奴隷商人戦記(その5)





昨日のケルケーは上機嫌だった。

多くの女冒険者を捕まえたこと。

壊滅寸前だったギルドの勢力が再び上がったこと。

今頃はならず者達と一緒に、女冒険者達を凌辱しているに違いない。

よかったね。ギルドが潰れなくて。

僕は迷宮の7階を1人で歩いていた。

薄暗くて、とても静かだ。

ならず者達の姿は見えないし、気配もしない。

ならず者達は5階と8階に集まっているはず。

その階の監禁玄室に捕まえた女冒険者達がいるから。

8階の様子はちょっと違うけど。

ならず者達が精根尽きて戻ってくる。

どうやら別の意味で、強い女冒険者がいるみたい。

精々頑張ることだね。

「うきゃきゃあっ!」

目の前に魔物が現れた。猿?

異様に大きい。僕に気がつくと、襲い掛かってきた。

巨体のくせに俊敏で、破壊力は凄まじい。

一発でも命中したら倒されるかもしれない。

魔物の渾身の一撃を軽く避けて、素早く後ろに周りこむ。

戦いで大事なのは速さ。

どんなに破壊力があっても、命中しなければ意味がない。

「さようなら。」

放たれた幾つもの鋼糸が魔物に絡み、身体をバラバラに斬り裂く。

再び訪れる静寂。血の匂いが辺りに充満した。嗅ぎ慣れた匂い。

「・・・・・。」

僕は迷宮の奥へ進んだ。





ふと思い出す。ケルケーに面白い話を聞いていた。

ある女冒険者達の買い手が決まったらしい。

まだ捕まえてもいないのに。

どんな理由があって、その女冒険者達を狙っているのか?

相当な執着ぶりだね。

会う機会があれば、ぜひ理由を聞いてみたい。

「どうして、そこまで拘るの?」





「黒薔薇様…。」

ぽつりと呟く。

エスメラルダ。それが僕の主の名前。

高級娼婦館【白薔薇】のオーナーであり、暗殺者ギルド【ヴェノム】の長。

黒薔薇は主のふたつ名。

人間という殻を捨てた存在。

僕は黒薔薇様の為にクルルミク王国に来た。

娼婦か暗殺者の才能を持つ奴隷を探す為に。

討伐に参加している女冒険者達は、素晴らしい素質を持つ者ばかり。

一刻も早く黒薔薇様に届けたい。

だけど、僕は失敗を犯した。

色々あって【ハイウェイマンズギルド】と戦ってしまった。

彼等から奴隷を買うというのに。

まぁ、あっちにも落ち度があったけどね。

謝罪と信頼を取り戻す為、女冒険者達の捕まえる手助けを始めた。

もういいよね?かなり手伝ってあげたし。

あ、絶対に忘れてはいけないことがあった。

黒薔薇様に頼まれた大切な使命を果たすこと。

でも、まだ【器】は見つからない。





ここしばらくの間【死神】と【雑用】の姿が見えなかった。

2人の名前は知らない。

ならず者達にそう呼ばれている。だから私もそうしていた。

死神はハイウェイマンズギルドで高い地位にいる存在。

知人の情報だと、人外でギルドボの右腕。

1度だけ会ったことがある。

骸骨の仮面をつけ、黒いローブを着た人物。声からして女性かな?

あの時は心が錯乱していたけど、今思えば、内側から巨大な力を感じた。

何者なのか、とても気になる。

雑用は思い出せない。どこかで会っているはずなのに。

1度ゆっくりと話をしてみたい。





「・・・・・。」

後をつけられている。気配を消すのが下手だね。

最近ずっと視線を感じていた。特にならず者達といる時に。

ならず者の誰かが僕を見ている。

一体誰?イライラする。

強引に探し出してもよかった。

しかし、それをしてしまえば、今までの苦労が水の泡になる。

謝罪と信頼を取り戻す為に僕は頑張ってきた。

また揉めて、奴隷を売って貰えなくなったら困る。

これ以上の時間と金の浪費はしたくない。

何より黒薔薇様の期待を裏切りたくない。

その為に誰もいない場所に1人で来た。もういいよね。

「出てきたら?」

立ち止まって後ろに声をかけた。

暗闇から大男が姿を現す。ならず者の1人だ。

見覚えがある。女冒険者を壊しそうな勢いで凌辱していた奴。

確か名前は【ドガイド】。

「こんばんわ、ロゼッタちゃん。」

「気安く人の名前を呼ぶな。」

馴れ馴れしい奴。こいつが視線の正体?

