白の騎士団(その1)
冒険者の酒場のカウンター席に1組の男女がいた。
男は30代前半ぐらいで、かけている眼鏡がよく似合う。
服装からは冒険者にも傭兵にも見えない。
何故なら白衣を着ているからだ。
名前は【ダナン】。【白の騎士団】の副団長である。
女は人間ではなかった。長寿で知られるエルフだ。
見た目は20歳前半くらいだが、本当の歳は分からない。
男と同じように白衣を着ていた。
名前は【フォースリー】。一部の者だけが知っている【魔法医】だ。
白衣を着た2人は酒場で目立っていた。
当たり前である。
「遠い所から来て頂いて恐縮です。」
「いえいえ。アリアンと貴方の頼みなら断れません。」
周囲の視線を気にする事なく、互いに笑顔で酒を飲んでいた。
ダナンはキョロキョロと辺りを見回す。
「そういえば、アリアンは?ご一緒だと思ったのですが…。」
「実は…。」
困った顔でフォースリーは答える。
王都の南西にある商業都市で、不幸な男とアリアンは再会した。
命を落としかけない状況らしく、男の最後を見届ける為、街に残ったそうだ。
「助けようとしないところが彼らしいですね。」
ダナンは苦笑した。
【アリアン】。謎の吟遊詩人を自称する正体不明の男。
色々な場所で様々な人間に関わるもの、あくまでも表面上だけ。
決して深くまで関わろうとしない。ただ、見守るだけなのだ。
白の騎士団にも協力するが、作戦に1度も参加した事がなかった。
バダン!
酒場の扉が勢いよく開く。
入って来たのは10代後半ぐらいの少年だ。
似合わないチェインメイルを着ており、背中には大剣を担いでいた。
「ダナンさん!」
「エミリオ君?そんなに慌てて、どうしましたか?」
「あの件は本当ですか!?」
【エミリオ】と呼ばれた少年はダナンに詰め寄る。
「何のことですか?」
「あの2人が…目的の場所に向かっていると聞きました。」
「そのことですか…。」
溜息をついてダナンは、隣の席にエミリオを座らせた。
「あの人達が強くても2人だけでは危険です。」
「そうですね。少し無謀かもしれません。」
「白の騎士団も手助けに行くべきです。」
かつて白の騎士団は、ある人物を勧誘した。
仁義と任侠に厚い2人の傭兵を。
しかし、断られた。
断った理由をダナンは分かっていた。故に断念した。
「駄目です。」
「どうしてですか!?」
「人手が足りません。現在2つの作戦を実行中です。知っているでしょう?」
「せめて僕だけでも!」
「駄目です。貴方は白の騎士団の貴重な実行部隊の1人です。」
最近になって、白の騎士団の人数は大幅に増えた。
だが、戦える者が少ないのは変わっていない。
エミリオがいなくなれば、実行中の救出作戦に支障が出る恐れもあった。
「気持ちは分かりますが、堪えてくれませんか?」
悔しくてエミリオは強く拳を握った。
ダナンの言っている事は正しい。
組織に入っている以上、勝手な行動は厳禁だ。
自分の我侭で、仲間達に迷惑をかけるわけにはいかない。
でも、納得できなかった。頭が理解しても、心が拒絶した。
「あの2人が…どうなってもいいのですか!」
「白の騎士団ではない者の面倒まで見切れません。」
冷たくダナンは言い放つ。いつもの笑顔が消えていた。
組織の副団長として、個人の勝手な行動を許す事は出来ない。
「そんなの関係ない!あの2人は…同じ志を持つ仲間です!」
「いいえ。私達とは違います。」
【ハイウェイマンズギルド】に捕って売られた女冒険者達を助ける。
それは白の騎士団も傭兵達も同じだ。
違うのは、白の騎士団は全ての女冒険者達を助ける事が目的。
それに対して傭兵達は、1人の女冒険者を助ける事が目的だった。
もっとも、傭兵達は数人の女冒険者達を助けている。
白の騎士団以上に活躍していた。
俯いているエミリオにダナンは言う。
「ある人達に情報を流しました。間に合うかどうかは微妙ですが…。」
「・・・・・。」
「間に合えば、最強の援軍となるでしょう。」
「・・・・・。」
何も言わないエミリオに、ダナンは理解してもらえたと思った。
俯いた顔を上げるまでは。
「その目では…止めても行きますね?」
「はい。」
決意した目だった。ダナンは諦めた。
あの目をした者は止めても無駄だと知っている。
ここで駄目と言えば、白の騎士団を抜けて出も行くかもしれない。
貴重な戦力であるエミリオを失うわけにはいかなかった。
