いんたーみっしょん byMORIGUMA ゴトッ 兜を脱ぐと、右頬に傷のある若者はふっと息をついた。 「よー、ごくろーさん。」 ペペが、おごりでいい酒を一杯渡した。 「お、あんがとよ。マスター」 普通、マスターが傭兵たちに出すのは、 もっと質の悪い安い酒だ。 だが、女冒険者たちにつきそい、 無事に戻ってきた連中には、 ペペはねぎらいに、最初の一杯だけいい酒を出す。 「おめーも、祖国じゃ名が売れてるってのに。」 ペペは、妙な笑いを浮かべ、そいつに言った。 若者は、苦笑しながらグラスを空けた。 「傭兵団"銀の戦闘人形"、若頭筆頭、ベース・グラベノンさんですよね。」 横にいた小柄な吟遊詩人ミューが、確認するようにささやいた。 「他にも、“鉄の破裂”のエースや、“紅の流星団”のチーム、 “東方旅団”の3名、“母なる森”の2名に“鉄十字騎士”他、 ずいぶんいますよねえ。」 ペペは、眉一つ動かさず、平然と聞き流しているが、 少しでも傭兵や冒険者たちの世界に詳しい者であれば、 腰を抜かすような名前がぞろぞろ。 それぞれ一流の名前ばかりであり、 しかも即座に戦争しかねない敵対関係のそれも、 いくつも含んでいた。 「さすが、“情報局”ミューだな。お前が来てること自体、 俺たちには、驚きなんだがな。」 ミューはそれまで見せたことの無い、人の悪そうな笑いを浮かべた。 「あらら、ご存知でしたか。」 少しも意外そうではなく、ミューは言った。 ジト目で、ベースはミューの笑い顔を見た。 『このバケモノめ。』 情報屋と呼ばれる者は、数々あるが、 『情報局』と呼ばれ、国家の行く末すら左右すると噂され、 あらゆる国家機関が、血眼になって探し回っている『怪物』がいる。 軍事大国のグラッセンが、総力を挙げて仕掛けたはずの、 電撃的な急襲を、クルルミクがいともたやすく受け止め、 たいした被害もなく持久戦に持ち込んだのも、 『怪物』の暗躍が噂されている。 大きな傭兵団のトップにいるベースですら、 独自の情報網まであるというのに、 彼が“情報局”らしいと気づくのに、ずいぶんかかった。 ポロロン、ポロン、ポロン、 ごく自然に、客に頼まれてリュートを弾くように見せるミュー。 「だって、面白いじゃないですか。 世の中には、男と女しかいないんですもの。 女たちのために必死になる男たち、いや〜、いいですねえ。 吟遊詩人としては、見逃せるわけがありませんよ。」 ぺペの出した安酒が、妙に苦い。 確かに、そういう例は多い。 冒険者の女たちは、実力者ばかりで、 非常に顔も広ければ、付き合いも多い。 『だが、それだけでお前が来るのか?』 じろっと、ベースが見ると、茶色の目はクスクスと笑い返す。 『まあ、いろいろありまして。あなたの所もでしょ。』 目がさらにベースの奥を覗きこみ、さすがにまいった。 彼が、ある王国の第6位王位継承権を持つという事も、 その王国の情報組織中枢にいるという『特秘事項』も、 この怪物には、どうということも無いらしい。 このクルルミクの騒動や影響は、 単なる継承問題や、2国間の戦争問題ばかりでなく、 非常に広い世界へ、おびただしい影響を及ぼす問題を、 数多く孕んでいるらしかった。 「まあ、そのくらいにしとけ。」 ペペが、無言だが陰にこもったやり取りをやめさせる。 「ま、ベースさんよ、頼むぜ。女たちもずいぶん減っちまった。 これまでいろいろ大変だったが、いざいなくなると、さびしいもんでな。」 もう一杯、うまい酒が注がれた。 これはもちろん、ペペのおごりだ。 「わかってるって。中でも外でも、出来る限りのことはやるつもりだ。」 中とは、もちろん竜神の迷宮内でのことだ。 だが、外とは?。 「それに、闖入者も半端じゃありませんよ。」 キシシシと、ミューが笑う。 「先日、あるエルフの若奥様を売りに出そうとしたら、 建物が半壊、かなりの死傷者が出たそうですから。 もちろん、若奥様は行方不明。」 ベースは天を仰いだ。 「派手にやりゃあがったな、あの旦那・・・。」 ミューが芝居めいた様子で肩をすくめた。 「でないと、性欲魔王復活ですからね。 彼女だけですよ、アレを抑えることが出来るのは。」 「おい、おい、その話は禁句だろうが・・・」 ペペが必死に声を抑えて言った。 10年ほど前に、数え切れないほどの女性たちと夫婦やペアに、 凄まじい被害を及ぼした、呪われた魔人の話は、 今でもタブーとして恐れられている。 うっかり聞くと、被害者がその場で狂乱しかねないからだ。 「あー、ペペさん。まずい話はむしろ大っぴらにやった方が、 誰も聞き耳立てませんよ。」 「聞いてるこっちが心臓に悪いんだよ。」 ふっと、ミューが表情を沈めた。 「それに、まだまだ、謎が多いですよ。実におもしろい。」 情報局ですら、謎という言葉に、ペペが不審そうな顔をする。 「姐御か・・・」 ベースが、ぼそりとつぶやく。 ポロポロポロポロロン 泣くような音色が、静かに答えた。 「どこいっちまったんだかな・・・」 その部分だけ、まるで情報のブラックホールだった。 ある一人の賢者が、壮絶に敗北し、堕ちた。 だが、そこから先の情報が、まるで見つからない。 陵辱された玄室を出たところまでは、いくつも情報がある。 彼女の最後のセリフも克明に記録されている。 だのに、玄室を出た直後からの情報が無いのだ。 「まるで、バターを切り落としたみたいですよ。」 ぞっとするような冷えた言葉。 彼がそれを言うと、重みは凄まじい物があった。 「人の身にゃあ、知らねえ方がいい事もあるもんだぜ。 ましてや、あの姐御じゃあな・・・」 不思議に、真理を突いているようなペペのセリフだった。 「まさか、10階のアレか?」 「いえ、アレも知りませんでしたよ」 ぞっとした顔で、ペペとベースが見ると、 ミューがいたはずのそこは、 空のスツールが静かにゆれているだけだった。 FIN 追伸、MORIGUMAより。 この話は、私が勝手な妄想を広げるための、 幕間劇(いんたーみっしょん)になってます。 他の方たちの設定やSSには、 なんら関係はございませんので、 そのむねご容赦くださいませ。