警戒して辺りに注意を払う。他に気配はない。

まさか僕を襲うとは思えないけど…。

「単刀直入に言うぜ。俺の女になれ。」

「やだ。」

「ぐははははは。やはりか。」

分かっていたなら言うな。

こんな馬鹿の女になんて絶対になりたくない。

そもそも僕の心も身体も、全て黒薔薇様のもの。

「用件はそれだけ?」

「まだある。」

ドガイドの目つきが変わった。

懐から短剣を取り出す。僕と戦うつもり?

愚かだね。勝てると思っているの?そんな短剣1本で。

「悪いが頼まれてな。」

ゆっくりと僕との距離を縮めるドガイド。

「誰に頼まれたの?」

「ある奴隷商人だ。」

奴隷商人が?何故?

「女冒険者が高値で売れる事を知っているな?」

「それが何?」

「それを目当てに奴隷商人達が続々と来た。」

知っているよ。そんなことは。

女冒険者達は普通の奴隷より、異常な高値で売れた。

多くの奴隷商人達が挙って買取に訪れている。

しかし、現状で買取できる奴隷商人は限られていた。

何故なら女冒険者達は手強く、簡単に捕まえることが出来ないからだ。

「依頼主はライバルを減らす為に色々していてな。」

ご丁寧にもドガイドは、奴隷商人の裏工作を教えてくれた。

他の奴隷商人の情報を騎士団に密告したり、暗殺などをしているらしい。

死神が聞いたら激怒しそうだね。

ばれないようにしている手際は褒めてあげるけど。

「それで次は、僕の番ってわけ?」

「ああ。ロゼッタちゃんは気に入っているから殺さねぇ。」

あっそう。僕は殺すけどね。奴隷商人の名前を聞いてから。

「痛めつけてから、たっぷりと俺好みに調教してやる。」

「出来ない事は言わない方がいいよ。」

「ぐははははははっ!それはどうかな!」

ドガイドは両手を奇妙に動かし始めた。

踊っているようにも見える。何のつもり?

まさか…呪文の発動条件!?

詠唱・動き・儀式などで、様々な効果を発揮する魔法の武器がある。

ドガイドの持っている短剣がそうなら、僕に1人で挑んできた説明がつく。

効果次第では苦戦。下手をすると倒される可能性もある。

ちょっと厄介だね。だけど、発動する前に止めてしまえばいい。

鋼糸をドガイドに向けて放つ。両腕を斬り落として止める。

ガギィイイン!

「う、嘘!?」

全ての鋼糸が、ドガイドの手前で弾かれた。

魔法障壁!?これが短剣の力!?

「くっ!」

ま、まだ!1度くらい防いだ程度で!

無数の鋼糸を様々な方向から放つ。回避は難しく破壊力は半端じゃない。

生半可な魔法障壁なら簡単に破れる。

「甘いぜ、ロゼッタちゃん。」

ドガイドが余裕の笑みを浮かべた。

ガギギギイイイィィィン!

こんなの嘘だ。全て弾かれた。信じられない。

ここまで強力な魔法障壁が作れるなんて…。

「うおらああぁぁっ!」

動揺する僕を見て、チャンスとばかりに、ドガイドが突っ込んで来る。

「なめるな!」

鋼糸は攻撃だけじゃない。防御も出来る。

素早く指先を動かし、鋼糸で繭を作る。

攻撃と防御を兼ね備えた技【豪猪】(やまあらし)。

移動出来ず、相手が見えないのが欠点。

だけど、頑強で触る者を容赦なく斬り裂く繭。

繭の中で僕は焦っていた。鋼糸が効かないなんて…。

どうする?

