『漢たちの旅』


『龍神の迷宮』から離れたところにある森の中。ギンとトウキチは、トウキチの得た情報を元に森を突き進む。
その情報とは、『8つある奴隷オークションの会場の一つが『龍神の迷宮』付近の森の中にある』という内容だった。
しかし、森は意外に広く、探索を始めてから既に半日経っていたが一向に見つかる気配がなかった。

「トウキチ、その情報・・・本当に信用できるのか?」

ギンはやや不安そうにトウキチに聞いた。もしこの情報がデマなら、一日を丸々ムダにすることになるからだ。

「いや、そんな事ぁねえ。こいつァ、その会場要員ってヤツから直に聞いた情報だ。絶対にある!間違いねえ!!」

トウキチは街を出る前に、ハイウェイマンズギルドの「オークション係」という男を力ずくで尋問(拷問?)し、今回の情報を得たのだ。
男は右腕と歯を数本折られた上、大事な「タマ」まで削ぎ落とされる手前で観念して喋ったのだ。コレがデマならまず命の保障はないだろう。

それから歩くこと数分、二人の目前にこの森にとても不釣合いな大きな館が姿を現した。例の『会場』に着いたのだ。

「ほらビンゴォ!!な?あったろ?」
「ああ、やっぱりテメエは大したヤツだ!トウキチ!」

小声で、表情にも出さずに木の陰に隠れながら歓喜する男二人。しかし、安心しきってはいない。
館を見つけた瞬間に玄関らしき門に3人ほどの警備がいるのが見えた。瞬時の事とはいえ人数までハッキリ記憶しているのは流石である。
二人はそのまま木の陰に隠れつつ館の裏に回った。
裏口には馬車が4台ほどあるだけで、警備は誰もいなかった。おそらく、誰かに知られる事のない場所だから安心しているのだろう。
ギンが用心深く裏口に近づき、扉を開けるとそこには地下に続く階段があった。

「俺が先に潜って見てくる。お前ぇは馬車を一つ拝借していつでもズラかれるようにしておけ」
「そんな、俺も行くぜ、ギン!?」
「バカヤロウ、もしも二人で潜って、二人ともお陀仏じゃ漫才話にもなりゃしねぇ・・・いいな?」

ギンはそう言うと、トウキチを残し、静かに階段を下りて行った。


同時刻―――――――――森の館上空・・・・・・

ギンが地下への階段を下りると同時に、館の上空に『異変』が生じた。
まるで波紋が広がるかの様に空が歪み、その歪みの向こうからフードを被った1人の男が出てきた。

「・・・なんとも、変なところに出てきたな・・・。何処だ?ここは・・・」

男はそのまま「空を」しばらく歩きだす。その姿はまさに『異常』そのものであった。

『主、おそらくここはクルルミク王国領内上空かと思われます』

男の頭の中に声が響く。それは男が背負った大鎌から発せられていた。

「ふむ・・・ちょうどいい、あそこの館の者に少し話を聞こうか」

そう言い、空をまるで『階段を下りる』かの様に降り始める。

「それに、この波動・・・・・・まさか、な」


――――――――館、地下一階・・・・・・

「(さぁーて、ここまで潜り込めたは上々・・・こっから先は鬼が出るか蛇が出るか・・・)」

ギンは階段を下りた先にある小さな部屋に身を潜めていた。
内部構造を知らないのに下手に動き回るのは得策ではないと踏み、人の気配の無かったこの部屋に隠れたのだ。

「(しかし・・・解せねえな・・・)」

ギンは部屋に隠れてから、多少の不安を感じていた。

「(・・・人の気配がしやがらねえ・・・いや、居る事ぁ居るが、どういう事だ?)」

極端に人の気配が少なすぎた。奴隷の、それも元女冒険者の性奴隷となるとかなりの人数が集まる・・・はずであった。
にもかかわらず、館内部・・・少なくとも地下にはほとんど人の気配を感じられなかった。これがギンを不安にさせていたのだ。

