ガッキィン!


闇の中で閃いた凶刃を、岩の体で受け流す。



「……。」

闇。虚無に最も近い場所。それ故に、私にとっては心地良い。

「冥府の民が、何故ここにいるのです。」

その闇を照らす、一人の乙女。

「……私は、監視者だ。貴女こそ、何故ここにいる?」

光と闇。決して相容れないもの。

「私は英霊を探しに来た、それだけだ。」

相容れないからこそ、争う。



「……そうか。ならば何故この男の首を刎ねようとした?」

視線を動かさず、殺気だけを戦乙女に襲われた男に突きつける。
しかし、答えは男から帰ってこず、代わりに戦乙女が答えた。

「私がヴァルハラに連れて行こうとした戦士だが、その案内を振り切ってその男に
取り付いた。」

なるほど、彼女の責任問題と言うわけだな。だが…

「……貴女が連れて行こうとした魂は既に罪人だ。ヴァルハラではなく、冥府に行
って裁きを受けるべきだろう。」
「そういうわけにいかんな!貴様ら冥府が戦争の準備をしている事は知っているの
だぞ!来たるべき終末の為に!」

来たるべき終末の為……か。

「……ふふふふふふふ……。」

思わず、笑がこぼれる。

「何が可笑しい!」

そうか、所詮は使いっ走りか。道化でしかない。

「……来たるべき終末の為、か。可哀想に、貴女は主人と共に滅びなさい。」

《神々の黄昏……ラグナロク。私は、父から聞いて知っている。

「何だ、貴様は何を知っている!」

所詮は神を気取ったところで、この世に存在する限りは滅びから免れない。
それを知らずに永遠を生きようと足掻くのが、食物連鎖の頂点に立つ物だと言うの
は実に無様だな。

「……『北欧神話』。貴女には、知りえる機会すらないでしょうね。」
「待て!」

そう言うと、私は魔術で転移した。
切りかかられた男は、既にその場から逃げ出していた。


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山のような本棚が並ぶ、図書館のような場所。だが、ここには出入り口は存在しな
い。
ここは、異空間にある私だけの部屋。ここには、『ミストルテイン』を持つものし
か入れない。
幽閉されている異父の兄が持っている物を除けば、両親が作ったこの部屋の鍵『ミ
ストルテイン』は現存しない。

私は、先ほど剣を受け止めた場所を確認してみる。
ゴーレムの腕は繋がってこそいたものの、半ばまで切り込まれている。
ローブの袖も切れてしまったので、服も体も修理せねばならない。

「……それにしても、冥府でも天界でも現世で生きる人間の殺傷は禁じられている
と言うのに、奴は躊躇いもしなかったな……。」

先ほどの戦乙女を思い出す。人間に対してあんな態度だから、戦士の魂にも逃げら
れたのではないか?

「……だが……アレでも、ヴァルキューレだ。
迂闊に刺激して、連中の逆鱗に触れるわけにもいかない。
出来うる事なら、速やかに立ち去って欲しいものだな。
それにせっかく得た機会だ…」

私は、一人呟き……
とある、棚へ向かった。そして、目的の本の背表紙を見つけ、開く。

『北欧神話物語』



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「……。」
「何のつもりだ?冥府の民よ。」

《いつの間にか背後に現れた、独特の気配。生気の無い、氷のような冷たい気配。

「……何の事は無い。さっさと帰ってくれと言いに来ただけだ。」

《さっきは私の邪魔をしたと言うのに、何を考えている?

「目的を達したらな。」
「……そうか。その目的と言うのは、逃げ出した戦士の魂を連れて行く事か?」


ガッキィン!


「……心臓に悪い。」

《何だ、さっきから飄々として!

「貴様は私を馬鹿にしに来たのか!?」
「……馬鹿に出来るような相手だったら、私は今躊躇いも無く貴女の首を刎ねてる
ところよ。」

私の剣の一撃は、漆黒の刃の出ている木の杖に受け止められていた。
一旦距離をとり、精神を集中させる。

「いい度胸だ。冥府に送り返してやる。我と共に生きるは…」

そこまで言ったところで、背後から何かに取り押さえられた。今の私は実体化して
いる。
《くそ、仲間がいたのか。

「……止めなさい、私は貴方を助けたわけじゃない。」

《奴の仲間ではない?

