死者の王

 

 

ここに来るのも、久しぶりだな……
親父とお袋が消滅し、次元の狭間に幽閉されて以来か。
立ち並ぶ本棚は、あの時のまま何一つ変わっていない……と思いきや、結構配置換えがされていた。

「割と几帳面だからな、アイツ……。」

ここに居れば、そのうちヘルの奴もやってくるだろう。
少し、退屈しのぎにアイツがした模様替えの様相を見てみるか。







そうして、あちこちの部屋を見て回る。
すると、なぜかとある部屋をストーンゴーレムが番兵をしているではないか?

「どういう事だ……?」

不審に思いつつも、ストーンゴーレムに声をかけてみる。

「ヘルはいるか?」
「イエ、イマハデカケテオリマス。」
「ソレヨリ、キサマハナニモノ……」
「『これ』を見せれば分かるか?」

魔力でゴーレムたちの命令事項を一つ弄る。

「シツレイシマシタ。」
「ドウゾ、オトオリクダサイ。」

あっさり、通される。あのゴーレムたちは、間違いなくヘルのものだが、なぜ番兵を置いているのだ?
中に入って、さらに疑問は深まる。
真っ先に目に付いたものは、水槽に浮かぶ、人影……

「何だこれは?……ホムンクルスじゃないな。肉人形(フレッシュゴーレム)か。
アイツ、自分の成長した姿を誰か他人を参考にして作ってるのか?」

それ以外にも、壊れたストーンゴーレムや命令の与えられていないゴーレムがきちんとガラスケースに収められている。
そして、良く調べるとそれ以外にも自分が良く見慣れたものがガラスケースに収まっている……

「なるほど。何があったかは知らないが……」

そこにあったのは、『ヘルの体』。お袋から与えられた、ある意味アイツの『真の姿』。
……惨たらしく打ち砕かれた、『幼い子供』が、そこに安置されていた。

「それで、新しい体を求めてアレを作ってるわけなのか。」


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カツーンカツーン

今日も来た。いえ、又きたの?
太陽も月も見えない、この牢獄に。私を、贄とするために。
しかし、現れた人物はヘルではなかった。
アレは、男……?

「また、遊ばれるの?」

思わず、出た言葉。だが、男は怪訝に思ったようだ。

「遊ばれる?……ヘルがご迷惑をお掛けしたようですね。申し訳ありません。」
「私で、遊ばないの?アソコをこじ開けて、泣き叫ぶ私を蹂躙して。」

男の顔が、意外なほど真っ赤になる。

「ななななな、何を言うんですか!?」
「ヘルが連れてきた男達は、皆、私を犯したわ。半分魔族の血が流れてるからって、私を孕ませて赤子を商品にするって言った男も居た。」

男は、顔を背けていった。

「間違っても、そんな事は……出来ません。」

ふふ。意外と純情なのね。一度は私を助けてくれた、あの人たちのように。

「なら、何をしに来たの?」
「ヘルに合いに来た。」

この男は、ヘルに何の用があるというのだろう?

「あの『死神』に?『地獄の将』に?悪い事は…」
「妹なんだ。異父兄妹の。」

……一瞬、自分の耳を疑った。あの『魔王』にすら名を知られた冥府の眷属に『兄』?

「まさかしばらく合わないうちに、アイツがこれほど『人』としての道を踏み外しているとは思いもしなかったが。」

そう言って、彼は私を拘束していた鎖を断ち切った。
その際に高い魔力を感じても、闇に属する力はまるで感じない。

「ともかく、貴女は解放します。妹が何か五月蠅く言うようなら、力ずくで黙らせますので。」


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私は、帰ってくるなり驚いた。

「オカエリナサイマセ、ヘルサマ。アニウエガ、ケンキュウシツデオマチデス。」

……リリスの監視を命じていたゴーレムが、なぜか私の出迎えを待っていた。しかも、『兄が待っている』だと?

「……いつ、解放されたというのだ?」

兄は、【神魔】によって次元の狭間に幽閉されているはずだ。






バタン!

「ひぃ!」
「おかえり、ヘル。久しぶりだな。」

「……。」

怯えるリリスが兄の後ろに隠れる。

「……どういうつもり、兄さん。」
「彼女を解放してやれないかな?」
「……研究はまだ終わっていない。それが終わるまでは」
「彼女から話を聞いて、肉人形(フレッシュゴーレム)なら完成させておいたぞ。面倒なところは大体作り終えていたようだしな。」
「……それ以外の用途に」
「何に使うというんだ!?何時からお前は他者を踏みにじる権利を得た!」

踏みにじるだと?

