『謝る勇気と近くに居る優しさ』



「………はぁぁ…」

ため息が出る…もう何回目だろう…

タンちゃんを汚してしまってから数え切れない程のため息…吐いてる本人がウンザリしてしまう。

「…おなか…空いたな…」

そういえば最近、ろくにご飯も食べてないなぁ……

ベッドを降りて食堂へ向かってご飯を食べる…それだけなのに…動く気が起こらない…

『フェリル……あ、あの…ご飯、持ってきたよ』

ノックの後にタンちゃんがサンドウィッチとスープの載せたトレーを持って入ってくる…いいニオイ…だけど

「いらない…食欲ない…アンタの顔なんか見たくない…出てって…」

自分自身に嫌気がさす…タンちゃんは私の為に持ってきてくれたのに、それを悪態とって拒絶する自分に…

「で、でも…フェリル、昨日もご飯食べてないし…タンはフェリルが心配で…」

「タンちゃん…私の事が心配なら、もう来ないで。食事もいらない、心配されたくない、アンタの顔も見たくない!!」

そっぽを向いたまま怒鳴る…なんでこんなこと言っちゃうかな……タンちゃんは、わたしの事を想ってくれてるのに…

「ご飯…ここに置いておくね…そうだよね、タン…迷惑だったよね…ゴメンね…フェリル…ゴメンね…」

扉の閉まる音と駆けていく足音…今度こそやってしまったと、思った。タンちゃんの声は明らかに震えていた。わたしが、泣かした…。

静かになった薄暗い部屋に時計の音と行き交う人々の声が聞こえる……

「もう、戻れないよ…わたしも…タンちゃんも…みんな…」

『なにが戻れないって?』

いきなりの声に驚く。声の方を見ると、ドアをコンコン叩きながらエルザさんが立っていた。

「なんの用ですか…今は誰とも会いたくないの…だから出てって下さい…」

「ごあいさつね。せっかく人が心配で様子を見に来て上げたのに…」

多分、一番会いたくない人だと思った。人の部屋に勝手に入って、カーテンを開く。久しぶりの陽の光が目に痛い…

「ご飯も食べないで…ずっとベッドに篭ってるんでしょ?」

「ダイエット中なんです…ほっといて下さい…」

再びベッドの中に潜る。でもエルザさんが帰る気配はしなかった…しつこい…早く帰れ…段々と苛立ってくるのがわかる…

「…フム……ねえ、フェリル。久しぶりに稽古つけてあげようか!」

布団を強引に剥ぎ取られる…稽古なんて気分にはなれなかったが…このままじゃ、一人になれそうに無い気がした……

「お断りします……」

「外にも出てないんでしょ?それに、どうせヒマならいいじゃない。付き合いなさいよ!」

……わたしの負けだった。何を言ってもこの人は引かない…そんな気がした。


……タンちゃんの持ってきたご飯を半ば強引に食べさせられて連れてこられた先は…メルディアス教会の前の空き地…

「ほら、そんな腰の入れ方じゃあ、最後まで振り切れないよ!!」

「ッ……クッ!!」

エルザさんと一対一の実戦形式の訓練……力の入らないわたしには疲れる以外の何物でもない……

「コノッ………タァ!!!」

「……甘い…」

剣を横薙ぎに振り払う…が、簡単に避けられ、逆に詰め寄られて拳を放たれる。

「ハイ、一本。…全然なってないよ?最近、訓練怠ってるでしょ?」

エルザさんが構えを解いてわたしから離れる……

「今のフェリルだったら、ヒューにも負けるよ?」

あんな子供にも劣ると言われて腹が立った…けど、事実だけに言い返すことも出来ない…いや、言い返す気が起きない。

「これで満足ですか……じゃあ、わたしは帰ります…」

剣を鞘に納めて宿に戻ろうとする…この人と一緒に居たくない…うざい…そんなことしか思えなかった…

「………アンタさぁ。ホンッットに目つき変わったよね」

―――あんたさ、目つき悪くなったよ―――……確か、最初にコレを言ったのもエルザさんだった……

仲間から見捨てられ、助けに来てくれた人からも見放され、街の人からは冷たい目で見られ……目つきも悪くなるものだ…

「だから何ですか?目つきが悪いのは元からです…」

「元から…ねえ。じゃあさ、なんでそんなに辛そうな目をしてるの?」

…言ってる意味がわからない…辛そうな目?…わたしがなんでそんな目を?…

「前は誰もを拒絶する目つきだったけど…今のフェリルはとってもツライ目をしてる…とっても、悲しい目…」

ウルサイ…ウルサイウルサイ…声に出して言いたい…耳を塞いで聞こえないようにしたい…でも…身体が動かなかった…

「拒絶したくないなら、しなきゃいいのよ…」

プツンと何かが切れるような音が聞こえた……ウルサイ、ウザイ、黙れ、アンタには関係ない…そんな思いがグルグルと渦巻く。

「エルザさんに…アンタなんかにわたしの受けた苦しみが判る訳ないじゃない!!拒絶したくないならするな!?大きなお世話よ!
 仲間だと…友達だと思ってた人に裏切られる気持ちが、エルザさんにわかる?わからないでしょ?
 子供たちに囲まれて幸せそうなエルザさんなんかに、わたしの気持ちなんかわかる訳ない!!」

