子供のころ、本を読むのが好きだった。
どこかの国の英雄譚や史実を題材にした冒険小説。それから、わくわくする遺跡や感動的な景色。
自分の住んでいる街からなかなか外に出る機会がなかった私には、外の世界はきらきらした物に溢れていた。
それが見たくて、私は家を飛び出した。

冒険は大変だった。何度危険に曝されたかなんてわからない。
死に掛けたこともあった。朽ちている冒険者を目の当たりにする事だってあった。
――旅にでてすぐに会った、姉のように慕った人の冒険者生命を絶ってしまったことも、あった。
それでも、出会いがあって、別れがあって、きれいな景色を見て、色んな遺跡を巡って。
そんな中で仲間も、目標になる人も、友達だってたくさんできて。
やっぱり、世界はきらきらしたものに溢れていた。

それはこの迷宮に来てからも同じ――だった。
この世の中はきらきらした物に溢れていて――
そのきらきらしたものは、擦ってみると剥がれ落ちた。
それはただのメッキ。しかも、中身は汚れて、錆びついて、腐ってた。

今まで見てきた、「きらきら」のどれだけがメッキだったんだろう。
そう思うと、今まで大事だったものが胡散臭く思えてきて。
どれが本物でどれがメッキかなんて考えているうちに、何も信じられなくなった。

何で、そんなことになったんだろう。
玄室の中で、人に見捨てられたから?
動けないところを、クリオちゃんに売られたから?
竜宮の迷宮に挑戦するなんて、そんなことを考えてしまったから?
――それとも、冒険者になったから?
答えは、見つかりそうになかった。答えてくれる人なんかいなかったから――





「――あれ?」
目が覚めた。少しだけ狭い部屋。ふさがれた窓から少しだけ光が見えていた。迷宮の中ではないらしい。
それと、体が揺れる感覚。部屋ごと移動しているようだ。
まるで、馬車のような。でも、なんで?
思い出す。私、エレシュさん達と迷宮内を探索してて・・・。
その途中で、確か罠にかかって、で、目が見えないまま、何かに吹き飛ばされて。
「ああ、それで、気がついたら、またあの男がいて――」
その瞬間を思い出す。あの醜悪な顔が頭の中を支配する。
何度も何度も執拗に私とタンちゃんを付け狙ってきていた、顔に傷のある男。

頭の中の男が口を開くのが見えた。何を言おうとしているのかがわかる。だから、とっさに耳をふさいだ。
でも、頭の中の声だから、聞こえなくなるわけがなくて。
――また助けでも叫ぶか!? もう何度も人様に助けられてるんだもんなぁ!?
やめて。
――結局お前は誰かの助けがないと何もできないんだよ、お嬢様?
やめて。やめて。
――今回は誰も助けてくれなかったんだ、フレシアも、タンもなっ!
「あの二人を、悪くいうなぁぁぁぁぁぁぁ!」
必死に頭を振る。いやなことを忘れたくて。
「はぁ・・・はぁ・・・う、うぅ」
でも、思い出してしまった。あのあと、私は、あの男に無理やり犯されて。
それから、気が遠くなるくらい長い間、あの男とその取り巻きに姦されて。
最後に私は自分から抵抗をやめたんだった。もう、どうでもいいや、って。
「――はは、もう、わたし、冒険者でもなんでもなかったんだっけ」
乾いた笑い。それが途切れると、あとはもう涙を流し続けるしかなかった。

どれだけそうしてたかは分からない。
馬車の走る音が聞こえなくなって、急に中が明るくなった。
そちらの方を見ると、そこには初めて見る男が立っていた。でっぷりとした体つきに趣味の悪い服に宝石。それと、ならず者に負けず劣らず醜悪な顔。
あまりいいことではないとは思うけれど、第一印象ではとてもじゃないけれど好感は持てない。
その男の容姿を見て分かったのは、連れてこられた場所の主であること、つまり、私を買った相手である、ということだ。
その男はじろじろと私を品定めするように見ると、んむ、という感じで頷いた。
「肉付きは少し物足りないが、容姿としては十分だな。まあ、不足分を考えても経歴で十分客は見込めるか」
そういって、ニヤリと笑う。その顔に背筋がぞくっとした。はっきり言うと、気色悪い。
「さあ、とりあえず明日から本格的に仕事をしてもらうわけだが、その前に一応の施設だけは頭に入れてもらう。とりあえずとっとと出ろ」
いうとおりにしぶしぶ外に出る。分かっていたことではあったけれど、全く見覚えのない場所だった。
目の前には大きな建物と、小さめの建物が一つずつあった。
「それでは、ついて来い。一度しか説明しないからな」
そういうと、男は歩き出した。私もとりあえず、それに続いた。