「(仕方ねぇ・・・ちっとばかし動いて様子を探るか・・・)」

ギンは仕方なく探索を開始することを決め、小部屋から出ようとした時である。部屋のドアが開き、一人の男が入ってきた。

「「ッ!!?」」

思いっきり鉢合わせる形になってしまい、入ってきた男は急いでその場を離れ、声を上げようとした・・・が、

「動かねえ方が身の為ですぜ?ダンナ」

ギンは素早く抜刀し、その男の首筋に刃を突きつけた。男は恐怖し、ギンは落ち着きを取り戻した。

「さて、いくつか質問させて頂やすぜ。まず、ダンナは何者ですかい?」
「た、ただのギルドの『雑用係』だ・・・そういうアンタこそ何者だ?」
「質問するのはコッチでさぁ。ダンナは答えてくれるだけで結構」

ギンは『雑用係』の首筋に刃を密着させる。ヒヤリとする首筋に雑用係は生きた心地がしなかった。

「次に、人の気配があまりしねえのは何故ですかい?」
「い、今はセッティングの最中だ・・・オークションはいつも決まって夜になってからだ。だから今はそんなに人が居ない・・・」

男の言うように、「裏」のオークションは人目を避ける為に夜に行われる事が多い。
しかし、今は日が少し茜色に染まりだそうとしているだけで、夜になるまではまだ時間があった。

「(なるほど・・・これで人の気配が少ないことは納得だ・・・とくりゃ)・・・じゃあ、次だ」

剣を握る手に汗が滲み、力が入る。

「奴隷のお嬢さん方の居場所と、これまでの奴隷売買の帳簿・・・どこにあるか案内してもらいやしょうか」
「な!?そ、それはッ!!」
「おっと、あんまし大声出さないで下せぇ・・・それに、ダンナに拒否権は無いのをお忘れですかい?」

ギンは少し力を加える。一瞬、男の首筋に刃が当てられ、血が細い線となって浮かび上がる。

「わ、わかった。連れてく!案内するから!!」
「それでいい・・・それと、ダンナ・・・次に声を荒げたら、どうなっても知りやせんよ?」
『(クソォ、なんで俺にばっかりこんな不運が続くんだ〜〜〜!!)』

ギンは剣を雑用係の首に当てたまま、案内を受けた。男は逃げたくても逃れられない己の不運さを呪った。


雑用係の案内の下、ギンは長い廊下を通り――誰にも見つかることなく――鍵のかかった部屋へとやってきた。
それまで見てきた扉とは違い、多少豪華な造りのドアで、部屋の中はかなり広く、女性用の衣装と金庫が置いてあった。

「お嬢さん方が居ないようだが・・・?」
「だから、今は会場のセッティングの段階で、商品・・・いや、女たちそろそろ到着するはずだ」

雑用係は金庫を開け、その中から青と赤の二冊の厚いノートを取り出した。

「この赤いのが最近の帳簿だ・・・『龍神の迷宮』絡みの女どもは皆そっちに載ってる。青いのはそれ以前のだ」

雑用係はこれで解放されると思ったのか、声から恐れが消えていた。

「そうですかい・・・じゃあ、ダンナのお役目はこれで終わりだ」

ギンはそう言うと、剣の柄の部分で男の首を強打し気絶させ、赤い帳簿を持って部屋から出ようとした。・・・が、

「誰か居るの・・・・・・?」

今日は運が悪い・・・とギンは思っただろう。またも、部屋から出ようとした時に扉が開き、今度は少女と遭遇してしまった。

「だ、誰ッ・・・!!」
「チィッ!!」

少女が叫ぶのとほぼ同時にその身体にボディブローをかますギン。
剣はすでに鞘に納めており、右手には厚い帳簿を持っていたため、不本意ではあったが少女を殴り倒すしか方法が無かった。
気絶している少女を抱え――その姿に見覚えがあったが――急いでギンは部屋をあとにした。
しかし、その姿を別の者に見られ、地下に笛の音と怒声が響く。
だが、人が少ないという事が幸いしてか追っ手の人数は多くなく、その全員を倒すことが出来た。

