『漢たちの仕事(仮)』


ディルニア…聖堂竜騎士団が在る街として有名だが、現在は様々なギルドが栄える街として有名な大都市。
ギンたち一行が到着したのは太陽が真上に昇る昼時であった。

馬車が大通りをゆっくり進む…街は昼時という事もあり活気付いており、心地よい喧噪が響く。

「いや〜、やっぱり街ってのはいいね〜。賑やかでさ〜」

シルバが荷台の窓から顔を出しはしゃぐ…彼が魔界にいた時も大きな街は賑やかだったと語りだす。

「あまり暴れないで下せぇ、ダンナ。………と、ここだ」

馬車が街の中央にある教会の前で停まる。
ディレスティア大聖堂…このディルニアのシンボルにして、今回の目的地…聖堂竜騎士団の詰所。
ギンは助けた少女たちを、ここで警護してもらおうと思っていた。…が、ある人物の存在がトラブルを引き起こすとは思っていなかった。
トウキチを馬車に残し、ギンは少女たちを連れて教会の中へと入る。

「失礼しやす。ちょいとお話したい事があるんですが、団長さんはおりやすかい?」
「あ、はい。では、こちらで用件をお聞き致しますので…」
「いや、団長さんと直接話したいことなんですわ…取り次いでもらえやせんか?」
「しかし…団長は執務中ですので、お会いになるには…ちょっと…」
「そこを何とかお願いしやす。火急の用件ですんで…時間もそんなに取らせやせん」

受付の青年はギンを断りきれず、「少々お待ち下さい」と言って奥へ入っていった。

しばらくすると青年がもどり、ギンたちを大聖堂へと通した。そこには白い鎧を纏った騎士が数名、ギンたちを囲む形で立っていた。
おそらく、ボロを纏った少女たちを見た青年が、怪しい者が来た。とでも伝えたのだろう。
微妙に殺気立つ静けさの中、正面に立っていた騎士が口を開いた。

「このような面会ですまないが…貴様等は何者だ?」
「…いきなりの訪問の無礼はこちらにありやすが…人に名を聞く時はまず自分から…違いやすかい?」
「そうだったな…私はこの聖堂竜騎士団団長補佐、リアド・ギルディンだ。団長殿は執務中なので、私が用件を聞こう」

リアドと名乗る男がフルフェイスの兜を取り、素顔を晒す。右頬に大きな切り傷があり、凄みのある顔をしていた。

「あっしは、ギン・トオミネと申しやす」
「ふむ、そちらの者は…名は?」

リアドはギンの後ろにいたシルバを指差す。シルバは一歩前に出て……答えた。

「私はシルバ・ランフィス。…「元」魔王だ」

ギンは思わず頭を抱える…穏便に事を進めようとした矢先にシルバがキッパリと「元」魔王であることを告げた。
この答えに聖堂内はざわつき、一瞬後には一気に殺気が膨れ上がり、その場に居た騎士全員が剣を抜く。
当たり前である。『龍神』を奉る教会に敵となる『魔王』がいきなり現れたのだから。

「ダ、ダンナ…なんで本性を言っちまうんですかぃ…」
「ん?…まぁ、隠したって得することでも無かろうし…それになんか、アイツの態度が気に食わなかったし…あと、面白そうだから」

思わずギンは天を仰ぐ…最後の「面白そう」は流石に予想できない…
しかし、このような圧倒的不利な状況にも楽しそうに振舞うこの魔王は恐れを知らない愚か者にも見えてくる。

「何の目的でここへ来たかは知らんが、無事にここから出られると思うな!!」

『なにを騒いでいる!!!』

騎士たちが一斉に斬りかかろうとした時、聖堂内に一つの声が響き、全ての騎士達が動きを止めた。
奥の扉から一人の騎士が立っていた。他の騎士とは違い、白ではなく白銀の鎧を着けていることから、この物が騎士団長である事が判る

