『漢たちの休息』


ギン達一行を乗せた馬車はリーデンの街に向かって走る。
首都の次に『龍神の迷宮』に近いリーデンの街には一日で着く……はずだった…。

「で、トウキチ…ここは一体何処だ?」
「ど、どこでやしょうねぇ……」

ギンは少し呆れた顔でトウキチに問う。トウキチは目を逸らし答えにならない答えを言うしかなかった
あのオークション会場の館のある森を抜けたが、脱出を急いでいて方角を確認するのを忘れた結果、今度は別の森に彷徨い込んでしまったのだ。
しかも、さっきの森よりもさらに深く、既に夜が更け、道が判らぬ以上は危険とギンは判断し、野宿することを決めた。

「すまねえ、お嬢さん方。ちょいと手違いがあったみてえで今日中には街に着きやせん…今晩は野宿で我慢してくだせぇ」

トウキチが申し訳なさそうにリリス達に言い、野宿の準備を始めた。
そんな中、フィーネは未だ癒えぬ男への恐怖と暗闇に怯えだす。

「ご安心下せぇ…お嬢さん方の御身は、あっしらが御守りいたしやす。だから、ごゆっくりお休み下さい」

ギンはカンテラを荷台の中に置き、震えるフィーネに優しく言った。フィーネは明るくなった空間に少し落ち着きを取り戻した。

「ところで……」

ラーフが修羅の手入れをしながら口を開く。ラーフはエルフの特殊能力「インフラビジョン」が使えるので、暗闇でも武具の手入れは可能なのだ。
修羅を取り戻したラーフは、少しずつではあったが、話す事が多くなっていた。が、彼女も男性恐怖症だった所為か、主にフィーネ達と話す事が多い。

「ここは一体……どこ?」

誰もが疑問に持ち、今、ギンたちが最も答えづらい質問をしてきた。

「それが…申し上げ難いんですが、どうやらあっしらはリーデンの街の逆方向に来ちまったみてえでして…」
「逆方向!?な、なんで?」
「申し訳ねぇ、俺がちゃんと方角を確認しなかったのが悪いんでさぁ。だから、ギンを責めないでやって下せぇ」

と薪を抱えながらトウキチが深々と頭を下げる。ラーフはちょっと間が悪そうな顔をしていた。

「ま、過ぎた事はしょうがないでしょ?幸い、川が近くにあるし、ちょっと進んだところに泉もあった。とりあえず水には困らないな」

とシルバが奥の茂みから出てきて言った。

「お嬢ちゃん達は泉で汗を流してくるといい。その間に私らで食料を調達しておくからさ」
「……いや、暗い夜道をお嬢さん達だけで歩かせる訳にはいかねえ。汗を流すのは飯の後にしやしょう」

ギンがサングラスを人差し指でクイッと上げながら言った。その声には少し覇気を帯びており、それは明らかに、シルバに向けられていた。
それに気付いたのか、シルバは引きつった笑いで、「そ、そうだな。そうしよう」と言ってトウキチが持ってきた薪に火を点けた。

「じゃあ、あっしとシルバの旦那で川の方に行ってみやす。トウキチ、お嬢さんの護衛、任せたぞ」

そういって、シルバの案内の元、二人は川へと食料調達へ行った。

……20分後、二人は数匹の川魚を手に戻った。静かではあったが少々遅めの夕食をとり、ギンは少女たちの護衛として、泉へと向かった。

最初はシルバが護衛役を買って出たが、ギンの覇気の篭る声と殺気を帯びた睨みで牽制され、渋々諦めたのは言うまでもない。



「では、あっしはここで見張りを務めさせていただきやす。なにかあったらすぐにお呼び下せぇ」

泉に着き、少女たちが衣服を脱ぎ始めると同時に近くにあった大きな岩に背を預ける。
水の音と共に、少女たちの明るい声が聞こえる。

「気持ち良い〜〜」とラーフが無邪気に泳ぎだし、
「…リリスさん…スタイルいいなぁ……(ジ〜っと自分の身体と見比べ)…ぁぅ、負けたかも……」
「なに言ってるのよ、フィーネだって結構あるじゃない」とリリスとフィーネはお互いのスタイルで盛り上がる。