「分かりました。私の負けです。」
「それじゃあ…。」
「今から行っても間に合わないと思いますが、許可します。」
「ありがとうございます!」
エミリオは喜び、酒場を飛び出して行った。
「若いっていいですね。」
今まで黙って見守っていたフォースリーは、クスクスと笑いながら言った。
「笑い事じゃないですよ。作戦の練り直しです。」
「私もお手伝いしますから、頑張りましょう。」
フォースリーは、がっくりと肩を落としているダナンを励ました。
「助かります。では、早速。」
「はい。何なりと。」
いつもの笑顔に戻って、ダナンは意外な事を頼んだ。
「エミリオ君の手助けをして下さい。」
「他の作戦に参加しなくてもいいの?」
「ええ。彼を1人で行かせる方が不安ですから。」
まじまじとダナンを見て、フォースリーは満面の笑みを浮かべた。
「何ですか?」
「やっぱり貴方は良い人ですね。」
「そうですか?」
「そうです。」
フォースリーはダナンの頭を優しく撫でた。
恥ずかしそうにしながら、ダナンは心の中で呟いた。
(私は悪い人ですよ。騙しています。貴女も仲間たちも…。)
「それではいってきます。」
「頼りにしています。」
「任せて下さい。」
グラスに入っていた酒を一気に飲み干して、フォースリーはウィンクした。
「私にかかれば、千切れた身体も壊れた心も、全て治して見せます!」
そして、ふらふらと歩きながら酒場を出て行った。
ちょっと心配だったが魔法医としての腕は確かだ。
以前に両手両足を失った少女を治した。
精神が崩壊した女冒険者を治した事もある。
「無事でいて下さい。」
ダナンは祈った。
エミリオかフォースリーか。それとも傭兵達にか。
果たして誰であろうか?
しばらくして、酒場に別の少年が現れた。
かなり痩せており、表情は異様に暗い。
ダナンの隣に座ると、じーっとダナンの顔を見つめる。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「何か用ですか?モンラ君。」
耐え切れなくなったダナンは、引きつった笑顔で少年に話しかけた。
【モンラ】と呼ばれた少年は口を動かす。
かろうじて聞こえる小さな声だ。
「竜騎士…どこ…?」
「その件ですか。」
ダナンは頭が痛くなった。
どうして、幹部クラスにしか伝わっていない情報が漏れているのか。
売られた女冒険者の情報は、救出計画が立案されるまで、秘密になっている。
一般団員達が知って、勝手な行動をされたら困るからだ。
相手が警戒すれば、救出は困難になる。
それにも関わらず、エミリオやモンラが知っていた。
(情報が漏れている原因を、突き止めないといけませんね。)
溜息をついて、ダナンは心の中で呟く。
「竜騎士…どこ…?」
「言えません。相手が大物で、慎重に行動しています。」
「竜騎士…どこ…?」
「ですから、モンラ君には作戦が出来るまで秘密です。」
「竜騎士…どこ…?」
「・・・・・。」
ダナンは酒を飲んで口を閉じた。
何を言ってもモンラに通じないと悟る。
日頃から不気味で、頭のおかしい子だと思っていたが、ここまでとは。
だが、魔法の腕は良い。
実行部隊のメンバーとして活躍していた。
「竜騎士…どこ…?」
「秘密です。」
「竜騎士…どこ…?」
「・・・・・。」
「竜騎士…どこ…?」
「・・・・・。」
「ちっ。最低の上司だ。屑め。呪われろ。自殺してやる。」
舌打ちしたモンラは、ぶつぶつと暴言や怖い事を言い始めた。
無視したダナンだったが、30分経っても言われ続けて心が折れた。
「分かりました。言いますから、やめて下さい。」
頷いてモンラは黙る。
「場所は分かっていません。買取った相手は分かりましたが…。」
「誰…?」
「クルルミク王国の大臣の1人です。」
モンラの顔色は変わらない。
変わりに盗み聞きしていた酒場の主人【ペペ】が顔色を変えて驚いていた。
「アルザード卿…何かと良くない噂が多い人です。」
大臣の名前を聞いてペペは顔をしかめる。
【アルザード・ディクセン】。
裏では多くの犯罪組織と繋がっていると噂されている男だ。
むろん、あくまでも噂だけで、証拠は何1つない。
「竜騎士…誰…?」
「分かりません。竜騎士を買取ったいう情報だけです。」
ハイウェイマンズギルドに捕まって売られた竜騎士は2人いた。
戦姫と呼ばれる竜騎士【クラウディア・エヴァン】。