「聖堂内が騒がしいと思って来てみれば…この騒ぎは一体なんだ!?」
「は…ハッ、実は『魔王』を名乗る男が居りまして……」

リアドが団長らしき者に事の説明をし、シルバの前へと歩み寄る…しかし、殺気立ってはおらず、逆に平静としていた。

「確かに…この魔力の量は普通では考えられんな…」
「ほほぉ、私の魔力を感じるのか。人間にしては珍しい逸材のようだな」

互いにそれ以上近寄ることもせず、何かをする訳でもなく、ただ一言二言交わすだけだった。
他の騎士はといえば、団長の身の危険を案じてか剣の柄から手を離さず、ギンはただ、二人を見守り続けた。

「何の理由かは知らんが、ここは貴様の居るべき場所ではない。即刻、立ち去ってもらおう」

騎士はただ一言、立ち去れと言い、踵を返す。シルバはわずかに口元を緩ませ、ギン達を指差す。

「まぁ、確かにそうだが…後ろの連中は勘弁してくれ。こいつ等はアンタに会いに来たんだからサ」
「ダ、ダンナ!?」
「と、あとこの国と周辺諸国の地図を貰えないかね?それさえ貰えれば、大人しく出て行きましょう?」

シルバは物言いたげなギンを静止し、条件を突きつける。
騎士は意外そうな雰囲気だったが、声一つ変える事無く、再びシルバと向き合う

「…地図と交換で出て行くと……その言葉に偽りは無いな?」
「無い無い。私は得にならないウソはつかない性質でね。地図さえ貰えれば、私は諸君の前から立ち去る…これで異論はないだろう?」
「……ふっ、面白い男だ…よかろう。誰か!地図を用意してやれ!………これで取引は成立。魔王とは変わった生き物なのだな」

聖堂内が再びざわめき立つ。騎士達の中には異論を唱えるものも居たが、結論は変わらず。しばらくして、地図を持った騎士が現れる。
シルバは5つの地図を受け取り、大鎌デスサイズを取り出す。コレに反応した騎士達は再び剣を抜き、万事に備える。

「ダ、ダンナ…本当に行っちまうんですかい?」
「……もともと、地図さえ貰えれば気ままな一人旅を再開するつもりだったからね。言っただろ?街まで同行させてもらうって」

シルバはデスサイズをグルンと回す。すると、振り回した空間が真っ黒な裂け目を作り出す。

「まぁ、短い間だったが、それなりに楽しめた。人間はやっぱりいいものだな」
「……またいづれ、逢うこともありやしょう。その時は、酒でも飲みやしょうや」
「そうだな……運がよければ…な。…………では諸君、『ほな、バイナラ』…なんてな」

シルバが手を振りながら、笑顔で裂け目に入ってく。その手まで吸い込まれた瞬間、その裂け目は跡形も無く消えうせた…静寂が蘇る。
ギンの脳裏に、今は亡きリュウジ・バンドウの声が蘇る。
彼は生前、よく『ほな、バイナラ』と言っていたのを思い出し、妙な悲しみを感じさせていた。

「……さて、魔王は去った!これで脅威は無かろう!!他の者は速やかに通常任務に戻れ!!」

呆然としていた騎士達がばらばらと聖堂から出て行く…何人かはギン達を危険視していたが、命令に逆らえずに出て行く。

「さて、あなた達は私に用があると、あの男が言っていたが……用件を聞こうか」

静かになった聖堂内で騎士が口を開く。後ろにはリアドが控えていた。

「その前に、ダンナの顔と名前を教えて頂けやすかい?…と、あっしはギン・トオミネ。ただの傭兵でさぁ」
「キ、貴様!団長殿になんという口の聞き方を!!」
「よい!!確かに、このままでは失礼だったな………だが、残念だが私は『ダンナ』と呼ばれるには相応しくないぞ?」

騎士はそう言い、フルフェイスの兜を脱ぎ取る。そこには黒髪の似合う美しい美女の顔があった。

「私は、この聖堂竜騎士団団長及び、ディルニア治安維持部隊総司令、レオーネ・ゾルダインだ」
「お、女の方でした…コイツァ…なんとも…失礼いたしやした」
「いや、気にすることは無い。で、用件は」