「いいな〜、二人とも…私なんか微妙に膨らみだした位だし………えい!!」

とラーフはいきなりフィーネの胸を揉み始める。

「きゃあ!!ちょ、ちょっとラーフ、んっ…やぁ…ん、あ、だめぇ…あんっ」とフィーネはラーフの思わぬ愛撫攻撃に甘い声を出す。
「どれ………フィーネ…私よりちょっと大きいかも、それに腰だって細いし…」とリリスまでフィーネの愛撫に参加した。
「やん、あ、ちょっと二人…とも…あん、や、やめ……ンゥッ、はぁ…ああん」

フィーネはサンドイッチ状態でラーフとリリスの愛撫を受け、身体をくねらせる。


ギンは岩の後ろから、ジッと耐えていた。
思いもよらぬ、変態やならず者達が喜んで飛び付きそうな場面に遭遇しても、自分は護衛役…彼女らの安全を預かる身…故に覗くことも許されない。
しかし、やはりギンも男…股間には太くいきり立つ逸物がある、が…

「(いけねぇ…ダメだ…ここでお嬢さん方にこんな姿を見せたら、お嬢さん方から信用が得られねぇ…集中集中集中……)」

と、理性でその逸物を力ずくで押さえ込む…そんな中、シルバが居なくてよかったと思うギンであった。

10分後………苦悩の時間を終え、ギン達はトウキチ達のところへ戻った。


フィーネ達を馬車の荷台で休ませ、ギン達は交代で見張りを立てた。トウキチが見張り番に立つ中、シルバが口を開く。

「なぁ、ひとつ…聞いてもいいかな」
「なんでやすかい?」
「お前等二人の旅の理由……別に話したいなら無理に話さなくてもいいが…」
「まぁ、隠したって得する訳じゃ無し…お話しやしょう…」

旅の理由…思いつきと決心から生まれた終わりの見えぬ旅…アリスの救出……

「なるほどな…そのお嬢さんとの約束と死んだ仲間との約束を果たす為に…か。・・・ツラい、旅になりそうだな」
「いや、辛くはねぇ…ただ、その誓いはちと厄介なものを生み出してくるんでさぁ…」

と、ギンは弱くなる焚き火の炎を見つめる。

「因果なもんでさぁ…護りてぇと思ったら、全てを護りてぇっつう欲が出てきやがる…アリスのお嬢だけでなく、このお嬢さん方も…」

一つの誓いが想いとなり、その想いがとてつもなく大きい欲となる。ギンはそんな想いを背負い込んでいた。
その大きさにギンは少しずつ、焦りに似た感情に潰されかけようとしていた。そんな彼が、悲しく、小さく見えた。

「なら、護ればいい」

シルバの思わぬ答えにギンは顔を上げる。

「護りたいと思うなら護ればいい。なにを迷う必要がある」
「しかし、あっし一人では……全部を護りきるなんて…」
「一人で無理なら二人。それでもダメならもっと大勢で護れば良い。違うか?」

なんとも安直で、そして正しい答えだった。しかし、実現が難しい答えでもある。それをこの「元」魔王はキッパリと言ってきた。

「一つの願いが大きな欲になる。けっこうじゃないか。漢なら、その欲を丸ごと叶えて見せろ」

ギンの背負っていた重荷が崩れ始める。たった一人の単純な答えで…

『己のその仁義を・・・必ず突き通せ!・・・例えそれが崩れようとも、命張ってでも・・・取り返せ!・・・ええな!?』

『アンタ達が私を護ってくれるんでしょ?』

『このギン・トオミネ!七生を以って、その御身御守護を勤めさせていただきやす!!』

迷宮で力尽きた『兄貴』のセリフを、お嬢のセリフを、己の言ったセリフを……思い出す。

「ああ、そうだ…俺ぁ、まだ何も護りきってねえ……ダンナの言う通りだ。護りたいから護る。はっ、こんな単純な答えが出ねえたぁな」
「吹っ切れたようだな。さて、そろそろ交代の時間だな…」と、シルバが立ち上がる。
「今んとこ異常なしでさぁ。あ〜、喉渇いた〜」

