雪月花





私は…。

名高い刀鍛冶師【鬼塚】様のもとで、修業している見習い刀鍛冶師。

今年は冬の時期が早く、寒い日が続きます。

されど、冬こそが鬼塚様の鍛冶師の腕が冴えわたる時。

春から秋にかけて、刀を作るのに必要な材料を集め、冬に刀を鍛えるのが鬼塚様のやり方。

1年間で1〜2本しか完成しません。

普通の刀鍛冶師と比べたら、あまりにも少ないでしょう。

しかし、完成した刀を見れば、誰もが納得します。

生半可な事では折れない強度・鉄すら斬りさく切れ味・見る者を魅了する美しさ。

多くの剣豪達が鬼塚様の刀を求めて工房を訪れます。

私も早く鬼塚様のような刀鍛冶師になりたい。

あと何十年かかることでしょうか…。





朝から吹雪いている日。

1人の男性が鬼塚様の工房に訪れました。

刀を求めて来たようには見えません。

剣豪にしては身体が貧弱。澄んだ瞳は己の手で、命を狩った事はないでしょう。

代理で刀を買いに来たようにも見えません。

仕立ての良い服を着ていますから、それなりに裕福なのでしょう。

しかし、観賞用に買えるほど、鬼塚様の刀は安くありません。

駄作でも5千万します。傑作なら1億は超えます。

最後に私と同じように、弟子になる為に来たと思いました。

ですが、瞳に見え隠れする意志から違うようです。





男性は鬼塚様に会うと土下座して、剣術を教えて欲しいと願いました。

私は驚きました。確かに鬼塚様は剣術の腕が立ちます。

より良い刀を作る為に剣豪を知る。その為だけに鬼塚様は剣術を学びました。

刀鍛冶師だけでなく、剣豪としても名高いのです。

もっとも鬼塚様の剣術は異端ですが…。

刀は凶器、剣術は殺人術。当たり前のこと、誰もが知っている真実。

そんな中で、綺麗事や甘い戯言と言われる剣術がありました。

活人剣。殺人剣を良しとせず、人を活かし救う剣術。

鬼塚様は活人剣の数少ない使い手の御1人。

男性が何故、活人剣を習いたいのか?理由は分かりません。

分かっているのは、断られるということです。





私の予想通り、鬼塚様は男性の願いを断りました。

活人剣の極意は他人を活かし、自分も生き延びること。

言う事だけなら簡単。実践すれば、身をもって難しさを知るでしょう。

あまい気持ちで学べるものではありません。

しかし、男性は毎日訪れては、土下座して教えを乞います。

むろん鬼塚様は断り続けました。

冬が終わり春になっても、男性は1日も休むことなく訪れます。

その精神に私は感服しました。

鬼塚様にも男性の強い意志が伝わったようです。

訪れてから、4ヵ月後。男性は初めて剣術を習う理由を鬼塚様に聞かれました。





猛稽古が始まりました。

男性は刀を自由自在に扱う腕力も体力もありません。

最初はひたすら身体を鍛えること。

鬼塚様は材料集めに男性を同行させました。

刀の材料は通常【鉄】などを使用します。もちろん鬼塚様も使用します。

ただ、他の材料も使用するのです。竜の鱗や魔獣の牙などを。

普通は売っていません。当たり前です。

材料集めに春から秋までかかる理由が、これなのです。

命懸けです。鬼塚様でも重傷で帰還されることがあります。

男性にとって、生きるか死ぬかの毎日が4ヵ月後も続きました。

何十回生死の境を彷徨ったでしょうか?

それでも男性は弱音を吐かずに頑張りました。

おかげで体力の他に、反射神経や危険感知なども鍛えられたようです。





ようやく剣術を学びます。

実践こそが1番。そう言って鬼塚様は、私と男性に刀を渡しました。

多少ですが、私も剣術を扱えます。

男性は初めて扱う刀と、相手が私であることに戸惑っている様子。

鬼塚様の言われた通り、遠慮なく叩き潰しました。

よほど悔しかったのでしょうか?

次の日から男性は私に勝つ為、何度も挑戦してきました。

3ヶ月後です。私から1本取れたのは…。

その後、鬼塚様から直々に技を伝授されました。





1年間。人によっては長くも短くも感じます。

男性にとっては、どうなのでしょうか?

訪れた時は冬。去って行く時も冬。不思議なものです。

男性は変わりました。1年前とは比べものになりません。

あの稽古に耐えたのですから、当然といえば当然なのですが。

ですが、心配です。男性が剣術を習う理由は私も聞きました。

困難極まりないものです。活人剣で成し遂げるには、あまりにも。

また剣豪と呼べるレベルではありません。

1年間では、どんなに稽古の内容が濃くても、私は駄目だと思いました。

鍛錬と経験。何事にも時間が必要なのです。

止めようと思いましたが、鬼塚様に怒られました。

どんな結果になろうとも、本人が決めた道を他人が口出しするなと。

男性は鬼塚様が鍛えた刀を授かり、感激して泣いていました。

そして次の日の早朝、行ってしまいました。





願わくば…行方不明になった幼馴染の許嫁を…見つけることが出来ますように…。





それから30年の月日が流れました。

鬼塚様が亡くなってから、工房は私が引き継ぎました。

まだまだ鬼塚様の領域に辿りつけません。修行が足りないようです。

それでも良い刀だと買ってくださる方が大勢いました。

いつかは鬼塚様を越えます。

それが私の夢だから。

外を見ると吹雪いていました。あの男性はどうなったのでしょうか?

冬になる度に思い出します。

弟子が封筒を1枚持って来ました。私宛のようです。誰でしょうか?

驚きました。あの男性からです。

封筒を開けると、紙が1枚だけ。しかも、文が簡潔に書かれていました。

内容を読んで私は微笑み、封筒と紙を燃やしました。

不思議そうな表情で、弟子は何が書いてあったのか聞いてきます。

私は答えずに工房へ向かいました。

今日は良い刀が作れそうです。





終わり