風が吹き荒れる。砂と共に毒の塗られた刃を舞い上げ、知らぬ間に体力を失う馬車の護衛たち。
襲撃は、あっけないほど簡単に終わった。

「き、きさまぁ…何をした?」

潜入は簡単だった。救出すべき対象にあっさり会えたのは少々拍子抜け。



「さて、始めましょうか。」

全員が身動きすらマトモに取れなくなったことを確認すると、待機していた『騎士団』に合図を風に乗せて伝える。

「この、俺を、どうするつもりだ……?」
「さあ?私はこれ以上は何もしない。」

購入者は脂肪の塊かと思っていたけど、会ってみれば野心に燃えてる若造。
竜騎士を買ったのは、自分の性欲を満たすためではなく、純粋に戦力として求めていたクルルミクの貴族だった。
とは言え、私には関係ない。主が『白の騎士団』と取引をした以上、その命に従うのみ。

「ふ、ふふふふふ……来るが良い、ダークネスクラウド。」

漆黒の雲の様なものが現れ、女のような形となる。

「何かと思えば。魔物を従えていたか。」
「放て。」

主の命を受け、波動砲を放つ。

「その程度?」

だが、私にはかすり傷すらついていない。私は『鉄壁将軍』エヌオルド。

「ば、馬鹿な。もう一度だ!」





くらやみのくもは、数回、波動砲を放ったが…結局私は無傷のまま、魔物は崩れ落ちる事となった。
そして、そのまま(毒に巻き込まれて)意識の無い竜騎士を抱えて立ち去ろうとしたが…

「……俺の、配下になってくれないか?そうすれば、その娘はくれてやる。」
「すまないけれど、既に私には忠誠を誓った主がいる。」
「……そうか。ならば、誰かに恋をしているか?」
「おりません。」
「……俺が、貴方の恋人になりたいと言ったら?」
「そもそも、私は人間ではありませんので貴方はそういう対象にはなりえません。」

ホンの一瞬だけ、術を解いて銀色の刃のような真の顔を晒す。

「は、ははははははは。もう良い。行ってくれ。そして二度と来ないでくれ。恋は、甘酸っぱいものか……」
「……それでは。」

『鉄壁将軍』は、あちらの方も鉄壁だとは誰の言葉だったか…



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俺は、密偵としての仕事には自信を持っている。
ワイズマン討伐隊の参加者名簿の内容をギルドに横流ししたのも俺だし、暗殺やスリなどの技術なども含めて、
正面から挑む戦闘能力を除けばハイウェイズマンギルドの中では最高クラスの実力者だという自覚はある。

だが、それも相手が人間なら、だ。
後ろにも目がついていたりするような化け物相手には流石に調査を続ける事はできねぇ。
こんな、警告までされてるならなおさらだ。

『僕を追跡する者へ。
これ以上の追跡は死を覚悟する事。
それと、何か知りたい事があるなら、
ドワーフの酒造亭で直接声をかけるように。』

【ヘル】様からの命令にも、命の危険を感じたらすぐに手を引くよう書かれていた。







死神様に、報告書と奴が壁に張ったメモを渡し、連絡を終える。

「……そう。ご苦労だったわ。」
「奴が、例の【神魔】の配下ですか。」

心なしか、いや、確実に【ヘル】様は怯えていた。指先が震えているのが目に見える。

「……まさか、こんな所に奴が来るとはな。傍らを離れ無い事を信条にしている奴が居る以上、主が居てもおかしくない。」
「しかし、我々に干渉はしないのではないでしょうか?」
「……そうならば良いのだがな。こうして出てきた事も、私をどうにかするためかも知れんぞ?」
「それは無いと思われますが……今更貴方を捕らえてどうしようと言うのです?」
「……確かにそうだが。むしろ『白の騎士団』との繋がった理由が分からなくて恐ろしい。」

確かに、白の騎士団は脅威になりすぎた節がある。

「ああ、『白の騎士団』と言えば、別件で報告するべき事がありました。奴らは大陸を滅ぼせるほどに人外を多数抱えているとの未確認情報があります。貴方が恐れる【神魔】の軍勢以外にも。」
「……なんだと?」
「シルバー伯爵、俗に言う『銀狼の牙』に対抗する為に『吸血鬼の神祖』を連れ出したという話は、ほぼ確実なようです。」
「……ヴァンパイアの類は高等だろうが下等だろうが、冥府に居る『王』の手にかかれば五月蠅い子蝿でしかないが、流石に無視できるような勢力ではないぞ?」
「事は、もはや余談を許さないほどに脅威になったと思われます。」