と、トウキチが二人の所に来た…時である。

『助けてぇ〜〜〜〜〜〜』

叫び声が聞こえ、森の奥から黒髪の少女が飛び出してきたのだ。それも、裸で…

「た、助けて。お願いします…助けて…」
「お、お嬢さん、落ち着いて。トウキチ!とにかく、コイツを…」

ギンはシルバの持っていた漆黒のローブを裸の少女に着せ、事情を聞こうとしたが、なにかの気配を察知し、剣を取る。

「すでに囲まれてる……ふむ、20人強といったところか?…いや、もっと居るな…」とシルバもデスサイズを手に取る。
騒ぎで目を覚ましたラーフが馬車から顔を覗かせる。

「トウキチ、このお嬢さんを馬車の中に、お嬢さん方、敵襲です。ご用心を…」

と少女たちに注意を促すが、その気配を察知したのか、すでにラーフは修羅を手にしており、リリスは短剣を握っていた。
トウキチが黒髪の少女を馬車に避難させると、数人の男たちが姿を現した。

「おお?なんだテメエらは。んまぁいい、シズメを出しな!テメエらが匿ったのはもう解ってるんだ!」
「ヒヒッ、大人しく言う事聞きゃ命は助けてやるよ…ただ、そこの馬車の中の上玉どもは頂いていくがな!」

男たちが一斉に下卑た声で笑い出す。茂みの中や、木の上からも声が聞こえた。

「いやだ……と、言いやしたら?」
「へ、いい度胸じゃねえか…当然、野郎はいらねえから殺して、女はいただき…要するに死にたくなかったら女を寄こせってことだ」
「まぁ、安心しろや、テメエらの装備も女共も俺らが有効に使ってやるからよ……」

一人の男がギンの横を通り、馬車に手を掛けようとした瞬間、その男の両手が地面に落ちた。ギンが居合い術でたたっ斬ったのだ。
…男の絶叫が森に響く。

「て、テメエ!!いきなり何を!!」
「お嬢さん方は渡さねえし、命もやらねえ…どうしても欲しいってんなら……」

ギンは一度、剣を鞘に戻し、ゆっくりと構える。トウキチとシルバも男たちを威嚇するかのように構える。

「その命……捨てる覚悟で来なせぇ!!」

「おんどれぁ!!ここの通行料は高えぞ!!ただで通れる思うたら容赦ねえぞ!!!」

「命が惜しいなら逃げ帰るがいい!!惜しくなければ、その魂ごと我が喰ろうてやろう!!」

三人の怒声が響く、男たちはその覇気と殺気に怯み、出ることを躊躇した。

「か、か、構う事ねえ!!たった三人でこの数に勝てる訳がねえ!!やっちまえ〜〜〜〜〜!!!」

ならず者たちが一斉に襲い掛かる。三人は馬車を囲むような陣形で迎え撃つ。
数は多かったが、個々の能力は低く、ギンたちに敵うことなく、次々と屠られていった。

「な、なんだアイツら…む、むちゃくちゃ強ぇ…」

リーダー格の男は絶望した…、40人近く居た手勢が既に半分以下になっている現状を見て驚かずにはいられなかった。
しかし、上玉の女四人を目の前にして、諦めがつかなかった。………こうなったら奥の手だ。と男は茂みの影に隠れ馬車に近づく。


「どうしやした?もう終わりですかい?」

ギンは残った七人の男を睨む。ならず者達はすでに意気消沈としており、腰を抜かしている者もいた。
逃げるに逃げられず、刃向かうことすら怖くて出来ない彼らにとって最悪としかいえない現状だった。が、