「……なら、兄さんは踏みにじられたいの?どの道、生きるという事は他者の上に立って搾取する事。永遠に生きるという事は、永遠の搾取を世界に求めるという事なのよ!神や悪魔のように!!」
「だからと言って、お前は……」
「……何処までも貪欲に、そして永遠に『世界』その物を飲み干せば」

ボガァ!   がらがらがら……

私の、ゴーレムの体が崩れる。仮面も外れ、その姿が剥きだしになる。

「失ったものは……決して戻りはしないんだ!例え、時を歪めようとも、奇跡を起こそうとも、起こった過去は消せない!人を生き返らせたり、傷を癒してやっても、罪と心の傷は癒える事は無いのは、お前も知っているだろう!」

私は、手近にあった本の角で殴られたらしい。
恐らく、人間の体だったら、涙を流しているところだろう。
唯一残された家族である兄に再会できたかと思えば、きつい言葉をかけられて……

「……なら、こんな姿にまで落ちぶれて、私が生き続ける理由は何?終わり無き永遠を見続けるくらいなら、いっそここで私の事を滅して。」
「生き続けるのが辛いというのか?」
「……生まれながらの死人が何を望むというの?死の先に救いは無かったというのに。」
「っっっ!」

さらに、殴られる。痛みなんて、感じないのに。

「……粉々になるまで殴りなさい。兄さんの気が済むまで。心の底まで汚れた私に、言葉をかける必要なんて無いでしょう!?」
「だが、それでも見捨てる事はできない。」

……幼い頃の兄さんを思い出す。人一倍優しくて、他人に嫌な事をするのが大嫌いな人。
人が困っているのを見過ごせないし、いつも自分を犠牲にしてでも助けたがる人だった……。


「……見捨ててよ。冥府に落ちて『地獄の将』にまでのしあがり、暗殺や人身売買まで行なう犯罪ギルドの糸すら引いているこの私を!二度と顔も見たくないわ、兄さん。」
「何故……お前は、そこまで追い詰められているんだ?」
「……答えるつもりは無いわ。」

場が、沈黙する。

「答えたくないなら、答えなくてもいい。……元々はお前にお願いしたい事があって来たんだが、この調子では仕方ないな……」

お願い……したい事?兄さんが?

「なによ。お願いって。」
「……いや、もういい。帰らせてもらう。」

そういうと兄さんは姿を消した。





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「……。」
「いったいどうしたんだ、ヘル?」

最近完成したというゴーレムに移ってから、様子がおかしかった。
前の、文字通り岩の表情とは違って、肉の表情だから明らかに元気が無い。

「……ちょっと、悩んでいてね。」
「原因はなんなんだ?何か手伝える事があれば手伝ってやるぞ?」
「……ギルドボ、お前が気にする必要は無い。」
「仲間が弱ってるのに、見てられるか。」

あいっ変わらずだな。

「……ちょっと聞きたい。お前にとって、人外というものは何だ?」
「人外だと?何を言ってやがる。感覚的に、自分の理解を超えた物は全て人外だろうが。神だろうが悪魔だろうが、な。」

まあ、質問に答えてやる事でこいつが少しでも元気を取り戻してくれりゃあいいが。

「……そうか。なら、人外の存在が人の為に、人に尽くして生きると言う事についてはどう思う?」
「そりゃあ……その、尽くしてる内容にもよるな。例えば、こないだ来たシルバとか言うやつみたいなのは
割と半信半疑ながらも世間的に受け入れられるだろうし、お前さんみたいなのは、裏の社会じゃ当たり前のようにいる。
どう思うかって言えば、結局自分の利益に合致する事で人と人外が結びついてるだけじゃないのか?」

我ながら、小難しい答えを出したと思う。

「……。最後に一つ。私のような人外は、表の社会に出たときに、どうなると思う?」
「そりゃ、聖騎士団とかそういう浄化を担当する人間が……」
「……言い方が悪かった。そういうのに悟られなかったとして、私は表の社会になじめると思うか?」
「お前……」

ここを出て行きたいというのか?

「多分、大丈夫だろ。お前は天然なだけで、根は悪くないしな。」
「……色々質問に答えてくれて、ありがとう、ギルドボ。」

あ、ありがとう? 昔は氷のような冷たい態度だったヘルから、『ありがとう』なんて言葉が出てくるのか?

「なに、少しでも元気になってくれりゃあいいさ。」
「……あっちの方が元気になったようだな。少しは遊んでやっても構わんぞ?」

はあ? ……こいつ、本当にヘルか?生殖活動を行なう意味が無いから、性欲が全く無かったあいつがこんな事言うか?

「いや、遠慮しとく、なんか恐い。」
「……ははは。そうか。……あと数ヶ月で継承の儀が行なわれるな。私はその日を持って、去る事になる。」

そういう、事か。

「思い出を残して行きたかったって言うのか?」
「……そう言う訳ではないがな。」

寂しくなるな。

「じゃあ、早速遊んでやるか。」
「……まったく、現金な奴だな。」

まったく。現金で結構。この世の中金だ。


「それにしても、なんでそんな急に冥府に行くんだ?まさか、『冥府の王』をぶっ飛ばしに行くのか?」
「……いや、違う。兄に、頼まれた事があるんだ。」

「何を頼まれたんだ?」
「……後見人。」
「は?」
「……堅気の世界で生きてる娘の面倒を見てくれって言われた。」

……そういう事かよ。

「どのくらい面倒を見てやるつもりなんだ?」
「……さあな? 独り立ちするまで面倒見てくれと頼まれた。」
「そいつ、美人か?」
「……。」
「おいおい、冗談に決まってるだろ?」
「……。」
「すまん、許してくれ。」
「……まったく。どうしようもないな、お前は。」

はは。
俺の事、忘れんじゃねーぞ。ヘル。

さよならだ。


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