奴隷商人戦記(その8)
「ロゼッタさん!朝食ですよ!起きて下さい!」
バン!バン!バン!
ラランが部屋の扉を叩いている。
「・・・・・。」
うるさい。
僕の眠りを妨げるな。
「ロゼッタさん!早くしないと、冷めますよ!」
ドン!ドン!ドン!
ラランが部屋の扉を蹴っている。
「・・・・・。」
冷めてもいい。寝かせろ。殺すよ。
毛布を被って、再び夢の世界に…。
「ロゼッタさん!朝ですよ!起床ですよ!仕事ですよ!」
ガリガリイイイイィィィッ!
ラランが部屋の扉を引っ掻いている。
「・・・・・。」
死ね。毛布から右手を出す。
ピアノを弾くような感じで指先を動かした。
ズシャリッ!
木製の扉と壁を鋼糸で斬り裂く。
「うわあぁっ!」
ちっ。ラランは生きているようだ。運の良い奴。
今度何かしたら絶対に殺す。
寝起きの私は頗る機嫌が悪い。
「こ、ここに朝食置いておきますね。」
そう言ってラランは走り去って行った。
これで眠れる。
毛布の中で丸くなって…。
ゴリ…!ゴリ…!
「・・・・・。」
何?今の音と揺れは?
「ちょ、ちょっと、ミラさん!?うわああああぁっ!」
「はわわわっ!」
ラランと聞き覚えのない女性の声が聞こえた。
ミラ?誰?女冒険者?ギルドの新人?
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ!
石床を削り取るような騒音と地震のように激しく振動した。
僕を眠らせないつもり?
そもそも何をしているの?
毛布の中から這い出る。寒い。さようなら、僕の睡眠時間。
着替えている最中も、ラランと女性の声が聞こえた。
「こんな所に罠を仕掛けたら駄目ですよ!」
「新しい罠の実験をしたくて…。」
罠の実験?ひょっとして女性は罠師?
「ここは大事な隠れアジトですよ!」
隠れアジト。龍神の迷宮には、隠し扉や魔法で隠された空間がいくつかある。
ならず者達はそこで生活をしていた。僕もね。
考えて欲しい。
ならず者達が朝にぞろぞろと迷宮へ出勤。夜にぞろぞろと帰宅する光景を。
不気味以外の何でもない。
ならず者達が普通に街で生活できるはずもなく。
できるなら街の住人が、ならず者でしたという事になる。
嫌だな、そんな街。
「・・・・・。」
あれ?視線が集中している?
辺りを見ると、ならず者達が僕を見ていた。
あ…。
隠れアジトの大半が、ただ広いだけの何もない空間。
ならず者達は気にしてないけど、僕は気になるし困る。
だから無理を言って、木の板で簡単な部屋を作ってもらった。
寝ぼけて忘れていたけど、さっき壊したよね。
見られてた!?慌てて着替える。
「良い物見せて頂きました!」
「うんうん。ロゼッタさんの着替えシーン、ごちです!」
「スタイルいいよな。胸が小さいのが実に惜しい。」
「だよな。胸が大きければ、パーフェクトなのに。」
ならず者達は好き放題に言っている。
いい覚悟だね。僕は微笑んで、右腕を上げた。
バシッ!ビシッ!
「ぎゃあああああっ!」
「す、すみませんでした!」
「許して下さい!」
鋼糸を鞭のように使い、ならず者達を叩きのめしていく。
斬り殺されないだけ感謝することね。
「あん、気持ちいい。」
うわっ!気持ち悪い反応がきた!
「女王様、もっと俺をぶって。」
「・・・・・。」
バキッ!