来た道を順調に戻り、出口まであと少しというところでギンは足を止めた。
黒いローブを纏った何者かが道を塞ぐ形で立っていたのだ。
ギンは嫌な予感がした。『ソレ』から人の感覚がしない上に、先ほどの追っ手の比ではない位の殺気を放っていたからだ。

「どなたかは存じやせんが・・・道を開けて頂けやせんかねぇ?」
「貴方こそ、誰かは知らないけど私のリリスを何処に連れて行くつもり?」
「リリス?・・・そうか、『魔族狩り』のリリスか・・・道理でどっかで見たと思ったわけだ」

『魔族狩り』のリリス・・・彼女も、ワイズマン討伐に参加していた冒険者の一人だった。
しかし最近、彼女がギルドに捕まり、性奴隷として売られたこともギンは知っていた。

「それと、こいつぁあっしの勘ですがね・・・あんた・・・人の身じゃあ無えな?」
「そう思う理由とその根拠は?」
「勘の域は出やせんよ…ただね、するんですよ。あんたの体から得体の知れねえ…死臭と煮え滾った血のニオイが…」

二人の間の空気が張り詰め、沈黙が流れる…ほんの数秒のことだが、ギンにはその沈黙が永遠に続くような感覚に捉われた。
しかし、その沈黙は思いもよらぬ形で終わりを告げた。

『これはこれは…とんでもないヤツが地上に居たもんだ』

突如、二人しか居ない筈の部屋に何者かの声が響き、同時に天井が歪み、一人の男が現れたのだ。

「また…なんかややこしい事になりそうだな…」と思わずギンは呟いた。

「まぁ、そんなに気落ちするなよ人間。俺はお前を助けてやろうとしてるんだぜ?」
「そうですかぃ、だが、あっしも見ず知らずのダンナから助けてもらおうとは思ってやいませんので…」
「……話の腰を折って悪いけど、私からすればアナタの方が『とんでもないヤツ』と思うのだけど、違って?魔王シルバ?」
「いやいや、私は追放された身でね、もう魔王ではないのだよ。冥府の将ヘルよ」

ギンは自分の耳を疑った。それぞれを魔王だの冥府の将だのと呼び合う二人が目の前に居る。自分は頭がおかしくなったのか?と。
しかし、やはりその二人からは人のものではない『何か』をギンは感じていた。

「何をしている。早く行きたまえ、人間。こやつの相手は私がするから…」
「しかしダンナ…」
「じゃあ、ハッキリと言おうか?そんな荷物を持った君が居ても邪魔だと言っているんだ。だから早く行きたまえ」

確かに、今のギンは戦えるような状態ではなかった。
右腕にはリリスを抱え、左手には厚い帳簿を持っている。これで異様な者と戦うのは至難の業というよりも無謀だった。
シルバはそれを敢えて「邪魔」と言い、ギンを脱出させようとしたのだ。
しかし、ギンが動き出す前にヘルが行動を起こした。

「リリスは私の物だ。ここを出たくば、リリスを離して行け」

ヘルはいつの間にか、ギンの後ろに回り込んでいた。そして、その石のような腕をギン目掛けて振り下ろした。
だが、その腕はシルバによって防がれた。それも、片腕で。

「おいおい、私が相手をしてやると言うのに無視は良くないよ?」とシルバは不適な笑みを浮かべる。
「クゥッ・・・」

袖から見える細い腕に似合わず、石の腕を片手で受け止めるだけの腕力にヘルも驚愕を隠せないでいた。

「ホラホラ、いつまでもボサッとしてないでさっさと行った行った」とまるで、犬を遠ざけるかのように手を振る。
「ダンナ…申し訳ねぇ、恩に着やす。…ヘルとか言いやしたな?一つだけ言わせてもらいやすぜ?」

