『漢たちの戦い』


ディルニアから首都クルハイルへ馬車は猛スピードで向かう。
途中、ディルニアへ向かう商人団から近道を教えてもらい、通常なら2日半かかる道を、一日半で首都に着いた。

その夜、賑わうドワーフの酒蔵亭の隅で、ギンとトウキチは辺りを気にしながら密談をしていた。
そのテーブルの上には、酒二つと……例の『赤い帳簿』が置いてあった。

「で、戻ってきたはいいが…こっから先どうするんだ?ギン」
「ああ……こいつを見てくれ…」

ギンはそう言って、帳簿のページを開く。
そこには、捕らえられ、性奴隷と化した女冒険者の名前と売却日、購入者名、金額が事細かに書かれていた。
そしてその中には当然、アリスの名前もあり、そのページをトウキチに見せた。

「……お嬢の…か。これがどうしたんだ…?」
「黙って見てろ。この購入者…おかしいと思わねえか?」

ギンはそう言って、アリスのページと他の少女の数ページを見比べさせる。

「他のお嬢さん方…まぁ、リリスお嬢さんを除いてだが、大抵のお嬢さん方の買取主は腐った貴族どもだ。だが、お嬢のはどうだ?」
「……ヴァルガー?………盗賊!?しかもなんだ!この額は!!」

トウキチは思わず大声で驚いた。騒がしかったお陰で数人が振り返る程度で、振り返った客も何事も無かった様にまた騒ぎ始める。
だが、トウキチが驚くのも訳はなかった。貴族の購入者が多い中、唯一の盗賊の購入者で、さらに、3億近い金額でアリスを競り落としたのだ。

「なんで、盗賊がこんな大金を持ってんだよ!?他のお嬢さんを買った貴族ですら1億ちょいが最高額じゃねえか!!」

トウキチがやや興奮しながらも、必死に音量を下げてギンに問う。

「それもそうだが…問題はそこじゃねえ。その『出荷先』って所をよく見ろ」

ギンは冷静に――少々、声に殺気が篭っていたが――トウキチをなだめ、再び帳簿を見させる。
『出荷先』と書かれた項目には大抵、貴族の名と街の名前と時間が書かれていた…が、アリスのところだけが無記名だった。

「どういうことだ?なんでお嬢の項目だけ何も書かれて無えんだよ?」
「まぁ落ち着け。こう考えてみろ…お嬢の場合は場所を移す必要が無かった。それに、『龍神の迷宮』の現状のことを考えると…」

『龍神の迷宮』は本来、王位継承の時にのみ使われるのだが、今回のワイズマン騒動で王宮が大々的に御触れを出してしまったのだ。
これを知った犯罪者やならず者達が次々と迷宮内に集まり、今では『悪の温床』状態となっているのだ。

ギンはこれに目をつけたのだ。
つまり、盗賊が龍神の迷宮を棲み家にしているのであれば、帳簿にも記入する必要は無いのでは、と。

「…なるほどな。本人が直接買い取って帳簿に書けば、自分たちの棲み家で買ったんだから書く必要はねえってか」
「ああ…あくまで俺の勘だが、コイツが正しけりゃ、お嬢はまだ……あの『迷宮』に居る」

トウキチの表情が一瞬明るくなる。念願のアリス救出に王手をかけたも当然であった。

「よし、じゃあ早速仲間を募集してる奴らと同行して…」
「いや、それはしねえ……」

盛り上がった勢いで行動を起こそうとしたトウキチをギンが抑える。
勢いの乗りかけたトウキチはいきなりの静止を受けて戸惑う。

「な、どうしてだよ、ギン!手数は多いほうが…」
「よく考えろ。ここにはギルドのクソ野郎共も居るんだ。ここで下手に動いてそのヴァルガーって奴に知られてみろ。それこそ一巻の終わりだ」

ギンは焦らず、慎重に深く考えていた。それを知ったトウキチは己を恥じたのか、熱が冷め、落ち着いたようだった。

「じゃあどうするんだ?ギン。」
「簡単だ。俺ら二人でカチ込む。…幸か不幸か、この前、お前ェが食料やらアイテムやらを調達してくれたお陰で準備は既に出来てる」
「そういえば…迷宮の地図もあったな。残る問題は、お嬢がどこにいるか…か」
「少なくとも浅い階層には居ねえことは確かだ…とにかく、明日一番で潜るぞ。いいな?」