まずは大きな建物の方ではなく、小さな建物の方へ向かう。男は扉の前に立つと、こちらを振り返った。
「逃げたり客を取れないほどに壊れたりすると、こっちの部屋に移される。懲罰房兼療養所と思ってもらえればいい」
その建物を見て、なんだかいやな雰囲気がする建物だ、という印象だけは持った。
ただ、男は中に入ることもなく、そのまま大きな建物の方へ歩き出した。こんなところで怒鳴られてはたまらない。それで、私は慌てて後をついていった。
あとは色々な場所を案内された。食堂に風呂。どちらも、お世辞にもそんな名前では呼べないような、ぼろぼろで、瑣末なつくりだった。
それから、衣装置き場に倉庫。
衣装置き場には衣装だけはたくさんあって、鎧にドレスにその他色々な服があった。そういえば、昔少しの間だけ着ていた、メイド用の服もあった。
倉庫は普通のものなんて一つもなくて、玄室の片隅においてあったような、男が女の人に使って楽しむような器具がたくさん並べてあった。
あの衣装で、この道具を使って。それで、またかわるがわる男に犯されていくのかと考えるだけで、怖くなった。
でもそれ以上に怖かったのはその施設の中であった何人かの女の人が、全員虚ろな目をしていたことだった。
しかも、ニヤリと笑う主の顔を見て誰も微笑み返すこともしないし、睨みつけることもしない。ただ、怯えて顔を伏せる。しかも、全員が。
――いつか、私もこうなっちゃうのかな。
そう思うだけで、背筋が震えた。
それからも一通りの施設を案内され、夕方になる頃に最初の場所に戻ってきた。
最初に案内された場所だ――逃げた人や、その、「壊れた」人を隔離しておくためといっていた、離れ。
「さて、これで案内は終わりだ。折角高い金だして買ったんだ、明日からはガンガン稼いでもらうから、そのつもりでいろ」
あの玄室の時と同じように、ただ、何人もの男に犯されるような日々が始まる――自分のおかれている立場を本当に恨めしく思った。
「あと、今日はこっちでもお客がいてだな。買ったほうも買われたほうもまあ、余裕がないものだから、新人に掃除を頼むことにしている。最初の仕事ということで、頼んだぞ」
それだけいうと、男は店のほうへと戻っていった。
「何で、私が・・・」
ため息をつきながら、離れの扉を開ける。ツン、とした匂いが漂ってきた。なんだろう、この臭いは。
その臭いは一番奥の部屋からしていた。どうやら、あそこを掃除しろ、ということらしい。できる限り臭いをかがないようにしながら、奥の扉に近づく。臭いが強すぎて、鼻をつまんでも気になってしまう。
仕方がない、我慢しないと。どうせ掃除が終わるまでもどれやしないんだから。
そう思って、私は意を決して扉を開けた。そして、部屋の中を、見た。
「――う、うぇえぇえええええええぇぇぇぇぇぇっ」
その場で、こみ上げてくるものを抑えきれず、吐いた。あの特有のすっぱい臭いはあまりしてこない。周りの、さらに強い臭いにかきけされて。
たった一年間だったけれども、冒険者として色々な経験をしてきた。
ならず者に襲われたりした時に、勢いあまってしまうことも・・・何度かあった。
モンスターに襲われ、力尽きた冒険者だって何人も見ている。
――でも。こんな物は見たことがない、こんな、酷い物は。
あらゆる異常な趣味を持つ男たちが、一体何人がかりで一人の女性を「使用」すればこうなるんだろう。
いや、ところどころに転がっていなければそもそもこれが元々人だったなんて誰も思わないに違いない。
切断された跡、無理やり引きずり出された跡、食べられた跡・・・そして、それらを思うがままに使われた、跡。
掃除なんていうのは、あくまでも建前。
ただ、「逃げたら、壊れたらこうなる」という、警告を見せ付けるために。
かくっ、と膝が抜ける。とっさに手を突いた、そこに残骸の感触があって、慌てて手をどけた。
そこに、顔の部分があった。それが、そう遠くない未来の自分の姿に見えて、また、吐いた。
「いや・・・やだ、こんなのやだよ。助けて、フレシア・・・タンちゃん・・・」
一度膝をついたら、なかなか、立ち上がることは出来ずに。
結局、何度も何度も吐きながら、何とか部屋を掃除し終わった頃にはもう日が変わるような時間になっていた。疲弊しきった顔で報告だけを済ませると、部屋に案内された。
申し訳程度のベッドと姿見だけがある、殺風景な部屋。明日から始まる仕事のために休むように言われたけれど、あの光景が頭にこびりついて、全く寝られなかった。

