クルルミク領レンドマーク家別荘――
美しい木々や花々に囲まれたこの屋敷に、五人の冒険者が集められた。
いずれもが美しい整った顔立ちをした女性であり、また使い込まれた装備などからそれなりの実力を持っていることが分かる。
ソファーに座った屋敷の主、クルルミク王家に仕える貴族であるレンドマーク伯爵は居並ぶ五人の顔を眺め回しながら、満足気に頷いた。
レンドマーク家は古来より文官として栄えた一族。
華やかな竜騎士の陰に隠れはするものの、縁の下の力持ちとして王家の信頼は厚い。
現レンドマーク家頭首、アルヌーン・レンドマークも、そんな者の一人だった。

「ようこそいらっしゃった」

太った身体を揺らして、伯爵は会釈した。
五人も各々頭を下げ返す。
その反応を見ながら、レンドマークはちらりと手元の資料に目を走らせた。
そこには部下が収集した、五人の情報が記載されていた。



左から順に、とある神を奉る神官戦士ククル。

新米ながらもその才能を期待されている魔法使いルメリオ。

『山賊狩り』として名を馳せた忍者ラキ。

街や村の守護者として地域住民に慕われる軽戦士フィオーネ。

そしてダークエルフの血をひく『瞬拳』エルザ。



「君たちも事前連絡で知っているとは思うが」

伯爵は説明を開始した。

「この土地の地下から、かつて王家から盗まれたという秘宝が発見された。
 私はそれを王家に返還しようと思い、一週間後王国の兵たちが来訪する予定である。
 だが、その間に不穏な輩が現れないとも限らない。
 そこで一週間の間、君たちに秘宝ないし私の護衛を任せたい」
「質問があんだけど」

ククルが手を上げた。
重い装備に身を包んだその姿はある種の威厳を感じさせる。
短い髪に太い眉毛、鋭い目付きは獰猛な猟犬のようだ。
レンドマークは雇い主を尊重しようとしないその横柄な口調に内心ムッとしながら、

「何かね」
「仕事に関して不都合は無い。だけど、一緒に組む奴が気に入らねぇ」

ククルはジロリと他の四人を――否、エルザを睨み付けた。

「ダークエルフなんかと仲良くしてたら、神様の天罰が下っちまう」
「偏見ですよ」

フィオーネが口を挟む。
一見ただのか弱い村娘のように見えるが、見る人が見ればその内に数々の装備を秘めているがことが分かるだろう。
大柄な剣を持っていることからも、その腕力が窺い知れる。

「ダークエルフが邪神の眷属だったのは遥か太古の時代の話。
 確かに今でもダークエルフを迫害している国は存在しますが、少なくともクルルミクはダークエルフを受け入れているはずです」
「はっ、甘ちゃんだな! 寝首をかかれても知らねぇぞ」

ククルは明らかに馬鹿にした様子だった。
見れば、ルメリオも不安そうにエルザを見ている。
小柄な体格に眼鏡をかけ、髪を鼻先までに伸ばした彼女は外見からも気弱そうな性格が見て取れる。
ルメリオは上目遣いにエルザを、そして周囲の様子をビクビクと様子見していた。
法が定めていても、民に浸透しているかは別の話のようだ。
当のエルザは慣れているのか、涼しい顔でフィオーネを興味深そうに眺めていた。
ダーク・エルフの血を半分ひく彼女の肌は黒い。
だがその顔付きは柔和で、とても邪悪なものだとは感じられない。

「……話の続きを」

漆黒の外套を纏い、先程から無表情を崩さないラキが促し、ようやく呆然としていたレンドマークは依頼の話に戻ることが出来た。
……一抹の不安を抱えながら。





「さっきは庇ってくれてありがとう」

あてがわれた一室で、エルザはフィオーネに礼を述べた。
部屋は三つ。フィオーネ・エルザペアと、ククル・ラキペア、そしてルメリオが一人部屋である。
室内は二人用とは思えないほど広く、豪華だった。
壁の調度品や天井のシャンデリア、絨毯に至るまで、全て高級品で整えられている。
荷物を床に置いたフィオーネは微笑を浮かべて首を振った。

「いえ、出過ぎた真似をしました」
「でも嬉しかったわ。フィオーネさんはダークエルフに偏見は無いの?」
「ありません。私の生まれ育った村は近くにホビットやドワーフの集落があり、『異種族』というものに慣れていましたから。
 考え方の違い、その種族に出来ること出来ないこと。種族は違えど善人もいれば悪人もいます。
 見た目だけで判断はしませんよ」
「ふーん」

エルザはベッドに腰掛け、目の前の差別をしない女性の姿をじっと見つめた。
フィオーネはその視線に気付いたが特に何も言わず、依頼主であるレンドマーク伯爵から渡された『あるもの』を広げた。

「で、どうします、これ」
「ああ、それ」

フィオーネに向けた視線を移し、広げた物体に目を留めたエルザは苦笑を禁じえなかった。
五人の冒険者がレンドマークから渡されたもの。
それは屋敷で働くメイドたちと同じ服装だった。

「仕事内容に含まれるとはいえ……ねぇ」

流石に着用するのに抵抗がある。
『どうせだから、変装してメイドに紛れておけば何も知らない襲撃者も油断するだろう』との話である。
冗談ではない。
いざ事が起こった際に鎧が着れないし、武器もスカートの下に隠せる長さのものしか携帯出来ない。
どう考えてもレンドマークの趣味としか思えなかった。

「やっぱり断ろうかしら……ってフィオーネさん!?」
「はい?」

エルザが先程の出来事を思い返している間にさっさと着替え終えたフィオーネはキョトンと首を傾げた。
高価な生地を使った長いスカートがふわりと翻る。

「あの……着るの嫌じゃないの?」
「いえ、特には」

キッパリと答え、フィオーネはもう一着のメイド服を手に取った。

「さ、エルザさんも着ましょう」
「え!?」

エルザの頬に嫌な汗が流れ落ちた。
私が、あの服を、着る?
本当に?
マジで?

「あははははは」

エルザはあからさまな作り笑いを浮かべて後ずさった。

「うふふふふふ」

フィオーネも同じく作り笑いを浮かべて彼女に迫った。
下がる。
進む。
後ろに。
前に。

「どうしたんですか、エルザさん」
「いえ、見回りに向かおうかと」
「ではこの服を着ましょう」
「あ、やっぱり必要ですか」
「当然です、依頼内容に含まれているんですから」
「いえ、でも武器が使えないのは如何なものかと」
「元々無手じゃないですか」
「あの、どうして端に追い詰められているのでしょう」
「何故でしょうね」
「なんで手をワキワキさせているんですか?」
「さぁ、なんででしょう」
「もしかして、そっちのケがあるんですか?」
「いえ違います。そういう禁断の愛が存在することは知ってますし何となく理解も出来ますが、自分で実践しようとは毛頭思いません」
「そうですか、安心しました」
「ええ、安心してください」
「それでは、そろそろ開放してくれませんか?」
「はい、服を着たら構いませんよ」
「やっぱりですか」
「やっぱりです」
「あの、私が嫌がっているの分かっててやってますよね?」
「あはは」

 フィオーネはさわやかに笑った。

「当然じゃないですか」
「鬼――――!!!」

 エルザの絶叫が広い室内に響き渡った。