猫は語る(その1)





【廃屋】

目が覚めた。崩れた壁から太陽の光が差し込んでいる。

昨日の雨が嘘のようだ。

ここは廃屋。街の中にありながら、誰も住んでいない家。

まぁ、これだけ酷い状況だ。買い手がないのも当然か。

もっとも、そのおかげで私は、ここに居ることが出来る。

雨と風から身を守れ、追われる事も、虐められる事もない。

安らかに眠る事さえ出来る。

私にとっては居心地の良い場所だ。

ふむ。お腹が空いた。また、彼女達に奢ってもらおうか。

起き上がり、私は家を出た。





【裏口】

ある建物の前に来た。私は表から入る事が出来ない。

路地から裏口へと回る。そこには1人の女性がいた。

彼女の名前は《リィアーナ》。ちょっと前まで怪盗をしていた女性。

冒険者達に捕まって更正したようだ。

ならず者達に目をつけられているらしく、ここで身を隠しているとか。

「また来たの。この無銭飲食。」

私を見るなり、リィアーナは言った。

申し訳ない。ここ以外に食事にありつける場所がなくて。

すまなそうに頭を下げると「しょうがないわね。」と言って、リィアーナは

私の首根っこを掴んで立ち上がる。

数歩移動して窓を叩く。

覗けば、ノートと睨めっこしている女性がいた。

彼女の名前は《パーラ》。もと冒険者で、今は酒場で働いていた。

仕事の合間に冒険者達から聞いた魔物の事を詳しくノートに書いている。

このモンスターリストは冒険者達の助けになっている事は言うまでもない。

窓を叩いた音に気がついてない。

止まっていた手が一心不乱に動き始める。

今はどんなモンスターの事を書いているのか。

リィアーナは強く窓を叩く。しかし、パーラは気がつかない。

リィアーナは更に強く窓を叩く。やっぱり、パーラは気がつかない。

頬を引きつらせて、リィアーナは窓を自分で開けた。

私は耳を塞ぐ。何度か経験しているので、この後の事は分かっている。

「パーラ!!」

怒鳴り声が辺りに響く。

「わきゃっ!?」

驚いたパーラは椅子から落ちて盛大に転がった。

「いたたた…リィアーナさん?」

ちょっと涙目になっているパーラ。申し訳ない。私のせいだ。

だが、私も食事を摂らない事には死んでしまう。

「ほら。また、この子が来たわよ。」

「あ、いらっしゃい。」

微笑んでパーラは私を迎えてくれた。部屋の奥に行って直に戻って来る。

手には料理が盛りつけてある皿を持っていた。

「昨日の残り物ですけど、どうぞ。」

とんでもない。私にとっては御馳走だ。感謝。

遠慮なく私は食べ始める。

「よく食べるわね。」

「そうですね。」

2人はじーっと私を見ている。1日1食の私は食べれる時に食べる。

明日もここで食事が出来るとは限らない。

「はい、これもどうぞ。」

ミルクの入った皿を追加してくれる。

ありがとう。貴女は女神だ。パーラに再び感謝。

「竜騎士が2人も帰って来なかったそうね。」

不意にリィアーナが言った。

「・・・・・。」

パーラの表情が暗くなる。分かっているのだ。

戻って来なかった竜騎士2人が、どうなったのかを。

ワイズナー討伐。私がそれを知ったのは、この街についてから数日後の事。

女性の冒険者達が挑んでいる。

危険な罠、恐るべき魔物、卑劣な者達が潜む迷宮に。

毎日酒場に顔を出しているが、見なくなった冒険者達がいる。

彼女達は《ハイウェイマンズギルド》に捕まって売られた。

悲惨な話である。本来なら男性の冒険者達や国の騎士達が動くべきだが、

動けない理由があった。彼女達にしか出来ないのだ。

悔しいが私も応援しか出来ない。

一刻も早く討伐が終わる事を祈ってやまない。

考え事をしていたら、いつの間にか食事が終わっていた。なんて事だ。

1日の中で1番楽しいイベントが、暗い気分で終わってしまった。

そんな私の心境に気がつくことなく、パーラは笑顔で言った。

「美味しかった?」

もちろんですとも。毎日食べたいと思うほどに。

お腹がいっぱいになった私は部屋の奥へと進む。

「あ、ペペさんに見つからないようにね。」

パーラが部屋の扉を開けてくれた。何から何まで感謝。

優しく真面目で頑張り屋さん。良いお嫁さんになれますよ。

旦那になる奴を羨ましく思う。

「見つかると雑巾みたいに絞られるかもね。」

リィアーナが意地悪な笑みを浮かべる。気をつけますとも。

何だかんだ言っても、リィアーナは心の優しい女性だ。

廃屋を教えてもらった御恩も忘れていない。

