ワイズナーSS「4月8日の探索」 4月8日、某時刻。いつものように定時報告。 「例の人妻、ようやっと”堕ちた”らしいぜ?」 「おー・・・やっとかー。9人で守りきれるか不安だったっすけど。」 「それがな・・・最後にまた逃げたらしいぜ?5人ほど。」 「すると・・・最終的には4人?」 「・・・だな。そいつらにはボス直々に「ならず者栄誉賞」を与えるってさ。」 「もしかしてその捻出って俺の仕事っすか?」 「ま、そうなるんだろうな。」 「・・・ま、しょうがないか。  連中の功績とか、ならず者どもの士気上昇の効果を鑑みりゃ、妥当だ。  ま、なんとかやってみましょ。」 そういうと書類とにらめっこしながら傍らの紙を使って計算開始のラヴィルだった。 「ああ、そうそう。  仕事片付いたらちょっと8階まで付き合ってもらってもいいっすか?」 「まあ、当面の仕事終えた後でならいいけどよ」 「悪いっすな。」 「人妻の玄室の調査か?」 「いや、それもあるっすけど、メインはそうじゃないんすよ。」 「んじゃ何よ。」 「いや、クォーパーティーが9階に行ったの、知ってるっすよね?」 「ああ。警告来てたな。」 「確か8階にはF・R・G・Gさんがいたはずなんすけど、  全然あの人、うごかないんすよ。」 「ああ、そういえば。」 「何で一応、聞きに行ってこようかと。  何で襲わないのかと。」 「んで俺についてこいって?」 「一応、自分一人でもいけないことは無いッすけどね。  ま、念には念を入れて。」 「まあ、了解。」 そういいつつも仕事を片付ける二人であった。 8階、隠し通路。 仕事を終えた二人はギルド員専用の隠し通路を歩いていた。 もちろん、いつもの平服ではなく、装備をちゃん整えた姿で。 ラヴィルは愛用の片手剣に軽装の鎧。 ラヴィルの部下の方は金属鎧に戦槌という出で立ち。 そんな姿で歩いていると、向こうから数人のならず者が女を連れて歩いてきていた。 よく見れば、先ほどまで8回3号玄室で例の人妻・・・・スピリアを陵辱していた面子だ。 その面子に見覚えのあるラヴィルは声を掛けた。 「おーっす。お疲れー。」 「・・・・・」 返事がない。・・・というか。明らかに生気がない。 いや、生気のあるやつはいた。彼らに捕らわれているはずの人妻だ。 その目にこそ前のように光は見えないが、ある意味これはこれで厄介かもしれない。 「・・・・返事する余裕もないようっすな・・・」 「まあ、2週間”あれ”に付き合わされたわけだからな。」 「生きてるだけでもめっけもん・・・か。」 軽くため息をはくラヴィルたちの横を通り過ぎていくならず者たち。 だが、その足取りは重く、ふらふらとしていて明らかに衰弱が見て取れた。 いつ倒れてもおかしくない状況だ。 それを見て、ラヴィルは部下に命令を下す。 「・・・ついてってやれ。少なくともあの人妻引き渡すまでは。」 「いいのかよ。あんた一人で大丈夫か?」 「念のためついてきてもらっただけっすから。  それに、”あれ”にうろちょろされる方がよっぽどやばいっすよ。  気がついてないならず者どもに下手に手を出されても困る。ならず者が。」 「しょうがねえな・・・」 そういうとラヴィルの部下が前を歩くならず者たちへと歩いていく。 「ちゃんと運んでやるんすよー。あと、そいつには気をつけてー。」 そう声を掛けたラヴィルは今度こそ目的地へ向かって歩いていった。 8階、3号玄室。 「お疲れ。掃除の方はどおっすか?」 「あ、ちっす、ラヴィルさん。」 ならず者の返事に手を上げて答え、玄室内に入るラヴィル。 チラッと玄室内を見渡す。 「まあ、前に比べれば片付いたほうっすか。」 「そうですね。とりあえずゴミとかは速攻で片付けやしたから。でも・・・」 そう言って部屋の隅のほうを見る そこには死体・・・ここで起きた凄惨さをあらわす証拠が積みあがっていた。 「しっかし。あの大量の死体どうしましょうか?」 「そっすねえ・・・燃やすわけにもいかんし、  ほおっておくわけにもなあ・・・埋める暇もねえし。」 「地底湖に捨てるとか。」 「待て待て待てっす。それはだめ。」 とんでもないことを言うならず者の額を鞘で小突く。 「うちらの生活用水、あそこから取ってるんすよ?  そんなとこに死体投げこむなよ・・・」 「あ・・・すいやせん・・・んじゃ、どうするんすか?」 「・・・モンスターの餌とか?」 あんたの方がひどいよ。 そう思ったならず者であった。 玄室の扉を開け、迷宮に出る。 幸い、今日はこの階層にはパーティーはいない。 玄室には一人捕らえているとのことだが、それは今回はあまり関係がない。 「さて・・・と。準備準備。」 そういうと腰にさしていた片手剣を鞘ごと目の前にはこぶ。 そして、その状態で目を閉じ、魔法の詠唱を始めた。 (風よ、わが剣に宿りてその刃を鋭く、疾く。”風刃”) ”風刃”(エア・エッジ)。 武器に風の魔力を付与する魔法。 そして、武器にまとった風はその武器の鋭さと振りの速さを高める。、 すばやい連撃を旨とする彼の剣の流儀には適した付与魔法。 目の前の剣に風が纏ったことを感じると、目を開け、剣を下ろす。 