ギンは後ろに居たフィーネ達をリオーネに紹介し、事の説明をした。
話を聞いたレオーネとリアドは顔を合わせ、なにやら神妙な感じがしたが、すぐにその返答が得られた……が、

「すまないが……今は、無事に警護できるだけの人員を割けそうに無い」
「今は…ってこたぁ、ソイツが解決すれば、お嬢さん方を護って頂けると?」
「団長、ここは私が説明を……」

リアドが話に入り、説明を始める。

「実は先日、ある商人が殺されるという事件が発生したのだ。それも、その商人は奴隷商人で、積荷となっていた少女はこちらで
 保護した」
「先が見えやせんね…それの何が問題なんで?」
「まぁ、最後まで聞きたまえ。殺された商人を調べたところ、娯楽ギルドの主、バーク・ゴールドマンと繋がっている事が判明した」

ゴールドマンとは、ディルニアでカジノや見世物小屋などの娯楽ギルドを束ねる街一番の富豪である。
しかし、その裏では人身売買や、裏取引、敵国との情報及び武具の取引を行う闇商人であった。

「が、ゴールドマンはこれを否定し、さらに。暗殺者からの殺人予告まで出されている。我々としては、この両者を捕らえ、
 ゴールドマンからは闇取引のルートを洗い浚い白状してもらい、これを潰したい…と考えている」
「なるほど…ね。それで人員を割けねえってことですかい…」
「そこで、取引をしないか?」

レオーネが手を組んでギンに話しかける。彼女は、ギンが助け出した少女達が囮に使えるのでは…と考えていたのだ。

「な!危険だ!それに、下手すりゃ、お嬢さん方の身が危ねえ!!」
「危険の無い賭けなどありません…それに、これが成功すれば、お嬢さん方をこちらで保護し、我々としても闇ルートを叩くチャンス
 となる。こちらで助けた少女にも協力してもらうことになっている。あなた方が断れば、当初の予定に戻すだけのこと…」
「くっ……」



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トウキチは一人、教会の中で馬車の番をしていた。
しかし、ただギンたちを待っているのではなく、フィーネ達用の服や今後の旅の食料調達、アリスに関する情報収集などを行っていた。

「…お?出てきたな」

少々影の暗いギンたちに少し焦りを覚え、さらに、シルバが居ないことにも疑問を覚えた。

「ギ、ギン…どうしたんだ?」
「トウキチ、出る準備をしろ。……詳しくは移動中に話す」

と、トウキチが馬車を動かそうとしたときであった……

『ちょっといいかね?そこの旅の御仁』

一人の恰幅の言い男が声をかけてきた。指には宝石のついたゴツイ指輪を全ての指にしており、いかにも富豪である、と言った格好だった。
男は、バーク・ゴールドマンと名乗った。

「で、そのゴールドマンさんが…あっしらに何用で?」
「ふむ、見た所、お二人とも傭兵とお見受けするが。ちょっと困ったことがありましてな。腕の立つ御仁を探しておった所なんです」
「困りごとですかい?そいつぁ難儀ですなぁ」

トウキチは疑問を持った。
ギンはいかにも「金持ちです」と言う様な男は嫌いで、「出る準備をしろ」と言って置きながら嫌いな筈の男の話を聞いている。

「お、オイ、ギン。こんあオッサン放っておいてさっさと…」
「…………いいでしょう」
「ギ、ギン!?」「おお!本当ですか!!」

さらに、トウキチの予想に反して、ギンはその話を受け入れた。
トウキチは疑問を持たずにはいられなかった…いなくなったシルバ、嫌いな相手の誘いを受けるギン、一緒に出てきた見知らぬ少女、
何も語らなくなった少女達……
まるで自分だけ仲間外れにされたような疎外感を感じていた。

「では、ご案内します。こちらです。ドウゾ…」

こうして、ギンたちはゴールドマンの屋敷へと招かれた…


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ギンたちがゴールドマンの屋敷へ向かった直後……彼等を見守るかの様に教会の時計塔に不穏な影が現れる…

