『漢たちの想い』


『ドワーフの酒蔵亭』
昼夜を問わず賑わうこの酒場には多くの女冒険者が集まっていた。
しかし、此処が『女性専用酒場』というわけではなく、その証拠に、男性の客も結構多い。

そんな男性客の一人、ギン・トオミネは連れの男と共にテーブルに着いていた。
だが、その雰囲気は周囲とは異なり暗かった。
連れの男、トオキチ・ヨシダの持ってきた情報が、二人にとってとても信じたくない内容だったからだ。

「・・・・・・お嬢が!?」
「ああ・・・・・ヤられて・・・・・堕ちたって・・・」
「・・・・・お嬢・・・」
『お嬢』とは「黒騎士」アリスの事だ。
有名な「黒騎士団」の剣士で、今回のワイズマン討伐の有力候補だった彼女と「龍神の迷宮」へ挑む為のパーティを組み、
共に死線を潜り抜けた事があるのだ。

そんな彼女が、ハイウェイマンズギルドの手に落ち、陵辱され、性奴隷として何処かに売り飛ばされた。
短い間とはいえ彼女と関わり、苦楽を共にした二人には辛く、悲しいニュースだった。

「ギンよぉ・・・俺ぁ情けねえよ・・・お嬢を助けに行けなかった手前が、情けなくてよぉ・・・」
「言うな。・・・お嬢にも油断があった、敵も強かった・・・俺等には力が無かった・・・それだけだ」

ギンは泣くトウキチを慰めながらも、己を悔やんだ。
堅気な性格の彼らには「仲間」を救い出すことが出来なかったという事は、どんな事よりも辛く、悔やまれる事だった。
ならず者の巣食う場所で女冒険者が倒れればどんな末路を辿るか・・・容易に想像がつきながらも助けることの出来なかった
自分に、ギンは無力感を感じ、責め悔やんだ。

そんな中、二人の近くのテーブルに4人の男たちがやってきた。
風体からしてならず者であることが判る。

「それにしても惜しかったよな〜あの女」
「仕方ねえだろ。皆あのアリスって女とヤりたがってたんだ。一回でも犯せたんだからいいだろ?」
「いいよな〜。俺なんか握らせるだけだったぜ?」
「ああ!?それでもいいじゃねえか!俺なんか結局時間切れで姿すら見れなかったぜ!?」

ギン達はその会話に耳を疑った。
こんな酒場で、しかもアリスを犯した犯してないの話で盛り上がっているのだ。・・・・それも大声で。

「アイツ等ぁ!!!!」
「待て、トウキチ」
「止めるな!ギン!俺はアイツ等を・・・・・・・・・・・・・・・ギ、ギン?」
ギンは飛び出そうとするトウキチを抑えると、何も言わずに一人でならず者たちに近づく・・・剣を握り締めて。

「ちょいと・・・よろしいですかい・・・」
「ああ?なんだ、テメエは・・・・・・・・・・」
男がギンに顔を向けた瞬間・・・ギンの居合い斬りで男の首が吹き飛ぶ。

「テ、テメェ!いきなり何を!!」
「アンタ方は、言っちゃあイケネエ名前を口にしちまった・・・・・わかりやすかい?」
ギンは憎悪の篭った怒りの目で慌てる男たちを睨みつける。
先ほどの居合いとその睨みで蛇に睨まれた蛙のようにならず者たちは動くことが出来なかった。
「お、思い出した!テメエ、確かあのアリスと一緒に居た傭兵だな!?」
「へ、敵討ちのつもりか!?そんなことしたって・・・・」
「敵討ち?・・・・そんな事をしようとは思いやせんよ・・・・・」
そう言うとギンは再び剣を構える。その後ろからトウキチも同じように剣を抜き、構える。

「アンタ方は人として、漢としてやっちゃあイケネエ事をした。・・・今はそれで十分でさぁ!!!」
「テメエ等!!血の雨見とうなかったら・・・・・・・・いや、もう遅ぇ。逃げる奴にも容赦しねえ!!
キッチリ血飛沫あげて飛び散れやァ!!!!!」


事は10分と経たずに終わった・・・・近くに居たならず者の仲間が乱入してきたが、二人を止める事は出来ず、
酒場にいたならず者達は全員二人に屠られ、後には血の海に立つギンとトウキチの姿だけだった。