「・・・よし。」 そういうと剣を再び腰に挿す。 「もうひとつの方もね。」 そういうと今度は懐から”鬼の仮面”を取り出す。 この8階は"彷徨の迷宮"と呼ばれている。 一方通行の扉やらワープゾーンやら回転床やら、 道を惑わす仕掛けのオンパレード。 知性の低いものではまともに歩くこともかなわないだろう。 ”鬼の仮面”はその彷徨の迷宮の効果を消し去る。 また、アラーム系の罠も回避してくれる。 彼の実力ならば必要ないかもしれないが、 面倒ごとは起こさないに越したことはない。 「さて、んじゃ行くっすかねえ。」 ”鬼の仮面”を荷物袋にしまうと、 ラヴィルは歩いていった。 「・・・っと。確かここにあるのは・・刃の網っすか。」 ラヴィルはこの階層の罠の位置は大体把握していた。 さすがに全てを理解しているわけではない。 なにせ、冒険者に解除されたり(たまにかかることもあるが)される端から、 こっちが仕掛けなおしているのである。 そういうものについては知らないものもあるだろう。 いたちごっこだよなと思いつつも罠を作動させないよう慎重に通り抜ける。 無駄に金と体力を失うこともあるまい。 通り抜けた後、罠のない(はずの)ルートを思い出しつつ、注意しながら歩いていく。 刃の網を抜けて数時間後。 「確かもうすぐ・・・のはずっすけど。」 もっとも、彼とてF・R・G・Gの位置を知っているわけではない。 故にこの階層のならず者たちの溜まり場に向かっていた。 隠し通路を使ってもいいのだが、構造の都合上、こうしたほうが早いのだ。 (全く、面倒だな・・・) そんなことを歩きながら考えているラヴィルの背後から風斬り音が迫る。 「・・・!」 すんででその一撃をかわすラヴィル。 振り返った彼が見たものは巨大な大猿。 メガトンパンチャー。 8回に生息するモンスターの一種。 動きこそすばやくはないがその腕力はすさまじく、 まともに食らえばラヴィルとてただではすまない。 「・・・ったく・・・冒険者どもだけ相手にすりゃいいものを・・・」 愚痴りつつも剣を抜き、下段に構えて戦闘態勢を取るラヴィル。 剣は先ほど掛けた”風刃”の魔法のせいで、風の魔力が纏っていた。 無視してやってもいいのだが、大猿如きになめられるのも好かない。 「ま、トレーニングとでも考えますか。」 そんなことを考えていると、メガトンパンチャーが動く。 左、右の連続パンチ。 軌道を見切ってぎりぎりで両方ともかわす。 かわして体制が少し崩れた所にさらに上から振りかざされる拳。 後ろに飛びのいてかわす。 拳が振り下ろされた地面に出来るひび割れ。 守備に長ける重戦士ならともかく、 どちらかといえば軽装のラヴィルでは耐え切れる一撃ではない。 これ以上接近戦を嫌ったラヴィルはすばやく間合いを離す。 自分の腕の間合いから逃れたと知ったメガトンパンチャーは近くの大岩を持ち上げ、 ラヴィルに向かって投げつけた。 当たれば無事ですむわけがない。 だが、逆にラヴィルはにやりと口元に笑みを浮かべる。 「そいつを待ってたっすよ。」 確かに渾身の一撃は当たれば確かにデカイ。 だが、そういう攻撃は逆に死角も大きい。 その隙を狙う。それこそがラヴィルの狙いだった。 機会を得たからにはすばやく行動に移る。 投げてきた岩の下をすばやく潜り抜け、一気に肉薄する。 巨大な岩の陰から現れたラヴィルに一瞬反応の遅れるメガトンパンチャー。 遅まきながら間合いに入ったラヴィルに両手を使って殴りかかる。 だが、一瞬の遅れが出来た。 その隙を逃がすラヴィルではない。 (1,2,3!) 初撃で右の腕を、返す刃で左の腕を払う。そして三撃目で目をつぶす。 (4・・・5!) 四撃目で胸を袈裟に切って動きを止め、 そして、五撃目・・・渾身の大降りで奴の首をねらう。 相手の動きを止めた上での一撃。 手ごたえはあった。だが首が落ちたかどうかまでは確認できない。 追撃に備え、すぐさま振り返り、剣を構える。 その瞬間、心配が徒労であったことに安堵する。 大猿の首は綺麗に落ち、そこから血が噴出している。 数秒後、大猿の体は後ろに倒れた。 剣を鞘に収める。 風を纏わせているので剣に血はついてない。 「人間様なめるからそうなるっすよ、馬鹿。」 モンスターの死体には大して気にも留めず、 ラヴィルは再び歩きはじめる。 「おーい。」 溜まっているならず者たちを見かけたラヴィルが声を上げる。 「ラヴィルさん?何でこんな所に。」 「いや、ちょっと聞きたいことあってっすな。  お前ら、最近F・R・G・Gさん見たっすか?」 「いや、俺は見てねえな・・・おい、おめえら、見たか?」 総じて首を左右に振るならず者たち。 「・・・だ、そうですぜ。」 「収穫なし・・・か。」 ハアとため息をついて落ち込むラヴィル。 「とりあえず見かけたら連絡頂戴っす。あの人にも動いてもらいたいっすし。」 「わかった。ま、期待しないで待ってな。」 「そうしとくっすわ。」 苦笑しつつ立ち上がるラヴィル。 「さて・・・じゃ、仕事にもどらなきゃ・・・」 そういうと最寄の玄室に向かって歩き始めた。