「…フフッ…臭う…臭うよぉ〜。醜いブタの臭いがプンプンしてる…」

だんだんと陽が傾き始める…黒い服を纏っている所為か、徐々に影に隠れ始める・・・

「にはは〜ッ。悪いブタはみ〜んな…地獄に落として、あげちゃうよ〜〜〜」


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ゴールドマンの屋敷に到達したのは夕方を少し過ぎたくらいだった。
一向は別々の部屋が用意され――ギンとトウキチは同じ部屋で、少女達は少し離れた部屋に案内された――ギンとトウキチは
少し早い夕食後、ゴールドマンから仕事の話を出された。

「…つまり、ゴールドマンさんの身辺警備・・・ということで?」
「うむ、騎士団の連中は私が闇商人に通じてると思ってるらしく、警護を引き受けてくれなくてな…全く、人の命を何だと思ってるのか…」
「殺人予告が誰かの悪戯ってこともありえやすからね…まぁ、あっしらを雇ったダン…ゴールドマンさんは幸せですよ」

トウキチは、一瞬のギンの言葉の変化を聞き逃さなかった。
大抵、ギンは人…特に雇い主は「さん」付けで呼ぶことは滅多に無い。
それを、ゴールドマンに限り「さん」付け、しかも、一瞬「ダンナ」と言いかけて気付かれない様に「さん」付けに戻したのだ。
何か裏がある――トウキチは、長年付き合ってきたギンの微妙な変化にさらに疑問を抱いた。

「では、あっしらはこれで。準備が終わり次第、仕事にかかりやすんで…」
「そうか?じゃあ、よろしく頼むよ」

ギンはそう言って一礼して部屋を後にする。トウキチも同じように後を追った。


「………フッ、フッフッフ…ハハハハハハハ!!」

一人となった部屋でゴールドマンは笑いながら本棚に手をかけ、一冊の本を引き出す。
すると、本棚が動き、そこから隠し階段が現れ、ゴールドマンは地下へと降りる。

――なんとも、今日はいい日だ…望んでいた奴隷が五人も手に入るとは…悪事の神というものが居たら礼を言いたい位だな…

地下には、暗い玄室と同じような部屋がいくつもあり、中には獣人やエルフの少女たちが怯えていた…それも、裸で…

――あのギルドの連中はよくやっているようだ…半魔の女は手に入れたも同然。あとは半人魚と純潔のエルフ、それにダークエルフか…

ゴールドマンが一つの玄室のドアを開ける…そこには、ラーフともう一人の少女、キャティが倒れていた。

――それにキャティまで手に入るとは…一度は諦めていたんだがな。全く、笑いが止まらんわ!!
――このままなら、娼館完成に時間はかからんな…ククク、騎士団の連中には適当にとぼけて居れば問題は無い…証拠も何も無いのだ。

「フッフッフッフ、さてさて、楽しみの為に風呂でも入って時間でも潰すかね」

ゴールドマンは二人の意識が無いのを確認して、上の部屋へと戻っていった……


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「ギン!どういうことだか説明しろ!これは一体なんの真似だ!?シルバのダンナは!?あの赤髪の娘は!?」

部屋へ戻ると、トウキチがものすごい剣幕でギンを質問攻めにしていた。
しかし、ギンは冷静に例の分厚い奴隷帳簿を読んでいた…

「まぁ、落ち着けや。頃合も丁度いいだろう…今回の仕事の最初から説明するから、よく聞け」

ギンは荒れるトウキチをなだめるかの様に説明を始める…それを聞いたトウキチはすっかり落ち着きを取り戻し、複雑な顔をしていた。

「そうやったんか…だが、なんでそんな危険な賭けを受けたんだ?お前らしくねぇ…」
「ああ…実はな。こいつぁ、フィーネお嬢さんが決めたことだ」
「あの嬢さんが!?何でまた!?」



『危険の無い賭けなどありません…それに、これが成功すれば、お嬢さん方をこちらで保護し、我々としても闇ルートを叩くチャンス
 となる。こちらで助けた少女にも協力してもらうことになっている。あなた方が断れば、当初の予定に戻すだけのこと…』
『くっ……』

