猫は語る(その2)
【冒険者の酒場の一室】
「良い天気ですね。」
パーラが言った。同感である。
雲1つない快晴。ポカポカした日差しに、たまに吹く爽やかな風。
こんな日は昼寝をして過ごすのにかぎる。
私はパーラの太股の上で丸くなり、先程からウトウトしていた。
今日も食事にありつけ、身体まで洗ってもらった。
極楽極楽。
私の頭をパーラは優しく撫でてくれる。
野良猫をやめて、ペットになるのも悪くない。
主がパーラならの話だが…。
「ちょっと!パーラ!」
リィアーナの怒鳴り声が、私の眠りを吹き飛ばす。
窓をちらりと見れば、メイド服姿のリィアーナがいた。
似合っているが、今の雰囲気で台無しである。
「どうしたんですか、リィアーナさん?」
「何であたしが、洗濯物を干さなきゃいけないわけ!?」
「それは…ペペさんが…。」
「そもそも、この服は何!?ヒラヒラして動き難い!」
「それも…ペペさんが…。」
窓から部屋の中に入って来たリィアーナはパーラに詰め寄る。
パーラにあたるのは間違いだ。
昨晩、ペペと一緒にリィアーナは酒を飲んでいた。
その時の事を私は思い出す。
【昨晩の酒場】
「あははは。それでさ〜。」
「リィアーナ。飲み過ぎだぞ。」
「何言ってんの。まだまだ飲めるわよ。」
いやいや、どう見ても飲み過ぎです。
リィアーナの足元には空になった酒瓶が、いくつも転がっている。
「奢ると言ったが、これ以上は駄目だ。」
「何よ〜。ケチケチしないでよ〜。」
「うおっ!?リィアーナ!?」
酒瓶を奪い取ろうとするペペに、リィアーナは抱きついた。
「お願い。もう1杯だけ。」
「こ、こら!離れろ!」
「うんって言ってくれなきゃやだ〜。」
「誰か助けてくれ!」
ペペは助けを求めるが、客達は見ているだけだった。
面白そうに見ている者、羨ましそうに見ている者、様々。
共通している事は誰も助ける気がないという事だ。
残念ながら、私は助けたくても出来ない。
しかし、リィアーナはどうしたのか?
あそこまで酔っ払う程、普段は飲まないのに。何かあったのだろうか?
「何でもするから飲ませて〜。」
「く〜くっくっくっ。何でもか。よかったな、ペペ。」
「アリアン!見てないで助けろ!」
私の隣に座っていた男は、やはり助ける気はなさそうだ。
奇妙な笑いしかしていない。
全身赤ずくめの服を着た自称《謎の吟遊詩人》。名前はアリアン。
この男から人間以外の気配を感じる。何者だろうか?
付け加えるなら、吟遊詩人の仕事をしている所を見た事がない。
「酒場の仕事を手伝いでも頼めばどうだ?」
アリアンの言葉に、ペペは何を馬鹿な事をという顔になった。
だが、リィアーナは言った。
「やる。何でもする。だから飲ませて〜。」
「おいおい。」
困惑するペペを余所に、アリアンは笑みを深めて次々に案を述べる。
「床のモップ掛けや、洗濯とかどうだ?」
「するする。」
「メイド服を着てやってもらおうか。」
「着る着る。」
リィアーナ、駄目です。遊ばれていますよ。
「では、この契約書にサインを。」
「はいはい。」
リィアーナ!?無闇にサインは駄目だよ!?
あとで大変な事に!正気に戻って!