密談はこれで終わり、二人は明日に備えて大量の飯と酒を喰らい、睡眠を取った。

その翌日、二人は誰にも気付かれること無く『龍神の迷宮』へと挑んでいった。

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龍神の迷宮、地下三階層…俗に『ブランパーエリア』と呼ばれる階をギン達は進んでいた。
やはり、モンスターの襲撃はあったが、これまでは何とか撃退をし、ならず者たちを同業者と思わせ、自分たちの存在を隠すことが出来た。

しかし、悪運は唐突に二人に襲い掛かった。
昨晩の密談を目撃したならず者が居たらしく、休息をとっているところをならず者達に囲まれてしまったのだ。

「へへ、あんた等だな?こそこそ嗅ぎ回ってるっつうネズミは」
「まんまと騙されたぜ。その厳つい顔見りゃ誰でも同業者と間違えるわなぁ」
「あの『アリス』を助けに来たんだって?あんなイイ女を誰が譲るかよ!」

ならず者達がジリジリと近づく…だが、二人は焦る様子は無く、逆に吹っ切れた様な少し軽い表情をしていた。

「トウキチ…そっち、何人ほどいる?」
「ああ?…あ〜ざっと8人位だな。そっちは?」
「6人だな。こっちが終わったら手伝ってやるよ…」

小声でボソボソと話す二人を見てならず者達は苛ついた。囲まれているのに冷静な二人に腹が立ち、それぞれが襲い掛かるチャンスを窺っていた。
二人は剣を抜き、二手に分かれてならず者たちに斬りかかった。

突如の乱戦は五分と経たずに幕を閉じた。
足元にはならず者の死体が散乱しており、生き残った一人が、トウキチの尋問(拷問?)を受けていた。

「本当にヴァルガーの居場所を知らねえんだな?」
「し、知らねえ!本当に知らねえんだよぉ!!この階には居ねぇ!嘘じゃねえって!!」

男はトウキチに両腕を折られ、顔面と腹部に痛烈な蹴りを何度も受け、ただ、真実を叫ぶしかなかった。
聞き出した情報は4階層への階段の道と、玄室の場所だけで、肝心のアリスとヴァルガーの情報は手に入らなかった。

「おい、どうする?ギンよ。……兄さん、わいなぁ、あんま気ィ長いほうちゃうんよ。そやな〜、よっしゃ!兄さんに一つ選択権をあげるわ」
「…せ、選択権?」
「そうそう…なあ、兄さん……コイツで心の臓突かれるんと、兄さんの大事な「タマ」ァ落とされんのと…どっちがいい?」

トウキチがそのインパクトのある顔をどアップで男に近づける。
男にはあまりにも理不尽な選択権である。が、トウキチは剣を抜き、それが本気であることを示した。
男には最も大事な二つを失う最悪な展開となり、さらにパニックに陥り、脅えた。

「トウキチ……もういいだろ。お嬢はこの階には居ねぇ…それが判りゃ十分だ」
「……どの道もう何も聞けねえ。気絶しちまいやがった」

トウキチは立ち上がりながら、剣を鞘に納める。目の前の男は恐怖からか、口から泡を吹いて気絶していた。

「んで、これからどうする?ギルドの連中に俺らのことを知られたとなると…ヴァルガーって奴が動くかも知れねえんだろ?」
「ああ…もうちっと下の方で知られりゃ良かったんだが…急いだ方がいいな」

二人は少々速度を速めて、聞き出した道を辿って四階への階段を目指した。
しかし……ブランパーエリアと呼ばれるに相応しい程の様々なプランパーたちの襲来。
まるで謀っていたかのようなトラップのオンパレードにギンは一抹の不安を覚えた…まるで悪魔が笑顔で手招いてるとしか思えなかった。
そして、ようやく階段が見え、近づいた時であった。

