『我が信念、我が誇り』



「姫様〜〜〜〜!フィアナ王女様〜〜〜〜〜!!」
エレギンの城内で老人の声が響き渡る。老人だけではない、他にも男女数人の声があった。
声は次第に中央の中庭に向かい、18名が集まった。
「どうだ?見つかったか?」
「いえ、城内の上から地下まで全て探しましたが・・・・」
「そんな馬鹿な!誰も王女が外に出たのを見てないのだ。城の中に居る事は間違いないのに・・・」
「何を騒いでいる!!」
一人の男がやってくる。その容姿から王族の者であることは即座にわかる。
「ハ、ハーディン国王陛下!!」
全員が急いで姿勢を正し頭を垂れる。
「先ほどから騒がしいが、一体なんの騒ぎだ?ジント」
「はっ、実は・・・その・・・」
ジントと呼ばれた老人はばつが悪そうに言葉を濁らせ、視線を下げる。
「・・・・またフィアナか?」
「も、申し訳ございません!少々目を放した隙に行方が・・・・」
「放っておけ。何処ぞで修練を積んでいるのだろう」
そう言うとその場に居た何名かを従えてハーディンはその場を離れた。


同刻、

城から少々離れた森の中、1人の少女がいくつもの木人と向かい合っていた。
少女の名はフィアナ・カインベルク・・・・このエレギンの末王女にして優秀な魔術師である。
王族の務めとして戦闘技術を宮廷魔術師から魔術を教わり、暇を見つけては城を抜け出して森の一角で戦闘訓練を行っているのだ。

「『闇の底に封ぜられし邪なる炎王、盟約の名の下にその力を解放し、漆黒の炎で万物を灰燼に帰せ』」
魔法の詠唱が始まり、木人の足元に赤い魔方陣が浮かび上がる。その魔方陣に描かれている紋様から高度な魔法であることが判る。
「『ダークネスブラスト』!!!」
魔方陣が一気に収縮し、木人の足元から黒い炎が渦巻き、木人を一瞬で『炭人』にした。
「よし!」と思わずガッツポーズと取るフィアナ。その手には、王家の秘宝「緋炎鳳珠」が輝いていた。
「相変わらずね、フィアナ」
「ヒュ〜、あんなスゲェ魔法まで唱えられるとはねぇ。お兄さん感心しちゃうね」
茂みの奥から2人の男女が出てくる。それも、揃って騎士の様な鎧を着ている。
「ロイ兄様、リノア姉様・・・・・・」
ロイ・カインベルクとリノア・カインベルク・・・エレギンの王族でありながら互いに国内一位、二位を争う騎士団の団長を勤める猛者である。
「何か御用ですか?」とフィアナは炭と化した木人に顔を向き直し、ほとんど無表情で聞いた。
「ん〜・・・まぁ、ちょっとお前さんと親父の仲直りの相談に・・・ね」
ロイが少々笑いを含めた声で答える。
フィアナと父、ハーディンは仲が悪い。だが、悪いとは言われているが、実際はフィアナがハーディンの事を極端に嫌っているのだ。
「フィアナ、最近お父様と顔も合わせないって言うじゃない?・・・もしかして・・・まだお母様の事で、怒ってるの?」
「あの男はお母様を殺した!私にはその事実だけで十分ですっ!!・・・まだ修練が残ってますので・・・失礼します」
母の話を出され、フィアナは思わず怒鳴り、少々申し訳なさそうな顔で二人と別れた。

フィアナ達の母、クーデリカ・カインベルクは5年前に他界していた。
当時、グラッセンがエレギン侵攻を開始し、父であるハーディンは全軍の指揮を執るために戦場に赴き、クーデリカは夫の無事と勝利を祈り続けた。
しかし、元より病弱だったクーデリカは戦争が終わる間際に、連日の祈りによる疲労と病により倒れ、夫の帰還を待たずに息を引き取ったのだ。

「全て・・・全て父様が悪いんだ。・・・全て・・・あの男が・・・・・・・」
まるで呪詛のように呟きながら歩く・・・母を想ったのか、その目には僅かに涙が浮かんでいた。