「おっと!そこまでだ!!」
「きゃああ!!」

男の声と少女叫びが同時に響く。
隠れていたリーダー格の男が、もう一方の荷台の窓口からフィーネを引きずり出し、羽交い絞めにし、短剣を突き付ける。

「ハッハッハ!形勢逆転だな!!…おら、この女を殺されたくなかったら、武器を降ろしな!!」
「か、頭!!!!」

男たちに気力が戻る。この状態で、ギンたちが抵抗することは出来ないと踏んだのだ。……だが、ギンは構わず、男に歩み寄る。

「な、なにしてんだテメエ!!この女が死んでもいいのか!?」

男は焦り、もう一度フィーネに短剣を突き付け、ギンを威嚇する…が、やはりギンはそのまま近づく。

「殺す?出来る訳がねえ…せっかくの宝をてめェで落とす訳がねえ…そうでやしょう?」

一歩ずつ、歩幅は狭いが確実に近づく…男にとってはまさに死神が笑って近づいてくるように思えた。
しかも、殺気溢れる鬼のようなギンの睨みに気圧され、動くことすら出来なくなっていた。

「お嬢さんを手に掛けるつもりなら、あっしが動いた時点で出来た筈だ。が、隠れてお嬢さんを盾にする奴にそんな度胸がある訳無ェ…」
「う、うあぁああああ!!」

男が狂気からか、思いっきり短剣を振り上げる…が、ギンは力強く踏み込み、短剣を弾き飛ばす。
その衝撃で男は後ずさり、フィーネは開放されギンの腕に倒れこむ。

「もう二度と、護りてェ人を失いのは御免でさぁ……だから、負ける訳にも引く訳にもいかねぇ…」

「く、クソ!!覚えてやがれ〜〜〜〜!!」
「か、頭!?」「ま、待って下さい!頭〜〜〜〜!」

定番の捨てゼリフと共に去っていくならず者達。森に静寂が訪れた。

「すまねえ、お嬢さん…護るとか言っておきながら、危険な目に逢わせちまった。申し訳ねぇ…」

ギンは腕の中で震えるフィーネに謝罪した。しかし、フィーネから帰ってきたのは意外な答えだった。

「フィーネです……」
「……は?」
「私は『お嬢さん』じゃなくて『フィーネ』です…それに、ちゃんと私を助けてくれました。…だから、謝らないで下さい…」

ギンは静かに「ありがとうございやす」と言った。

その後、ならず者達を近くに埋葬してやり、血の跡の残る場所を離れ、泉の近くに再びキャンプを張り、黒髪の少女から事情を聞いた。
少女は名をシズメと言い、やはり、彼女も「ワイズマン討伐」に参加していた冒険者であった。

「…つまり、性奴隷として売られた先の貴族の家が、さっきの野郎共に襲われて、その貴族の命の代わりに差し出されて、…」
「連中のアジトに向かう最中に隙をついて逃げ出してこうなった…と」
「きっと、これも「七角サマ」のお導き…お助けいただき本当に感謝しております」と、シズメは深々と御辞儀をする。

「七角(ななつの)サマ」とは、シズメが戦巫女として仕えていた神社で奉っていた神の名である。

「まぁ、これも何かの縁でさぁ。お嬢さんの御身はあっしらがキッチリと御護りいたしやす」
「確か、この森の先にはディルニアの街がありやす。そこの騎士団の連中にお嬢さん方の警護をお願いしてみやしょう」

トウキチが地図を確認し次の行き先が決まった。ディルニア…様々なギルドの集う街…





朝日が昇る中、馬車は森を駆ける。

傷ついた少女たちは、少しずつではあったが、その心を癒していった。

漢は「元」魔王の助言で、また一つの決心をした。

新たな少女と、新たな想い……彼らの想いの行く末は光か、闇か…

馬車は駆ける。朝日が眩しく、行く道を照らし出す。



―――――――――――続く…