完全に酔っ払っているリィアーナに、私の叫びが届くはずもなかった。
「く〜くっくっくっ。確かに。」
契約書を受け取って、アリアンは満足そうに微笑む。
一方、酒瓶を受け取ったリィアーナは、ペペから離れて再び飲み始めた。
「やれやれ。」
開放されたペペはジト目でアリアンを見る。
「知らんぞ。あとで闇討ちされても。」
「く〜くっくっくっ。心配ないさ。」
「しかし、何でメイド服なんだ?」
「前に冒険者達のメイド服姿を見てな。もう1度見たくなった。」
「・・・・・。」
メイド服の何が良いのか、私には分からない。
客達は何かを想像して、顔がにやけている。
「やれやれ。」
ペペは大きな溜息をついた。心中お察し致す。
おっと、自己紹介が遅れた。私の名前は《シェルベール》。
カウンターの上で座っている黒猫だ。
【冒険者の酒場の一室】
そして今に至る。
「ほ、ほら!紙にリィアーナさんのサインが!」
懐から契約書を取り出してパーラは見せた。
「ぐぬぬぬぬ。」
契約書を見てリィアーナは唸る。
記憶にないだろうが、間違いなく直筆のサインだ。自業自得。
しかし、あれだけ飲んで二日酔いにならないとは…。
さすがとしか、いいようがない。
「こ、こんなの…。」
契約書を凝視して、怒りでワナワナとリィアーナは震えていた。
朝、ペペに契約書を見せられた時の驚いた顔は失礼だが笑った。
昔に誰かが言っていた。酒は飲めども呑まれるな。
外に目を向ければ、昨日の会話を聞いていた客達が覗きに来ている。
暇な連中だ。リィアーナも視線に気がついたようだ。
「み、見るなーっ!」
箒を振り回して部屋を出て行った。
「ぎゃあああああああっ!」
誰かの悲鳴が聞こえる。客の1人が、しばき倒されたのだろう。
乾いた笑みを浮かべているパーラの太股の上で私は思った。
リィアーナ、ならず者達に見つかるよ。
【冒険者の酒場】
パーラが仕事を始めたので、私は邪魔にならないよう酒場に移動した。
今日も大繁盛のようだ。お気に入りの指定席に座る。
ここからだと、酒場全体が見えるからだ。
ペペがちらりと、こちらを見るが何も言わない。
私が他の猫と違って、悪戯をしない事を知ったからだ。
日頃の行いは大事である。
酒場には傭兵の他に、8人の冒険者達の姿が見えた。
ふと思い出す。
ミラとウィルカ達は、あの後どうなったのか?
5人とも無事だと良いのだが…。
【回想】
「大丈夫ですか?」
「はい。貴女こそ、大丈夫ですか?」
ミラとウィルカは互いに相手の心配をしている。
どちらの不注意が招いたのか分からない。
曲がり角で、ミラとウィルカは額と額をぶつけて転倒した。
これだけなら問題ない。
ミラはウィルカ達の敵。ハイウェイマンズギルドの人間だ。
正体がバレたら、ただでは済まない。
フランムは疑いの目をミラに向けている。
そして、ムーンストナは私の方を見ていた。
気がつかれた?姿は見えないはず。気配で…?
ウィルカとミラは立ち上がった。
「私はミラです。貴女は?」
「私は…」
「待って!」
ウィルカの言葉を遮って、フランムはミラの前に立つ。
「貴女は何者?冒険者じゃないわね。」
やばい!ミラ、本当の事を言ってはいけない。
天然で暢気な性格でも分かるよね?
この場で正体を言う事は自殺行為だ。
「私ですか?罠師です。」
言っちゃった!?馬鹿正直過ぎですよ。
「罠師…迷宮にトラップを仕掛けている?」
マリルが驚いた目でミラを見る。
フランムの目つきが険しくなった。非常にまずい。何とかしないと…。
しかし、ムーンストナが、こちらをじーっと見ていて動けない。
そもそも猫の私に何が出来るのか?
「ハイウェイマンズギルドの人間ね。」
「そんな…。」
フランムの言葉に、ウィルカは信じられないという表情だ。
ミラの歳はウィルカ達と変わらない。
何も考えてなさそうな顔は悪人に見えないだろう。
この状況でミラは、まった現状を理解していない。気がついて…。
「ならず者は許しておけない…!」
フランムはゆっくりと構える。
駄目だ!私は飛び出した。ミラは私の命の恩人だ。
見殺しにする事は出来ない。
ぺにょう!
「ふも!?」
私は張り付いた。フランムの顔面に。
「もに(何)!?なろにも(何なの)!?」
慌てふためくフランムに、私は必死にしがみ付いた。
ミラ!今のうちに逃げて!