レオーネの取引にギンは悩んだ。ここで受ければ、少女たちを危険な目に遭わせることになり、受けなければ、此処へ来た意味すら無くなる。
既にシルバが去った今となっては四人の少女を二人だけで護れるか、少し不安になっていた。

『やりましょう!!』

いきなりのフィーネの発言にギンは驚いた。しかし、そのフィーネの目には決意に似たものを秘めているのに気がつく。

『どの道、誰かが危険な目に遭うんです。それなら、協力し合って、最善の方法を考えた方がいいです!』
『しかし、お嬢…フィーネお嬢さん、下手すりゃ、二度と助からない事になるかもしれやせん!あっしは…賛成できねえ!!』
『でも私達も、いつまでも護って貰ってばかりではいられません。大丈夫ですよ、ラーフちゃんは修羅を取り戻したし、リリスさんも魔力
 が戻ってきてるって言ってますし、シズメさんだって剣が使えます。私だって微力ながら僧侶としてお手伝いできます。
 …それに…いざとなったら…またギンさん達が助けてくれる………でしょう?』

フィーネがギンに微笑みかける…強くなった…こんな短い間で、このお嬢さんはこんなにも強くなった…心の底でそう感じた。
リリス、ラーフ、シズメも同様に、その瞳に強い意志を宿していた。

『わかりやした…お嬢さん方の頼みだ!その取引、お引き受けしやしょう!!あっしも男だ!度胸みせやす!!』

こうして、今回の『仕事』が始まったのだ。



「なるほどな……そういうことやったのか………ギン?どないした?」

話を聞き終えたトウキチがギンの異変に気付いた。帳簿のある一ページを見て、その帳簿を持つ手が震えていた…

「トウキチ…俺らは厄介な間違いを犯していたのかも知れねぇ…」
「間違い?なんだ?さっぱりわからねえぞ?」

トウキチが帳簿を覗き込もうとすると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。『合図』であった。

「お嬢さん方…さすが冒険者ってとこだな…相棒、仕事だ」
「おうよ!へへ、お前に相棒って言われるの久しぶりだな」

二人が支度を済ませ、部屋を出ると、ある異変に気がついた。
人の気配がピタリと消えたのだ。屋敷の使用人の気配も全て。おかしいと思い、ゴールドマンの部屋へ向かおうとした時である。

『うわあああああぁぁぁぁ………』

ゴールドマンの叫び声が聞こえたのだ。二人は急いで部屋へと向かうと、そこには本棚の隠し扉が開きっぱなしになっていた。

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ゴールドマンは顔面蒼白となった。
隠し扉が開けっ放しになっており、気になって地下へ下りると……捕らえていたはずの女共が一人残らず居なくなっていたのだ。
当然、ラーフとキャティも居なくなっていた。
自分はなにか悪い夢でも見ているのか?…そんなことを思い頬を思いっきり抓るが、残るのは頬の痛みだけ…現実である。
何故?あの傭兵か?いや、使用人の報告では怪しい動きは無かった。では誰が?どうやって鍵を?疑問が次から次へと浮かぶ。

『おや?一体どうしたんです?ゴールドマンのダンナ?』
『ハッハァ〜。こりゃまた陰湿な地下室っすな〜。まるで、「龍神の迷宮」にあった玄室みてえだな〜』

ギンとトウキチの芝居がかった声が響く。ゴールドマンはさらに驚いた。

「き、貴様等、なんでここに…」
「無用心ですぜ?ダンナ。隠し扉はちゃんと『隠して』置かないとなぁ」
「そうですぜ〜。それにこんなちゃっちぃ鍵ならヘアピン程度でも開いちまいますよ〜」

