『漢たちの願い』


……暗い…ここはどこだ……

何も見えない暗闇の中を歩く。進んでいるか分からないが、とにかく歩く。
歩く感覚があるから、進んではいた。そして、何かにぶつかり、転ぶ…

…なんだ?…人?………トウキチ?オイ!トウキチ!!なにこんな所で寝てやがる!!

トウキチを抱え揺さぶる。手に生暖かい濡れた感覚…両手が血に染まる…。

クソッ…誰がトウキチを………お嬢…そうだ、お嬢はどこだ!?

声を大にして「お嬢」の名を呼ぶ…しかし、その声は暗闇の中を虚しく響くだけだった…
しかし、後ろの方で声が聞こえる…声の方向を見ると、ぼんやりと光っているものがある…その光を目指して再び歩き出す。

…ドア?それにこの声…どこかで…。それに一人じゃねえ…5人6人…いや、もっといるな…

声の主を思い出しつつドアを開ける…目の前に光が溢れ、思わず目を閉じる。
そして、目を開け、驚愕した。

なんだ…これは。ラーフお嬢さん?…リリスお嬢さん…そんな、俺ァ…俺ァ、お嬢さん方を助けたんじゃ…なかったのか?

白い部屋の中には数人の少女とその数倍の数の男たち。
ラーフ、リリス、フィーネ、シズメ、キャティ、さらにロメリエ、フェリル、エレシュ…
…これまでに助けた少女たちが、その身体を男たちに委ね、白濁にまみれながら嬉々として男たちの相手をしている。
しかも、先ほどまで聞こえていた声が、いつの間にか聞こえなくなっていた。声だけではない…物音一つ聞こえないのだ。

……どういうことだ…俺ァ…悪い夢でも見てるのか?

その異様な光景に思わず後ずさり、部屋を出ようとする……が、ドアはいつの間にか消え、逃げ場を失う。
そして後ろから、一番聞きたくない声が…聞こえてしまった。この無音の空間の中で、今まで思い続けた少女の声…

…お、嬢…?

振り返るとそこには、2mはあろう巨体にまたがり、やはり、嬉々として腰を振り続ける少女の姿があった。
涙を流しながらも、その顔は悦びに満ち溢れ、秘部からは蜜と精液が混ざった混合液を流し、狂喜の篭った嬌声を上げ、淫らに蠢く。

お嬢!!待ってて下せぇ、今あっしが助けに!!

少女の下に駆けつけようとするが、鈍い衝撃と共に目線が一気に下に落ちる…その途中で見えたものは…今までついていた自分の身体…

「アリスは俺様のモンだ。テメエなんぞが手ェ出せると思ったら大間違いなんだよ!」

アリスを抱く男が見下ろす。そして、そのままアリスを突き上げながら片足をあげ………振り下ろす…

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「ハッ…ハッ…ハァ、ハァ、ハァ…夢、か……ハァ」

ギンは汗まみれの身体を起こし、辺りを見回す…どこかの部屋であることは分かったが、なぜここに居るかは分からなかった。
ベッドから降りようとしたが、腹に痛みを覚え、思い出す。…そうだ、確か「運び屋」の馬車の中で眠くなってそのまま―――

『ギン!?…よかった、ようやく目を醒ましたか。馬鹿野郎が…』

部屋のドアが開き、聞きなれた声がする…トウキチだ。その手には肉がギッシリと入ったバーガーの載ったトレイを二つ持っていた…

「ったく、六日も目を醒まさねぇから流石に心配したじゃねえか。……体の具合はどうだ?」

「ああ、まだ少し腹のところが痛むが………チョット待て、…六日?俺は六日間も寝ていたのか!?」

「…ああ。出血の量が多くてな…診てくれた先生も驚いてたぜ?『普通の人間ならとっくに逝ってもいい位の出血でよく生きていられたな』ってよ」

「ヘッ、お嬢を助け出すまで死ねるかよ…もし死んじまったらあの世で兄貴に殴られて戻されるのがオチだ。……そうだ、お嬢。お嬢は!?」

ベッドから身を乗り出してトウキチに掴みかかる。また腹部に鈍い痛みが走る。

「まだ……案内係の野郎はまだ逃がしちゃいねえ。ギンの目が醒めるまで待ってやったんだ。感謝しろよ」

「それに、あのお嬢さん方は!?運び屋も…」

「あのお嬢さん方は、運び屋に言ってディルニアまで行ってくれる様に頼んでおいた。ま、料金はちょいと高くついたがな」

トウキチが『ハハッ』と笑う。気付けばトウキチの装備が少し減っている…ディルニアまでの代金を自分の装備で払ったのか、とギンは思った。
ギンはベッドから降り、旅支度を始める。

「お、オイオイ、まだ安静にしてろって……」

「お嬢がこの間にも苦しんでるかも知れねぇんだ…俺一人が休むことなんてできねェ」

怪我人とは思えない手付きの良さで装備を済ませていく。アリスを助けたいという想いと先ほどの夢が影響し、怪我の存在を忘れさせている様だった。
今は亡きリュウジから授かったカタナを持ち、アリスが選んでくれたサングラスをかけ、最後にシルバの残した漆黒のマントを羽織る…
全ての準備が終わるまでに十分とかからなかった。