「あれ?あの時の黒猫さん?」
逃げるどころか近づいて私を見る。お願いです。
私の努力を無駄にしないで下さい。
ひょい。
あっ!ムーンストナが私をフランムから引き剥がした。
「うふふ…ネコちゃん。」
あ、あの、目が怖いです。ムーンストナは私に頬ずりを始めた。
「ム、ムーンストナ?」
いつもと違う態度にウィルカ達は戸惑っていた。
マリルが恐る恐る聞く。
「ね、猫が好きなの?」
「大好き。」
ムーンストナは、うっとりした目で即答した。
そうでしたか。嬉しいですが、そんなにぎゅっと抱かないで下さい。
苦しいです。誰か助けて下さい。
全員呆然とムーンストナを見ている。
最初に我に返ったのはミラだった。
「え〜と、ギルドに入っているのは駄目なの?」
きょとんとした顔で聞く。分からない貴女が不思議です。
「当たり前です!ならず者達ですよ!?この国の治安を悪化させた!」
フランムは怒鳴る。まったくもって、その通りです。
「そして、私達の仲間を…仲間を…!」
拳を強く握り、ミラを睨んだ。
捕まって売られてしまった彼女達の事を思えば、当然の怒りである。
親しくなった友人も居ただろう。
だが、ミラは…。
「はぁ。よく分かりませんけど、私は売られる変わりに雇われまして。」
「何よ、それ?」
「本当は造罠師です。実は…」
訝しげな4人に、ミラは経緯を話した。
罠を知り、新しい罠を創造して、どこかに仕掛ける事が造罠師。
修行中だったミラは、龍神の迷宮に訪れて捕まった。
ハイウェイマンズギルドに。そこで条件を突きつけられた。
性奴隷として売られるか、罠師として働くか。
ミラの選んだのは罠師だった。この話は私も初耳だ。
「はた迷惑な職業だね。」
呆れた顔でマリルは言った。ちょっと同感。
「罠を仕掛けるのは、もうやめて下さい!」
ウィルカはミラの手を取って訴えた。
「ウィルカ!こいつの仕掛けた罠で、酷い目にあった人がいるかもしれない!」
フランムはウィルカをミラから引き離した。
大丈夫ですよ。ミラの罠は…ね。
「あっ!罠を見ますか?」
嬉しそうな顔で、ミラはリュックサックから罠を取り出す。
いやいや。そんな事をしている場合ではありませんよ。
私の心配やフランム達の警戒を余所に、楽しそうに罠の説明をする。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
4人と1匹は沈黙した。
ミラ…その罠は誰も引っ掛からないと思います。
そんな事に気がつかず、子供のように無邪気に話を続けている。
「悪い人じゃないですよね」と、自信なさげにウィルカ。
「うん。馬鹿だけど。」と、苦笑するマリル。
「もういいわ。先に進みましょう。」と、溜息をつくフランム。
どうやら、ミラが無害と悟ったようだ。
むしろほっておく方が、精神的ダメージをギルドに与えられそうだが。
3人はまだ罠の説明をするミラを無視して先に進む。
「いや〜、猫ちゃん。」
「行くわよ、ムーンストナ!」
私を抱しめているムーンストナを、フランムとウィルカが引っ張って行く。
「バイバイ、ネコちゃん。」
マリルが私を解放してくれた。ありがとう。大感謝です。
「猫ちゃん〜〜〜!」
4人は迷宮の奥へ消えて行った。
何とか助かったようだ。よかった。
「それでですね。この罠は…」
ミラ…4人はもう行ったよ。
「にゃ〜あ。」
猫は人が感じない何かを感じる事が出来る。
5人から不吉な気配が感じた。私の勘違いだと良いのだが…。
どうか無事で。私は祈る事しか出来ない。
まだ説明をしているミラを後に、私は迷宮の奥へと進んだ。
【冒険者の酒場】
ウィルカ達の姿を、あれから1度も見ていない。
まだ迷宮を進んでいるのか?
それとも…。駄目だ!私は不吉な考えを振り払う。
彼女達は無事だ。
きっと近いうちに笑顔で戻ってくるに違いない。
あれは…!
ミラが酒場に入って来た。
どうしてここに?ギルドを辞めたのか?
近寄ると、背中に悪寒が走った。ミラじゃない。
外見はミラそのものだ。だが、中身が違う。そう感じた。
どうゆうことだ?分からない。
しばらくして、酒場を出て行くミラの後をつけた。
一体にミラに何が起きたのか?
確かめなければ…。
≪続く≫
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