殴り倒した。気を失って尚、幸せそうな顔をしている。
この変態め…。
「まぁまぁ、落ちついて。飲み物をどうぞ。」
知らない女性がジュースを差し出す。
先程の声の主。ラランがミラって呼んでいたわね。
歳は僕と同じくらいかな。
胸を見る。大きい。生意気な…。
「貴女、誰?」
ジュースを受け取って聞いた。
「会うのは初めてですね。」
女性は深々とお辞儀をして答えた。
「ミラ・ネージュです。つい先日、罠師として雇ってもらいました。」
やっぱり罠師か。
ミラの後ろを見ると、床に大型のドリルが突き刺さっていた。
これが騒音と振動の原因ね。
「この状況は何?」
「ほら、罠って実験してみないと、効果が分からないじゃないですか。」
さらりと怖いこと言うな。
「この罠は重装している人用です。」
嬉しそうに語るミラ。
僕は逆に不安になっていく。嫌な予感がする。
「どんな重装でも貫通します!」
「・・・・・。」
僕とララン。それに、ならず者達は沈黙した。
本気で言っているの?まずいでしょ。それは。
気まずい雰囲気を感じて、ミラは不思議そうな顔をする。
「あれ?何か問題でも?」
大有り。何で分からないかな。
「ミラさん。それって罠に掛かった人が死にませんか?」
「当たり前じゃないですか。罠ですよ?一撃です!」
ラランの問いに、ミラはきっぱりと答えた。
一撃って…。誰よ?この子を雇ったのは?
「殺してどうするの。女冒険者を弱らせて捕まえるのが目的でしょ?」
僕の言葉にララン達は頷く。ミラ。貴女まで頷かないで。
「そうでした!弱らせるのが目的ですよね!すっかり忘れていました!」
忘れるな。頭が痛くなってきた。
ジュースを飲んで、もう1度寝よう。
「おりょ?何の騒ぎですかい?」
「ゾバイド兄さん。」
現れたのは、ゾバイド。ラランの兄であり、ケルケーの舎弟である。
どうして、あんな馬鹿の舎弟になったのか不明。
類は友を呼ぶってやつ?
「あ、そのジュース、もらっていいですか?喉が渇いて。」
「いいわよ。」
僕はジュースを渡した。
「ありです!」
ゴクゴク。
ゾバイドは一気にジュースを飲み干す。
「上手いっす!痺れる…ほど…上手いっす…!」
バタン!
倒れたゾバイドはピクピクと痙攣している。
ジュースに痺れ薬が入っていた?
・・・・・。
「ミラ?」
「は、は、は、は、はいぃっ!」
僕の顔を見て、ミラは引きつった声を上げる。
ならず者たちは走って逃げていく。
ラランは腰を抜かして座りこんでいた。
いけない、いけない。
また作り物の笑顔が壊れていた。
ここに来てから作り物の笑みを維持するが大変。
つい殺気立ってしまう。馬鹿共のせいで。
「これって、どうゆうこと?」
「え、え、え、ええと!新薬の実験がしたくて!」
「へぇ。そうなの。」
声が冷たくなり。益々殺気立つ。
「ひいぃぃっ!ごめんなさい!すみません!」
ミラは土下座して泣きながら謝り始めた。
そんなに僕の怒った顔って怖いのかな?
はぁ〜。大きく溜息をついて僕は言った。
「今回は許してあげる。次は…分かっているね?」
「はいぃっ!2度としません!」
よろしい。僕は作り物の笑顔に戻る。ちょっと複雑。
作り物の笑みは、壊れるのも早いけど、直すのも早くなっている。
「そ、それでは失礼します!」
ミラは隠しアジトから脱兎の如く走り去って行った。
やっと静かになった。
「あ、あのロゼットさん。」
ラランが頬を赤く染めながら声をかけてきた。
「な、何?」
「実はハデス様にプレゼントをしたいのですが…。」
ハデス?まさか女冒険者の?
「ねぇ、ララン。」
「はい?」
「…やっぱりいい。」
疲れるだけのような気がしたので聞くのをやめた。
「何をプレゼントすれば良いでしょうか?」
期待された目で見られても困る。う〜ん。
「金?」
「それはプレゼントじゃないですよ。」
「そう?」
ラランはジト目で僕を見る。な、何よ!