「すぐに出るぞ。今日こそお嬢を助けるんだ…グズグズしてられねぇ…」

「ああ…だがよ、ギン」

トウキチからバーガーを渡される。出来立てなのか、まだ温かかった。トウキチはもう一つのバーガーを口に含みながら笑いかける。

「…よく言うだろ『腹が減っては戦は出来ぬ』……それに、…なかなか美味ェぞ、これ」

肉の匂いとソースの香りが忘れていた食欲を刺激する。空腹の腹が食物を望み、音を立てる……久しぶりの食事にしては少ないと感じたが、美味かった。


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ギンの眠っていた六日間に少なからず様々な出来事があった。

期待の新人とされていた竜騎士と、『戦姫』と呼ばれる竜騎士が揃って行方不明となり、奴隷として売られたこと…
戦況が悪化したこと……(やる気の無さそうな)エルフっぽい貴族からこの竜騎士の捜索を依頼されたこと…
『救出者』を名乗る者たちから協力を求められたこと…

トウキチは『救出者』からを勧誘を断ったらしく、また、竜騎士に関しては返事をしていないらしかった。

それにしても貴族から依頼が来るとは予想外だったな…とギンは思った。それだけ、この国も徐々に追い込まれている証拠だ。
虎の子の竜騎士…それも強力な新人と『戦姫』という貴重な戦力を失ったとすれば士気にも関わり、戦局悪化を招くかも知れないのだから…



「つ、着いたぜ。…ここがアイツの『今の』アジトだ」

そうこうしているうちに目的地に着いたらしい。この前、案内役として連れ出した男が先にある洞窟を指差す。
『龍神の迷宮』より奥にある小さな洞窟……空はすでに夕闇を過ぎており、徐々に暗くなり始めたばっかりであった。

「…あそこか。……ご苦労でやしたな…これでダンナのお役目も終わり、約束どおり、命だけはお助けいたしやしょう」

そう言って二人は男を置いて洞窟に向かって歩き出す。

「お、おい、お前ら…」

「こっから先ァ地獄と化しやす……せっかく拾った命だ。大事にお使いなせェ」

男は振り返りもせずに突き進むギン達を見送ることしか出来なかった。そして、一つの思いも浮かぶ……

「ヘッ…確かにな。…だがよぉ…なんだ、この変な気持ちはよ…こんな半端モンにも………………チッ、クソォ!!!」

男は来た道を走って戻り始める。その心の中に、不思議と熱い何かを感じ、行動せずには居られなかった。




ギンとトウキチは入り口の前で止まる。明らかに人の手で作られた粗雑な口は、まるで二人を喰らうかのようにポッカリか開いている。

「これが…最後のかち込みになるかねぇ…」

「ああ…これで終わりにするんだ。俺とギンで…お嬢を助けて…」

「そうだな。…………行くぞ、トウキチ。お嬢を迎えに…」

「オッシャー!男トウキチ!一世一代のデッケエ花火を上げてヤラァ!!!」

二人は勢いよく駆け込む。中に入った途端に一枚の扉。その前にはならず者が二人、話し込んでいた。

「あ?なんだ?テメエ等……」

「ダッシャアーーーーーー!!!」

「ヘブシッ!」

トウキチの渾身のドロップキックの直撃を受け、一人が扉ごと吹飛ばされる。もう一人の男もギンの殴打――拳ではなく剣の鞘で――で沈められていた。
扉の中は少々広い部屋になっており、一番奥にもう一つ扉があった。部屋の中にはさらに、ならず者が数人屯っていた。

「て、て、敵襲〜〜〜!!下の連中にも早く伝えろ!!」

いきなりの出来事に少々間があったが、すぐに男たちは二人が『敵』であることを悟った。ならず者達の間に緊張が走る。

『さぁて……鬼が…来やしたよ!!』

『オラァ!!魂(タマ)ァいらねえ奴はかかって来いやァ!!俺等の邪魔する奴ァ、素直に極楽浄土に逝けると思うな、ゴルァ!!!』


ギンは不適な笑みを浮かべ、ゆっくりと剣を抜き、トウキチは物騒な怒号を上げる。
二人の異常な雰囲気に呑まれ、ならず者達は二人に襲い掛かることを躊躇する者が多かった。が、数的に有利と踏み、数人が襲い掛かると同時に他の者も襲い掛かった。


ギンはカタナを縦横無尽に振り、薙ぎ払う。手始めに正面の男の首を刎ね、体を逆回転させて、横から襲い掛かる男をその勢いのまま、斜めに斬り倒す。
ギンの後ろから襲い掛かった男が居たが、ギンは振り向くことなくカタナを逆手に持ち、男の心臓を正確に貫く。
一撃で絶命させるだけの切れ味の良さに加えて、的確に急所を貫くギンの姿はまさに『鬼』であった。

