「……。」

死神。ハイウェイズマンギルド結成以前からボス(ギルドボ)の下で右腕として働い
ていた人。
その髑髏の仮面の下で、今出された報告書をどのような思いで読んでいるのか。

「……相変わらず手ごわいものだな、ワイズマン討伐隊は。」

何を人事のように。
『死神様にも手伝って欲しいと思う。』そう思っているギルドの連中は多いだろ
う。
魔術師としては、ヒネモスやゴルゴダスを圧倒していると言うのは周知の事実なの
だから。
ボスが、『まあ、あいつにも色々あるんだよ。』とは言っていたが…

「……?なんだこれは。 『競売ギルドの使いに殺られた下っ端:30人』だ
と?」

ああ、ケルケーが言っていたあいつの事か。

「はあ、ロゼッタとか言う奴がボスに会いに来たんですが、獲物と勘違いした下っ
端20人を細切れにしちまったんですよ。
しかも、その後も『禁句』を言ったから制裁するとか言って、10人がさらに犠牲
に…」

……少しの間沈黙した死神様が、なんか妙な気配を出すのを感じた。

「……次にそいつが来たら、制裁を加えてやらんとな。」

「え、ちょっと……」

死神様が、珍しく本気で怒っているのが分かった。

「……取引先にずけずけと殴りこんできて、部下を細切れにして、それで商品を売
れだと?
奴は、何か勘違いしてるんじゃないか?闇に潜むものは繋がりを重視すると言うの
に、筋も通さず暴れて何を考えている!!!」
「は、はいぃ!」

殺されそうなプレッシャーが周囲を包む。
いや、実際に重力魔法でもかかっているのか…?
それくらいに思えるほどの恐怖だ。

「ロゼッタとか言う奴が次に来た時の為に、伝言を全員に教えておけ!『死神が待
っている』とな!!!」

「はいぃ!」

とても今の雰囲気に耐えられず、慌てて部屋を飛び出した……


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「……まったく。物はともかく、人間は補充が大変だと言うのに。
……いつぞやの大馬鹿のように、死ねない体にした上で永遠に落とし穴の中でもが
いて貰おうか?」

冒険者の活躍によって、ギルドも壊滅の危機に瀕してきていると言うのに。
そこに加えて取引先にまで舐められるようになっては、本格的に詰みになってしま
う危険がある。
何とか打開するための戦力が欲しいところだが……

「……私が持つ手駒は、悔しいがあの娘一人か。」

『あの空間』の物置には、神獣や魔獣の封じられた封印の玉があるが、前の主に忠
誠を誓っていて私には見向きもしない。
適当に暴れさせようにも、力が強すぎるために竜神の迷宮を崩落させる危険もある
ので使えない。

「……下っ端どもは役立たず、私は力を満足に使えず、精鋭(ゴルゴダスたち)は非
常に気まぐれ……」

四面楚歌。辛いにも、ほどがある。

「……何か無いのか、何か……」

かすかな希望は、冥府からの援軍が確約されたと言う事だ。
とは言え、蘇生が許されたのはこのギルドの組合員から出た死者のみであり、戦力
にならないので結局は数で押すしかない。

「……現状は、援軍が来るまでは冒険者狩りでは無く、調査や暗殺と言った副業の
方に力を入れさせるべきか。」

女冒険者狩りは元々ギルドボの案なのだが、下っ端にとっては凶暴な魔物を生け捕
りにしろと言われているのと同様だ。
確かに、一人捕らえただけでも相当な額が入ってくるのだが、中にはドラゴンスレ
イヤー級の人物もちらほらいる。
そんな連中が群れをなして常に行動しているのだ。危険なパーティにもほどがあ
る。
正直、私一人がどう足掻いても無理なレベルのチームも非常に多い。
人数の減った今は、少しでも連中自体のスキルの底上げをしてやらなければワイズ
マン討伐隊には勝てないだろう。

「……。」

とりあえず、新しく出た死体の始末に向かうか。あんな奴らでも、頭数に加えてお
かないと現状は厳しいからな……


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ワシは、死体の転がる迷宮の一角でヘルが来るのを待つ。
まあ、死体が邪魔でトラップの再設置が出来なくて困っとる訳じゃが。
ととと、そんな事を思っちょる間に奴がやってきた。