ギンが踏んだ床がへこみ、あたり一面がうっすらと青みがかり、魔方陣が浮かび上がる。
魔力に関してほとんど無知な二人には、この「罠」の存在に気がつけなかった。

「…おおっと、テレポーター…」

ギンがボソッっと呟いた瞬間、二人は三階から別の階層へと飛ばされた。

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気がついた時、二人の目の前には巨大な湖が悠然と広がっていた。

「どこだ?ここは…」
「…どうやら、地底湖に飛ばされたみてえだな。ってこたぁ、ここは地下五階か!?」

トウキチが地図を取り出して確認しようとする……が、ギンがいち早く、「存在」に気がついた。

「トウキチ!来るぞ!!」

ギンが叫ぶのと同時に、「それ」はトウキチに猛然と襲い掛かった。
クラリスザカーだ。クラリスザカーは猛スピードでトウキチ目掛けて突進をしてきた。
しかし、寸でのところで、ギンの投げた石がタイヤに挟まりバランスを崩し、その隙を突いてトウキチは間一髪のところで突進を回避する。
もしも今の攻撃が当たっていたら相当な痛手を負っていたであろう。トウキチは気を引き締め、その「IF」を振り払う。

初撃で思わぬ不意打ちを食らったが、クラリスザカー自体の動きは単調で――途中、オイル缶を投げ付けられたが――二人はてこずりながらも撃退することが出来た。

「ハァ、ハァ…倒したぁ〜〜〜〜」
「俺らはここまで来たことが無かったからな…こっから先は何があるかわからねえ。気ィ引き締めて行くぞ、トウキチ」

二人は少しの休憩の後、五階層の探索を開始した。

しかし初めて訪れるエリアのせいもあり、探索は一向に進まず、玄室すら見つけられなかった…ギンは徐々に焦りを感じる。
しかも、まだ悪魔は二人に惚れているらしく、麻痺針や刃の網などのトラップ、ならず者達の襲撃が休むことなく立て続けに起こる。

ギンの考えでは、アリスが行方を晦ました階層付近にヴァルガーが居ると踏んでおり、たとえ自分たちの存在がバレたとしても、すぐには移動できないと考えていた。
だが、三階層での不運の連続、四階層の未探索、五階層の探索に時間を取られて居るうちに、その考えが間違っているかも知れないとも思い始めた。

五階層の探索を始めて数時間が経ち、仕方なく一度四階層へと引き返そうとした時である。
数人のならず者達が何も無い筈の通路からいきなり現れたのだ。しかも、一様に満足気な顔をして、足元がふらつく者、腰を叩いている者もいた。

「…ギン、あれって…」
「ああ……お嬢かどうかは解らねえが……誰かが嬲られてるってのは確かだ…」

ならず者の集団が立ち去るのを確認し、二人はならず者達が現れた場所へ行き、周囲の壁を慎重に調べる。
すると、トウキチが探っていた壁が不意にへこんでいるのを見つけ、その「凹み」を押してみると、ガチャっと音と共に、隠し扉が現れた。
扉の奥に鉄格子のついた扉が見え、近づいて鉄格子から様子を見ると、広い部屋の中に三人の少女とそれを犯しているならず者達が見えた。

『へへ、出荷前の最後の味見だ。しっかり犯っておかねえとな』
『ホ〜ラ子猫ちゃ〜ん、ミルクのお時間ですよ〜』
『これが『あの』エレシュか!?単なるメス犬じゃねえかよ』

『それにしてもナーブさんも勿体無いっすよね〜。ヴァルガーさんみたいに買い取ればこの子で楽しめるのに』
『ああ?女壊して放置する奴に「さん」付けすんじゃねえよ!!どうせ捨てるなら壊す前に捨てろってんだ』

『お前らまだガキ相手にしてんのか?オレはそいつ犯しても何も反応しねえから萎えたぜ?』
『それよりも…え〜っと、ロメリエだっけ?コイツ俺らで買い取って飼わねえ?スゲーエロいから当分楽しめると思うぜ?』

男たちの下卑た笑いが部屋中に響く。少女を犯している者、壁に寄りかかり眺めている者、床に座り込み休憩している者、ざっと見ても40人近くは居た。
少女たちは数え切れないほどのならず者達に嬲られ、正気を保っているのがやっとの状態だった。