トウキチは大剣を力任せに振り回す。攻撃速度が遅いせいか避けられる事が多いが、当たれば確実に胴を二つに切り裂き、重さに任せて叩き潰された男も居た。
だが本来、狭い空間での戦闘に大剣は不向きで、やはり、壁に剣が刺さり抜けなくなる。チャンスと見たならず者達が一斉に襲い掛かるが、力任せに大剣を引き抜き、全員を薙ぎ払った。
よく見てみると先ほどより刀身の幅が短く、壁には別の刀身が刺さったままであった。分ければ片刃の長剣、合わせれば大剣という特殊な武器のお陰で難を逃れた。


すぐに援軍が駆けつけてきたが、所詮は数に頼るしか出来ないならず者…数的には有利でも、実力に雲泥の差があり、次々と屍を増やしていった。『質は数に勝る』とはこの事だ。

「(……な、なんなんだよ…こいつ等。こんなバケモノ相手にしてたら命が幾つあっても足りやしねぇ…)」

次々と斬られる仲間を見ながら、男は恐怖した。そして自分が生き残る手段として、賢明にその場を離れようとした…が、すでに遅かった。

『お一人で何処にお行きで?』

背後から声をかけられ、さらに首筋に刃を当てられる…男は恐怖で逃げることも、振り返ることも出来ない。唯一わかる事は、『全滅した』ということだけであった。

「さてと、おたく等の頭の居場所…分かりやすよねぇ。ちょいと案内…してもらえやせんかねぇ。教えて頂けたら、命だけは保障しやしょう?」

「……脅しか?」

「いやいや、別に強制してる訳じゃ無ェ。決めるのはダンナでさァ」

「……断るって言ったら…どうなるんだ?」

「ああ…そん時ァ、ダンナとおさらばして他を当たるだけでさァ。あっし等の手間が増える以外なにも問題はなし、『世は事もなし』、さ。
 
……あっし等としては無益な殺生はしたくねぇんで、素直に従って欲しいんですがねぇ」

沈黙が流れる…重苦しい沈黙…男は背後から突き刺さるような視線を受けながら必死に考え、出した答えは…

『…テメエで探しな、木偶野郎』だった………

「ああ、そうか…。哀しいねぇ……サヨナラだ…」

一瞬の間を置いて、男の首元から刃が離れる。その一瞬後……男の首は胴体を別れを告げた…。



ギン達は奥の扉へ向かい、さらに奥へを進む。
しかし、いくつかの部屋を見てもアリスの姿は見えず、ならず者たちの襲撃もあり、時間だけが過ぎていく。
だが、悪いことばかりでもなかった。部屋の中には宝物庫らしき部屋もあった。

「ここは…宝物庫か?」

「ああ…だが、大抵は盗品だろうよ。迷宮で捕らえた冒険者たちの装備品をギルドから買ったか、ネコババしたか。…まぁ、盗品には変わりねえがな」

そんな中、ギンは一つの短剣に目を留めた。しかし、短剣というにはあまりにも小さく、アクセサリーのようにも見えた。

「トウキチ。お前ェ、これがなんだか分かるか?」

「アン?……ヘェ、アゾート剣か。魔法石を削って剣状にしたもんだ。…まぁ、剣って言っても俺らが使ってる様な剣じゃなくて、ほとんど鑑賞用とかに使われる剣だがな」

アゾート剣はトウキチの言うように、主に貴族の観賞用として造られる物もあるが、魔術師の中にはコレを魔力増強用に用いたり、護身用として持つ者もいる。
しかし、切れ味は無いに等しく、『斬る』と言うより『突き刺す』ことでダメージを与えることが出来る。

ギンはその小さなアゾート剣をネックレスのように首から下げ、部屋を後にした。



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「んぶ…ちゅ…あむぅ……んふぅ…」

部屋の中に水音が響く。2メートルはあろう巨体の膝元に少女が裸のまま跪き、その股間部に顔を沈めている。
少女の秘所からはおびただしい量の精液が溢れ出しており、全身に射精を受け、顔もドロドロに汚されていた。

「どうだ?好きでもねぇ男に奉仕する気分は。まぁ、んな事ァなんでもねえか。すでに何十人の野郎のチ○ポ咥えたかわかんねぇからなぁ」

「…ック…ングッ……んんッ…」

男の呼び掛けを無視して、少女はひたすら奉仕を続ける。しかし、その目には薄っすらと涙を浮かべていた。

「オラ、しっかりとしゃぶれや!それとも、未だにアリスちゃんは反抗期かぁ?もっと厳しい躾が必要か?ア゛ア゛ン!?」

アリスと呼ばれた少女の金髪がピクリと揺れる。そして、ゆっくりした前後の動きに速さが加わる。

「ドレスも浣腸も試したし、散歩は日課だから躾にゃならねえな。あとは…獣姦はやってねえな。それとも薬打って、中出しオンリーでここの全員に犯されまくるか?
 