――次の日から、「仕事」は始まった。
とはいっても、ずっと何人もの男に輪姦され続けるだけ。
玄室の中で、30人にも満たない相手にあれだけ泣き叫んでも輪姦され続けた、あの状況がまだマシに思えるほど、多くの人に犯され続けた。
あの男はあれだけの激情を叩きつけながら、売り物として高く売るために手加減していたらしい。売られた今、男たちはそれこそ、本当に体も心も壊す気なんじゃないかと思うほどに容赦なく、私の体を使った。
それが、毎日、毎日。ドレスを着せられたり、鎧を着せられたり、そのほか、色々と格好や相手は違っても、することは同じ。
相手の思うままに犯された。同時に何人もの相手をさせられた。それも、休む間も、食べる暇もなく。
意識が飛んでいるときはどうかはわからない、けど、起きた時にはもう犯されていることの方が多かったから、きっと、私の状態なんてお構い無しに犯されているんだってことは、わかった。

それでも、意識が戻ってくるのはホッとした。
いつも意識が飛ぶ直前の、あのぼやけた頭の中で思い浮かぶのは、初日に見たあの光景だったから。
次に、無事に目が覚めるかどうか、わからないから。目が覚めてみたら、もしかしたらあの場所にいるかもしれないから。
――だから、いつもくらい部屋で何人もの男に全部の穴を犯されていると、逆に安心した。
ああ、私にはまだ生きて犯されるくらいには価値があるんだな、そう思えて。

だから、文字通り生きていくために、私は犯されるだけの価値があるように、必死で振舞った。
寝ているだけでニヤニヤしている男の上に跨って、自分から腰を振った。
昔なら意味だって分かってなかったような、卑猥な言葉だって望まれればいくらでも叫んだ。
咥えろといわれればおいしそうに頬張って見せたし、飲めといわれればうれしそうに残さず飲んでも見せた。
無理やり犯すのが好きそうな男が相手の時には、形だけは抵抗した。結局、犯されるんだけど。
自分が女性をなかせるだけのテクニックを持ってる、なんて思っている相手の場合は実際の技量にかかわらず喘いで見せた。
時には、膣にお尻に口に手に、その他考えられる所ならどこでも使って何人もの男を同時に相手にした。
――いつか、助けがきてくれるまで生き延びるために。
そのためにだったら、私は私が出来るだけのことをして、男達に飽きられないようにした。
最初こそそんな自分を悲しく思ったけれど、いつからか、そんな感情も麻痺してきた。