【うるせぇ。俺“たち”は、少しこいつを嬲ってやんなきゃ気がすまねぇんだ
よ!】

少し視線を動かし、私を捕らえた男の顔を見る。そこには、本人の意思が無い事を
知らせるように虚ろな眼をしていた。

それと共に、足音一つ立てずに気配が2つ増える。
その気配から怖気がして拘束を解こうとしたが、捕らえているのが巨漢の男だった
ため、女の細腕では無理だ。

「!!?」
【いい反応だ。嬲りがいがありそうだぜ……】

「……止めろといっただろう?」

《なぜ、私を庇う?冥府の民にとっては、私が無残な目にあったほうが都合がいい
のでは?

【はっ、何を言うかと思えば……ここは、女冒険者を性奴隷にして売り飛ばしてる
ハイウェイズマンギルドの縄張りだろ?】
【色々話を聞いたら、ここは最高の狩場じゃねぇか。俺たちは、ここを出て行くつ
もりはねぇぜ。】

《……下種どもめ。このような連中を選別してしまった私は、自分が恥ずかしい。

「……出て行くつもりが無くても、私は貴方達を受け入れない。」

【何?】
【いい度胸じゃねぇか……】
【おい、お前ら。俺がこいつを抑えてる事を忘れるなよ。】
【監禁玄室に連れて行って先に味わってろよ。へへっ。】

《つくづく低俗な奴らだ。

「……馬鹿が。うちには、下種は居るが、馬鹿には居て欲しくないんだよ。」

【なんだぁ?】
【体が……動かない?】

「……知ってる?戦争では無能な働き者は殺すしかないって話を。」

冥府の民が、声に怒気を強めていい、杖に魔力を込める。






「……逃げ足の速い、連中だ……。」

恐れをなしたのか、3人は体を捨てて逃げていった。
取り付いていた霊が抜けて、3人のならず者は気を失っている。

《なんなんだ、こいつは?
何かが、腑に落ちない。異なる世界に住むものゆえ、独自の価値観が違うのは当た
り前なのだろうが。

「…………礼は礼だっ!『助けてくれて、ありがとう…。』とは一応言っておく。
だが、貴様は一体なんなんだ?」
「……さあな。私は、なんなのだろうな。」

《答えるつもりが無いのか、本当に自分でも分からないのか?だが、さっきの意味
深な発言だけは聞いておきたい。

「一つ聞く。さっき、『北欧神話』と言ったな。」

す……。

メモのような物を、私に突き出す。
《私に受け取れと言うのか?

「……そこに書いてある事は、別に、予言でもなんでもない。唯の、異界に伝わる
伝承だ。
貴女だけが読んで心に秘めるなり、主に報告するなり好きにするといい。」

「それってどういう…」
「……一つだけ言える事がある。それは、私の義父(とうさん)の持っていた本の大
まかな概要なのだが、
多くの異世界で、同じ名前で似たような効果の物が発見されている。
その世界によっては、世界の運命を左右するほどのものもある。もし、そこに書か
れているような事が起こったら気をつけるといい。」

正直、参る。一方的に物を言って来て、何を考えているのかがさっぱり分からな
い。
《天界に、恩を売って何がしたいの?

「……ふふっ、前振りが微妙に分かりにくかったわね。
私は、この世界に滅んで欲しくないだけ。
……さっさと、あの馬鹿どもを天界に連れてって。
もう受け入れられないって言うんなら、冥界であいつらは悲惨な目に合って頂くけ
ど。」

「余計なお世話だ!」

今思えば、訳分かんないのは最初からだったし、今でも気に食わないけど…
《まあ、別に根が悪い奴じゃなさそうね。

「……とりあえず、あの馬鹿どもはほっとく訳にはいかないから、私も探すの手伝
うわ。」

「ついてこないでよ。」

「……手分けして探したほうが早いしな。」

《もしかして、私が気に入らないように、向こうもこっちの事、気に入らないのか
しら?
そんな事を思っているうちに、奴は姿を消した。
《何なのかしらね、この微妙な雰囲気の共同戦線は。

だけど。 悪い気はしないわね。 私たちは平行線で交わらないかもしれないけ
ど。


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