…おお、そうだ!録晶に今までやったこと全部映して国中にバラ撒くか!?下手すりゃ、テメエの国元にも広まるかもなぁ?」

男が凶悪な笑みを浮かべる。男……ヴァルガーは生粋のサディストである。
今は脅し程度で済んではいるが、そのうち本気で実行するかもしれない。アリスはそれを恐れ、さらに奉仕を続ける。

「おお?やりゃ出来るじゃねえか。オラ、シッカリやらねえといつまで経っても出せねえぞ!?」

そう言って、アリスの頭を掴み強引に動かす。アリスは涙を流しながらもその強引な奉仕を受け入れ、続けた。

「ぼ、ボス!!大変です!!」

ヴァルガーがようやく射精感が出たところで、一人のならず者が部屋にけたたましく入ってくる。

「ダァ〜!!ッッタレ!!せっかくのお楽しみを邪魔すんじゃねえ!!」

「す、スミマセン…。じゃなくて!敵襲です!!例の二人組みがこっちに向かってきてるんですよ!!」

「ああ、なんだ!?まだ始末してなかったのかよ!!どんだけ使えねェんだ!テメエ等はよ!!」

「そ、そんなこと言ったって、あいつ等メチャクチャ強……」

ヴァルガーの目の前から男が消える。…正確には突如、飛んできた他のならず者とぶつかり、一緒に吹き飛んでいったのだ。

「ダンナが…ヴァルガーですかい?」

ヴァルガーの目の前に知らない顔の男が現れる。報告を受けていた例の二人の内の一人であると、ヴァルガーは確信した。

「ア゛ア゛!?どこのどいつかは知らねぇが、俺は今はお楽しみの最中なんだ。お引取り願おうか」

「そういう訳にゃあいかねェんでさァ。あっしらはダンナの邪魔をしに来たんだ。………お嬢を返して貰いやしょうか…」

アリスは聞き覚えのある声に一瞬、ピクリと体を反応させる。だが、思い出せずにいた…

ギンの殺意に満ち溢れた視線がヴァルガーに突き刺さる。声は平静を装っているのだろうが、危険な雰囲気を充満させていた。

「お嬢?…もしかして、そのお嬢ってェのはこのメス犬の事を言ってるのか?」

ヴァルガーはアリスの髪を掴み、ギンに向けさせる。と、同時に部屋の中にトウキチも現れた。

「テメェ……」
「お嬢!!」

「ハハ、オマエ等、あれだろ?前にこのメス犬とパーティ組んで迷宮に入った傭兵。わざわざ連れ戻しに来たってか?ご苦労なこった」

ヴァルガーは二人に見せ付けるようにアリスを抱き寄せる。こうして二人を挑発していた。

「だがな、ご覧の通りアリスは俺の物だ。大金払って俺が手に入れた物だ。モトが取れるまでしっかりヤらねえと…」

「……ダンナ…一つ、言わせていただきやしょうか」

ギンの殺意の篭った低い声に圧され、ヴァルガーの話が遮られる。

「以前、誰かに言ったセリフですがね……人は『者(もの)』だ『物(ブツ)』じゃねえ。それに、金だけで人の『心』まで手にはいると思ったら大間違いだ」

「ハァ?馬鹿か、テメエ!?心なんざ壊しちまえば関係ねえだろうが!?」

「本気でそう思ってんならァ、ダンナは畜生以下だ……『道』を『外す』と書いて『外道』…それァダンナ。アンタの事だ」

「ハッ、外道で結構!その「畜生に劣る外道」に後手を取らされてたテメエ等はそれ以下じゃねえか!?それによ、テメエ等だって似たようなもんだろうが!」

「なんだと、テメ……」

前に出ようとするトウキチをギンが抑える。トウキチはその静止を振り切ることも出来たが、サングラスの隙間からギンの眼を見てしまい、動くことが出来なくなった。
…ギンは本気でキレていた…まるで嵐の前のように静かに、それでいて火山の噴火の如く荒々しく…

「確かに…あっしらも一歩間違えれば、外道に堕ちちまうかも知れねェ…だが、決定的に違うものが一つある。それが何か、分かりやすかい?」

「は?なんだそりゃ?」

「『道』を『極める』と書いて『極道』!!侠に生き、仁を貫き、義に報いて、これを誇る!!…人を道具程度にしか見ねぇダンナにゃ、理解できねえでしょうがねぇ…」

「…ヘッ、言ってくれるじゃねえか。だがな、そんな挑発に乗るほど俺はバカじゃねえんでね」

「あっしは違いを述べたまで…あっし等はお嬢を護ると誓った…結果がどうあれ、お嬢を御護りするのがあっし等の役目。大人しくお嬢を引き渡してもらいやしょうか」

ジリジリと二人は近づき、ヴァルガーは徐々に壁際へと追い込まれる。
ヴァルガーが完全に壁に追い込まれた瞬間、ヴァルガーは口元をニヤリと緩ませ、それを合図にするかのように数十人のならず者達が部屋の中に押し入る。

「ボス!援軍が到着しやしたぜ!!」

「遅ぇんだよ、ドアホ!!…っつう訳でテメエ等とはお別れだ。俺は男を相手にする気は毛頭無いんでね、奥でジックリとテメエ等の大事なアリスちゃんを犯すことにするわ」

「な!?テメエ!!今さら援軍呼ぶなんざ卑怯だぞ!!」

「ア゛ア゛?悪党に卑怯もクソもねえだろ、バ〜カ。ま、せいぜい死なねえように頑張んな!!アバヨ!!」

そう言い残し、ヴァルガーはアリスを抱えたまま隠し扉の奥へと消えていった。
二人はすぐに後を追おうとしたが、すでにならず者達に囲まれており、なかなか動けない状況になっていた。