「人は『物(ブツ)』じゃねえ。人は『者(もの)』だ。このお嬢さんも例外じゃねえ…。次に同じ事を言ったら、斬り倒しやすぜ…」

ギンはヘルにそう言い放つと、出口の階段へと走り出した。

「オノレ、人間風情が!…ッ!!」
「おっと、何度も言わせるなよ?アンタの相手は私がする。それとも「元」魔王は相手には不足かい?」

「元」魔王と冥府の将が睨み合う。そして、徐々に互いの「気配」が広がり、異形同士の戦いが始まった。
お互いの力がぶつかり、凄まじいほどの衝撃が地下全体を揺らした。


ギンは振り返らず、ただ出口を目指して走り、階段をその勢いのまま駆け上った。
ようやく外に出たが、そこにも問題が待ち伏せていた。トオキチが5〜6人のならず者達に囲まれており、
トオキチは一台の馬車を背にしており、その近くには醜く太った商人らしい者が倒れていた。ギンはそいつが奴隷商人であろうと直感した。

おそらく、奴隷を運んできた商人がトオキチをギルドの者と勘違いして奴隷を中に入れと指示し、トオキチは奴が奴隷商人だとわかり、
殴りかかったのだろう・・・だが、それをならず者達に見つかり、今の状況になったのだろう。
だが、剣の腕がギンより劣るトオキチではまさに多勢に無勢であった。

「トオキチ!!」

ギンはそのまま走り出し、手前にいた男にタックルを当て吹き飛ばし、トオキチは飛んできた男の顔面に思いっきり『ヤクザキック』をかました。

「無事か、トオキチ!?」
「ギン!!遅ぇよ…お嬢は!?それに、そのお嬢さんは…?」
「話は後だ!とにかくここからズラかるぞ!!」

ギンはそう言うと、トオキチにリリスを預けて馬車に乗り込むように指示し、腰元から一つの黒い玉を取り出した。
それは以前、コトネという少女から買ったもので、「逃走にとても役に立つアイテム」らしい。
そして、その黒い玉をギンは思いっきり地面に叩きつけた……………瞬間だった。


強烈な閃光と破裂音が響き、異臭を放つ真っ白い煙が勢いよく噴出したのだ。ならず者達はのた打ち回り、ある者は目を押さえ、一人は耳を押さえていた。
この隙にギンは馬車に乗り込み、トオキチに馬車を出すように言った。

「それにしても、あのお嬢さん…なんつー道具を作ってるんだ…」

離れていく、未だに苦しんでいるならず者達を見て、ギンは小さく呟いた。
そして、馬車の隅のほうで怯える2つの存在に気がついた。やはり、それもギンは知った顔であった。
ラーフとフィーネ。彼女等もワイズマン討伐の為「龍神の迷宮」に挑んだ冒険者だった。

「こ、今度は何処に連れて行くつもりですか・・・」
「ご安心下せぇ、あっしらはハイウェイマンズギルドの者じゃねえ。お嬢さん方には危害を加えるつもりはございやせん」

とギンが1歩近づこうとすると・・・

「ウソ!ウソよ!!そうやって安心させて…また、私を犯すんでしょ?信じられない…男の人なんて、みんな…みんな……」

フィーネは身を強張らせ、一層怯える。
過去に姉を陵辱を目の当たりにし、さらに自らも数十人もの男から陵辱を受け、それがシンクロしてしまいパニックを起こしていた。
ギンは一度深く息を吐き、腰に刺していた短剣をフィーネの前に置いた。

「お嬢さんがあっしらが信用できねえのは解りやした。だから、こうしやしょう・・・もしも、あっしらがお嬢さんの身体に手を出したら、
そいつを、あっしらのこの身体に突き立てて下せえ」
「え?」
「それと、安全な所までの道中、お嬢さん方を狙う輩が出ねえとも限らねえ。その時は、この身を挺して、お嬢さん方を御護りいたしやす」