ギンの後ろから少し明るい声が聞こえ、その姿を現す。…キャティだった。

「ここにいた女性はみんな外に逃がしたから、きっと今頃は聖堂騎士団の方々に保護されてると思うよ」

さらにトウキチの後ろからラーフとフィーネが姿を現す。ラーフの手には、愛刀「修羅」がしっかりと握られていた。

「そ、そんな馬鹿な……扉にはしっかりと鍵をかけたはずだ…なぜ、女共を逃がすことが出来るんだぁ…」

ゴールドマンはボロを出してるとは気付かず、よろよろと後ずさりする。そして、その後ろからも声が響いた。

「あら、まだ気付いてないのね。アナタの動きは全部わたしが見ていたのよ」

ゴールドマンの後ろから突然、リリスが現れる。その身には、あのシルバのマントを纏っていた。

実は、シルバのマントの裏には透明化の魔法生地が使われており、偶然それに気付いたリリスが隠密役を行っていたのだ。
つまり、館に着いてからずっと、彼女はゴールドマンの行動と会話を監視していたのだ。

「観念して大人しく自首なさい。そして、その罪を全て償えば、七角サマの御慈悲があるでしょう」

リリスの後ろからシズメが出てくる。シズメは全ての玄室の扉の開錠及び、拘束具の破壊を請け負っていた。

「く、クソッ!キサマ等全員、騎士団の犬だったのか!!」

事の重大さにようやく気がついたのか、ゴールドマンは逆ギレにも似た開き直りを見せていた。
しかし、やはり諦めていないのか、リリスとシズメの脇をその体格に似合わぬ猛ダッシュで通り抜ける。

「こんなところで、ここまで来て捕まってたまるか!!」

一番奥の突き当たり…一見すればただの壁にしか見えなかったが、ゴールドマンは体をピッタリとくっつけると、グルリと壁が反転した。



その先には部屋が一つあり、そこには金庫が六つほど重なっており、さらに、宝石や価値のある武具の入った箱がいくつも積まれていた。

「鬼ごっこは終わりですかい?ダンナ?」

いきなりのギンの声にゴールドマンは驚き、声のほうへ振り返る。しかし、そこには誰も居なかった。

「ほれ、どっち向いてんだい?こっちだこっち」

反対方向から次はトウキチの声が聞こえた…が、やはり、その先には誰も居なかった。

「ダンナ〜?」
「どうしました?こっちですよ?」
「どっちむいてんのさ?ここだよ」
「まだ気付かないの?こっちよ」
「ここですよ?」

順に、キャティ、フィーネ、ラーフ、リリス、シズメの声が響く…が、やはりどこにも姿は見えなかった。
この不可解な現象にゴールドマンは気が動転し、急いで部屋をあとにした。

「…ありゃりゃ?ちょいとイジメ過ぎたかなかな?」

ゴールドマンが部屋を飛び出した後、一人の少女が姿を現す…時計塔にいた黒衣の少女だった…

「ま、いっか〜。闇ルートがわかれば、あのブタは用済みだし〜…それまでのガッマン〜と」

黒衣の少女は再び、影に隠れ、部屋に静寂が戻った。



数分後、再びギンたちの一行の前にゴールドマンが現れ、自首をすると言ってきた。
直後、騎士団の部隊が館に入り、ゴールドマンとギルド関係者を捕らえた。
このゴールドマンの不可解な行動に少々の疑問は持ったが、この騒動は一件落着となる。

……時計の針が深夜1時の鐘を告げる…長引くであろうと思っていた捕物は約8時間でその幕を閉じた。

「それじゃ、ゴールドマン以下5名の重要参考人を留置場へと連行します………にゃはん」

護送馬車の騎手が、不可解な言動をしていた…という事を除いて………



騒動の一夜が明け、ギンとトウキチは大聖堂前に居た。騎士団は約束通り、少女たちの身柄の保護、及び護衛を申し出た。
そこで、最後の挨拶として、レオーネと少女たちが見送りをしてくれていたのだ。

「さて、ここでお別れでさぁ…なに、ハイウェイマンズギルドの連中も竜騎士団相手に喧嘩を売ろうとは思わんでしょう。
 安心して、養生してくだせぇ」
「あとは、騎士団の連中がお嬢さん方をしっかりと護ってくれやす。短い間でしたが、お嬢さん方を御護りできて光栄でさぁ!」