「チッ、さすがにちぃと数が多いか…」

「…………ギン、お前…先に行け」

「トウキチ?お前ェいきなり何を…」

「ここで時間食っちまったら、本当にお嬢を失うかも知れねえ。…大丈夫だ、俺にはコトネお嬢さん特製の得物がある」

そう言って、持っていた大剣を先ほどの乱戦のように二つに割る。ギンは冗談で言っているのではなく、本気であることに気付く。
トウキチは軽い笑みを浮かべていたが、少し引きつっている様に見えた。

「無茶言うな!お前一人じゃ…」

「ゴチャゴチャと言ってる暇があったら、さっさとお嬢を追え!!…たまには俺にも決めさせろヤ。なぁに、こんな連中なんざサクッと終わらせて、すぐに追いかけるからよ」

「トウキチ………わかった。お前ェはこいつ等を片して来い。…………くたばるんじゃねえぞ…」

ギンはトウキチを残し、隠し扉を通りヴァルガーの後を追う。
トウキチはならず者達に向きかえり、剣を構える。トウキチ一人に対し、軽く見渡しただけでも40人近くのならず者達…いくら一人一人より実力があっても、多勢に無勢である。
しかし、恐怖感は不思議と無かった。いや、死ぬかも知れないという思いはあったが、怖いとは思わなかった。もしも自分が死んでも、ギンがアリスを救い出すと確信していたからだ。

「……ギン…後を…任せたぜ…」

トウキチは、ふぅと深呼吸を一つして、ゆっくりと歩き出す……ならず者たちもそれぞれ武器を取り出しトウキチの周囲を囲む。

「俺ァヒノモトの極道、トウキチ・ヨシダ!!何人たりともこっから先には行かせねえ……通りてえ奴ァ、その魂ァ置いて逝けやァ!!!」

部屋中にトウキチの怒号が響く。と、同時にならず者達が一斉にトウキチに襲い掛かった……

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ギンはヴァルガーの後を追う。
隠し扉を通った先は、何も無いただの一本道だった。
しばらくすると、少し大きめの扉が現れた。僅かだが光も漏れている。ギンは思いっきりその扉を蹴り破った。

「追いかけっこは終いですかい?ダンナ?」

目線の先には、ぐったりと横たわるアリスと今にも彼女に襲い掛かろうとするヴァルガーの姿があった。

「チッ、もう来やがったのか。……相棒はどうした?まさか見殺しにしてきたのかい!?」

ヴァルガーはニヤニヤと笑う。それに対し、ギンは動揺一つすることなく睨み返す。

「見殺し?冗談を言っちゃあいけねえ…アイツは俺を信じ、俺もアイツを信じた。それだけでさァ…」

「ああ、そうかい。ったく、どいつもコイツもお楽しみを邪魔してくれやがる」

「……お嬢に何をした…」

「聞きてえか?ちょいとクスリを効かせたのさ。目が醒めりゃ、ドンナ相手にでもケツを振りまくる特別な『クスリ』をなァ。コイツはちぃと強力過ぎてね?
 
効き始めた時は強烈な眠気が襲い、目が覚めりゃ強力な媚薬作用が働き、三日三晩ヤる事しか考えられないようになり、さらには高い受胎率まで持ってる優れ物だ」

ヴァルガーはゲラゲラと笑いながら言う。ヴァルガーとアリスの近くには録晶(映像記録の出来る水晶)らしき水晶の付いた装置が三つあった。
これに気付いたギンは、ヴァルガーが何をしようとしていたのかを瞬時に気付き、思わず口元を緩ませる。

「……そうかい。こいつァよかった…」

「あん?テメエ…ナニ笑ってやがる……なにが可笑しい!!」

「ダンナが畜生にも劣る奴でよかった……ここまで外道なら…あっしも遠慮無しでぶった斬れる」

「……言いたい事はそれだけか?俺もなぁ、いい加減ジャマされっぱなしで頭にきてんだ……他になにも無ェなら、今のが遺言って事でいいか?」

「あっしもねぇ…これ以上ダンナの相手をする気は無いんでさァ。今すぐ、お嬢を渡してくれりゃあ痛い目見ずに済みやすぜ?」

「…オーケー、上等だ。テメエの吠え面見るのにも飽きてきたところだ。犬は尻尾振って外で待ってろや」

二人は互いに罵倒しあう。その間にもギンはジリジリとヴァルガーとの距離を詰める。ヴァルガーは頭に血が上り、距離を詰められている事に気付けないでいた。
ある程度距離を詰めたところでギンは止まり、ゆっくりと構えの体勢にはいる。

「キャンキャンと五月蠅ェ犬だ……好きなように、抜きなせェ……」

「ッザケンナァ、この木偶がァ!!」

犬呼ばわりされた事に切れたヴァルガーが身の丈ほどもあるバスターソードを掴み、ギン目掛けて突進する。ギンはこの突進を避けることもせず、構えの状態から動かなかった。
ヴァルガーは突進の勢いのままバスターソードを振り下ろす…が、ギンは居合いでこれを切り払う。だが、ヴァルガーの一撃は重く、完全には払えずにそのまま第二撃に行くことが出来なかった。

