白の騎士団(その2)





「報告します。」

目つきの鋭い女性がダナンの前に立っていた。

彼女の名前は【チェーン】。白の騎士団の団員である。

「行方不明の冒険者は現在29名。その内11名の安否を確認。」

チェーンは淡々と述べていく。

椅子にもたれ、目を瞑っているダナンは黙って聞いていた。

「残り18名の内、8名の居場所を確認。10名は目下捜索中です。」

「昨日の作戦の被害は?」

「ありません。」

「多少の被害は覚悟していましたが…。彼らのおかげですか?」

「はい。」

「さすがですね。」

瞑っていた目を開けて、ダナンは立ち上がる。

その顔には笑みが浮かんでいた。

「よろしいのですか?」

「何がです?」

「彼らは…こちらを利用しています。危険なのでは?」

「問題ないですよ。それに彼らだけではありません。」

ダナンは白の騎士団の現状を理解していた。

いや、こうなる事は予測していた。

入団希望に混じって、敵対する組織や、白の騎士団を利用しようとする組織の

工作員が潜入していること。

また、手を貸してくれる人外達は、それぞれの目的があって協力しているだけ。

誰がいつ裏切るか分からない。

「情報が漏れている件はどうですか?」

「犯人は分かりました。」

「そうですか。対処は貴女に任せます。」

「はい。」

白の騎士団の上層部だけで止めている情報が、何者かによって団員達に流れて

いた。それによって、先走る団員達が増えている。

ダナンは心の中で呟いた。

(急激な人員の増加と目立ちすぎた事が原因なんでしょうね。)

白の騎士団の名は有名になっている。

良い意味でも、悪い意味でも。

(ワイズナー討伐が終わるまで、現状を維持したいですが難しいでしょう。)

溜息をついて、ダナンは棚にあるワインを取り出す。

「貴女も飲みますか?」

「いえ。地上の飲み物は…。」

「ああ、そうでしたね。すみません。」

(第一段階は終了しています。あの人に副団長を頼んで、私は影で動き

ましょうか。機を逃がすと目的が達せなくなりますしね。)

思案しながら、ワインを飲むダナンに、チェーンが言った。

「次の作戦の内容ですが…。」

「カリストさんですか。」

【カリスト】。ワイズナー討伐に参加した冒険者の1人。

龍神の迷宮で行方不明になっていた。

白の騎士団の捜索の末、1週間前に所在が判明する。

「買取った相手は厄介ですが、実行部隊のメンバー補充と協力者の支援に

より問題ないかと。」

資料を受け取り、ダナンは目を通した。

カリストを買取ったのは、グラッセンの騎士【イルダート】。

2刀流の使い手で、一騎打ちで無敗を誇っている。

現在は国境の前線で、クルルミク王国の竜騎士団と戦っていた。

「このワイバーンというのは?」

資料にワイバーン数体確認と書かれている。

「イルダートは対竜騎士用に、ワイバーンを飼っています。」

ダナンは溜息をついた。

今まで1番危険な作戦になると思ったからだ。

場所は両軍が激突する戦場。

しかも、相手は凄腕の騎士で、ワイバーンのおまけつき。

「大丈夫ですか?今の実行部隊では対処しきれないと思いますが…。」

「問題ありません。」

心配するダナンを余所に、チェーンは新たな資料をダナンに手渡した。

資料には2人の人物の事が書かれていた。

【フラ・デッド】。グラッセンの兵士であり、白の騎士団の団員。

そして、ワイズナー討伐に参加していた冒険者【ヴァイオラ】。

ギルドに捕まり、性奴隷として売られたが、買取った相手を殺して逃亡。

その後は行方不明だったが…。

「彼女が協力者!?」

「はい。連絡が取れたので、イルダートの相手を頼みました。」

「しかし、彼女をまた危険な目に遭わせるわけには…。」

「私は彼女でないと、今回の作戦は成功しないと思っています。」

ダナンは沈黙して迷った。

確かに彼女の腕は凄まじい。巨剣「悪鬼の大鉈」を自在に操る姿を見た時は

身体が震えた。恐怖と美を兼ね備えている。

イルダートの強さは分からない。

だが、ヴァイオラが一騎打ちで負けるとは思えなかった。

「分かりました。この件も貴女に全て任せましょう。」

「はい。作戦は3日後に実行します。」

不安だったが迷っている暇はない。

イルダートは3日後に国へ帰還する。

帰還の理由は知らないが、カリストも連れて行かれるだろう。

それでは救出が困難になる。

戦場も危険だが、相手の本拠地も危険に変わりない。

ならば、帰還の最中に襲撃した方がいい。

「彼らは…あの作戦に参加して頂きます。よろしいですか?」

「ええ。フォルさん達にしか出来ないでしょう。」

「はい。」

「私達を利用しているなら、私達も彼らを存分に利用しましょう。」

笑顔で言うダナンに、チェーンは無表情で頷いた。

「それでは失礼します。」

「ああ、チェーンさん。」

部屋を出るチェーンに後ろから声をかけた。

「貴女の主にも、協力感謝しますと、伝えておいて下さい。」

「…!」

ゆっくりとチェーンは振り返った。

先程と変わらない無表情で。

「何の事ですか?」

答えず、ダナンは笑顔だった。

しばらく2人は見つめあう。

誰かがいたら、この場から逃げ出したかもしれない。

重くピリピリする空気が辺りに漂っているからだ。

先に目を反らしたのはチェーンだった。

「失礼します。」と言って部屋を出ていく。

部屋に笑い声が響いた。

団員が聞いたら、さぞ驚いただろう。

ダナンの壊れたような笑い声。

「困りましたね。私の周りは敵だらけですか。」

困った顔はしていない。

嬉しそうに楽しそうに微笑んでいた。





冒険者の酒場で、Dはシャドウランサーと話をしていた。

周りから見れば、奇妙な光景である。

酒を飲みながら、影と話す少女。

しかし、誰も2人に関心を示さない。

いや、誰も2人の存在に気がつかない。

まるで、最初から存在しないように。

「報告ハ以上ダ。」

「ふ〜ん。」

「不満デモアルノカ?」

「別に。」

「確カニ報告シタ。」

「もう行くの?」

「忙シイノダ。」

「大変だね。」

もう返事はなかった。

空になったグラスをカウンターに置いて、Dは空中に浮いた。

やる気のない顔で呟く。

「暗殺か…面倒だな。」

そして、空気のように消えた。


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