ありったけの憎しみを込めてぶち撒ける……今まで言えなかった苦しみを思いっきりエルザさんにぶつける。

エルザさんは俯いていた…やっぱりコノ人にもわたしの気持ちなんかわかる訳ない…そう思うと少しスッキリした…でも、違った。

「………わかるよ」

「…え?」

返ってきたのは思いもよらぬ答えだった。あれだけ怒鳴ったのに、エルザさんはわたしに優しく言ってきた・・・わかるよ・・・と

「わかるよ、フェリルのその気持ち……実はね、私もあったのよ。人を信じられなくて、拒絶してた時期が」

エルザさんは近くの丸太に腰を下ろし、「まぁ、座りなさいよ」とわたしを隣に座らせた。

「最初は私が7つか8つの時だったかな?両親が仕事でちょっと遠くに行ってる間にね・・・売られたの。奴隷商人に。
 私が何も知らずに商人について行くと、みんな笑ったの。近所のおばさんも、友達だと思ってた子達も、村長さんも・・・みんな。
『ザマーミロ、これで厄介者がいなくなる』・・・思えばそんな風に笑ってたのかも知れない・・・まぁ、その時は両親が助けてくれたわ。
 当然、その村ともおさらばして、母様の育った村に移ったの」

エルザさんは少し悲しそうな、複雑な顔をしながら話す。わたしはただ、彼女の話を聞くしか出来なかった。

「その次は両親が死んだとき。その時に母様の親戚が集まったの。そこで誰が私を引き取るか・・・そんな話し合いがあったわ。
 でも実際は悪人の血を引く娘の擦り付け合い。悪人の血を引くから。異種族とのハーフだからと言う理由だけで誰も私を
 引き取ろうなんて人は居なかった。そこで感じたの・・・人間はなんて醜いんだろう・・・ってね」

胸がズキンと痛む…その光景が脳裏に浮かぶ…エルザさんはわたしよりもずっと前からそんな目に遭ってきた。

それでも、自分には関係ないと思い込もうとしてる自分もいた…情けない…

「それ以降、私は誰も信用しなくなった。冒険者になっても大抵は一人旅でやって来たわ。いつ、誰が私を裏切るか・・・裏切られるなら
 最初から信用なんてしなければいい・・・仲間なんて居なければいい・・・誰も信用出来ない・・・街の人も、街の門番も、領主様も、何もかも。
 全てを拒絶してきた…まるで今のフェリル見たいにね」

「じゃあ・・・なんでエルザさんは人を信じるようになったの?もしかしたら、また誰かに裏切られるかも知れないのに!!」

「まぁ、ね。私が人をまた信じるようになったのは・・・・・此処のお陰なのよ」

エルザさんが教会の方を見る。真っ白いシンプルな造りの教会…わたしには、その存在が眩しく見えた。

「今は神父様しか居ないけど、昔はシスターも居たの。おばあちゃんのシスターが」

わたしはまたエルザさんの話に耳を傾ける。なぜ、また人を信じるようになったのかは、少し興味があった。

「最初、私が教会に来た時は子供達はみんな私の事を怖がったけど、そのシスターだけは、私に優しく接してきたの。
 『貴女が此処に訪れたのは、貴女が望み、神も望んだ。貴女には慈母の心がある。その心はここの子供達には必要なの』って
 そりゃ、最初はそんなこと関係ないって思ってた。でも、ここで暮らす内に、子供達のつらい思いを見ることが出来た。
 そうしたら思ったの…辛い思いをしてるのは私だけじゃないって。そう思ったら、なんか自分が馬鹿らしくなったのよ」