フィーネは理解できなかった。いままでどんなに拒絶しても、男たちは自分を貪り犯した。しかし、目の前の男はそれをせず、さらに
自分を「もしも」犯したら、目の前に置いた短剣を突き刺せと言い、さらには自分達を護るとも言ってきたのだ。

『お〜お〜、立派なこと言うじゃないの。いいねぇ、漢だねぇ』

いきなり響く声にトオキチは驚き、思わず馬車を止める。
馬車が止まると同時に、荷台の屋根がドスンと揺れ、一人の男がひょっこりと顔をだした。「元」魔王シルバだった。

「シルバの旦那・・・!?ご無事だったんですかい!?」
「当たり前よ。いや〜、おかげでいい運動ができたわ!それになんかアイツ、いきなり『興が失せた』とか言って消えるし。
まぁ大方、私に負けるのが悔しかったんだろうよ」

と笑い出すシルバ。ギン以外の三人は何が起きたのか解らず、呆然としていた。そして、気絶していたリリスも今の衝撃で目を覚ました。

「おっと、そこの四人には挨拶がまだだったな。私はシルバ・ランフィス。これでも魔王だ…と言っても『元』だがね」

と、今まで被っていたフードと取り、素顔を露わにする。
そこには美しい青みがかった長い銀髪に、到底、魔王とは思えぬ程の美しい顔があった。しかし、瞳は血のような深い赤、
エルフのように長くとがった耳が人間では無いことを証明していた。

「ま……お、う…?」と皆、信じられぬような顔をする中、一人だけ行動する者がいた。
……リリスだ。魔族を憎む彼女にとって、やはりシルバも例外ではなく、フィーネの前にあった短剣を手に襲い掛かった。…が、

「…・・・威勢がいいのは結構だが…今のお嬢さんじゃあ、その刃は私には届かないな…」
「…ッ、クゥ…」

リリスの突き出した短剣はシルバに届く前にピタリと動かなくなった。リリス自身も何かに縛られたように動けなくなった。

「さて、自己紹介はこれぐらいにして。これから先はどうするんだね?人間諸君?」
「あ…ああ、とりあえずこのお嬢さん方の安全の為に、リーデンの街に行くつもりだが…」

リーデンの街とは首都の次に「龍神の迷宮」に近い街で、首都近郊では最も治安がいい街だ。
そこにはガーディアンギルドという護衛専用ギルドがあるため、ギンはフィーネ達三人をここで降ろそうとおもっていたのだ。

「ふむ、じゃあ私も同行しようかな。実を言うと、来たばかりでこの国のことをよくわかっていないんだ」
「そうでやしたか。シルバの旦那が一緒ならあっしらとしても心強いでさぁ!おっと、あっしはギン。向こうがトウキチと申しやす」

と二人が握手しようとした時、リリスはようやく動けるようになり、短剣を手にしたまま座り込み、こう言った。

「どこに行ってもムダよ…あのヘルから、私は逃げ延びることなんて出来やしない…」

気落ちするリリスをシルバはじっと見つめ、背中に背負った大鎌を取り出した。

「ふむ、『制約の呪詛』か…また厄介なものを掛けられたな」
「そうよ、コレがある限り…私に自由は…」
「悲観するのはまだ早いよ。…デスサイズ。破言モードだ」

シルバがそう言うと、手にした大鎌が鈍く光り、刃の部分が微妙に変化した。

「なに、すぐに終わるさ。ちょっとの間、動かないでくれよ?」と大鎌を構えるシルバ。

「ふっ、確かに…死んでしまえば自由になれる、か。もう、それしか方法がないなら」とリリスは目を閉じた。

「ダ、ダンナ。一体何をするつもりですか!?」
「まあ、結果をとくとご覧あれっ……てな!!!」

シルバはリリスに大鎌を勢いよく振り下ろす。………が、

「………死んで…ない。生きてる!?」

リリスは斬られてはいなかった。それどころか切り傷一つなく、馬車にも傷ついた痕跡がなかった。

「コイツは『破言の鎌』と言ってな。その者に掛けられた魔法や呪いの類のみを斬り、取り除く鎌でね。
デスサイズはその能力を吸収しているのさ。しかも、人体、建造物やその他の物体には全く傷一つつかない優れものって訳だ」
「そ、それじゃあ…私は…」
「お嬢さんは、『制約の呪詛』から開放されて自由の身ってことさ」