『オラ、そろそろ『運び屋』が来る頃だ。犯った奴も、犯ってねえ奴も、もう一回ぐらい手ェつけとけ』

と、男たちがぞろぞろと立ち上がり少女達に群がり始める。ギンたちは勢いよく扉を蹴り破り、突入する。

「……ダンナ方…人としてやっちゃあイケネエ事がある。……解りやすかい?」

ギンは剣をすでに抜いており、肩に当てている。サングラスで隠してはいるが、その瞳には憎悪が込められ、青筋が数本浮かび上がっていた。
しかし、ならず者達は動きを止めることをせず、何かの冗談だと思っているらしかった。
男が一人、笑いながらギンに近寄ろうとする。が、そのヘラヘラした態度にトウキチが完全に怒り、胴体から横一文字に切り裂かれる。

「テメエ等ァ!!今の俺等は怒りが頭のてっぺんまで来てるんじゃ!これ以上舐めたマネしくさったら、その脳天ごと御天道さんの所までぶっ飛ばすぞゴルァァ!!」

元から凄みのある顔がより一層厳つくなり、それを見たならず者達はようやくギン達が侵入者であることに気付き武器を取ろうとし始める。

「今更気ィ付いても遅いわ!!テメエ等全員、五体満足で逝けると思うなァ!!!」
「……『道』を『外す』と書いてこれを『外道』と読む……そいつァ、アンタ等のことだ!!」

ギンが剣をゆっくりと肩から下ろし、構える。男たちは今まで犯し続けていたツケが来たのか、腰が立たず、足元がふらつく者が多く、未だに戦える状態ではなかった。

『全員仲良く……十万億土を踏みやがれ』

ギンとトウキチは二手に分かれて一斉に踏み出す。室内はまさに阿鼻叫喚の地獄と化した。
トウキチはまず近くにいたロメリエと呼ばれた少女に近寄り、ならず者達を大剣で屠って行く。何人かのならず者が斬りかかったが、容赦無い一撃の下に吹き飛ぶ。

「オラァ!!死ぬ覚悟が出来た奴からかかって来いやァ!!このお嬢さんに指一本でも触れて見ぃ……そん時は腕が体とサヨナラするだけじゃ済まねえぞ!!」

鬼のような形相と、返り血が相乗効果を生み出し、周囲のならず者達は近づくことすら躊躇っていた。

ギンは一番奥で倒れていた銀髪の少女の下へと駆け寄る。当然、何人かが間に入ったが、全てを一人一撃で葬った。

『テ、テメエ等!!相手はたったの二人だ!!ここで奪われたらハイウェイマンズギルドの面汚しだぞ!!』
『そ、そうだ!!おめえ等!一斉にかかれ!!女共を取り返せ〜〜〜〜!!』

掛け声と共にならず者は奮起し、30人以上が一斉に二人に襲い掛かる。
が、数は圧倒的に有利でも実力においてはギン達の方が上で、その無謀な突撃はあっさりと打ち破られる。
さすがに危機感を覚えたのか何人かが援軍を呼びに部屋を出ようとするが、扉を出る前にトウキチによって阻止された。

「……これで、終わりですかい?」とギンが殺気の篭る冷たい目でならず者達を睨みつける。
二人の驚異的な強さを目の当たりにしたならず者達は恐怖で足がすくみ、逃げ出すことすら出来なかった。
仮に逃げ出したとしても扉の前にはトウキチがいる為、部屋から出ることすら容易ではなくなっていた。

『じゃあ、攻守交替だ……次は、あっしらから行きやすぜ!?』

再びならず者達の絶叫が響く。用心の為に防音加工した隠し扉が仇となり、外のならず者がこの惨劇に気付くことはなかった。

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「ほ、本当だ!信じてくれ!!オレは嘘は言ってねえ!!」

ならず者達の死体が散乱する部屋で唯一生き残った――故意に生かしたのだが――男がトウキチに拷問を受けていた。

トウキチはギンより情報収集が上手く、『兄貴』が生きていた頃も、情報収集役はトウキチが行っていた。
尋問や拷問においても成果が高く――トウキチ曰く、『究極の二択』を使えば大抵落ちる――今回もトウキチに任せていたのだ。