エルザさんがわたしに微笑みかける…そんな目にあっても彼女が笑えるようになった理由がわかるような気がした……

でも、それでもわたしには何も無かった…胸がさらに苦しくなる…

「でも…私にはそんなシスターみたいな人は居ないし…心配してくれてる人だって、わたしの事…想ってくれる人なんて…」

今朝のタンちゃんとのやり取りを思い出して、悲しくなる…あの子はいつも心配してくれた。それを…わたしは拒絶した…

タンちゃんの震える声を思い出す…必死に堪えて、無理に明るく振舞おうとしてた…あの声…あの優しさをわたしは…拒んだ…

「何言ってるのよ。フェリルにはちゃんと想ってくれる人が居るじゃない………ね?タンちゃん!!」

エルザさんがいきなりその名を呼ぶ……その時、後ろの茂みがガサッと動く音がして…出てきたのは…

拒絶したはずの……タンちゃんだった……

「…フェリルがエルザと外に出たのが見えて……それで…タン、どうしても気になって……」

タンちゃんが小さく震えて話す……またわたしに怒られると思ってるんだろうか…下を向いたままモゾモゾとしている。

「タンちゃん…わたしが今朝言った言葉…覚えてる?…わたしはアンタの顔も見たくないって言ったのに、なんで後を追ってくるの?」

…わたしは本物の大馬鹿者かも知れない……タンちゃんはわたしが心配で追ってきてくれたのに…こんな事しか言えない…

でも…自分でもなにか、おかしかった…悲しくて、嬉しくて…複雑な気持ち……

「でも…やっぱりフェリルの事が心配で……フェリルが苦しいと…タンも苦しい…フェリルがいないと…寂しい…」

タンちゃんの声が震えだす…また胸が痛くなる…わたしの為にタンちゃんは泣いてくれる…タンちゃんを泣かせているのはわたし…

それがわかると…無性に悲しくなってくる…こんなにわたしの事を心配してくれる人を…わたしは拒絶していたのだから…

「やっぱり…タン、迷惑だよね……ごめんね…フェリル…」

タンちゃんが泣きながら森に走り出す……今度こそ完全にやってしまった…わたしはタンちゃんと言う大事な存在を失ったかも知れない…

「…フェリル…私にはフェリルの生き方を決めることは出来ない。でも、手助けは出来る…」

「エルザ…さん……わたし…これで…よかったの……かな…」

涙が溢れる…今まで流した涙の中で、最も苦しい涙…

「決めるのは、あなた自身……どうしたい?」

「……わたしは…」

「……あとで、二人一緒に教会にいらっしゃい。とびっきり美味しいケーキ、ご馳走してあげるから」

わたしは一目散にタンちゃんの後を追いかけた…コレが正しいか、間違いかなんてわからない…とにかく、謝りたかった…

タンちゃんに、ただ一言「ごめんなさい」と伝えたかった…そのあとどうなるかなんて、考えることなく…とにかく走った…

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まったく…世話のかかる子達ですこと…と、心の中で思う。残る問題は………

「………さて、そろそろ出てきたら?」

タンちゃんが居た茂みにもう一度声をかける…その奥から四人が出てくる…気配を巧く隠したつもりだろうが、わずかに感じた。

『あっちゃ〜、バレてましたか〜。おばあちゃんもそろそろ現役引退カナ〜』

最初にフリーデリケが出てくる…ちょっと待て…あなたが引退はまず有り得ないから、と少々ツッコミたくなった…

『あの二人……うまく仲直りできるといいんですけど…』

『アゥ〜…心配ですぅぅ〜…』

ミューイとパーラも出てくる…なぜかパーラは大泣きしていた。

『ところで…なんで私まで隠れなければいけないんだ?』

最後にフランツ…子供達と遊びに来たのだろうけど、捕まって隠れていたな……あなたの気配はもろバレでしたよ……

「……まぁ、きっと大丈夫でしょう。…どうする?今なら四人にもケーキご馳走するけど?」

「マジドゥエスカッ!!!なら決まりデス!!問答無用で突貫ディスヨ!!!」

フリーデリケの目の色が変わる……おばあちゃん…突貫の使い方間違えてるよ…

『じゃあ、私もお呼ばれされようかしら』

『あ、じゃあみんなでケーキパーティしましょう!』

『アタシはケーキより酒の方がいいんだけどな〜』

『あれ?フェリルちゃんとタンちゃんの仲直りパーティじゃないの?』

『それも一緒にやればよかろう。『瞬拳』のケーキか…楽しみだ』

『やっぱり、あの二人は仲がいいほうがいいですよね〜』

『ねぇ…この人数、あの教会に入るのかなぁ?』

『あ、じゃあ私も行こうかな〜。ちょうどメイド服持ってきてるし、手伝うよ』

さらにかなりの人数が現れる…気配を完全に消してた人や透明魔法で姿を隠してた人…ちょっと待って、全部で何人いるのよ!!

「……ハァ、わかった、みんなの分まで作るから……その代わり、当然手伝ってもらうわよ!?」

「『は〜〜〜い』」

一斉に返事が返ってくる………こりゃ、今ある材料じゃ絶対に足らないな…そう思いながら急いで教会へ戻った。

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