冒険者の酒場でワイズマン討伐隊の情報を集めている部下から、少々困った連絡が来た。

「……。」

その内容によると、売り飛ばされた女冒険者を救出するための組織が着々と勢力を伸ばしているらしい。
しかも、その組織には『ロゼッタ・エルマイラ』も主の命で手を貸している、だと?

「……別に、売った後はどうなろうと構わんのだがな。少々目障りなのは違いない。」

商品を売った後は、後は買い手の責任。だが、買い手が殺されたり、性奴が奪われたりして
例外無く買った人間の手元には残らないと言う噂が立っては、商品としてはイメージダウンになってしまう。
あまり軽視できる問題でもない……か。

「……買った人間の落ち度の問題だから、売った後までハイウェイズマンギルドがあれこれと干渉するわけにも行かない。
とは言え、私が買ったリリスすら攫われるほど事態は深刻…か。」

しかし、ギルドの勢力が中々持ち直せない以上、売った商品の保障まで手を廻せるほど余力は無い。
今出来る事は、救出者の最筆頭に上がっているアリスを抱えるヴァルガーや商品を買った連中に警告する事くらいか。

「……。ギルドボが泣きたくなる気持ちも良く分かる。」

女冒険者救出隊に関する思考を打ち切り、次の資料に目を通す。
ギルドレベルが、がくんと落ちた。それだけならまだいい。

……私の仕事となる、問題児の制裁・死体の清掃・ダンジョンの修理・人事や経理の統括とやり繰り。

それが、どういう訳だか竜神の迷宮に入り込んだ頃の3倍くらいになっている。
酷い時には一日1000人単位でやられているし、その補充の為の新入りがトラブルを立て続けに起こしているのだ。
ドガイドのように奴隷商人と手を組むもの・他の組織に鞍替えしようとするもの・ギルドからの独立を求めて暴れるものなどなど。

「……どんな組織でも、一枚板では無いでしょうがこれでは実質崩壊寸前ね。」

正直、打開する方法が私には思いつかない。必死に駆けずり回っているギルドボは今は何をしているのやら?

「……とりあえず、仕事ね……。」

私は、死体清掃の為に魔術で転移をした……



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「そこにいるのは、誰だ!?」

……私とした事が。普段は気をつけていたが、疲れが溜まっていたせいで転移先をよく確認せずに飛んでしまった。

「生きている人間じゃない……ってタンの中の賢者は言ってる。この強力で禍々しい力は多分冥府の存在だって……。」
「冥府の者?少なくとも味方ではなさそうね。」

……ふむ。私がどのような存在か一目で当てるとは。

「……貴女の言うとおり、私は『地獄の将』の一人よ。」

女冒険者達一行が、全員臨戦態勢に入る。

「……身構えなくてもいいわ。私には、戦う意思も理由も無い。」

だが、そう言っても彼女達は武器を収めようとはしなかった。

「……現世の民の無益な殺生は、冥府の王と法によって禁じられているのよ。」
「なら、貴方は何をしにここに現れたのです?」

本当なら、このようなやり取りをせずとも、彼女達がここを立ち去った後に出直せばよいだけの事だった。
だが、私は一人の少女に少々興味を持った。

「……貴女達が倒した、ならず者達の死体を片付けに来たのよ。」
「ただ、それだけじゃないだろう、ってタンの中の賢者が言ってる。」

フェリルとか言う性奴を買った奴隷商人が、セットで売りたいのである娘を早めに捕らえてくれと言っていた。
その注文された娘は、確かタンって言う名前だったな…

「!?フェリルがどうしたの?」

……記憶の糸を手繰るうちに思わず呟いてしまった単語に目の前の少女が動揺し、少女の仲間の緊張が高まっていく。
まずい、地雷を踏んでしまったか。正直、ダンジョンの狭さもあって4対1では分が悪い。