「よお。ちょっと話したい事があるんじゃがいいか?」
「……別に構いませんけど。」

そう言いながら、死体をあっという間に焼き払う。
奴が魔術を使うところは何度か見た事はあるが、まるで手品のように綺麗に消して
しまうのは正直凄い。
本人は謙遜しちょるが、この迷宮に乗り込んできとる冒険者の中でもアレだけの真
似をできる奴はそうはいまい。

「……それで、話とはなんですか。このギルドの再生案なら喜んで聞きますが。」
「すまないの。あいにくだが、このギルドに不利益な話だ。」

顔を背けるヘル。いつものように、一息ついてから返答が帰ってくる。

「……はあ。踏んだりけったりですね。それで話とは何ですか?」
「ボスにはまだ言ってないが、ワシは引退を考えているんじゃよ。」

ワシの顔を見て、ヘルの奴は何を思っているのか。
仮面の下もまた、分厚い岩に阻まれて読む事は出来ない。
究極のポーカーフェイス。

「……まあ、いつかは言うだろうとは思っていましたが。田舎に帰るつもりです
か。」
「ひゃひゃっは。まあ、お前さんにも迷惑かけたな。」

すまないの、ヘル。ワシも年をとりすぎた。これまで娘達に手紙や仕送りを届けて
くれて、ありがとうな。

「……私からは、『お疲れ様』としか言いようがありません。これまで貴方には
色々とお世話になりました。」
「思えば、最初にハイウェイズマンギルドを結成する以前の仲間は、ワシとお前と
ギルドボしか残っておらんな。」
「……彼らはみな、ろくな死に方をしなかった。貴方だけでも、大往生出来るとよ
いと思います。」

奴は、冗談で言っちょるのか?『地獄の将』であり、『死神』とまで呼ばれちょる
女が。
その口で《大往生できるとよい》、じゃと?

「かかか。まあ、ワシが冥府に行くのが先か、お前さんたちが呼び戻されちょるの
が先か。つまらない賭けでもしようじゃないか。」
「……貴方は、相変わらず博打好きですね。」
「ここまで身を崩した原因じゃとしても、こればかりは止められん。」

表情も声も出さないが、奴は今微笑んでおるのじゃろう。付き合いの長い、ワシに
は分かる。

「……いいでしょう。私は、貴方の大往生に。」
「それじゃ、ワシはお前さんたちが先に戻るのに。」

ワシには、ゴーレムに移る前の小さなヘルの笑顔が見えた。ワシも、笑顔で返す。

「それじゃの。ここのギルドスペシャルの再設置が終わったら、ギルドボの奴に引
退を伝えに行くわ。」
「……貴方の素敵な技術は本当は惜しいんだけどね。でも、『仲間』に無理強いは
出来ないわ。」

そう言って、奴は姿を消した。


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「あいつが帰って、寂しくなるなぁ。ヘル、そう思わないか。」
「……彼には、家族も帰るべき場所もあった。そこに戻れるなら、幸せよ。」

私は家族の事を思い出す。
母さんに尻に引かれていて、どこか抜けていたけど結構切れ者だったお義父さん。
優しくって、強くて、日曜大工も家事も、何でも出来たお母さん。
いつも悩んでいたけど、ここ一番という時には誰にも負けない兄さん。

「何ボーっとしてんだ、お前は。大方、『ママ〜!』な事を思い出してるんじゃな
いのか?」

私の夢想をぶった切るギルドボ。
無言で杖で殴る。が、あっさり受け止められる。

「お、図星だったのか?」
「……黙れ。」

全く、この男は……

「ヘル。お前はマザコンだろ。」
「……あえて言うなら、ドラゴンだ。」
「何?」

無論、そんな反応をすると思った。だが……

「……冗談に決まっている。お前が私の反応を期待したように、私もお前をからか
ってみた。」
「付き合い長いけど、お前のギャグと言うか妙なノリには正直ついていけない時が
ある。」
「……。」
「まあ、それでもここまで来たんだしな。」

ここまで来た、か。

「……ハイウェイズマンギルドは崩壊しかけてるけどな。」
「何とか持ち直させるさ。」
「……出来るのか。」
「やれるだけはやるさ。お前が俺についてきてくれる限り、な。」

やれやれ……
この手の仕事は計画立てても、いろんな事で不安定になるものだ。
今は落ち目でも、いつかは立て直せると思っているのだろう、ギルドボは。
まあ、当分私も休む暇は無いな……
山のような問題を抱えていながら、今の私は、何かが楽しかった。

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