奴隷商人戦記(その9)
「最低〜。」
全身びしょびしょで気持ち悪い。
濡れた服を脱ぐ。早く風呂に入って、冷えた身体を温めたい。
龍神の迷宮を出た僕は宿屋に泊まっていた。
風呂から上がったら、お腹一杯美味しいものを食べよう。
ならず者が作った料理は不味かった。
料理が作れないから文句を言いながら食べていたけど…。
それも今日から開放される。
何か大切なことを、いくつも忘れているような気がするけど。
ん〜。今日一日ぐらい羽を伸ばしてもいいよね?
ガチャ。ギイイイイイィッ。
「・・・・・・。」
「く〜くっくっくっ。」
部屋の鍵を外して無断で入って来たのは…。
自称【謎の吟遊詩人】のアリアンだった。
バスタオルを素早く掴んで身体を隠す。
「アリアン!」
「まぁまて。言いたい事は分かっている。だが、先に俺に話させろ。」
「な、何?」
「お前に会いたい大変物珍しい奴がいる。」
突然現れたかと思えば…喧嘩うってる?
「早く着替えろ。人を待たせるのは失礼だぞ。」
「僕の都合は?」
「却下だ。」
殺していいかな。この吟遊詩人。
人の都合を無視するのは良いの?
大体、いつも現れては面倒な事ばかり仕出かす。
厄病神め…。
「僕に会いたい人って誰?」
「会ってみてのお楽しみだ。」
「・・・・・。」
「どうした?」
「はいはい。行けばいいんでしょ?」
溜息をつく。何を言っても無駄だと悟った。
さようなら、僕の一時の幸せな時間の予定。
「早く着替えろ。」
「着替えるから部屋から出て行け!」
濡れた服をアリアンに投げつけた。
冒険者の酒場。
ここに来るは3度目。会わせたい人って女冒険者?
まさかね。そんなわけないか。
アリアンはカウンターの席に座っている男の方へ行く。
男は30代前半ぐらい。眼鏡がよく似合っている。
着ている白衣もね。酒場で白衣を着た男。怪しい。怪しすぎる。
何者よ。嫌な予感がするんですけど…。
それに視線をいくつも感じる。複数に見られている?
「お待ちしていました。ロゼッタ・エルマイラさん。」
男は笑顔で僕に挨拶をした。
作り物だ。こいつの笑顔は作り物。
僕も普段はそうしている。だから気がついた。
作り物の笑顔をする奴は信用出来ない。僕が言っても説得力がないけど。
「どうぞ、座って下さい。」
とりあえず席に座った。僕の右隣にアリアン、左隣に男が座った。
さてさて、男が何者で僕に何のようがあるのやら。
「私の名前はダナン。【白の騎士団】の副団長をやらせて頂いています。」
「白の騎士団?」
クルルミク王国に、そんな名前の騎士団はない。
他国の騎士団?それとも新設された騎士団?
ダナンはクスッと笑う。
「知らなくて当然です。騎士団というのは名ばかりですから。」
何かの組織ってこと?
「活動も秘密でしていますから。」
ひょっとして犯罪組織だったりして。
「く〜くっくっくっ。面白い組織だぜ。」
「面白くないですよ。」
「俺から見れば面白いのさ。」
ダナンのジト目を気にもせず、アリアンは笑う。
「で、その白の騎士団の副団長さんが僕に何の用?」
いきなり呼び出された挙句に長話なんて聞きたくない。
早く用件を聞いて帰りたい。
「白の騎士団は最大の目的は、売られた女性を助けることです。」
女冒険者達のこと?
これはまた変な組織なことで。
「彼女達はこの国の為に戦ってくれました。」
そうかな?大半の女冒険者は、この国の為に戦っているとは思えない。
「それなのに捕まって、辱めを受けた後に売られる。酷い話です。」
別に酷くないと思うよ。
女冒険者達は捕まれば、どうなるか分かっていたはず。
それでも迷宮へ行っている。彼女達の自己責任でしょ?