「ハァ〜ア〜、どっちも似た物同士で頑固だねぇ〜」
両腕を上げ「ヤレヤレ」と言った感じで溜息をつくロイ。一見、軽い男と様に見えるが――実際、軽いのだが――やはり騎士団を束ねるだけの度量と
技量、人徳を備えており、「紅獅子」の異名を誇るほどの実力の持ち主なのだ。
「仕方ないわよ。お母様が亡くなった時はあの子しか居なかったんだし・・・それに、小さかったフィアナには「そう思う」事しか出来なかったんですもの」
同じように溜息をつくリノア。彼女も聖堂騎士団の団長を務め、「純白の聖女」と呼ばれる程だが、この実力者二人を持ってしても、この問題だけは
解決出来ずにいた。
「それに、お父様も判ってはいても難しいのよ・・・だって・・・」
「ああ・・・アイツは俺達の中で唯一、母様の面影があるからな・・・」
二人の間に重苦しい時間が流れ、木々が風に揺られザァザァと鳴り出す。
「(どうか・・・二人の時間が風に乗って、再び動き出しますように・・・・・・)」
叶わぬ願いとは知りつつも、リノアはそっと、祈りを告げた。

夕刻・・・修練を終えたフィアナは城に戻り、「宝珠の間」と呼ばれる部屋に居た。
その部屋の中央には、台座が3つあり、その中央の台座に手にしていた「緋炎鳳珠」を収め、その奥にある一枚の絵を眺めた。
絵にはフィアナと瓜二つの顔が描かれている。母、クーデリカの肖像画である。フィアナは兄妹の中で唯一、母の面影を持っていた。
そのとき、部屋の扉が開き、気付かぬフィアナの後ろからハーディンが声をかけた。
「また『緋炎鳳珠』を持ち出していたのか」
「・・・・「王位継承の際に3つの秘宝をそれぞれに与える」と貴方は仰いました・・・」驚く事も、振り返る事もせずに無感情に応えた。
「確かにな。だが、まだ王位継承の時期ではない。したがって、秘宝を持ち出すことは許されぬ・・・違うか?」
フィアナは何も言わずに部屋を出ようとした。だが、ハーディンの側を通り過ぎようとした時である。
「いつまで母の死に捕らわれているつもりだ」
この一言で、フィアナは思わず足を止めた。
「そんな過去にしがみつく誇り無き者に王位を継承させることは出来んぞ」
フィアナは怒りを堪えられず、力が入る。
母を殺し、自分を認めようとせず、尚且つ母親を忘れろと言うこの男に反発せずにはいられなかった。
「わたしにも誇りはあります!!」
「信念を持たぬ「誇り」など、子供の戯言にしかならんわ!!」
一言で決着はついた。誇りを重んじるこの国で重要なものが足りない・・・それはフィアナ本人にも薄々感じていた急所を見事に貫かれた。

「ならば・・・わたしなりのやり方で、わたしの「信念」と「誇り」を証明してみせる・・・」
そう言い放ち、父を置き去りに部屋から飛び出して行った。


その夜・・・フィアナは城から姿を消した・・・・秘宝「緋炎鳳珠」と共に・・・・・・・



「そうか・・・・フィアナが消えたか」
ハーディンは自室でフィアナ失踪の報告を受けていた。
フィアナが失踪した時間、失踪時の警備状況、フィアナの部屋の状態など。まるで予想済みかの様に事細かな報告だった。
「では早速、護衛部隊を編成させ、フィアナ王女の後を追わせる様に・・・」
「捨て置け・・・・・所詮、『誇り』を理解できぬ子供の戯言。『信念』すら貫けないのでは我が娘でもない」
「し、しかし・・・『緋炎鳳珠』はいかがなさるのですか?『緋炎鳳珠』は王家の秘宝。もし下賤の者の手に渡ったとしたら・・・」
「『アレ』が無くとも王位継承は出来る。それに近い内に彼奴に渡すつもりだったのだ。手間が省けた」
渡された報告書を素早く読み終え、乱暴に机の上に放りだした。
「それに、やすやすと奪われる様な娘なら最初から『アレ』をくれてやろう等とは思わん」
ハーディンは配下の者に「下がってよい」と言い、部屋の中に一瞬の沈黙が流れる。