「すまねぇ・・・ペペの旦那。大事な店を汚しちまった・・・」
「客が減るのはいただけないが、ハイウェイマンズギルドの連中なら話は別だ。ま、気にするな」
店の亭主、ペペフォジチノがモップを手に片付けを始める。
二人も汚したお詫びとして手伝ったので、あっという間に片付いた。

その夜、ギンは『ある人』との会話を夢見た。

『ヘマ、踏んだな・・・・』
『何言ってんすか兄貴!大丈夫・・・急いで戻りゃきっと!』
『コイツを最後の仕事にして・・・故郷に戻るつもりだったが、・・・ここで終わりたぁな・・・』
『なに弱気な事言ってんすか!故郷のお子さん達に逢うんでやしょ!?なら・・・』
『ギンよぉ・・・もし・・・故郷に戻ったら、俺の髪を持って・・・ガキ共に言ってくれ。「テメエの親父は立派な漢だった」ってなぁ・・・』
『・・・・・・兄貴・・・・・』
『それと・・・あのお嬢さんの事、頼むな・・・負けん気も強えし、腕も立つが・・・・心が弱ぇ・・・だから、お前等がキッチリ護ってやれ』
『・・・・ハイ・・・』
『へ、泣くなや・・・ギン、俺の剣・・・お前にくれてやる。圧し折りやがったら、承知しねえからな・・・それと俺の死体は置いていけ・・・』
『そんな!兄貴!!』
『このままやったら、俺ぁ単なるお荷物や・・・・・・ええか、ギン。俺からの最後の言葉や・・・心して聞きぃや・・・』

『己のその仁義を・・・必ず突き通せ!・・・例えそれが崩れようとも、命張ってでも・・・取り返せ!・・・ええな!?』
『・・・・了解っす・・・』
『少し・・・・疲れた・・・・・・・・・・・後は・・・任せ、た・・・・・・・・・・』
『兄貴?・・・・・・・・・・・・・・ゆっくりと、お休み・・・下せえ・・・・』


「・・・・へ、まさか・・・夢の中で兄貴にまた教わるたぁな・・・」
『兄貴』とはアリスとPTを組んだ時に逝ったリュウジ・バンドウの事である。彼は迷宮探索時にならず者達の襲撃で命を落としたのだ。
「そうだ・・・俺はまだ手前の仁義を果たしてねえ!!」
ギンは剣を取り、トウキチを置いて部屋を後にしようとした・・・が
「1人でカッコつけようったってそうは行かねえぞ」
トウキチがベットから起き上がり、ギンを見つめる。その目はギンと同じ、決意を宿した目であった。
「それに、朝飯を食ってからでも遅くは無えだろ?腹が減ってはなんとやら、だ」
トウキチが窓を指す。外はうっすらと朝日を帯び、少しずつ明るくなっていた。

「ペペの旦那。一つ頼まれてくれやすかい?」
「お嬢・・・アリス嬢の登録用紙を見せて欲しいんだ。お願いしやす!ペペのダンナ!!」
朝食を終えた二人はカウンターで洗い物をしているペペにワイズマン討伐の登録用紙を見せて欲しいと頼んだ。
通常は貴族、または軍部の者のみに閲覧を許可しているが、ペペは二人の熱意に負けてアリスの用紙を見せた。
「あんた等には結構世話になったからな・・・ところで、あてはあるのかい?」
「はい、トウキチが競売会場を一つ見つけたんで、そこを当たったみやす」
「あんまり期待は出来やせんが、お嬢の情報でもありゃあ御の字ですわ」
と二人が『ドワーフの酒造亭』を後にし、街を出ようとした時である。
「ま、待って!…待ってください!!」
と二人の後ろから一人の少女が駆けて来た。その後ろからさらに三人の少女も駆けて来た。
ウィルカだ。その後ろから来たのはフランムとムーンストナ、マリルだった。
ウィルカ、フランム、ムーンストナはアリスがギン達と別れた後に組んだパーティメンバーである。

「もしかして、前にアリスちゃんとパーティを組んでた方達ですか?」
「そうでやすが・・・・確かお嬢さん方は、ウィルカさんにフランムさん、ムーンストナさん・・・でしたか?」
「うむ、いかにも。よく知っているな?」
フランムは少し顔をしかめた。面識の無い彼等が何故自分達を知っているのか?もしやハイウェイマンズギルドの者か?と思ったのだ。
ギン達は自分達が以前、アリスとパーティを組んだ者で、さっき見た登録リストで3人の名前を見て、それで覚えていた事を告げた。
フランムはようやく納得し、ウィルカが口を開いた。