ペコリと2人に会釈して、廊下を歩いて行く。

その先は、冒険者の酒場。





【シェルベール】

酒場は活気に満ちていた。多くの冒険者達や傭兵達で賑わっている。

私はテーブルに飛び乗った。そこはお気に入りの指定の席。

辺りを見回して、《ペペ》と目が合う。

「・・・・・。」

2人とも申し訳ない。忠告は早くも無駄になったようだ。

硬直する私と睨みを利かせるペペ。

どうしたものか。おっと。そういえば、まだ自己紹介をしてなかった。

私の名前は《シェルベール》。

冒険者の酒場の主人に睨まれて動けない黒猫だ。





【冒険者の酒場】

数秒後。睨むのをやめて、ペペは溜息をつく。

「悪さをするなよ?」

しませんとも。ここで人間の観察をするのが、私の趣味の1つ。

出来なくなったら困る。

「にゃ〜あ。」と了解の返事をする。

納得してないと思うが、ペペは仕事に戻って行く。

改めて冒険者の酒場を見渡す。

目につくのは、3人の冒険者と白衣を着た怪しい男。

さてさて。今日は誰を観察しようか。壷をかぶっている冒険者に近寄った。

確か彼女の名前は《アカメ》。

果て?仲間達と共に迷宮に入ったはず。何故1人なのだろうか?

「失敗です。助けに行って逆に捕まるなんて。」

なるほど。そうゆう訳でしたか。

「みんなは無事かな?」

壷で表情は分からない。だが、声から酷く心配している事が分かる。

きっと大丈夫ですよ。

「にゃ〜ん。」

元気づけようと、アカメのテーブルの上に飛び乗った。

「わっ!?び、びっくりした。猫ちゃん、最近よく見かけるね。」

毎日通っていますから。覚えてもらえて光栄です。

壷の欠けた部分から彼女の瞳が見える。意志の強い綺麗な瞳だ。

どんな素顔をしているのか見てみたい。

「そうだ!これをあげる。」

アカメは袋から人形を取り出すと私の前に置いた。

「・・・・・。」

猫のぬいぐるみだった。あの…何ていうか…もげかけていますよ?

首が。少し中身も出ている。さらに、片目が取れかけて怖い。

「遠慮しなくていいよ。」

「・・・・・。」

いえ、お気持ちだけで結構です。

そもそも猫の私が人形を貰っても使い道がない。

「お友達が出来てよかったね。」

こんなお友達はいらないです。私は人形から後ずさる。

「あれ?不評?」

何とも言えませんが、ぺぺにでもあげて下さい。

「じゃあ、これならどうかな?」

再び荷物から何かを出そうとする。嫌な予感がした。

お心遣いだけ、ありがたく頂きます。

私は逃走した。





【龍神の迷宮:1階】

私は迷宮の中を闇に紛れて慎重に進んでいた。

先にも述べたが、ここは大変に危険な場所である。

猫の私とて例外ではない。だが、私はここに居た。

理由は2つ。1つは好奇心を押さえる事が出来ないのだ。

以前の私は世間で言う引きこもり。

しかし、ある事件がきっかけで変わった。

色々なモノに興味を持つようになった。その好奇心が私を動かす。

もっと安全なモノに興味を持てば良いと思うだろう。

私もそう思う。だが、不思議な事に危険なモノほど興味を感じる。

ワイズナーを見てみたい。龍神を見てみたい。

もう1つは願いを叶える為。ワイズナーや龍神なら出来るかもしれない。

私の願いを叶えてくれるかもしれない。

すでに何回も迷宮に挑んでいた。

「はぐっ!?」

「はわっ!?」

ぶつかる音と声が聞こえた。近い。私は迷わず行ってみた。

2人の女性が額を押さえている。

どうやら曲がり角で、不注意にも互いの額にぶつかったようだ。

他に女性が3人いた。全員で5人だ。これは良くない状況である。

4人は冒険者。問題ない。もう1人が不味い。

ハイウェイマンズギルドに所属する罠師だ。名前は【ミラ・ネージュ】。

ミラと同様に額を押さえ、痛みに耐えている冒険者が【ウィルカ】。

後ろで心配そうにしているのが【マリル】。

ミラに不信の目を向けているのが【フランム】。

そして、こちらを見ているのが【ムーンストナ】。

私に気がついている?

視線か気配を感じ取ったのか。いや、今はミラが心配である。

ミラは良い奴だ。ハイウェイマンズギルドに所属しているのを疑うくらいに。

しかし、彼女達はミラの正体を知ったら許さないだろう。

どうしたものか。猫の私に何が出来る?

迷宮に入って早々、考え悩むはめになった。





≪続く≫




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