ギンは一度ヴァルガーから離れる。ヴァルガーはすかさず追撃したが、今度はギンもヴァルガーに向かって突進してきた。
ヴァルガーは勢いを緩めることなく、そのまま剣を振り下ろす。ギンは直前に左へかわし、隙を突いてカタナを斬り上げる。咄嗟にヴァルガーは右腕のガントレットで防御し、難を逃れた。
逆にヴァルガーが剣を斬り上げ、ギンはそのままカタナで防ぎ鍔競り状態になる。一瞬後、二人は同じように蹴りを繰り出し、これを避け互いに距離をとる。

ギンは、ヴァルガーの意外に速い動きに驚いたが、速さではギンが上回り、ヴァルガーもカタナの強靭さに驚き、パワーではヴァルガーの方が上であることに気付く。

今度はギンが仕掛けた。カタナを床に突き刺してタイルを剥がし、ヴァルガー目掛けて飛ばし、走り出す。
いきなりの攻撃にもヴァルガーは冷静にタイルをガントレットで砕き、剣を構える…が、正面から来ると思っていたギンはそこに居なかった。

「………コッチだ」

ギンはヴァルガーの左側から斬りかかる。ヴァルガーは構えた剣を少しずらして振り下ろし、再び鍔競りの状態になる。

「…ヘッ……なかなか腕が立つじゃねえですか…ダンナ」

「ヤロウに褒められても嬉かねえん……だよッ!!」

ヴァルガーの蹴りをバックステップで避ける。が、すぐさまヴァルガーの剣が斜めに振り下ろされる。
ギンはカタナで受け流し、体を回転させてその勢いで横に薙ぐが腕をかすっただけで終わる。

まさに一進一退の攻防だった。互いに何度も攻撃を繰り出すが、避けられるか防がれ、当たっても決定打にはならず、小さな傷だけを生んでいた。
そんな中、数度目の鍔競りから離れ、距離を置いたギンが口を開いた。

「ダンナの言う通り……『外道』と『極道』は似たもん同士かも知れねェ…」

「あん?」

「あっしが国にいた時ァ…仁義なんぞ欠片もなかった…毎日が縄張の奪い合い…立ち塞がる奴を斬り、女を捕らえりゃ嬲り、無関係な奴も巻き込まれた…そんな日々だった」

「ハッ、そりゃ丸っきり俺らと同等じゃねえか。邪魔な奴は殺す!女は犯す!関係ネェ奴が死んでも興味はねえ!巻き込まれる方が悪ィのさ」

「…あっしは虚しかったねぇ…組のくだらねェ欲の為に死んでいく奴を見ると…虚しくてしょうがなかった…こう思えば、似たもん同士と言われても仕方ねえ気もする…だがな」

ギンは構えを解き、切先をヴァルガーに向ける。

「今は、お嬢を護るっつう仁義がある!『七生を以って御身の御守護を』と俺らはお嬢に誓った。己の言った言葉は決して曲げねェ!結果がどうあれ、この義理を貫き通す!」

そう言い放ち、ギンは再びヴァルガーに斬りかかる。ヴァルガーは今までと同じように剣で防ごうとするが、ギンは柄目掛けて突きを放つ。
ヴァルガーは咄嗟に左手を離し片手で持つ状態になり、ギンは突きから『払い』に移り、その巨大なバスターソードを払い飛ばし、カタナを突きつける。

「勝負ありだ……幕を下ろすのは、どうやらあっしだったようだな?ダンナ」

カタナの切先が鈍く光る。激しい斬り合いにも関わらず、刃こぼれ一つ無く、まるで研ぎ澄まされたように鋭かった。

「今生の別れだ。なにか言い残すことはありやすかい?」

「………ヘッ、まだまだこれからよ」

ヴァルガーは冷や汗を流しながらも、ニヤリと不適な笑みを浮かべ、アリスに向かって走り出す。
ギンは咄嗟のことに動くことが出来ず、ヴァルガーはアリスを抱き寄せ、腰元に差していたナイフを取り出し、アリスに突きつける。

「ハッハッハッハッハ!残念だったなァ!!形勢逆転だ!」

「お嬢ッ!!」

「おっと、動くなよ!?大事な『お嬢』が傷ついてもいいのかな?」

「ハッ…ダンナにとっちゃ大事なエモノだ…そんな簡単にお嬢を捨てられやすかい?」

ギンは少しずつ距離を縮めようとする。が、ヴァルガーの表情からは自信で満ち溢れていた。

「俺を他のザコと一緒にしてもらっちゃあ困るなァ。テメエがこれ以上近づくってんなら、本気でコイツを殺すぜ…それでもいいのかい?…オラ、まずはその物騒なもんを捨ててもらおうか」