期待の新人であった竜騎士【リラ・ライラック】。
「そう…ありがとう。」
立ち上がり、ペコリとお辞儀をして、モンラは行ってしまう。
「大丈夫と思いますが…。」
目を瞑り、少し考えてからダナンは言った。
足元の影に向かって。
「モンラを監視して下さい。早まった事をしないように。」
「了解シタ。」
影から返事が返ってきた。不気味な男の声だった。
「そうそう、シャドウランサー。ロゼッタさんの行方は分かりましたか?」
「見ツカラナイ。迷宮ニ入ッタ所マデシカ目撃情報ハナイ。」
「そうですか。クルルミク王国から出て行った可能性は?」
「ナイ。国境ノイル者カラ情報ガ来テナイ。」
ダナンの質問に影は淡々と答えていく。
そして、1番高い可能性を述べた。
「スパイガバレテ、粛清サレタ可能性ガ高イト思ワレル。」
ダナンは黙している。その可能性は考えていた。
女冒険者に倒されてしまった可能性もあるだろう。
しかし、あの少女が簡単に死ぬとは思えなかった。
(もし死んでいたら、黒薔薇に殺されてしまいますね。)
と、心の中で苦笑した。
「分かりました。監視の方をお願いします。」
返事はなかった。すでに気配もない。
行ってしまったようだ。
【シャドウランサー】。影男と呼ばれる魔物だ。
影の中を自在に移動できる。まったく害のない存在。
彼らは影の中で生まれ、影の中で死ぬまで暮らす。
だが、シャドウランサーは違った。
ダナンに仕えている。理由は不明だが…。
「くくく…大変だな。副団長という肩書きも。」
隣に目をやれば、見知った顔の少女が座っていた。
「相変わらず、突然現れますね。貴女は。」
にやりと笑って少女は、ダナンからグラスを奪い酒を飲む。
「おいおい。子供が飲んで良い物じゃないぞ。」
ペペがオレンジジュースを持って来る。
「代わりにこれをやる。」
「ふん。そんな飲み物はいらん。」
オレンジジュースをダナンに渡す。
ダナンは受け取ったオレンジジュースを飲んだ。
「飲んでるんじゃねぇ。見てないで止めろ。」
「いや、彼女はですね…」
「人を見た目で判断すると痛い目に遭うぞ。我は店主の倍は生きておる。」
ダナンを睨むペペに、少女は傲慢に言った。
「本当なのか?」
疑いの眼差しを向けているペペにダナンは頷いて答える。
「彼女は吸血鬼の真祖です。」
「何!?」
ペペは信じられないという目で少女を凝視した。
11〜13歳ぐらいにしか見えない。
腰まである金色の髪。可愛らしい黒いドレス。
左の瞳は翠で、右の瞳は蒼。
美少女だが、人を見下すような態度を取っている。
「怒らせると怖いですから、注意して下さい。」
少女のグラスに酒を注ぎながらダナンは警告した。
吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)。
今は失われてしまった秘伝によって、自らを吸血鬼と化した元人間。
通常の吸血鬼とは比べ物にならない力を持つ。
また、失われた魔法や特殊能力を数多く使えると云われている。
「ダナン。」
「何でしょうか?」
「お前は友人や仲間を、よく考えて選んだ方がいいぞ?」
「最近よく思います。」
呆れているペペに、ダナンは乾いた笑み浮かべた。
「白の騎士団の調子はどうだ?人数が増えたと聞いた。」
「ええ。結成時と比べれば、10倍ですよ。」
「ふむ。じゃが、敵対する組織のスパイや人外が動き出しているそうじゃな。」
邪悪な笑みを浮かべて、少女はグラスの酒を飲み干した。
「予想の範囲ないですよ。」
苦笑して、また少女のグラスに酒を注ぐ。
「それより、例の件を受けてくれませんか?」
「銀狼から女の奪還だったな?」
「はい。貴女以外に出来る方はいません。」
「化け物には化け物か。」
少女は目を細めて、蒼い瞳でダナンを見つめる。
心の中を見透かされそうな感じがする不思議な瞳だ。
「女は吸血鬼になったと聞く。それでも奪還するのか?」
「もしも、元に戻す方法があったとしたら?」
汗をかきながら、ダナンは微笑む。
少女と話している時、いつも心臓を握られている気分だった。
身体が重く、精神的な負担を感じる。
「興味深い話だな。」
蒼い瞳が怪しく輝き始める。
「もし…。」
後ろから話しかけられて、慌ててダナンは振り返った。
そこには女冒険者の【クレール・アズナヴール】がいた。
(やばい…話を聞かれていた?)