そんなある日だった。
その日の相手はかなり無茶が好きな人間のようで、私を何度も何度も犯し続けた。
何度射精しても抜くこともせずに、胎盤が砕けるんじゃないかと思うほどに強く腰を打ち付けてきた。
「おらっ! どうだ! 気持ちいいいんだろうが、ああ!?」
予想はしていたけれど、やっぱり自分に自信のあるような男だったので、
「うあぁっ! はっ、はひっ、はいぃっ! いいですっ! きもち、いいですぅっ!」
私のほうもやっぱり喘いで見せた。
それで気をよくしたのか、さらに強く、速く腰を打ちつけてくる。それに合わせて、私もどんどん高く、大きく喘いで。
そのあまりの激しさに、少しずつ気が遠くなっていった。
――どれくらい経ったかは分からなかったけれど、急に辺りが騒がしくなったことで目が覚めた。
先に意識と五感だけが戻ってきた。大量の精液が飛び散った床が見えた。それと、怒号と悲鳴、金属のぶつかる音が聞こえた。
ゆっくりと力を入れてみる。何とか全身が動いた。それで、時間をかけて仰向けになった。
部屋の中には誰もいなかった。音は、部屋の外から聞こえてきた。雰囲気からして、侵入者のようだった。
――助けが、きた?
少しだけ体を起こそうとしたけれど、さすがにそこまでは力が入らなかった。そのままの体勢でじっと、扉の方を見つめる。
しばらくの間音が聞こえていたけれど、やがてそれも静かになった。
――どうなったんだろう。
それでも扉の方を見ていると、女の子がひょい、と顔をのぞかせた。半年振りくらいに見る、懐かしい顔。
――あ、エイン、だ。はは、よかった。やっぱり、来てくれたんだ。
一瞬だけドアの手前で立ち止まったけれど、すぐにエインは駆け寄ってきてくれた。
「フェ、フェリルさんっ!? 大丈夫ですか!?」
何とか頷くと、エインは安心したような顔を見せてくれた。その後から、何人かの足音が近づいてくる。
エインの肩越しに、顔をのぞかせた、それは、イルビットに――フレシア。
ほら、やっぱり。エインが、イルビットが、フレシアが。助けに来てくれた。
今まで頑張ってきたことは、無駄じゃなかった。
エインが安心のあまり、泣きそうな表情を浮かべながら何とか微笑んでくれている。
「タン嬢はまだ迷宮の中だが、大丈夫、無事でやっている。もうすぐワイズマンも倒されて、全部終わるはずだ」
イルビットが本当に安心したような顔で微笑みながら、上体を起こしてくれた。
私も笑おうとしたけど、今まで我慢していたものが堰を切って流れ出して、大声で泣いた。
「すぐにこれなくて悪かった。でも、よく頑張ったね、フェリル」
言葉を選ぶようにして、フレシアが言った。残った左手を差し出してくれる。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、自分でもどんな表情か分からない状態になって、私も左手を伸ばして。










いきなり、その手が私のほほを叩いた。
「――え?」
「勝手にトンでるんじゃねえよ、全く」
不機嫌そうな男の顔が近くに映る。
あれ、フレシアたちは、そんなことを思うまもなく、髪の毛を掴みあげられた。
「ほら、とっとと目え覚ませよ。お仕事の時間だぜ。んじゃ、まずは挨拶からいってみようか」
その横から、今日もまた両手でたりない数の男の顔が見えた。
――ああ、やっぱり。そんなに甘くはないんだなぁ。
「ぅ、ぁ、あっ・・・あ」
「とっとと言えよ。それとも、これがお望みなのか、あ?」
半分にやつきながら足先を秘所に添える。すぐに初日の、あの光景がよみがえる。
もし壊れたとしてもその分を「弁償」すればいいだけ。それくらいにしか、私は見られてないから。だから、この人たちは容赦しない。・・・足なんかじゃ、きっと済まない。
――いやだ、あんなのは、いやだ。
「――あっ、あ、う、わ、私、は」
だから、私は。
「私はっ、ただの奴隷ですっ、上で腰を振ることしか能がない、ただのおもちゃですっ。
 どの穴でもお使いくださいっどうか皆様のお気に召すままに、私をっ無茶苦茶にしてくださいっ」
そして、また同時に前後を貫かれる感覚。・・・最近では、むしろこっちの方が普通の感覚の気がしてきた。
あとは本当に、言葉どおりに無茶苦茶にされて。気が、遠くなって。演技をする余裕もないのに、私は、そんなのでも、しっかりと声を上げてて。
「あ、あは、ぁ・・・もっと、もっと、むちゃくちゃに・・・」
出されたと思ったら、また、次のが入ってきて。終わりは見えなくて。
それは今までと同じだったのに、夢で安心してしまったのが悪かったのか、もう、なんだか、耐えられそうになくて。
あたまが・・・だんだん。

フレシア、エイン、イルビット――タンちゃん。
――私もう、本当にダメみたいだ。