【ヘル】様が両手を挙げる。

「……お手上げ、だな。」
「連中は派手に動きすぎました。まとまりのある勢力であるとは言えませんが、十分脅威ですし冥府からの支援を望めるかと。」
「……一応打診してはおくが……」

【ヘル】様は挙げた手を下ろし、頭を抱えた。

「……『神魔』が来たという事が全くの想定が…」

俺の背後に、嫌な気配を感じた。
……噂をすれば影、か。
魔術で転移してきたのは……


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「やあ。久しぶりだね、ヘル。」
「……。」
「体が変わったからって、僕の目は誤魔化せないよ?君は紛れも無くヘルだ。」
「不躾に、何の御用ですか。ここは泣く子も黙るハイウェイズマンギルドのアジトですよ?」

ふむ。唐突に現れたことでいきなり魔法でも放つかと思われたが、部下の手前か以外と冷静だ。

「……それで、何のようですか。フォ…」

言葉をさえぎって名乗る。

「ちっちっち。クルルミクに居る限りでは、【フォル】と呼んでくれ。」
「……なら、私の事も『死神』と呼んでもらいましょうか。」

ふむ、やっぱり部下の手前で気にしているんだな。

「了解、『死神』。さっき誰かの体を借りていた時に大まかな話は立ち聞きしてたかもしれないけど、僕はご主人の命で『白の騎士団』に協力している。」
「……その『白の騎士団』は、私にとって仕事の邪魔で非常に目障りなんだけどね。」

ふーん。そう言えば、そこに居る部下がハイウェイズマンギルドって言ってたね。
なるほど、売った商品を片っ端から盗んでく『白の騎士団』は幹部の椅子に座ってる、ヘルにとって目障りなのか。

「目障り、か。なら取引をしよう。」

ちょうど良い。彼女なら利用のしがいもある。

「ご主人としては、『白の騎士団』の情報網を使いたかっただけなんだけど、もう目的は達したんだ。だから、彼らがこの後どうなろうと関係ない。」
「……それで、どうするっていうの?」

ふふ。

「さっきの話は立ち聞きさせてもらったよ。相当な戦力を抱え込んでる『白の騎士団』は後々厄介になりそうなんでね……
僕は『白の騎士団』を潰そうと思ってる。その為の私兵を密かに貸そう。」
「……【僕は?】 貴方、主の命令抜きで勝手に動かすつもりなの?」

まさか。僕はよっぽどの事が無ければそこまでしない。

「ある意味、ご主人も了承済みさ。一歩間違えば世界を滅ぼす歯車になりかねないと踏んでるんだよ、僕もご主人も。」
「……。」

さて、ここからが本題だ。

「『白の騎士団』を潰すに当って、僕はご主人にハイウェイズマンギルドを通すことを伏せる。もちろん、『死神』の事もね。」
「……そうか。」

ヘルは若干、胸を撫で下ろしたようだ。
よっぽどご主人が恐いんだな。
っと、そろそろ連中との話し合いがあったな。

「詳しい話はまた今度にしよう。今は『白の騎士団』に呼ばれててちょっと時間が無いから…」

そう言って、僕は姿を消す。随分と、僕も腹黒くなったものだなと思いつつ。



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……まるで、風のように現れて、風のように消えていったな。

「死神様……。」
「……何も言うな。」

正直、奴の言ったことは信用できない。だが、手駒不足であった以上は渡りに船ではある。

「……これがどう転ぶか分からないが……」

唯一つ言える事は、『白の騎士団』は内部が相当混沌としているという事だ。
一枚岩の組織は無いが、少なくともハイウェイズマンギルド以上にまとまりの無い組織。
そして、世界を滅ぼす爆弾を抱える、火種をつけてはならぬ存在。

「……ギルティウス。」
「はい。」
「……お前に『白の騎士団』を調査するよう命ずる。特に、リストに載らない危険な存在の名を調べ上げろ。」
「分かりました。」
「……何度死のうが構わない。その度に、貴方を蘇生してやろう。『冥府の将』の名の元に。さあ、行け。」
「はっ!」

冥府より呼び出した配下は、影のように形を変えて部屋を出ていった……


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ギルティウス・バルナギース
ヘルに冥府より召喚された死人。
かつては彼女の元で【神魔】の軍勢と戦ったこともある。
あまり魔術を多用できなかったので呼ばれなかったが、
最近魔力に余裕が出来たので、自分の右腕とするために冥府より呼ばれた。
多少は魔道にも精通していて、狭い所を通り抜けるための魔術を得意とする。



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