「(・・・馬鹿者が・・・・・・)」

ハーディンはまるで怒った様に血が滲み出るまで拳を握り締め、バルコニーへ足を向ける。
夜風が気持ちよい夜であったが、ハーディンにはそんなことを思う事はできなかった。


「クーデリカよ・・・・・・愚かな私を恨め・・・・・・」


王は月を眺める・・・・戦場へ消えて行く1人の娘を想いながら・・・・・・紅く、強く光る月が眩しかった・・・・
「(我が娘よ・・・・・無事に・・・・戻って来い・・・・・)」

そこには、エレギンの王としてではなく、娘を想う・・・1人の父親としての男の姿があった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

キャラクター及びその他の設定(補足&説明)

・ハーディン・カインベルク
厳しさと優しさと適度に兼ね備え、圧倒的に高い民衆の支持を受けるエレギンの国王。
騎士道を重んじた政策により、おそらく歴代の中では最高の治安力と犯罪発生率の低さを誇り、民衆の為の政策の中でも最高の軍事力を保つための
政策もキッチリとこなす。
5人もの子に恵まれるが、末王女のフィアナからは極端に嫌われ、兄妹のうちフィアナだけが亡き妻の面影を持つ為、辛く当たってしまう悩める父親でもある。

・クーデリカ・カインベルク
故人。エレギンの王妃。元は一教会のシスターだったが、ハーディンに見初められ、彼女自身も一目ぼれし大恋愛の末に婚約、結婚。
この時に長男、ロイを産んでいる。(いわば出来ちゃった婚である)
病弱の身であったがロイを含め5人もの子を産み、慈愛溢れる言動と行動から民衆に慕われ、「エレギンの大聖母」と呼ばれる存在とまでなる。
しかし、フィアナが10歳の時にグラッセンがエレギンに侵攻、戦陣に立つ夫と子供達の無事と早期終結を祈る毎日を繰り返す内に疲労で倒れ、
さらには病(肺結核)にかかってしまい、夫と子供達の帰還を待つ事無くフィアナに看取られ息を引き取る。
(戦争終結の知らせを受けた後の死去で、知らせを受けた際に「良かった」と呟き、笑みを浮かべた。この時、看護の者と従者たちは皆、涙したとされる)

・ロイ。カインベルク
エレギンの第一王子。王族でありながら最強と国内最強と謳われる「紅騎士団」の団長を務める若き実力者。
戦場では、真紅の鎧を纏い、赤い髪であることから「紅獅子」の異名を持つ。
だが、性格は明るいと通り越して「軽い」性格で、女の噂が絶えず、酒好き、祭り事好き、と遊び人のように見られるが身持ちが堅く、
24歳の現在でも正妻は居ない。また部下思いで、騎士団から戦死者が出ると例え下級兵でも号泣する熱い一面も持つ。
秘宝「豪炎の槍」の継承者。

・リノア・カインベルク
エレギンの第一王女。ロイと同じく最強と謳われる聖堂騎士団の団長。互いに争うことが無い為、どちらが最強かは定かではない。
性格は温厚で、争いを好まない。家族思いで、妹と父の不仲に心を痛めている。
また、純白の鎧とその性格で「純白の聖女」と呼ばれファンクラブ(主に女性)が出きるほどの人気の高さで、その所為か未だに恋愛が出来ないでいる。
秘宝「飛天玉珠」の継承者。

・マーク・カインベルク、ルーク・カインベルク(本作未登場)
エレギンの第二、第三王子の双子。いつも二人で行動しており、「どちらかが上でどちらかが下」を嫌い常に平等であろうとし、
早い段階で王位継承を二人揃って破棄する。秘宝の継承権も同時に破棄した。
性格はずる賢く小悪魔的存在で人をからかうのが好きで、戦場においても知略を用いて敵を貶める軍師として動くことから「黒白の双蛇」と呼ばれる。

・ジント(ジント・ウィルギム)
代々エレギンの王室に仕えるウィルギム家のご老体。
国王の補佐から王子、王女の目付け役など幅広く活動するが、現在は主にフィアナの教育係兼目付け役。
苦労の絶えない身でありながらも、実は仕事を楽しんでおり、国王のよき相談役でもある。
(イメージ的には「うた○れるもの」の「ム○ト」とは作者の談)