「もしかして、アリスちゃんを助けに行くのですか?」
「ああ。俺等はお嬢を護ると誓った・・・例え『傭兵』としての契約が切れても、俺等は『俺等』としての誓いを果たしてねえ」
「じゃあ・・・じゃあ、私も一緒に!!」
とウィルカが腰に据えられた短刀を握り締めながら、強く懇願した。それは、アリスの持っていたカタナの柄の部分だとギンはすぐに判った。
自分達と同じく、短い間の冒険にも関わらず、ウィルカはアリスを助けたいと願っているということも感じていた。・・・だが。

「そいつぁいけやせん・・・」とギンはウィルカの願いを断った。
「な、何故ですか!?私では足手まといにですか!?」
ウィルカは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「いや、そうじゃありやせんよ。お嬢さんのお嬢を助けたい気持ちは痛いほどよく解りやす。ただ、お嬢さん方には『ワイズマン討伐』っつう
重要な任もありやす。ソイツはお嬢の願いでもあるんですぁ」
そう言い、ウィルカの両肩に手を置き、少し屈んでウィルカの顔を見た。

「どうか・・・お嬢の果たせなかった望みを、叶えてやっちゃあくれやせんか・・・」
ウィルカはギンのその真っ直ぐな眼差しと言葉に折れ、「・・・・はい」と小さく呟いた。その足元に涙が数滴零れた。
そして、二人は街を後にした。いつ終わるかも判らぬ、しかし、必ず終わらせると願い、旅路を行く。


「よいのか?あの二人にアリス殿救出の任を任せてしまっても・・・」
「大丈夫だよ、フランムちゃん・・・私は、あの人たちを信じる。だから・・・私たちも頑張ろう!!」
ウィルカは再び御守りの短刀を強く握り締め、メンバーに振り返る。その表情は先ほどとは一変、決意に満ちた強く、たくましい顔だった。
「(絶対に、ワイズマンを倒してみせる・・・みんなの為にも・・・アリスちゃんの為にも!!)」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一方、
「「カッコイイ〜〜〜〜〜〜」」
とムーンストナとマリルはギンの熱い姿に見とれ、呆けていた。
「ムーンストナぁ〜・・・?」
「マリルぅ〜〜〜・・・?」
と一度お互いの顔を見合わせ

『「「カッコイイ〜〜〜〜〜〜〜〜」」』とギンたちの後ろ姿を見続けていたとか、いないとか・・・・





―――――――――――続く・・・・・


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キャラクター及びその他の設定(補足&説明)

・ギン・トオミネ
一応、本作の主人公的存在。
東方の国出身で、ある組織に在籍していた。仁義を重んじる熱い人。言葉に少々(かなり?)クセがあるが、あまり気にする人が少ない。
当初はゴツイ鎧で全身を覆っていたが、アリスと「せっかくシブい顔してるんだから隠すな!」と言われ、フルフェイスの兜ではなく、
サングラスを着けるようになり、鎧は少し軽量化し動きやすくした。武器はカタナに似た片刃刀。
堅気な性格で、実直、言った言葉は決して曲げない、陵辱行為を嫌うなど、かなりの「漢(おとこ)」である。

・トウキチ・ヨシダ
ギンに付き従う傭兵仲間の重戦士。
ギンと同じく東方の国の出身で、組織も同じ。仁義を重んじるところも一緒だが、言葉はギンとは違いあまりクセは無い。
強面のせいか、ならず者と見られることも多いが、人情溢れる熱い男。また、涙もろい一面もある。
剣の腕はギンには及ばないが結構な使い手で情報収集能力も高い。

・リュウジ・バンドウ
故人。ギン、トウキチと同じく東方の国出身。二人の所属していた組織の幹部であったが、ある事件をきっかけに離反。傭兵に身を転ずる。
二人からは「兄貴」と呼ばれるが兄弟ではない。
故郷に妻と2人の子共がおり、ワイズマン討伐が終わり次第、傭兵家業から脱却、国元に戻るつもりだったが、ならず者たちの襲撃により帰らぬ人となる。
その亡骸は後に回収され、無事に家族の下へ戻ったという・・・