「……………外道が…」

ギンはこれ以上逆らえなかった。ヴァルガーはいざとなれば本気でアリスを殺す…ヴァルガーの眼はそう物語っていた。
アリスの救出の為に今まで動いてきたギンは、ここでアリスを失うわけにはいかなかった。アリスを失えば、全てを失う…そんな気がした。
ギンは大人しくヴァルガーの指示に従い、カタナを手放す。

「それでいい……覚えておけ、切り札ってのは最後の最後にとって置くもんだ」

ヴァルガーはアリスを抱えたまま、先ほど払い飛ばされたバスターソードを拾い上げると同時にアリスを突き飛ばし、猛然と襲い掛かる。
ギンは万が一のことをと考え、避けることが出来なかった。しかも、カタナで防ごうにもカタナは投げ捨ててあって距離があり、到底間に合いそうもなかった。

「これで終わりだ!!」

ヴァルガーの一撃が、容赦なく振り下ろされた………


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一方、トウキチは数十人のならず者相手に孤軍奮闘していた。
初めて、一人で数十人を相手取っていたにも関わらず、やはり一人一人の実力が低いのが幸いして、残り20人を屠るのみであった。
が、すでに体力は限界点まで達しており、致命傷となる傷は無いものの至る所から血が流し、もはや満身創痍であった。

「ゼッ…ハッ…ゼェッ……オラ、次…かかって来いやァ!!」

残るならず者に言い放つ…が、もはや自分から斬りかかる程の体力は無かった。
ならず者達は、トウキチがすでに限界に達していることに気付いており、襲い掛かっては離れ、挑発を繰り返す。

「どうした、傭兵さんよォ!?足がふらついてるぜ?」
「俺らもう怖くてよぉ、アンタから来てくれねえか?」

ならず者たちがゲラゲラと笑い出す。トウキチは完全に遊ばれていた。だが、それまでのトウキチはまさに鬼神の如き働きを見せていた。

両手に持った長剣で掻っ捌き、大剣で一気に薙ぎ払う。単調な攻撃ではあったが、威力は絶大で、五体満足で死んだ者は幸せな方であった。
だが、それだけに体力の消費も激しく、今は立っているのだけで精一杯の状態であった。

「ヘッ……なら、お望み通り…コッチから行ってやらッ………ッア…」

トウキチが動こうとした瞬間、後頭部に激痛が走り、目の前が揺れ、視界が落ちる…真後ろから男の笑い声が聞こえた。
だが、トウキチもただでは倒れなかった。倒れ際に体を半回転させつつ腕を振りぬき、男の胴を真一文字に引き裂きながら倒れた。
すぐに起き上がろうとしたが動けなかった。兜のお陰で致命傷は避けられたが、軽い脳震盪を起こしてしまったのだ。

「(クソッ…なんだ?…何が起きた!?)」

「お?どうした?俺らを殺すんじゃねえのかよ!?」
「ヘッ、散々暴れやがって!この数相手に生き残れると思う方が間違いなんだよ!!」

一人が短剣を構えてトウキチに近づく。トウキチが、もはやこれまでと死を覚悟した……その時であった。

『アリスーーーーーーーーー!!』

お嬢…アリスの名を呼ぶ若い声が響いた。ならず者たちが焦りだす。
トウキチも、まさか援軍が来るなどとは思っておらず、さらに、この部屋に徐々に声が近づいてきていた。それも一人ではなく、複数…

「な、なんだテメエ等は!!」

「邪魔だーーーーーー!!」

一撃で斬り伏せられるならず者達、トウキチを取り囲んでいた男たちもすぐさま武器を構えるが、相手が悪かった…
騎士、それも黒い甲冑を纏った男が4人も…トウキチ一人に半数以上やられたのに、残る20人で騎士に敵うわけも無かった……もはや、戦闘と呼べるほどのことも起こらなかった…。

「クソッ、ここにも居ない…」

「だから、先走り過ぎなんだよ、お前は!…とスマンな、無事か?」

「す…すまねェな、旦那方…。まさか、見ず知らずの旦那方に助けてもらうたァ…」

男がトウキチに近づき手を差し伸べる…立ち上がることは出来たが、まだ症状が残っているのか、僅かに足元がふらつく。
少し、はにかみながら騎士たちに顔を上げると、ふと、目に見慣れたモノが写った。…男たちの黒い鎧に刻まれた、紋章が……

「あれ…その紋章……お嬢の持っていた紋章と…同じ……」

「なんだって!!あなた、この紋章に見覚えがあるんですか!?それに、お嬢って!?…アリス…アリスなんですね!?」

一番若い…最初に部屋に入ってきた少年がトウキチに躍り掛かる。あまりの突然のことに思わずバランスを崩すが、倒れるまではいかなかった。

「おいフィル、落ち着け!!」

「落ち着いていられませんよ!!アリスに繋がる重要な手掛かりがッ!!」

「お前一人で動いてるわけじゃないんだ!それに、アリスだって本当にここに居ると決まった訳じゃあ…」

「いや、お嬢…アリスお嬢さんがここに居るのは間違いねえ。俺の連れが、隠し扉から後を追ってるんだ………そうだ…早く、ギンに追いつかねえとッ…」

「無茶をしないほうがいい。浅いとは言えけっこう傷を負ってるし、さっきまで倒れていたんだ。アリスの追跡は私達が行くから、隠し扉の場所を教えてくれないか?」

しばらく、トウキチが同行する、しないで少々もめたが、結局、トウキチは同行を諦めて隠し扉の場所を教えることになった。
トウキチの指示通りの場所を黒騎士が調べると、僅かに壁が動いた。安易な回転式の扉であった為、簡単に見つけることが出来た。