笑顔だったが、ダナンは心の中で焦っていた。
なるべく話を聞かれないように、いつもカウンター席の1番隅に座っている。
また、重要かつ危険な話をする時は魔法を使っていた。
人から認識され難くなる魔法だ。
まさか、話しかけられるとは思ってなかった。
今も魔法は使用していた。それにも関わらず、ダナンの存在を認識した。
この魔法の欠点は、強い意思を持つ者に効きづらい点だ。
「すまない。何か重要な話の最中か?」
ダナンは、ほっとした。
クレールの態度や表情から話は聞かれていないようだ。
「いえいえ。大丈夫ですよ。何の御用でしょうか?」
「前に貰った薬は良く聞いて助かった。また頼んでもいいか?」
何も入ってない袋をクレールはダナンに渡す。
僅かだが、袋から薬草の匂いを少女は感じた。
「もちろんです。いくつ必要ですか?」
「仲間の分も欲しいから10袋ほど。」
「分かりました。明日までに用意します。」
「助かる。それでは。」
「はい。また明日に。ご利用ありがとうございます。」
テーブルに戻っていくクレールを、ダナンは笑顔で見送った。
「薬?」
袋の匂いを嗅ぎながら、少女はダナンに聞いた。
「表向きは薬剤師になっていますから。」
「色々と忙しい男だな、お前は。」
「薬剤師ですから、白衣を着ていても、おかしくないでしょう?」
「いや、おかしいだろう。」
少女は呆れて、ダナンから視線を外した。
そして、誰にも聞こえない小声で呟く。
「くくく…魔眼の効き難い男だ。」
「何か言いましたか?」
「何でもない。酒のおかわりだ。」
酒瓶を1本空にした少女は、ダナンに注文を取らせた。
ペペは何も言わず、酒瓶を少女の前に置く。
「ダナン、注げ。」
「はいはい。」
逆らうと、ろくでもない目に遭う事を、ダナンは過去に経験していた。
手馴れた感じで酒をグラスに注いだ。
「それで、お前の本心は何だ?」
「と、言いますと?」
「しらばっくれるな。お前の事はよく知っている。」
「・・・・・。」
「何の見返りもなく、救済活動をするはずがない。」
ダナンは誰も回りにいないか確認した。
先程まで近くにいたペペは、注文を受けに行っていない。
「何を企んでいる?」
グラスを見つめたまま、少女は言った。
ダナンから笑顔が消える。無表情だ。
何を考えているか分からない。
すぐに笑顔に戻る。明るい声で非難する。
「心外ですね。無償で助ける。それが本心ですよ。」
「ほぅ。本当にか?」
「ええ。見返りを求めるなら、彼女達の笑顔をもう1度見る事です。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
グラスをカウンターに置いて、少女は笑った。
「くくく…そうゆう事にしておいてやる。」
ふわりと空中に浮き上がる。
注目されるはずだが、誰も少女を見ていない。
まるで始めから存在しないように。
「銀狼の件は考えておいてやる。」
「ありがとうございます。」
「酒の支払いは任せた。」
そう言って少女は消えた。
「Dには…薄々ですが気づかれていますね。」
ダナンは苦笑した。
【D】。それが少女の名前だ。本当の名前ではない。
本当の名前は誰も知らない。Dは決して語らない。
もしかしたら、D自身が知らないのかもしれない。
「彼女達を助けたい気持ちに偽りはありません。」
Dの飲みかけのグラスを取ると、ゆっくりと酒を飲み始める。
「私のもう1つの目的を知ったら…怒るでしょうね。」
ダナンは目を瞑った。
白の騎士団の団員達、女冒険者達、スポンサーであり団長。
色々な人々の顔が浮かぶ。
全員を裏切っている。
「それでも…私は…。」
「ダナンさ〜ん。この間のお薬ですけど…ひいやぁっ!?」
話かけた元冒険者の【パーラ】は小さい悲鳴を上げた。
ぞっとするような冷たい笑みを、ダナンが浮かべていたからだ。
パーラは後ずさる。
ドン!と、誰かにぶつかった。
「どうした?」
注文を受けて戻って来たペペだった。
「ペペさん!その、あの、いえ。」
何を言えばいいのか分からないパーラ。
「どうしました?」
振り返ったダナンの顔は、いつもの優しい笑顔だった。
「あ、あれ?見間違えかな…?」
「よく分からんが、ちゃんと仕事をしろ。」
「は、はいぃっ!」
パーラは店の奥へ走って行った。
「元気の良い子ですね。」
ダナンはそう言って、代金を支払い酒場を出て行った。
続く?
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