不運続きの連続だったが、ようやく天使が手を差し伸べてくれたらしい…尋問した男がヴァルガーの居場所を知っていると吐いたのだ。
男の話では、ヴァルガーは数日前に龍神の迷宮を出ており、迷宮から少し離れた洞窟に拠点を移したと言うのだ。

「ヴァルガーは居ねえ。お嬢も居ねえ……クソッ、何てことだ」とトウキチは床に拳を叩き付けた。

「だが、居場所を知ることが出来た…今はそれでいいじゃねえか。それより問題はこのお嬢さん方だ」

ギン達によりエレシュ、ロメリエ、フェリルを助け出すことはできたが、ロメリエはギンたちに怯え、エレシュは何が起きたのか分からず混乱していた。
しかも最悪なことに、フェリルにいたっては何の反応すら示さない状態であった。

「お嬢の身も心配だが、このお嬢さん方を放って置くわけにもいかねぇ。一先ず、上に戻るぞ」

ギンは、ならず者たちが言っていた『運び屋』の事を思い出し、ならず者の捕虜と少女たちを連れて地上に戻ろうとした。

『オイラは陽気な運び屋さん♪運び続けて十数年♪アイテム、魔物に人間、死体。金さえ貰えりゃ何でも運ぶ♪今日も元気に運び屋日和♪オイラは最高の運び屋さ〜♪」

扉の奥から変な歌声が聞こえる。ギンはフェリルを抱えて立とうとしたが、腹部に激しい痛みを感じ、それを見たトウキチが駆け寄る。

「おい、ギン!どうした!……お前ェ、血が!?」
「ヘッ、こんなもん大した事ねぇ……ただのカスリ傷だッ」

あの乱戦時に致命傷にはならなかったが、少々深い傷を負い、トウキチに心配をかけまいと気力だけで出血を少量に留めていた。
だが、ギンの出血は酷く、いつ倒れてもおかしくはなかった。

『オラ、ブタ共〜。女共の引き取りに来てやった………ぞぉ?…ってなんじゃコリャ〜〜〜〜!!』

扉が開き、23・4程の青年が入って来て、床一面血の海の部屋に驚く
しばらく呆然としていたが、ギン達と少女たちを見て、なにが起きたのかを考え、そして納得した。

「ハッハ〜。ナイト様のご登場って訳ッスか〜。よく見つけられましたね〜、此処」

トウキチはその挑発的な発言が気に食わなかったのか、大剣を抜く。これを見た青年は手を思いっきり振り慌てる。

「わ、わ、なんで怒るんすか〜〜!!……って〜、アリ?もしかして、そこの人、怪我してる?」

コロコロと表情を変えながら、ギンの怪我に気付く。ギンの傷口を診て少し考えていたが、ポンッと手をたたき口を開く。

「よし!!なぁなぁダンナ方、いっちょ取引といかないかい?」
「…取引?」
「そう、取引。俺がダンナ方と女共を街まで運ぶ。ダンナ方は俺の要求した金を支払う。簡単な『ギブ・アンド・テイク』サ〜」

確かに簡単な内容だ…ギンと思う。しかし、ギルドの人間がこうもアッサリと敵と捕らえた獲物を逃がすだろうか…と疑問も浮かぶ。
青年はギンの顔をチラッと見つめると、まるでギンの不安を見透かしたかのようにニヤリと笑う。

