「……何をやっているんだ、ケルケー?」
「いやその……。」
「……もう無くすなよ?今度は所有の呪印をつけておいたからな。」
「あ……すいません。」

ケルケーに例のダガーを渡す。
クソ馬鹿にとられるわ、コソ泥に盗まれるわ(後で制裁しておいた)、今度は落とすわ。


「……注意力が鈍っているようだが、疲れているのか?」
「ええ。女冒険者に返り討ちにあって以来、体力的にまいってまして……。」

体力的?怪我が治りきってないというよりは、どちらかと言うと精神的に疲れているように見えるが。

「……そうか。」

ギルティウスを調査に出した以上、ギルド内で比較的使えるケルケーに任せようとも思っていたのだが、これでは無理そうだな……

「……仕方ない。ケルケー、ロゼッタがどこに居るか知らないか?」
「自分も知りません。クルルミクからは出て行って無いようですが。」
「……。さて、どうしたものか?」
「あの、死神様?」

少々、『白の騎士団』の話を効きたかったのだが仕方ない。
それにしても、売った後の保障までは出来ないというのに白の騎士団は何時の間にやら随分手ごわくなっている。
冥府の王は、この一件に一切干渉しないと断言した。
悔しいが、今の私が安定して使える手駒はこいつとギルティウスくらいだ。
ギルドボは、竜神の迷宮の外で大きく暴れていられるほど暇ではない。

「……やむをえん。ケルケー、私はしばらくの間『白の騎士団』を牽制する為に出る。流石に侮れないほど強大化しすぎたからな。」

あの『神魔の腹心』の言う事は、真に受けるわけには行かない。
そもそも、両親を殺したかつての敵に借りを作りたくない。

「えーと、それはつまり留守を守れと?」
「……そういう事だ。ギルドレベルも大分上がったし、大丈夫だと思うが気を抜かないようにな。」
「了解しました。」
「……では、行ってくる。」



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彼女の顔は見たことがあった。『白の騎士団』の救出目標リストに載っていた人物。

「魔族狩りのリリス?何でこんな所に?」

グラッセンの傭兵に混じっているのは、竜神の迷宮で捕まり、性奴として売られたはずの女性であった。
しかし、『白の騎士団』の持つ情報ではハイウェイズマンギルドの幹部に捕らわれていたはず。

「へぇ。意外と有名なのかしら?」
「いつからこちらへ来ました?」
「戦場に神獣が乱入して、暴れ狂った話は知ってる?私、その時の生き残りなの。」
「あの『海の神』が現れた戦場に…ですか?」
「ええ。正直死ぬかと思ったわ。」

突如現れて戦場を荒らしていった神獣の噂は、クルルミクもグラッセンも知っている。

眠りを妨げられたとか、誰かが召喚したとか、守護する地を汚されたために浄化しただのいろんな噂があるが、
生存者は『海の神』が戦場を、文字通り焼き尽くす前に逃げ出した竜騎士だけであり、グラッセン側もクルルミク側も『生き残り』はいない。
緘口令が敷かれているから、竜騎士達からのこれ以上の情報の流出も無いだろう。

「あの神獣は、戦場を焼き尽くした後に何処に消えたのか……知っていますか?」

神獣は全てを焼き尽くした後に何処に消えたのか分かっていない。
高等な存在であるから転移の術くらい使えてもおかしくは無いが、少しだけ気になった。


「さあ?白く輝いたかと思うと、もう影も形もなくなっていたわ。」
「そうですか。」

まあ、雑談はこのくらいで良いだろう。
『白の騎士団』がいくら探しても見つからず、これまで足取りが完全に途絶えていた彼女に聞きたい事は一つ。

「なぜ、グラッセンの傭兵として参加しているんですか?貴女は、竜神の迷宮で性奴として捕まったと聞いていますが。」

この一点に尽きる。彼女の雰囲気が変わるのが分かった。

「自分の命が惜しく無いなら、これ以上は聞かない事ね。『死神』に貴方が狙われるわよ。」

哀れむような瞳で、しかし恐怖を感じるような雰囲気で彼女は言った。
リリスの傍にあったゴーレムの影から、まるで気配を感じさせずに男が現れるのを見た俺は、そそくさと逃げ出した……。



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《……もう一度、アレを投入しても構わんかも知れんな。奴らは徹底的に叩き潰さないと話にならん。

「そんなに大事にしていいの?派手にやりすぎたら天界の連中に目を付けられるって言ってなかった?」

《……言われなくても分かっている。だが、今回の目的は目障りな連中を一度手痛い目に遭わせてやることだ。派手になったほうが都合が良い。

「それでも、死神様自ら動かれるとは思いませんでした。」

《……貴方達に気遣われるほどじゃないわ。それより、情報は確実なんでしょうね?

