間を守ったんだと思います…
 私みたいな、とろくさくて泣き虫が冒険者としてやれたのも、彼あってこそなんです
 だから……彼なしの私は、あっさりハイウェイマンズギルドにつかまってしまいました…」
「そうだったの……いろいろとつらい思いをしたのね……でも、彼もきっとあなたと同じだったと思うわ。
 あなたは、自分が彼に守られてばかりだと思ってるけど、あなたが彼を守ったことも多いはずよ」
「弥生さん……ありがとうございます……」

私はその日、ずっと弥生さんの胸の中で泣いていました…