二人は辛そうな顔一つせず、笑顔で別れをすまそうと思っていた…しかし、またしても意外な一言が発せられた。

「あ、あの!……わたしも連れて行ってください!!」

声の主は…フィーネであった。

「い、今まで護って頂いた御礼もしたいですし…それに、お二人の旅のお手伝いも微力ながらさせて頂きたいと思って…」
「お嬢さん…しかし…」とトウキチがギンと目を合わせる。
「わかってます…危険な旅だって事は承知しているつもりです。今までだって…それに、今も頑張ってる方たちの手助けになるなら…」
「悪いが…お嬢さんを連れて行く訳にはいかねえ!!」

ギンの声にフィーネは少し驚く。が、すぐに話を続けようとするが、それもギンによって止められた。

「危険だと感じているなら…余計に連れていく訳にはいかねぇ。今回の『危険』は貞操の危険なんてもんじゃねえ…『命』の危険だ。
 ちゃんと回復しきってねえお嬢さんには荷が重過ぎる。……………それに……」

ギンは口に出そう言葉を一度飲み込もうとして…一息ついてから、その言葉を出した……

『それに…………足手まといの御守りは御免でさぁ……』

「……そ、そうですよね……わ、わたしなんかがついて行ったら…お邪魔…ですよね…そう…ですよね……」

フィーネはその目に涙を浮かばせ、大聖堂の奥へと走っていった。リリスとシズメがフィーネの後を追いかける。
その時の二人のギンに向ける視線が、なんとも痛く、悲しく、辛かった。

「行くぞ…トウキチ……」
「え!?け、けど…いいのか?これで」

ギンは馬車へと歩み、馬車に乗り込もうとして、顔をレオーネの方へと向けた。

「レオーネ団長殿……すみやせんが……後を頼みやす」
「し、失礼致しやす…」

レオーネは軽いため息一つ吐いて、手をヒラヒラと振り返した。
そうして、二人は、ディルニアの街を後にした………………首都を目指して……



ディレスティア大聖堂中庭………一際大きな木の下で、フィーネはただ…泣いていた。傍らにはリリスとシズメが慰めていた。

「まだ…泣いていたのか……」

レオーネが三人の元へと歩み寄る……

「あの男はああ言っていたが…あれは…」
「…わかって……います…」

レオーネは意外そうな顔をした。おそらく、足手まといと言われて本気で落ち込んでいると彼女は思っていたのだ。

「危険な旅だって事も……わかっています…でも、助けてもらったお礼を…どうしても…したくて……」
「ならば、今はしっかりと休め!その後、奴らを追いかければよかろう!?…私も協力する…休めないのなら…今は思いっきり、泣け」


直後、中庭に悲痛な想いが、涙とともに流れていった…………




――――――――――――――――――続く………


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   キャラクター及びその他の設定(説明&補足)


 レオーネ・ゾルダイン
ディルニアに拠点を置く『聖堂竜騎士団』の団長を務める25歳の女性。
『白竜将』の異名を持つディアーナと年齢が近いせいか、仲がいい。当然、彼女にとって『行き遅れ』はタブーである。
当初、彼女も『龍神の迷宮』に挑む予定であったが、治安の悪化が著しく、参加を断念している。


 リアド・ギルディン
『聖堂竜騎士団』に所属する34歳の男性。
団長補佐を任されており、任務を忠実にこなすが、その少し気の障る態度と言動から他の騎士達から嫌われがち
右の頬に大きな切り傷があり、戦争に参加したときについた傷らしい。
余談だが、レオーネに『行き遅れ』発言をした犠牲者第一号。頬の傷はその時の傷だとのもっぱらの噂である。


 バーク・ゴールドマン
ディルニアにある娯楽ギルドのマスター。
カジノ運営や見世物小屋などでそれなりの利益を得ているが、その裏で人身売買や敵国との違法取引、非合法な娼館の運営など、
利益の為に違法な事にも平気で手を染める根っからの悪人。
異種族を集めた娼館を作ろうとしていたらしいが、騎士団の計略と暗殺者の仕業によりパニックに陥り、後に全ての容疑を認め自首。
だが、数日後、留置場にて何者かに暗殺されるのを発見される。