「フェリルの事で、何か知ってるなら教えて!」
「……。」

喋る必要は無い。このまま立ち去ればいいと頭では言っている。
だが、心の中で燃え続けている黒い炎の中から、何かが飛び出した。

「お願いだから……。」
「……会いたいか?」

こんな事は、馬鹿げている。第一、彼女の仲間が黙って見過ごすわけが無い。

「フェリルに、会いたい。」
「……奴隷商人によれば、性奴としてあの娘と一緒に貴女を買いたいという話が来ているらしいわ。」

剣が煌いたが、事前に構えていた魔法障壁に阻まれて私には届かなかった。

「そう簡単に、タンを連れて行かせると思う?あの子がいなくなって、どれだけ苦しんだか…」
「……連れて行くつもりも無い。ただ、聞いて見ただけだ。」

これ以上いては、戦闘になるな。

「会えるんだったら……」
「……貴女の仲間がそれは認めないと言ってる。ならば、私も連れて行けない。」

まったく。

「……過去に捕らわれず、止めてくれる今の仲間を大切にすべきではないのか?」

先ほど、売った性奴が奪われてばかりで頭を悩ませていたというのに…

「……まあ、ギルド側の人間が言うべき事ではないな。」

敵意が、一段と激しくなる。潮時だな。

「……もしも、私に何か聞きたい事があるというのならば……竜神の間まで来るがいい。」

そう言って、私は転移した。







大して期待する意味も無い。私は、阻む側なのだから。

「……。」

あの少女達が、最下層付近までマトモに来れるとは思ってはいない。
あの甘さ、あの未熟さ、あの不甲斐なさ。
どれもこれも、冒険者としては致命的に見える。

「……だが、賽の目はどう転がるかわからない。」

彼女達は、自分の命をチップとしてこの迷宮に乗り込んできている。
確実に生き延びて私に会えるか、あの少女の友のように志半ばで折れる事となるか……
少しだけ楽しませてもらうとしよう。




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後日、ロゼッタが『商品』の事で話があるとやってきた。
大方、女冒険者を解放する為の情報を何か聞きに来たのだろう。ギルドの方針は決まっている。

「……売った商品がどうなろうと、ギルドには関わりの無い事よ。私が貴女に言う事は一つだけ。
【竜神の迷宮絡みの『商品』は手元に残らない】なんて噂が立ってしまってるから、出来うる限り、騒動を起こさない事。
武力に訴えないで、買った値段以上の額で買い取るとかね。」

今のハイウェイズマンギルドは、ただの烏合の衆でしかない。外で騒動が起これば、自然と内部に響く。
ギルド内の様々な派閥・人間が敏感になっていて統率が取れない状況では、何処で暴発が起こるか分かったものではない。

「……今の私は、竜神の迷宮内の仕事の事以外は余り手を廻せない状況よ。
こっちにまで火の粉が飛ぶようなトラブルは、止めて。」

ギルドボが、この間本当に泣いたほどかなりゴタゴタしている。
……この間の経理の報告によれば、冒険者達にやられた人数はざっと2万人を超えているらしい。

「……話はそれだけ?」

時間が惜しいわけではないが、少しだけ引っかかっている事があった。

「……人の生き死になんて、大した事じゃない。冒険者はそのリスクも背負って前に進んでいる。
わざわざ勝者が敗者に情けをかけるべきではないだろう?」

彼女達は、破滅の門を自分は踏み外さないだろうとタカをくくって進んだわけではない。
それなりに覚悟がなければ進めぬはずだ。

「……情けは人の為ならず。私は、彼女達を救うことに手を貸しはしない。」

それは冷たいかもしれないが、彼女達の甘さが招いた事でしか、無いのだから。

「……ふふ。まあ、それでもあの少女が楽しませてくれたのなら……」

私はあの少女に興味を持った。
最下層まで来る事が出来れば。少女の友を、返してやっても良いかもしれない。
私にとっての、娯楽。

去っていった、あの博打好きの爺さんの気持ちが少しだけわかった。

賽の目は……どう出るか。


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作者内でゴチャゴチャしてたヘルのイメージがやっと纏まった(汗

冷酷・冷静だけど天然、知識はあるけど経験浅い。
人外ではあるものの、実年齢は30にも満たない。
規律に厳しいけど人を小馬鹿にしない(侮らない)。
人は一応疑うけど、どこか抜けてるのですぐ騙される。
面倒見の良い委員長タイプの姉御。
だけど、どこかまだ子供っぽさが残っている。


そしてちょっとだけマザコンw


セリフでは無意味に「……。」を多用する。


冒険者で出合った事があるのは、今回のタン一行くらいと言う事…か?



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