「国は戦争で介入は出来ません。」
戦争は膠着状態。いつ終わるか分からない。
もっとも最近は女冒険者達の活躍で、ならず者の数が激減している。
悪化した治安も少しは回復したかもしれないね。
「ならば、誰が彼女達を救うのか!?」
「貴方達でしょ?」
「そう!我々しかいないのです!」
「白の騎士団って、人数多いの?」
「それなりに。団員の9割方が彼女達の身内・友人・知人などです。」
なるほどね。まぁ、身内とかなら助けたい気持ちは分かるけど。
「そして、ファンクラブの方々です。」
「・・・・・。」
何よ。そのファンクラブって。
「団員の皆さんは彼女達を見て話して、段々と好きになっていきました。」
確かに彼女達は魅力的だ。外見だけでなく中身とか色々ね。
「私もその1人です。」
「俺もだ。」
こいつらは…。
「彼女達を助けたい。もう1度あの笑顔をみたい。」
「…ハイウェイマンズギルド潰した方が早くない?」
そうすれば、捕まる女冒険者もいなくなる。
「出来ません。」
何で?それなり人数がいるんでしょ?
「団員全員が戦えるわけではありません。」
あ、なるほどね。
「それに捜索と救出で人員も足りません。」
考えてみれば当然か。
どこに売られているのか?知っているのは奴隷商人達だけ。
捜査だけでも人手が足りなくなる。
「何よりも、我々が彼女達と同じ舞台に上がってはいけません。」
「どうして?」
「我々が色々と手伝えば、余計な心配をかけて実力を鈍らせるでしょう。」
ありえそうね。逆に喜ぶ女冒険者もいるかもしれないけど。
おっと、長話に付きあっていた。
「僕を呼んだ理由は何?手伝えって言わないでしょうね。」
「言いますよ。」
「断る。」
馬鹿じゃない?僕は奴隷商人。ダナン達から見れば敵だよ。
「僕の正体を知っているわけ?」
「ええ。知っていますとも。」
アリアンを睨む。僕の正体をばらしたな。
「俺じゃないぞ。」
違うの?じゃあ、誰が?
「黒薔薇さんに聞きました。」
なっ!?黒薔薇様に!?
「黒薔薇さんとは古い付き合いですから。」
そう言って、ダナンは僕に封筒を渡す。
封筒の裏を見ると、黒薔薇様の印が押してある。
黒薔薇様からの!?
「貴女宛です。読んで下さい。」
言われなくても読む。
封筒の中から手紙を取り出す。
『私の可愛いロゼッタへ。
ダナンに協力しなさい。これは命令です。
既に報酬は受け取っています。
それと器は見つけたので、もう探さなくていいわ。
ダナンから仕事の依頼がなければ、戻るように手紙を書くつもりだった。
まだ奴隷を1人も買っていないでしょ?
貴女は暗殺者の才能はあっても、奴隷商人の才能はちょっと…。
どうしてもやりたいと言うから止めなかったけど。
ダナンと喧嘩しないようにね。期待していますよ。
仕事が終わったら直に戻って来なさい。
白薔薇とヴェノムのみんなが待っているから。
エスメラルダ』
「・・・・・。」
あ、あれ?
ひょっとして始めから、奴隷商人として期待されていなかったの?
我侭を言って飛び出しただけ?