「だ〜ってさ、ここの連中ときたら人使い荒いし、給料は安いし、威張り散らして感じ悪いし、前から気に食わなかったんだよね〜」

と、青年は愚痴をこぼす。どうやら、青年はハイウェイマンズギルドに所属しているわけではなく、運び屋として雇われているだけのようだった。

「ったく、俺がいなかったらギルド運営の金が手に入ると思ってるんだか……とと、で、どうすんの?ダンナ方?」
「………額は」

「俺も悪人じゃないからね〜……良心的な値段でコレ位かな〜」青年は指を三本立てて、ヒラヒラと動かす。

「……三万?」
「いや、………30万か?」
「ブッブ〜、二人ともハ〜ズレ〜。300万だよ」

どこが良心的値段だ…とトウキチは呆れながら思う。だが、青年はニヤニヤしながら話を進める。

「俺は金さえ貰えりゃ何でも運ぶ『運び屋』だよ?ギルド裏切って人助け、しかも捕らえた女共も一緒に運ぶんだ。コレ位貰えないとね〜」
「な!?だからって300万は高ぇだろうが!!」
「…………250万だ」
「ギン!?」「ほほぉ!?」
「……250万で手を打ってやる。びた一文まける気は無ぇし、これ以上払う気も無ぇ…どうする?」

ギンは青年にニヤリと笑う。対して、青年も一瞬なにかを言おうとしたが止めて、同じようにニヤリと笑う。

「ハイハイ、商談成立。まぁ250万でもココの数倍貰えるからいいや。じゃ、早速出ようか」

青年はそう言って、親指で後ろを指差す。
ギンはフェリルを――お姫様抱っこで――抱え、トウキチはロメリエを――途中、暴れたので手こずったが――抱え、いつの間にか寝てしまっていたエレシュを背負う。
当然、先ほどまで尋問していたならず者も同行させられた。

青年が持っていた『魔除けの聖水』のお陰でモンスターに遭うことなく――ならず者達にも遭うことなく――五階層の階段までたどり着く。

「じゃ、一気に飛ぶよ〜〜ん」

青年は無邪気に言って、懐から『G』と彫られたコインを取り出し、階段脇にあった窪みに嵌める。
すると、機械が鈍い音立てて動き出し、一行の周りに銀色の魔方陣が浮かび上がる。
……その一瞬後には一行は『龍神の迷宮』の外に居た。太陽はもう茜色に染まっていた。
どうやら、転送装置になっていたようだ。転送装置があるとギンたちは聞いていたが、当然、見て感じたのは初めてである。

「便利っしょ〜?ギルド関係者オンリーに配られた魔法の転送コイン。実はコレ、裏面に数字があってそれを廻すことで階層まで指定できる優れ物!!」
「んな事ァどうでもいい!!ここは何処だ!!」

要らない説明にトウキチは苛立つ。一行が出た場所は迷宮の入り口ではなく違う場所に出たのだ。

「連れないな〜…ここは迷宮の『隠し入り口』…簡単にいうところの裏口だね。俺らはここから出入りしてんのさ。とと、あったあった」

青年は少々残念そうにトウキチに説明すると、奥へこ向かい、馬車を引き出してくる。

「ハイハイ乗って乗って〜!『グラッチェルニズ運搬』のご利用有難う御座います。目的地は首都でヨロシイですね?」

といきなりマニュアル通りと言う様な感じで喋りだす。
よくよく見ると、青年の目がネコの目の様な瞳をしており、腰には尻尾がベルトのように巻き付いていた。

「……アンタ、獣人だったのか?」とギンが聞く。

「ん〜?獣人っていうか……クォーター?まぁ、気にする事じゃないよ。ホラ、早く乗って」

青年は特に気にしている様子は無くあっさりと答え、ギンたちに早く馬車に乗るように促す。
最初に少女達を乗せ、捕虜、トウキチ、ギンの順に馬車に乗り込む。やはり、出血量が多いのかギンは乗る時に足元がふらついたが、トウキチに助けられる。

「街に着いたらちゃんと料金貰うからね〜……じゃ、しゅっぱ〜つ!!」

馬車が勢い良く走り出す。
ギンの傷に障らない程度に荒く無いがスピードのある走り方だった。

「(……お嬢……無事でいて下せぇ……時機に、あっしらが助けに行きやす……)」

馬車に揺られながら、捕らわれのアリスを想う……居場所は掴んだ…あとは助けに向かうだけ・・・と

「(………少し疲れたな…街に着くまで……一眠り…する、か……)」

馬車は夕日の中、首都を目指して静かにを描ける。





「……………あれ?グラッチェルニズってどっかで聞いたことある様な無い様な…?」


――――――――――――――――――――……続く…