「……冗談じゃない。」
だんっ!
左腕を失った私は、右手で机を叩いて呟く。
「……『元』魔王だと?奴は、何が目的だというのだ?」
戦っている最中に、奴はわざわざ囮になっていた。
……下らん。別に殺し合いがしたい訳でもないし、奴を見逃せばいいだけなので『興が失せた』。
『呪縛』が打ち切られているようだが、リリスの肉体の一部がある以上は『探査』で探し出せる。
後は、再度捕らえた後に奴が干渉できないよう、研究が終わるまでは『ノルンの宝物庫』に閉じ込めてしまえば
『ミストルテイン』と一体化している、私か兄以外は入る事ができない。
奴とて、あのような小娘一人を永遠に守っているわけにも行かないだろう。
「……いっその事、リリスの体と精神を喰らってしまったほうが早いか?」
そうすれば、魔王とて干渉する事は不可能なはずだ。
魔力も器も簡単に手に入り、地上で活動するのに最適なのだが、
単純に私がそれをしないのは、精神と意識の混濁によって、凄まじいまでの不快感が発生する為だ。
精神系の操作呪文に優れていれば多少は軽減できるが、一度やって以来二度としたいとは思っていなかったが…
「……どの道、奴を捕らえねば話にならんな。」
……だが、万一奴と再度の戦闘になって敗れた場合、3度目を警戒して2度と近寄れぬほどの防衛手段をとられるだろう。
仮にも元『魔王』が相手では、こちらの人間程度の力しかない私は力押しで敗れてしまうのは目に見えている。
失われた片腕が如実に奴と私の実力差を指し示していた。
「……冥府の王にも打診してみるか。」
『死神』は珍しく、本気で戦いを挑む事を心に誓っていた。
リリスという素材は、彼女にとっては何かをかき立てる物であるが故に。
ささやかなる、『復讐心』を満足させたいと思うが故に。
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「この、気配!?」
あら。それほどまでに私の気配に鋭敏に反応してくれるなんて。
「……忘れていないようね、リリス。」
「あ、ああああ。」
怯えろ。すくめ。私の中の何かが彼女を怯えさせる事を喜んでいる。
「……さあ、帰りましょう。もう、貴女をギルドの連中に遊ばさせないから。」
「いや、いやー!?」
何故、私が彼女に拘ったか。クソ実父(オヤジ)の盟友に似ていたからだ!
幾度と無く、義父(とう)さんと母さんを打ち破り、私自身と兵も『神獣』達で薙ぎ払い、圧倒的な実力の差を見せ付けた、あの連中に!
異種族の混血児であり、人知を超えた高い魔力を誇り、魔王や神々すらもひれ伏した、あの【神魔】どもに!
「拒否権は無いわ!!さあ、私の元に戻りなさい!」
大声を張り上げた事で人が駆けつけてくる。
「何事だ!」
「彼女には手出しをさせん!」
ガーディアンギルドの雑兵如きが!
「ガングレド!ガングリド!」
呼び出された2体のストーンゴーレムがギルド兵の前に立ちふさがり。
「……来たれ、我が化身!冥府の炎の名の下に、我が牙となれ!ガルムよ!」
火柱が立ち上がり、その中から一匹の犬が現れる。
……母より与えられた私の使い魔、ガルムがギルド兵を焦がす。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「ががぁぁぁ!」
「ごぉぉ!」
腕を殴り潰され、死なぬ程度に体を焼かれて雑兵どもは悶え苦しむ。
「……素直に来なければ、更なる被害者が出るぞ?」
私自身、なぜここまで怒り狂えたのが分からないほど激昂していた。
ロゼッタの一件でも、滅茶苦茶なやり口に腹は立てたがあっさり許してやれるほど寛容であったのに。
感情を比較的押し殺してきた今までの中で、私はかつて無いほどの炎を感じていた。
父と母が消え去ってしまった時よりも、抑えきれぬ破壊衝動が全身を駆け巡っていた。
「うっうっう…」
泣き出すリリス。
『一度は諦めたのかと思ったが、チャンスを窺っていたというわけか?』
「……貴様に語る事は何も無い。」
やはりきたか。魔王シルバ。
「一度は興が失せたと言って立ち去ったくせに、彼女に未練でもあるのかい?」
「……ああ、大有りさ。」
なぜだ?何故奴は人を助けようとしているのか。ただ単なる自己満足のためか?
「それなら私も手加減するわけにはいかな…」
「ガングレドォ!ガングリドォ!」
2体のストーンゴーレムに檄を飛ばす。
だが、あっさりと砕かれて力を失う。
「やれやれ、人がせっかく前口上述べてるって言うのに。」
「……戯言など、聞きたくないわ!」
…………私は狂気にでも喰われたか?だが、力があふれて来る。
「人の言う事を聞かない奴は、痛い目を見るよ?」
そんな言葉は最近、あの小娘に言ったな。
奴の鎌の一撃が、私の目の前に来る。
「……違うな。痛い目を見るのは無知なる者だ!」
ゴーレムの体は、2つに、切り裂かれた。
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「これで、奴は……」
「まだ終わってないみたいだ。使い魔が残って……?」
試験運用でしかない。
「アレは……私?」
所詮、長く持たない体。
「ふふふ。楽しませてくれ……?」
だが、それでも十分だったらしい。
「馬鹿、な?」
力の解放。虚無の一撃。たったそれだけで……
「冥府の王をも、超えた力、だと?」
兄には、到底及ばない力。だが、制御できる力。
「無に、ひれ伏しなさい。」
魔王シルバは、倒れた。
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「……。」
以前の、体。
「救いは、無いのね。」
私の中の、狂気は沈んだ。
「……我が、糧となるがいい。」
そして、答えは一つ出た。だが、解けない疑問はまだ残る。
「分かり、ました……。」
この力。義父(ちち)と、母の研究を完成させ。
「……さあ、来るがいい。」
魔王や、冥府の王をも超えて。
「私は、どうなるの?」
私は何をしたいのだろうか?
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ミストルテイン
ヘルとその兄(仮名称フェンリル)が持つ、『神殺しの刃』の異名を持つ外法アイテム。
効果と言えば、とある異空間の鍵として存在する事と、
あらゆる万物に変化する事ができる特殊効果がある。
質量や物質によって消費する魔力が違うが、これの最悪の形態は全てを消す『虚無』を生み出す事である。
今回、ヘルは魔力の豊富なリリスもどきゴーレムで『ミストルテイン』を使った為に魔王すらも圧倒した。
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