「・・・・・。」
何か自分が情けなくなってきた。
「分かって頂けましたか?」
ええ、分かりましたとも。
ニコニコしているダナンが、やたらとむかついた。
「1つ聞いていい?」
「何でしょうか?」
「僕の正体を知っているよね?」
「もちろんですとも。奴隷商人。いや、暗殺者というべきですか。」
ダナンの目が細まる。作り物の笑みが消えていく。
「暗殺者は嫌い?」
「大嫌いです。」
静かな声でダナンは言った。敵意を感じる。
よっぽど暗殺者が嫌いらしい。
「金を貰って人を殺すなんて、人のする事ではありません。」
言ってくれるじゃない。
人殺しが良くない事ぐらい分かっている。
でもね。世の中には、腐った連中が大勢いるのよ。
殺されても文句の言えない連中がね。
それに…人殺しでしか守れない物もある。
「そう。僕は偽善者とか大嫌い。貴方みたいな。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「嫌いな者同士ですが、仲良くやりましょう。」
「そうね。」
僕とダナンは笑った。互いに目は笑ってないけど。
「おいおい、物騒な会話はもっと静かにやれ。」
グラスを拭きながら店の主人が言った。
確か名前はペペさんだったね。
「しかし、驚いたよ。」
ペペさんは僕を見て複雑な表情をしていた。
「お前さんみたいな子が奴隷商人だったとはねぇ。」
役に立たない奴隷商人だけどね。
それに会った時から何となく気がついていたでしょ?
普通の旅人じゃないって。
「ペペさんも白の騎士団の一員?」
「いや。協力者ってところだな。」
グラスにワインを入れて僕達に渡す。
「貴方には感謝しています。いつも情報を頂いて。」
ダナンは深々と、ペペさんに頭を下がる。
「よしてくれ。俺も彼女達を助けたいだけだ。協力は惜しまん。」
酒場にいる女冒険者達を見て優しい顔になる。
「彼女達が来てから毎日が楽しいよ。」
「そうですね。」
同じく優しい顔になってダナンは頷く。
「色々な出来事があったし、よく一緒に酒も飲んだ。」
かなり仲がよかったみたいだね。
「彼女達が無事に戻って来た時は、ほっとするよ。」
ここで辛い顔になる。
戻って来なかった女冒険者達の事を思い出したのかもしれない。
冒険者の店の主なら、捕まって売られた情報は入っているはず。
「ダナン達に協力してやってくれないか?」
困ったな。そんな目で見られたら断り難いじゃない。
そもそも、黒薔薇様の命令があるから断れないし。
「どうして僕の協力が必要なの?」
疑問に思っていたことをダナンに聞く。
暗殺者を嫌うダナンが、僕に協力を依頼するのは変だ。
黒薔薇様に直接話してまで。
何か理由があるはず。
「率直に言うと情報が欲しいからです。」
「情報?」
「彼女達がどこに売られたのか?調べるのは大変困難です。」
でしょうね。捕まった女冒険者の数は少なくない。
全員探すとなると、どれだけの年月が必要になるのやら。
「そこで貴女の出番です。まだ奴隷商人ですよね?」
「うん。」
黒薔薇様の手紙を見たら廃業しようと思ったけどね。
「ならず者や奴隷商人達から聞きだして欲しいのです。」
なるほどね。僕に探れってことか。
ケルケーとか知り合いがいるから、割りと情報が手に入るかもしれない。
「貴女にも報酬は払います。」
金額の書いた紙を見せる。悪くない額だね。
ただ、問題が1つある。
「死神って知っている?」
「知っていますよ。それが何か?」
実力までは知らないか。死神は強い。半端じゃない。
逃げることすら難しい相手。
「敵に回すと厄介なのよ。」
「大丈夫ですよ。売った後の面倒事まで見ませんから。」
「根拠は?」
「既に何人かの女冒険者を助けていますが、死神は出てきていません。」
運がよかっただけじゃないの?
でも、最近死神を見た者がいない。何かあったのかもしれない。
「分かった。協力する。情報を手に入れればいいのね。」
「はい。お願いします。それと新しい情報だけでいいです。」
「新しい?」
「以前ですが、とある傭兵さんから情報を得ました。」
ダナンは手帳を僕に見せる。
そこには売却された奴隷の買取先が細かく書いてあった。
「勇気と仁義に溢れる方々で、独自に調べて入手したそうです。」
ダナン達以外にも居たのか。
女冒険者達を助けようとしている者が…。
「しかも、彼女達を何人か助けています。」
それは凄いとしか言いようがないね。
「白の騎士団に入って欲しかったのですが、丁重に断られました。」
名前が嫌だったのでは?