リリスは諦めていた自由を取り戻し、思わず泣き出してしまった。
そして、今まで沈黙していたラーフまで、なぜかいきなり泣き始めてしまった。

「お、お嬢さん?い、一体どうしたんで?」
「この感覚…知ってる…そんな……修羅…もう、会えないと思ってたのに…」

修羅とは、ラーフが持っていた妖刀のことである。彼女は魔術師でありながら「修羅」を用いた接近戦を好んでおり、またラーフ自身、何故か「修羅」を
気にかけており、ならず者に捕らわれた際も、自分の身よりも「修羅」を大事にしたが、結局「修羅」は奪われ、彼女も性奴隷となってしまった。
その「修羅」の気配をラーフは感じ取っていたのだ。

「ああ…もしかして、この妖刀のことか?」

と、シルバはマントの中から、きらびやかな袋に入れられた一本の剣をとりだした。

「修羅〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「うおぁ〜〜〜〜!!」

ラーフは思いっきり剣目掛けて飛びつき、勢い余ってシルバごと押し倒した。

「生きてやすか?ダンナ。…ところでどうしたんです?この剣は」
「ああ、アイツが消えた後、ちょ〜っと館内を探検してたら、武器庫らしい部屋についてな。そこで思いっきり魔力を放出してたコイツをちょっと
失敬してきたのさ」
「……ダンナ…ソイツぁ、あんまり感心しねぇな」

ギンは片手で頭を軽く抑えながら溜息をついた。
そんな中、フィーネは一人、誰にも気付かれること無くわずかに微笑んだ。――この人達なら…少しは信じても…いいかな――と






馬車は走る。

傷ついた少女を乗せながら

少し陽気な「元」魔王を乗せながら

一人の少女の救出を心に誓った漢たちを乗せながら

馬車は走る………沈みゆく夕闇の中を……光灯る街を目指して……



―――――――――――――――――…続く


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 キャラクター及びその他の設定(説明&補足)

 シルバ・ランフィス
ある事情により魔界を追放された『元』魔王。性格は明るく、陽気。およそ魔族とは想像のつかない程「つかめない」性格の持ち主。
しかし、本気を出せば一国を一日で壊滅させられるほどの実力で、全魔力を一気に放出すれば(魔界の)大陸の半分を『消し飛ばす』ほどの力を持つ。
だが、実際に本気を出すことは滅多に無く、通常は魔神器『デスサイズ』を用いて戦う。が、実際、素手のみの戦闘能力も異常に高い。
魔王であった頃は天上界との不可侵条約、冥界との交友、魔界全土の掌握、魔界に迷い込んだ人間の保護、魔界における弱小勢力の保護などの人道的(?)政策を取り、
『聖魔王』と呼ばれていた。


 魔神器『デスサイズ』
魔界に伝わる四大神器の一つの大鎌。一見すると変哲の無いただの大鎌だが、他の武具を「吸収」することで変化、向上させる能力を持ち、現在、大鎌、刀、チェーンクロス
の三つの武具を取り込み、さらに『大鎌』については、魔界に存在する大鎌の全ての能力を吸収している。
また、「意識」を持っており、自らの意思で持ち主を選ぶ。選ばれた者が持つととても軽く扱いやすいが、それ以外の者が持つと、異常に重くなり、
どんな豪傑が数十人、数百人集まろうとも持ち上げることは不可能。
持ち主と『意識』内で会話をすることが出来、『意識』を主と交換することで人格(?)を外に出すことができる。(変わるのは人格と声だけで外見は変わらない)