僕は金を貰った方が嬉しいの!
「心がこもっていて、喜んでくれる物をプレゼントしたいです。」
「知るか、そんなもん。」
「そんな〜。」
泣きそうな顔で、こっちを見ないでよ。面倒な。
それくらい自分で考えろ。僕は適当に答えた。
「直接本人に聞けばいいじゃない。」
「おお!その手が!」
「えっ?」
「ロゼッタさん、ありがとうございます!早速聞いてきます!」
「ちょっと!ララン!?」
止める暇もなく、ラランは猛ダッシュで行ってしまった。
ならず者達が僕をチラチラ見ながら呟く。
「可哀相に。」
「ラランの奴、死んだな。」
「ならず者って、ばれなきゃ平気だと思うが。」
「でも、あのハデスだぜ?」
「どっちにしても結果は変わらないよな。」
僕のせいだって言いたいわけ!?
確かに不用意な発言だったけど。まぁ大丈夫でしょ。多分。きっと。
それにしても、どうしようかな。
部屋が壊れた。壊したのは僕だけど、原因はラランにもある。
戻ってきたら作り直させないとね。
このままだと、着替えも睡眠も何も出来ない。
いつ戻ってくるかな?
あはははは。戻って来なかったりして。
「・・・・・。」
やばい。段々戻って来ないような気がしてきた。
ごめんね、ララン。貴方のこと忘れないから。
安らかに成仏してね。
「あ。」
忘れていた。そういえば、死神から許しをもらっていた。
もう女冒険者を捕まえる手伝いをしなくていい。
ならず者達から買うだけで済む。ここに居る必要はまったくない。
うん。街の宿屋に泊まる。
金は掛かるけど、ここよりは数倍マシ。
空気は悪いし、ジメジメして気持ち悪い。
しかも、ケルケーを筆頭に馬鹿が多くて、毎日が騒がしい。
ゆっくり休む暇もない。
僕は直に荷物を整えた。
ならず者を1人捕まえて、ケルケー宛の伝言を頼んだ。
これでよし!
久し振りの地上。何だか嬉しくなってきた。
「・・・・・。」
ザアアアアアアアアアアアアアアアアアッ。
外は大雨だった。ついてない。
考えてみれば、クルルミク王国に来てから運がないような気がする。
何かに呪われない?
しょうがない。僕は街に向かって雨の中を走った。
しばらくは贅沢してやる。何もかも忘れて贅沢してやる。
良いですよね、黒薔薇様。
ちょっとくらい休んでも…。
この時、気がついてなかった。
僕を見つめる視線に…。
・
・
・
・
・
≪あとがき≫
ランスローです。
ワイズナーも後半に突入。様々なドラマが展開!
果たしてどうなるのか!?気になるところです。
「ランスロー!」
ロ、ロゼッタ!?
ギュッ!(何かを絞める音。)
うぐぐぐぐ〜〜〜〜っ!
「またなの!?また、この展開なの!?」
く、首を絞めるな!殺す気か!?
「今度は誰!?誰に負けるの!?」
お、落ちつけ。
よく考えてごらん?
私が同じ結果にするわけないじゃないか。
「何よ。その無駄に爽やかな笑顔は。」
はっはっはっ。
「怪しいわね。」
信じる事は人として1番大切な事だぞ?
「・・・・・。」
その疑いの眼差しは何ですか?
「変なこと考えているでしょ?」
・・・・・。
「・・・・・。」
うん。
「吐け!何を考えている!?」
うぐぐっ!ま、まて!
し、死ぬ!うごごごごっ!
ギュウウウウウッ!(何かを強く絞める音。)
げふっ。
「あ、やりすぎちゃった。」
・・・・・。
「ランスロー?」
・・・・・。
(返事がない。ただの絞殺された死体のようだ。)
「あらら。動かないランスローの代わりに。」
「いつも読んでくれて、ありがとうございました。」
「では〜。」
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