僕だったら絶対に入らないよ。
「とりあえず、調べてくる。」
「気をつけて。」
「心配してくれるの?暗殺者の僕を?」
「今の協力者ですから。」
あっそう。席を立つ僕をアリアンが止める。
まだ居たの?
「白の騎士団は誰にも言うなよ。」
言わない。恥ずかしいから。
また視線がする。客の数人が僕達を見ている?
「ねぇ。ひょっとして、客の何人かは…。」
「そうです。白の騎士団の団員です。」
やっぱり。僕が協力しなかった時の用意?
周到なことで。でも、そんなことしなくてもよかったのに。
ここで僕の正体をばらすだけでいい。
女冒険者達の手によって、捕まると思うからね。
「あ。」
ふと思い出した。
「ええと。15歳くらいで、可愛いらしい男の子が来なかったかな?」
「金髪で青い瞳のか?」
「そう!その子!」
ペペさんは困った顔で言った。
「来たぞ。ハデスに会いたいと言ってな。」
あはははは。本気で来たんだ。あの馬鹿。
「だが、迷宮に行っていないと言ったら出て行ったぞ。」
追いかけて行ったのね。
でも、よかった。想像していた惨事が起きなくて。
アリアンが酒場を出て行こうとする。
「どこに行くの?」
「フォースリーの所にな。」
あのエルフの魔法医?どうして?
「必要なのさ。心に傷を売った彼女達にな。」
そう言って、アリアンは行ってしまった。
何なのよ。まったく。結局、厄介ごとを押しつけて。
疫病神め。
「ダナン。」
「何ですか?」
「白の騎士団の団長は誰?」
「秘密です。」
あっそう。別にいいけど。
「簡単にだけ言うと…。」
秘密じゃなかったの?
「スポンサーであり、今回の事に1番心を痛めている優しい少年です。」
それって…まさかね。
僕は酒場を出ていく。
「そこの貴女。」
…ことが出来なかった。
「はい?」
眼鏡をかけた女冒険者が話しかけてきた。
奇妙な物を持っている。鎌にも杖にも見えるけど。
服装から見て魔術師か賢者?
「な、何?」
「貴女は冒険者?」
「違います。」
「そう?物腰といい、雰囲気といい。普通の人には見えない。」
暗殺者ですから。
てか、逃げないとまずい。
「仲間を探しているのか?おいら達と組まないか?」
ひいぃっ!また女冒険者が来た。
装備からして神官戦士?
「まぁまぁ。席に座って、ゆっくり話そうぜ?」
さらに女冒険者が来た。
動きが僕に近い。盗賊?
「ち、違うから。」
「とりあえず、自己紹介からしよう。」
「そうですね。」
「うんうん。」
「人の話を聞けえぇぇっ!」
ダナンもペペさんも笑って見てないで助けてよ!
仕事出来ないよ!?
テーブルまで引きずって行かれる僕。
誰か助けて!
今までにない波乱な日々が始まりそうな気がした。
追伸。
何とか逃げ出しました…。
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・
≪あとがき≫
ランスローです。
好き放題に書いています。ごめんなさい。
皆さんの考えているワイズナーと別次元の世界なので。
生温かい目で見て下さい。
「そうね。」
ご苦労様です、ロゼッタ。
「別にいいけど、まだするの?このあとがき。」
まぁ色々突っこまれましたが、9話目からしないのも変なので。
今まではオリジナルキャラばかりでやっていました。
「苦情が怖いから。」
その通り。ですが、怒られない程度に、皆様の大切なキャラと
絡んだ話を作りたいです。
それでは。
「では〜。」
今回も読んで頂き、感謝感激です。
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