「なーるほど。…私とフィルで追跡する。ラスティとグレイはここで待機、退路の確保と彼を護衛を頼む」

二人の黒騎士が『了解』と答えるのを確認すると、隊長格の男とフィルは奥へと進んでいった。
後を追う二人の姿が遠ざかると、トウキチはその場に座り込んだ。やはり、先の脳震盪の影響と肉体疲労のせいか、立っているだけで精一杯だった。
慌てて騎士二人が近寄るが、「心配ない」と言って仰向けに寝そべる。

「ああ〜〜疲れた〜〜…こんなに疲れたのは初めてだな。…………悪いな騎士さん方…ちょいとだけ、眠らせて貰うぜ………」

トウキチはゆっくりと瞼を閉じる。

「(ギン……俺の仕事は…果たしたぞ………)」

今までに無い心地よさを感じ、そんな中、ギンとアリスの事を想い……トウキチの意識は徐々に堕ちていった……


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一瞬の出来事に、ヴァルガーは我が目を疑った。
確実にギン斬ったと思った瞬間……ギンの『腕』が宙に舞っただけだった。

「切り札は最後に取っておく………そうでやしたなァ…ダンナ」

ギンは剣が振り下ろされた瞬間、寸での所で身体をずらし、自分の右腕を斬らせながらも、ヴァルガーの首にアゾート剣を突き刺していたのだ。

「て、テメェ……どこにそんな物…隠していやがった…!!」

「隠してなんかいやせんよ…あっしはコイツをずっと『首からさげてた』だけでさァ…ダンナがコイツに気付かないでいてくれて助かった…」

そういって手放した刀を左手で握り、ヴァルガーの元へと戻る。
ヴァルガーはその場に倒れこみ、深くまで突き立てられたアゾート剣を抜こうと必死にもがいていた。

「終幕だ…ダンナ。………閻魔にヨロシク言っておいて下せェ…」

「テメェ…テメエ…テメエーーーーーーーーーーーーーーー!!」

抜き出したアゾート剣を構えてヴァルガーが突進してくる…が、アクセサリー程度の大きさしかないアゾートは、ギンに届くことは無かった。

………ヴァルガーがギンの間合いに入った瞬間、ヴァルガーの首が宙を舞った。

ギンは急いで服の一部を破り、傷口を縛る。……右腕からの出血は意外と多く、急いで手当てをしないといけない程であった。
…が、それを気にせず、アリスの下へと駆け寄り、漆黒のマントでアリスの身体を包んだ。アリスの体が僅かに反応した。

「お嬢!お嬢!!しっかりして下せェ。………お嬢!!」

「……フィ………ル…?…………違う………だれ…?」

「ギン・トオミネ……お嬢の御身をお助けに参りやした!!」

「…ギ………ン…?……ギン?」

アリスは徐々に意識を回復させていた。ヴァルガーは最後に強力な媚薬を飲ませたらしかったが、実は薬瓶の説明書にはこう書かれていたのだ…

「強力な媚薬作用がありますが、副作用として稀に現れる症状ですのでご注意下さい」…と。

「ア…タシ…助かった…の?」

「ええ、そうでさァ。さぁ、トウキチも待っておりやす。早くここから………お嬢?」

アリスに目を向けると……まだ薬の効果が残っていたのだろう。アリスは気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「……まったく…大物なのか、緊張感が無いだけなのか…大したお嬢さんだ」

ギンはアリスを抱えたままその場に座り込み、斬り落とされた自分の右腕を見つめる。

「…足に力が入らねェ……ヘッ、目まで霞んできやがる………声が聞こえるが…トウキチのじゃねえな。幻聴まできやがるか…」

目線を下に向けると、アリスの安らかな寝顔があった。失ってからも想い続けた少女が自分の膝元で眠っている。
ギンは改めて思った。自分達はお嬢を助け出したのだ、と。

「…………もう二度と失いたくねェ…お嬢の心が強くなるまで、あっしらがその御身を護る…この願いが叶えられるんなら、右腕なんざ惜しかねェ…」

再び目線を右腕に戻す…今まであったはずの右腕がそこにある…血に塗れたまま、ポツンと置かれた自分の右腕…

「だがまぁ……しくじったなぁ………肉を切らせて骨を絶つ覚悟はよかったが、あそこまで斬られるたァ思わなかったぜ…」

徐々に視界がぼやける。右腕が痛み、血が溢れ出す。応急処置とは言え、簡単に縛った程度の処置だ…出血が止まったワケではない。

「ああ……眠くなってきやがったな…トウキチが来るまで…役得のまま、少し……眠らせて………もらう…………か…ねェ…」






ギンの意識が落ちた直後………





フィル達が血の海が広がる静かな部屋の中で、ギンとアリスを見つけた………