「戦闘後に襲撃を仕掛ける計画はほぼ間違い無いようです。」

《……なら問題は無い。私達も傭兵として参戦し、グラッセン側の戦力を出来うる限り温存させれば多少は楽だろう。
こちらで動かせる『囮』は用意してあるし、先走る馬鹿どもが目先の獲物に群がってくれれば目的は達しやすい。
シルバーフェザー・ロードの投入は混乱をより拡大する為の保険だ。必要が無いならそれに越した事は無い。
「」



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雨がポツポツと降り注ぐ。
炎と氷。正直、僕自身はどちらもあまり高い耐性を持っているとは言いがたい。

「何のつもりだ。こいつを殺す手伝いをするなら見逃してやる。俺様の邪魔をするって言うんなら、テメェも殺してやるが?」
「手出しは無用です。これは、私の意地をかけた戦いですので。」

ならば、炎も氷も無力化する力を持ち出せば良い。

「あいにくですが、僕はどちらにも手を貸すつもりはありませ」

僕がいた足場めがけて、ディアロスが炎を飛ばしてくる。

「せっかちですね。」

さらに連打してくる。僕は何処に着弾するかを事前に察知して射程外まで回避する。

「なら、こちらも手早く要件を済ませますか。出番です、『デスゲイズ』。」

神獣。名の如く、神の如き力を持つ人知を超えた存在。
空が彼のものの出現に共鳴し、空がますます荒れ始める。雨は土砂降りとなり、ディアロスの放った炎が消えてゆく。
街中が水浸しになる中、『魔雨の海王』は命に従い現れた……。

「貴方達の相手は、こちらです。」

でぃぁがぁぁ!!

『デスゲイズ』の咆哮と共に、雷がディアロス目掛けて落ちる。
魔法障壁でとっさに防いだか。
『魔雨の海王』は名の通り本来は海に潜むものだが、極稀に地上に姿を現した場合、
自身が泳げる環境を作り出すために天候を操り雨を降らす事ができる。
その特性の応用として、雷を操る事なぞ造作も無い。

「雨が降ってりゃ、俺様の炎は役にたたねぇとか思ってんじゃねぇだろうな?こっちのいけ好かない優男の前にテメェを殺してやるよ!」
「ははは、随分と甘く見られているな。やれ、『デスゲイズ』。」

海王は、降り注ぐ雨から大きな水球を作り出し、それを吐息で吹き飛ばす!

「ちくしょ、このやろう…」
「そのまま凍らせてやれ。」

ずぶ濡れになったディアロスは、氷結の息吹をマトモにくらって氷付けとなったか。
まあ、炎帝と呼ばれた男とて、この程度の者か。

「ふふ。まあ、これで用件の一つは終わった…か。さて、次はお前だミネロ。」
「私が追いかけていた、賞金首のこの男を始末してくれた事には礼を言いたいが……何のようだ?」

『白の騎士団』は、女冒険者を性奴から解放する事を目的としている。
話を聞く限り、ガネッタはこの男に買われた性奴であり、ディアロスが横取りしようとした為に死闘を繰り広げることとなったらしい。
おそらく、素直に譲れといっても聞かぬだろうし、ならば力づくで叩き伏せるべきだな。
考え方によっては、『白の騎士団』に加わる可能性などもあるし、のちのちご主人にとって目障りなものにならぬうちに……

「そちらの男と同じようになってもらいます。」

氷の飛礫が複数放たれる。それらを回避して僕は呟いた。

「別に恨みも何も無いのですが…まあ、これも仕事ですので。デスゲイズ。至高の氷結術を。」

辺りの水を一気に凍らせ始めたミネロは、神獣の一撃によって凍りついた。






「これで……『白の騎士団』に対する仕事は終わりですね。」

さて、これからどうするか。2人は仕留めたし、ガネッタがどうなっていようと後は、『白の騎士団』の慈善事業の分野だ。
僕が関わる必要性は無い。だが……

僕は、燃え上がった。

「は、はははは!俺様があの程度で死ぬとでも思ったか!?あの化け物を戻すときを待ってた…」
「なら、僕からも言いましょう。あの程度で死ぬとでも思いましたか?」

背後に回りこみ、ディアロスを脅す。偽りの姿を脱ぎ捨て、真の姿を晒して。

「この、俺様が…炎帝ディアロスが……黒炎(ブラックフレイム)のディアロスが……」
「死に際の言葉がそれとは。随分と小物じみた人生だったようですね。では、さようなら。」

竜人帝(リザードマン・ロード)。それが僕の真の姿。
終焉と不滅の秘術をその身に刻み、数多のドラゴンや神獣すらも従える事が出来るほどに高き知性を持った亜人種。
それを知ってか知らずか……僕の顔を見つめたままディアロスは干からびて朽ち果てていった。



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