奥義を使えば、魔法障壁は破れるかもしれない。

しかし、奥義は使った後の代価が大きい。

もし魔法障壁を破れなかったら…負ける。

そう思うと怖くて使えない。

他のならず者達が来るのを待つ?

事情を話せば、ドガイドは終わりだ。

だけど、僕のプライドが許さない。

有効な方法を考えて倒す。それしかない。

パリイイィィン!

ガラスが割れるような音。ありえない光景だった。

「そ、そんな…!?」

目の前で鋼糸の繭が砕けた。

力を失い、ただの糸のように床に落ちていく。

「もらったあああぁぁぁぁっ!」

「し、しま…!」

眼前にドガイドがいた。

呆然としていた僕に避ける事はなかった。

ドガアアァッ!

「くあぁっ!」

強烈な体当たりを食らって吹き飛ぶ。

激しく壁にぶつかり、床に無様に転がった。

「うぁあ…ぐぅ…。」

痛みで動けない。僕が…ならず者…如きに。

「ぐははははっ!残念だったな、ロゼッタちゃん。」

勝ち誇った顔で、ドガイドは近づいてくる。

くそ…!指先に力をこめる。

至近距離で奥義を放つ。

僕自身も傷つくけど、そんな事はいっていられない。

このままだと負ける。それだけは絶対に嫌だ。

油断しているはず。不用意に近づいた時が、ドガイドの最後だ。

ドムッ!

「うあぁっ!」

腹部を蹴られた。激しい痛みに息が詰る。

「おお、怖いねぇ。まだ攻撃してくるつもりだっただろう?」

そんな…読まれていた…?

意識が薄れていく…。

ま、負けた…の…?

「ケルケーの奴から短剣を盗んでおいてよかったぜ。」

ケルケーの?

あんな…魔法の短剣を…持っていたんだ…。

もう…盗まれ…な…いで…よ…。

黒…薔薇…様…。ごめん…な…さ…い。





僕の意識は闇に落ちた。











≪あとがき≫

ランスローです。

いつも読んで頂き、感謝感激の極みです。

奴隷商人戦記も5話目。続くものですね。

「ランスロー!」

ドグシャッ!

うべらぼらべぼ!?(飛び蹴りを受けて吹き飛ぶ。)

痛たたた…。

いきなり何をする!

「捕まった!しかも、下っ端に捕まった!」

そうだね。捕まったね。

「何か恨みでもあるの!?」

そりゃあ、山のように。

「・・・・・。」

ごめんなさい。一切ありません。

鋼糸で斬り殺そうとしないで下さい。

「ちゃんと助けが来るでしょうね?」

さあ?

「さあって…助けが来なかったら次回で最終回だよ!」

何でそうなる?

「この物語の主人公は僕だよ!」

うんうん。それで?

「僕が捕まって性奴隷になったら終わりじゃないか!」

奴隷編でも…。

「嫌だ!タイトルも変わるよ!」

それはそれで。

「何とかしなさい!」

まぁ人生色々あるさ。

「あんたが遣っておいて何を言っているの!」

えぇ〜。

ブチッ!(何かが切れる音。)

「・・・・・。」

ちょ、ちょっと、ロゼッタ!?

どこに引っ張っていくの!?

おわっ!窓から落とそうとするな!

俺の部屋は3階だぞ!死ぬ!死ぬって!

ぎゃああああああっ!

ヒュウウウウウウウウウゥ!(落下音。)

グシャッ!(何かが潰れる音。)

「死んで反省しなさい。」

・・・・・。

(返事がない。ただ転落死した死体のようだ。)

「あぅ、次回で最終回かも!?」

「果たして僕の運命は!?」

「はふぅ。今回はこの辺りで。」

「では〜。」


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